2001年07月19日(木)  ただただ書いてみる。
不安について書いてみたい。       やっぱやめた。

えぇと、将来について書いてみたい。     これもやめた。

やっぱり不安について書いてみよう。     やっぱやめた。

やっぱり将来について書いてみよう。    よし、そうしよう。やっぱやめた。

そろそろ読者の皆さんはイライラしてきたのではないかしら。
第3者による感情のコントロール。

実際、不安について書きたいのだけれど、ひどく漠然的なので、
活字で表すことができません。執筆的にも人間的にも力不足です。
人は何かしら不安要素を抱えてるらしいからね。確信は持てないけれど。

なんだか、さっきからおなか辺りが痒いのだけど、
掻いても掻いても、痒さの中心を掻くことができない。
イライラしてきて、胸の辺りを掻いてみると、そこに痒さの中心があった。

そんな感じの不安です。何か見当違いな事を考えているような感じです。
答えは、まったく違う方向にあったりするのです。
おなかではなく、胸の辺りに。

将来という概念に付随するものとして、不安という要素があるわけですが、
将来への展望が強いからこそ、不安もその強度に応じて表出してくるわけで、

あれです、あれ、空き缶を積み重ねたことありますか。
4・5個積み重ねて、失敗したとしても次頑張ろうという気が湧いてきますが、
10個20個積み重なった時は、達成感よりも、失敗したときのショックの方が大きくなるのです。

具体例、失敗しました。こんな事言いたいのではありません。

だけど、これに近いニュアンスです。

「うん。言いたいことはわかるよ」

こういう見当違いの具体例を出したときも、こういう答えを返してくれる人に、
私は、ものすごく心地よい感じを受けるのです。

未完成な僕を補ってくれるような。

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