2002年11月12日(火)  廊下に佇む女。
仕事が終わり、辺りも暗くなり、アパートの階段を上ると、女性が一人泣いていた。
 
正確にいうと泣いていたのではなくて
擦れ違いざまに、一瞬だけ目が合っただけなんだけど、その瞳には確実に涙を流した形跡があった。
 
歳の頃20代後半。特に美人でもないし、別に美人じゃないってわけでもない。
タイトストレートのジーンズにニットジャケット、千鳥柄のオレンジのマフラー。
アパートの廊下で泣くために着こなされたような格好で、
アパートの廊下で泣くために神様に配置されたような女性だった。
 
僕は足早に部屋に帰り、ストーブに火をつけた。
部屋が暖まる間、ベランダの洗濯物を取り入れ、メールをチェックした。
 
>昨日待ってたのにどうして来なかったのよ!
 
という内容のメールが友人から来ていた。そういう用件はメールじゃなくて電話ですればいいのにと思った。
電話をすると「昨日待ってたのにどうして来なかったのよ!」とメールと一字一句違わず同じことを言われた。
そういう怒りはメールに書けばいいのにと思った。
 
お腹が控えめに鳴ったので控えめな夕食を買いに再び外へ出た。
その女性はまだアパートの廊下に立っていた。
特に何かをしているというわけでもなく、まるで廊下の手すりがいとおしいように
深々と手すりに両手と顔を埋ずめていた。
 
ここから飛び降りるんじゃないかと心配がよぎったがここは2階なので、
飛び降りたとしても死にやしないし、足の骨さえ折れないかもしれない。
野次馬的予測を立てる。
「彼氏に追い出された」 もしくは 「彼氏が帰ってこない」
 
まぁどっちにしろ僕には関係がないし、こういうことには無闇に足を突っ込まない方がいいということは
これまでの人生で嫌というほどわかっているので、ただ足早に彼女の横を通り過ぎようとしたその時、
 
「……あ、ちょっとすいません……」
 
階段を一歩踏み入れた僕の背後で彼女が呼び止めた。
野次馬的予測を立てる。
「この部屋の人、いつも何時頃帰ってきますか?」 もしくは 「秋風が、身に染みすぎて……」
 
まぁどっちにしろ僕には関係がないし、こういうことには無闇に足を突っ込まない方がいいということは
これまでの人生で嫌というほどわかっているので、半ば無愛想に返事をする。は?なんですか?
 
「財布……落ちましたよ」
 
あ、あぁ、ゴメンゴメン。

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