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| 2002年05月11日(土) コップ。 |
| 「あなたには毎日決められた数のコップがあるのよ」 僕と彼女はキッチンのテーブルに向かいあって座っていた。 午前0時。湿った生暖かい風が窓から入り込んでくる。 「あなたの恋愛観も、全部このコップの量で、決められてるの」 彼女は言葉を選びながら、ゆっくりと言った。 僕はうつむいて手にもったペットボトルを眺めていた。 「毎日毎日私はあなたのコップに水を注ぐの。好きよ。愛してるわ。って。 最初はあなたもそれで満足してるの。だからあなたもちゃんと言葉で返してくれるの。 好きだ。愛してるよ。って」 僕は大きく息を吸い込んで、それを吐き出さずに胸の中で消化した。 「だけどあなたのコップはとても小さいから、すぐ満杯になっちゃうの。 でも私はそれじゃ足りないから満杯になっても水を出しつづけるの。 好きよ。愛してるわ。ずっと一緒にいてね。って。 だけどあなたのコップは満杯になって、あなたはそれで満足してるの。 今日のコップは満杯になりました。それ以上は受け付けませんって」 僕はただ黙って俯いて、彼女の言葉の意味を噛み締めていた。 「だけど、わかってるんだけど・・・コップに入りきらないのはわかってるんだけど・・・ 私はそれじゃ満足できないの。いっぱい水を吐き出したいの」 彼女は少し声を荒げる。長い前髪で顔が隠れる。鼻をすする音が聞こえる。 「あなたのコップに入りきらない水は溢れてしまって、周囲を濡らしていくの。 私の水は蛇口が壊れた水道の水みたいにあなたのコップに流れ続けるの。 水はどんどん流れていって、周囲はどんどん濡れていくの」 「・・・だけど、あなたは、自分のコップで満足してるあなたは、溢れ出した水に見向きもしない」 「それを・・・拭こうともしない」 わかってるけど、わかってるんだけど、と彼女は何度か呟いて、 やがて何も言わなくなって、長い前髪で隠された綺麗な瞳は 二度と僕の瞳と結ばれることなく その恋は 静かに幕を降ろした。 ふと見渡すと、僕の周り一面、彼女が流しつづけた水で濡れていて 僕は、それに気付くのが遅すぎた。 |
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