2002年07月12日(金)  愛とライフライン。
午前7時50分。出勤前の僕はキッチンと自分の部屋を何度も往復していた。
積み重ねられたTシャツを持ち上げたり、キッチンのテーブルに乗っている雑誌を手に取ってみたり
ソファーの下を覗いてみたり、冷蔵庫を開けてみたりした。
 
腕時計が午前8時を表示した。
僕はいよいよ慌てて、洗濯機を開いたり、ベランダの窓を開けたりしていた。
財布がない。財布を失くした。いや、絶対部屋の中にあるはずだ。
だがもう出勤時間。おまけにタバコは残り2本。缶コーヒーも買えない。カロリーメイトも買えない。
財布がない。もう出勤時間。
 
朝から心に重い鉛のようなものを詰め込んだまま重いハンドルを握って職場へ向かった。
 
午前中は脳味噌の3分の1が注射や点滴や傷の処置の為に使われて
残りの3分の2は部屋で消えた財布の所在について使われた。
とどのつまり仕事どころではなかった。たいした金額は入ってないけど財布が愛惜しかった。
 
今日は仕事が終わってから、
妹が働いている美容院に行って頼まれていたパソコンのメンテナンスをして
それから看護婦さんの家に行ってパソコンのエクセルの操作方法を教えて
その後友人8名が集まる居酒屋に行かなければならない。
 
美容院の店長も看護婦さんも8人の友人も財布を持っているから安心して
不調なパソコンの事を考えることもできるしエクセルの操作に迷うこともできるし
ビールを飲みながらネギ間や砂ずりを頬張ることもできる。
僕は財布がないので、財布のことしか考えられない。
人生のことも家族のことも恋愛のことも考えられない。財布のことしか考えられない。
 
よりによってこんなに予定が重なった日に財布が失くなるなんて。
いっそのこと今日の予定全部断ろうかしら。そもそもお金がないから居酒屋にも行けないじゃないか。
 
そんなことを考えながら午前中の仕事は終わった。
残り2本のタバコのうちの1本は午前中にトイレに座って財布のことを考えながら吸ってしまったので
味なんて覚えていない。残り1本。
 
ライフラインを失った僕は、頭から貨幣という概念を捨てて、この身を愛の為だけに捧げることにした。
なんてねバカどこだよ財布。

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