2002年01月10日(木)  刺さってなんぼ。
昨日、僕は「つくね」の言葉と存在が納得いかない。と書いたら、
「どうして歪さんはつくねが嫌いなのですか?」という内容のメールが何通か届いたので、
前にも書いたような気がするけど、書いてないような気もするので、そして書くこともないので、
今日は僕が「つくね」を嫌う理由について。
 
・・・いや、ね、実はメールは2通しか届いてないけど。
 
というわけで僕は「つくね」が嫌いだ。
口に入れると鼻をつまんで食べないと飲み込めないというわけではない。
存在が嫌いなのだ。なんだか許せない。
 
君は肉だんごの分際でなぜ串に刺さっているの?ねぇ?答えてみなさいよ!
 
つくねはこの青年は何を言っているんだ?と言わんばかりの表情で僕に話し掛ける。
「僕はスーパーに売ってる3パック400円のお弁当用ミートボールとはわけが違うんだよ。
手作りだし、何よりも串に刺さっている」
僕はネギ間を頬張りながら(ネギ間は串に刺さっていないと成り立たない)つくねに話し掛ける。
「だから、どうして君が串に刺さっているんだよ」
つくねは呆れた表情をして問いただすような口調で僕に話し掛ける。
「ふふふ。串はね、特別なんだよ。ステータスなんだよ」
 
ほらみろ。これだ。ほらみろ。
つくねは「串」を一種のステータスだと思っている。いや、違う。これは僕達にも言えることかもしれない。
僕達は「串」を特別なものだと思っている。
どうしてかはわからないけれど、串に刺さっているものは美味しそうに感じてしまう。
 
時々、祭りの売店でお好み焼きを串に刺して売ってたりするけど、
あれだって立派な「特別」に感じる食べ物だ。
祭りという特別な場所に串に刺さっているお好み焼きを見たら、子供達は買わないわけにはいかない。
だってお好み焼きがだよ!串に刺さっているんだよ!
 
串には人を魅了する不思議な魔力が込められている。
僕はその魔力に便乗して能々と串に刺さって我が物顔をしているつくねが気に入らないのだ。
 
僕はニヤリと含み笑いを浮かべて、つくねに刺さっているステータスを抜いてやった。
「なにするんだよ!」
3つのつくね達は口を揃えてそう叫んだが、
串を失ったつくねはただの3つの肉だんごとなり、冷たい皿の上で、誰からも注目されず、
冷たくなっていった。
 
ところで、
 
あなたはどんな串を持っていますか。

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