READY!STEADY!どっこいしょ!...刈田

 

 

さよなら、四重人格 - 2003年07月18日(金)

我が思い出のフィルム、
「さらば青春の光(QUADROPHENIA)」がやっとDVD化された。

愛のないパッケージ・デザイン、
気の効いてないオビのコピーにげんなりきたが、
最後にLDが出たのが確か93年とかのはずだから、
約10年ぶりに世間にお目見えしたわけで、
多くの人の目に触れるようになったのは、うれしい限りだ。
で、さっそくプレイヤーに突っ込んで鑑賞したわけだが、
予想通り、リマスターはされていなかった。
フィルムの汚れや荒が映り込み、画面はボンヤリとしている。
でも、鮮明な「さらば…」なんて見たくない。
これでよかったと思う。

「さらば青春の光」は、60年代の英国で誕生した、
“MODS”と呼ばれる若者を描いた青春映画である。
MODSとは、いわば“怒れる十代”ということだ。
主人公のジミーは大声で、こう叫ぶ。
「人と一緒だなんて嫌だ」
「大物になりたいんだ」
「だからMODSになったんだ」
高校時代にはじめて見た時は、それらの言葉が、
まっすぐに響いたものだった。
でも久々に見たジミーは、
単なる身勝手な子供にしか見えなかった。
それは僕が「大人」になってしまった証拠なのかもしれない。

映画のエンディングで、
ジミーはスクーターと一緒に崖から飛び降りる。
見方によっては彼が自殺したかのようにも見えるし、
映画のオープニングが、夕日を浴びたジミーが崖から去っていくシーンなので、
これをエンディングと結びつけ、ジミーは生きていると言う人もいる。
が、どっちにせよ、ジミーの中の“怒れる十代”は確実に死んでいると思う。
最後に映る粉々になったスクーターは、その象徴だろう。

映画の原作者であるザ・フーのピート・タウンゼントは、
ある曲の歌詞に触れ、こう語った。
「“teenage wasteland”の意味は、
 “失われた十代”や“不毛な十代”という意味ではない。
 “価値がない”ということだ。世界に対して悪態をつきながら、
 結局何もすることができなかったオレたちのことだ」
そういう自分と決別するために、
ピートの分身であるジミーはスクーターを突き落としたのだ。

思い出や青春なんてものは、ボンヤリとした霧の中でいい。
リアルな今を生きよう。
「鮮明な『さらば…』なんて見たくない」と思ったのは、
そういう理由である。


...




My追加

 

 

 

 

INDEX
past  will

Mail Home

エンピツ