2002年01月09日(水)  家庭を持つことについて。
世の中には、僕とどうも相性の悪い「言葉」というものがある。
その「言葉」自体には罪も悪意もないのだけど、
僕はどうも気に入らない。仲良くなれない。
 
「ツンツルテン」
この言葉は方言かもしれないけど、僕はこの言葉が嫌いだ。
ズボンの裾が短すぎるとき、もしくは裾上げに失敗したときに「ツンツルテンになった」
と言うのだけど、その短すぎるズボンを眺めて、どう「ツンツルテン」なのかわからない。
 
絶えず笑顔を振りまいている人を見て「あの人、ニコニコしてるね」と言う。
だってニコニコしてるもの。
絶えず眉間に皺を寄せて貧乏揺すりしている人を見て「あの人、イライラしてるね」と言う。
だってイライラしてるもの。
絶えずズボンの裾が短すぎる人を見て「あの人、ツンツルテンだね」と言う。
しかしツンツルテンしてない。
 
「ツンツルテン」という言葉を聞くと、なんだかふさわしくない形容詞を与えられたみたいで、
ひどく惨めな気持ちになる。
ツンツルテンの人に同情するのではなく、ツンツルテンという言葉に嘆くのだ。
 
他にも相性が悪い(というか納得いかない)言葉がいくつかある。
 
「つくね」
僕は「つくね」という存在自体も納得いかなくて(串に刺さっている意味がわからない)、
あまり食べないのだけど、「つくね」という言葉も納得いかない。
「たこ焼き」という言葉を聞けば、たこ焼きを食べたことない人でも、なんとなくイメージが湧く。
しかし「つくね」はイメージのつけようがない。「つくね?なんですかそれ?どこの地名ですか?」
じゃあ「お好み焼き」はどうなんだ?と言われると、これはしょうがない。
僕は「つくね」という言葉だけが嫌いなのだ。要するに偏見。言葉の偏見。
 
「フレンチクルーラー」
これはミスタードーナツでも売っているドーナツだけど、僕はこれも許せない。
「フレンチ」は百歩譲ってOKだとして、「クルーラー」はわからない。なんだ「クルーラー」って。
なんだか掃除道具みたいです。クイックルワイパーの弟分みたいです。
細かく言うと、語尾を「ラー」と伸ばすのが気に入らない。
「フレンチクルーラ」だったら日頃の僕のちっぽけな寛大さでも受け止められるだろう。
しかし語尾を「ラー」と伸ばしたことによって、あっという間に僕は不機嫌です。
 
こんな僕もいつかは家庭を持つのかなぁ。

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