2002年07月27日(土)  なんでもない時間。
雨はしとしと降り続いていて、外に出掛ける気にもなれず、早めにシャワーを浴びて
キッチンの椅子に座って、両足をテーブルに乗せて本を読んでいた深夜0時に電話が鳴った。
 
「はぁい。こんばんは」
その声が綺麗な女性の綺麗な声はキッチンにはびこるあらゆる湿気を取り除いてくれる。
コンポの音量を小さくし、扇風機を「弱」に合わせる。キミの声だけで十分涼しくなれる。
 
「こんばんは。今日はどこにいるの?」
読んでいた小説を閉じて、冷蔵庫から2本目のビールを取り出す。
2本目のビールは風呂上がりに冷蔵庫に入れたばかりで、まだ十分冷えていない。
左手に携帯を持って右手でビールのプルタブを開ける。
僕は親指の爪が短いので毎回開けるのに苦労する。
 
「家にいるわよ。だって雨降ってるでしょ」
その女性はゆったりとした口調でそう話す。彼女の口調は人に感化する能力に優れていて
僕もついゆったりとした口調で話してしまう。こういうのってなかなかいいものだ。
何もすることがない雨の夜に、優しい口調の女性と話をする。
携帯で小学生の交換日記のようなメールをするよりずっといい。
 
「あのね。私今日すごく酔っ払ってるの」
「そりゃそうだ。雨の日は家にいて本を読むか酒を飲むかに決まってる」
僕はなんでもまずは肯定してしまう。肯定してしまってからその後のことを考える。
「家にいるときはね、焼酎をロックで飲むの。もう何杯飲んだんだろ」
そういえばいつもより声が少しだけ上ばっているような気がする。
 
僕はその声に耳を澄ませて、冷えていない2本目のビールを飲む。
それは、なんでもないことなんだけど、なんでもないからこその特別な時間。
 
僕たちはお互いの(少なくとも僕にとっては)変わり栄えのない毎日のことを話し出す。
というのは、僕は、断片的でしか知らないけど、その女性の人生が好きなのだ。
「声はその人の人生を表す」って昔の偉い誰かが言っていなかったら僕が今ここで言ってやるんだ。
 
「あ、ゴメン。ホント飲み過ぎちゃったみたい。ゴメン。また電話するね」
 
その電話は予告も前兆もなく、突然終わった。
受話器を置くと、雨が地面を撫でる音や風が窓を叩く音が聞こえ出す。
再び僕はコンポの音量を上げて、扇風機を「強」に戻して、小説の続きを読み始める。
 
それは、なんでもないことなんだけど、なんでもないからこその特別な時間。

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