2002年10月08日(火)  虚空の愛情。虚偽の契約。
「ねぇ、好きって言っていいよ」
 
受話器の向こうで彼女が呟く。
僕は脳天から雷が貫通したような感覚に陥り、少しして身体が震える。
そして受話器に向かって囁く。好きだよ。愛してる。
一通りの愛の言葉を交わし電話を切る。そのまま眠る。
 
翌日も僕たちは受話器を握っている。
僕は昨日と同じように受話器に向かって囁く。好きだよ。愛してる。
「イヤ。今日はそんな気分じゃないの」
僕はエサを取り上げられた子犬のように怖じ気づく。
そして愛の言葉を省いた――ごく一般的な――会話をして電話を切る。そのまま眠る。
 
「ねぇ、好きって言っていいよ」
 
僕は彼女の許可を得なければ好きと言えない。
これは、一種のゲーム。
「愛してる」という言葉を水素のように軽く扱う不純なゲーム。
意味の重みを、愛の重力を一切無視した月の砂漠で交わされる言葉。
そう、これはゲーム。僕はキミを精一杯愛しているし、ちっとも愛していない。
キミは僕のことがとても好きで、カメムシのように嫌う。
 
言葉と距離と気持ちの壁。それはとても高くてとても厚い。
しかし全てを捨てたら―――乗り越えられなくもない壁。
だけど僕たちは壁を乗り越えてみようなんて考えはほんの少しも持っていない。
 
だからこそ僕たちは無責任になれる。言葉の重力を無視できる。
好き? 好きだよ。
私嫌いよ。 だったら僕も嫌いだよ。
バカ。 じゃ電話切るよ。
意味を省いた愛の言葉。表面的に交わる心。潜在的に求める気持ち。
 
僕たちは心地良い罪悪感に身を浸らせて今夜も受話器を握りしめる。
そう、これは不謹慎な遊戯。
世の中で、あらゆるところで繰り返されている様々な種類の恋愛を鼻で笑いながら
今夜も交わす愛の言葉。虚空の愛情。虚偽の契約。

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