2002年02月11日(月)  多大なる嘲笑。
こんな夜は、ベランダに出て、身体を冷やす。
何もかもから逃げ出したい夜は、外には出ずに、ベランダへ非難する。
 
2月の夜のアパートのベランダ。
左手にビール、右手にタバコ、左足には健康スリッパ、右足には魚の目。
震えながら空を眺める。震える手でビールを飲む。
僕の部屋からは、さっきから何度も、等間隔で携帯が鳴っている。
 
僕は黙って着メロに耳を澄ます。
島谷ひとみ「市場へ行こう」
この曲は唯一登録してある邦楽の着メロ。
 
「ねぇ 一緒に暮らそうよ」
 
僕は着メロに合わせて口ずさむ。2月の夜のアパートのベランダ。
携帯はまだ鳴り続ける。泣き続ける。
星の少ない夜空を見上げながら、あの日のことを思い出す。
 
あれから何年経つのだろう。
 
――ねぇ、一緒に暮らそうよ。
僕は、彼女を試すために言ってみた。彼女は片手で足の裏を描きながら、
片手で眉毛を描きながら鏡を見ていた。一瞬、彼女の眉を描く手が止まる。
鏡越しに彼女と目が合う。
 
何秒かそのままの姿勢で見つめ合った。
そして彼女は、何事もなかったようにまた眉を描き始めた。
 
「ねぇ、聞いてんの?」僕は再度問う。
「イヤ」
「え?」
「一緒には住めない」彼女は、その答えならとっくの昔に出ていたかのように
すんなりと、言葉を選ばすにそう言った。
 
僕は部屋から見える空を見上げて、テレビを眺めて、もう一度空を眺めて言った。
「どうして?」
 
「私が言わなくても自分が一番わかってるでしょ」
僕は笑った。自分が一番よくわかっていた。
彼女はちっとも笑わずに、月のナイフのような眉を描き続けていた――
  
携帯は鳴り続ける。2月の夜のアパートのベランダ。
僕はビールを飲み干して部屋に戻り、電話を取る。
 
「久し振り」僕はなんでもないような口調で静かに話す。
「久し振り」彼女もなんでもないような口調で静かに(多少の苛立ちを込めて)話す。 
「今何してんの?」
彼女はなんでもないような口調で静かに(やはり多少の苛立ちを込めて)話す。
「まだ1人で暮らしてるよ」
僕もなんでもないような口調で静かに(多大なる嘲笑を込めて)応える。

-->
翌日 / 目次 / 先日