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| 2001年11月28日(水) 依存するということ。 |
| 大好きなサイトの日記に『「好き」と自覚する瞬間』について書いてあった。 僕もこの問題について物心ついた時からずっと考えていた。 テーブルで向かい合って食事をしながら、手をつないで歩きながら、 手料理を食べながら、風呂上りの髪の毛をブローする後姿を眺めながら、腕枕をしながら、 僕はいつこの人を好きになったのだろう。 と考えていた。 無意識にせよ「好き」と自覚する瞬間は本当に存在するのだろうか。 僕は恋愛とは「共依存」だと考えている。 共依存とは、人間関係において、きわめて他人に依存的で、 他者をコントロールしようとする状態のことであり、 近年、アダルトチルドレンやアルコール依存症でよく聞かれる精神医学的な言葉だが、 恋愛だって一種の共依存ではないだろうか。 他人(恋愛の場合は恋人)に依存することによって自己証明をしようとする。 恋人を媒介として、自分が自分であることを、自分はここに存在することを、証明する。 共に依存しあい、欠点を欠点で補い、美点を美点で埋める。 これが恋愛。 「好き」と自覚する瞬間の答えを握る鍵はここに隠されている。 相手に対して、この人なら私を委ねられる。と思ったとき、 心の扉を開いたとき、 この人に倒れこんだら支えてくれそう。と思ったとき、 それが「好き」と自覚する瞬間。 もっともそのような感情は常に無意識下で行われるだろうけど。 ――中略(省略)―― このような日記を書いてたらなんだか僕は悲しい人間のように思えてきた。 相手に依存することを避けているのではないかしら。 「あなたは私のものにはならなかった」 「本当のあなたはどこにいるの?」 「恋愛ごっこしてるんじゃない」 「あなたは恋に恋してる。私に恋なんてしてない」 今まで僕の横を通り過ぎていった人たちの言葉が蘇える。 それぞれ言葉は違うけど、みんな僕の重大な欠点を知っていた。 僕だけが知らなかった。 人に依存することは汚点としか考えてなかった。 共に考え、共に悩み、共に行動する。 こんな基本的な事ができていなかった。僕は僕。君は君。 このままでは駄目だ。時には自ら寄り添ってみよう。 背伸びをせずに、足元を気にせずに、周囲を気にせずに、 あなたを心から大好きです。と。 神にだって誓ってみせるよ。と。 |
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