2001年11月12日(月)  ガラス越しのペイン
ペインは大学の頃、南米のどこからか留学してきた学生だった。
往々の留学生が勉強熱心なのに対し、ペインは学業に関してはさっぱりだった。
往々の日本の大学生と同じく、徹夜で麻雀をしたり、風呂に何日も入らなかったり、
コンビニでバイトしたり、下宿にいろんな女の子を連れ込んだりしていた。
 
だけど僕達と1つだけ異なる点があった。
ペインはマラソンが異常に速かった。
僕達が講義に遅刻しそうなときの全力疾走よりはるかに速く、
それを42.195キロ、ペースを崩さずに走ることができた。
ペインはうちの大学の名誉の為に呼ばれて日本に来た留学生だったのだ。
 
まぁ、そんなことはどうでもいいとして
――大学の名誉のことなんていちいち考える学生なんていない。
僕とペインはとても仲が良かった。
日本語は上手くなかったけど、気持ちで通じ合うことができた。
まるで兄弟のように、同じ物を欲しがり、同じ女性を取り合った。僕達はいつも一緒だった。
 
ある夜、まったく同じ日に僕とペインは大きな転機を迎えることになる。
 
僕は深夜の大学に進入して単位が危ない科目の答案用紙を盗もうとして警備員に捕まり、
ペインは当時付き合っていた女性を絞殺した。
 
僕は大学を退学させられ、小さな引越し会社で小さなトラックを運転し、
ペインは、鉄格子の中で無駄な3年を過ごし、・・・走ることを辞めた。
 
僕は大学を辞めてから何もかもが上手くいかなかった。
小さな引越し会社は倒産し、左足を骨折し、高校の頃から付き合っていた彼女は
ある朝突然僕のベッドから姿を消した。
  
ペインは鉄格子から開放された3日後、再び無意味な女性を絞殺した。
 
僕とペインは、人生を走ることさえ、もう、諦めていた。
 
人生を完全に諦めようとした――自らの命を絶とうとした
その日、僕は無期懲役を言い渡され再び鉄格子の中に入ったペインに会いに行った。
 
刑務所の無機質な面会室の分厚く隔てられたガラスの向こうのペインの顔は、
僕自身の顔をしていた。
 
僕は一言も語らずにいつまでも、僕の顔が移る鏡を見つめていた。

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