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| 2002年07月11日(木) 洞窟。 |
| 久し振りに数年前住んでいたアパートの前を通った。 1階はいつまでも店舗が入らない無気味な程に広いスペースがあって 2階は学習塾があって時々無邪気な英語の歌が聞こえてきて 3階は暗くて狭い廊下と6畳1間の僕の部屋があった。 水道代込みで家賃が21000円と驚く程安いのは、風通しが悪いということと ベランダの横に浴室があったということと、隣の住人がアル中ということと、 当時の彼女の浪費癖が激しかったという理由があった。 3階であの風通しの悪さは特筆すべきものがあった。 ベランダに洗濯物を干しても1日で乾くということは稀だった。 手すりは錆び付いていて、寄り掛かると手すりごと落ちてしまいそうだった。 隣の住人は昼間からいつも同じような境遇の人を呼んで酒を飲んでいた。 夜になると、僕の部屋まで匂ってきそうな香水をつけた中年の女性が隣の部屋に着て、 猫の断末魔のような中年独特の――僕はそんなもの知らないけど――喘ぎ声を出していた。 僕はいつもその深夜の断末魔を聞きながら本を読んでいた。 僕の向かい側の部屋には、若い妊婦がひっそりと住んでいた。 何かから逃げているということは確実にわかった。 あのアパートは――何かから逃避する――穴場ということに関してはこれ以上ない条件が揃っていたのだ。 洞窟のような暗い廊下、その低い天井、その湿気、放棄された子供用の自転車、 首のないマネキン、誰も触れたことのないダンボール。 僕たち(アル中のオヤジと、若い妊婦と、両親から逃げ出した僕)は その洞窟の中でひっそりと、何かに背を向けて暮らしていた。 ある日、隣のアル中のオヤジは忽然と姿を消した。 外からアパートを見上げるとアル中の部屋の窓は開けっ放しだったけど人の気配がしないのは確かだった。 僕は酒を飲みすぎて死んでしまったのかと思い、アパートの大家に電話をしたけど 大家は「死んじゃいないよ」と言っただけでそれ以上のことは教えてくれなかった。 それから1月程して、向かいの妊婦の部屋の前に、その妊婦の両親らしい人が現れ 大声でドアの前でその妊婦の名前を呼んでいたが、その妊婦は出てこなくて その両親は僕の部屋を尋ねて妊婦の所在を知らないかということを尋ねたが 僕は「死んじゃいませんよ」と言って、ドアを閉めた。 |
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