2002年10月10日(木)  恋のストライクゾーン。
「あなたはストライクゾーンが広すぎるのよ」
 
また女性特有の偏った見解から生まれる意味不明の持論を言われた。
 
「どんなボールもヒットを打っちゃう」
 
僕はその言葉の意味を考えながら味噌ラーメンをすすった。
場末のラーメン屋は僕と彼女の2人だけで、テーブルもビニール製の椅子もなんだかベトベトしていた。
テレビからは時間の埋め合わせのようなスペシャル番組が放映され
無理矢理なトークと、とりあえず立っているというような水着を来た女性が
とりあえず笑っているというような笑顔を浮かべていた。
 
「だけどあなたは決してホームランは打てないの」
 
彼女はもうラーメンを食べてはいなかった。ラーメンを3口程度すすって
形程度にスープを飲んで、お口直しをするように水をコップ半分飲んで割り箸を置いた。
 
どうやらこの店のラーメンが気に入らなかったらしい。店の中では味について黙っているけれど
たぶん店を出たなり大声でこの店とこの店に連れてきた僕を罵倒するのだろう。
それを思うとなんだか憂うつになって、僕もラーメンの味なんてわからなくなってきて
店内にいるうちに彼女の機嫌を取り戻そうということばかり考えていた。
 
「小さなヒットばっかり打って満足してるの。わかる?」
「さしずめ1番バッターってことだね」
「野球の話をしてるんじゃないの」
 
してるじゃん。
 
「どんなボールも右へ左へ流し打ち。あなたはさしずめ恋のイチローってことよ」
「意味わかんないよ」
「意味わかんないふりするのよしなさいよ」
 
僕は法廷の被告人席に立つ気弱な犯罪者のように一瞬にして黙りこんでしまった。
 
「とにかくあなたはもういい歳なんだし、これ以上馬鹿な真似するのはやめた方がいいよ」
「それは誰の為に言ってるの?」
「不謹慎な1番バッターに言ってるの」
 
彼女のような女性と結婚したらきっと永遠に頭が上がらないまま生きていくんだ。
 
「たぶん僕はこの先ずっとこのスタンスは変わらないような気がする」
「どういうこと?」
彼女は眉間にしわを寄せてタバコに火をつける。
「これからも重心を低く構えてバットを短く持って小さなヒットを狙い続けるんだ」
「……ふむ」
反撃の機会を窺っているときの彼女の目はいつだって怖い。
「内野安打とか……」
「何が言いたいの?」
 
「恋のセーフティバント……みたいな……」

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