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| 2002年06月17日(月) 耐えの美学。 |
| 「欲求を 効率良く 早急に 満たす」 これは現代文化の哲学であり、僕たち私たち周知の美学であります。 現代文化はどうもつまらなくなってしまいました。 では古代文化が素晴らしかったのか聞かれても困ってしまいますが 現代文化よりはマシだったと思います。 諸悪の根源。携帯電話。 君の声が聞きたい。携帯電話を手に取る。 アドレス帳、若しくは着信履歴から君の番号を探す。 そして、仕事中か入浴中か睡眠中でない限り、君とはワンプッシュで繋がる。 君の声が聞きたいという(欲求) 携帯電話で(効率良く) ワンプッシュで(早急に) 繋がる(満たす) そこに情緒は存在するの?胸はいつ焦がせばいいの? 電子レンジのように、ダイヤルを回せば、自動的に熱を帯びるの? 違う。それは違う。僕たちは、間違ってる。 重大な過ちに気付いていない。ドコモもauもそんなこと教えてくれない。 勿論j-phoneだって教えてくれない。 携帯で撮った写真がその場で見れる?メールで送れる?そんな馬鹿な。 欲求は効率良く早急に「満たされる」ものだと思い込んでいる。 彼氏に何度電話しても繋がりません。 「んーー!繋がんないわ!何やってんだろう。気になるわ!」 欲求から結果に至るプロセスが短いから、そんなこと思うのです。 古代文化はその過程に「我慢」が存在したのです。「忍耐」が腰を据えていたのです。 忍耐!?古くさっ! まぁまぁ。そう言わずに。 僕はいつも思うのだけど、我慢とか忍耐はパーソナリティの形成にとても重要な事項なのではないでしょうか。 首を長くする。胸焦がれるほど。雨だれ石をうがつ。 これは全て耐えの美学。耐えてこそ、人は強くなるのです。 携帯ですぐ繋がる関係が常だとしたら、いつかシッペ返しをくらいますよ。 だから僕は今夜も君への電話を我慢します。 君の声が聞きたくても、ギリギリまで我慢するのです。 自分なりに我慢を重ねて、その結果君の声が聞けたら、喜びは測り知れないものになります。 だから僕は今夜も君への電話を我慢します。 いや、もうしちゃったんだけどね。 |
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