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2004年01月09日(金)
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| 何気に具合が悪いとでも |
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いいましょうか (タイトルから続けて読まれたし)
ふ、、、 分かる人には分かるでしょう。 然しながら、私の日記を読んで下さる数少ない類稀なる良い方達には、意味が通じないかと。 ちとしたブームだったのですよ。 この言葉の使い方がね。
えー日記をサボっております。 なにやら、妙な生き物をネットで見続けていた為に、目疲れ。 そして、仕事もそこそこ夜中もやっており。 具合がここ数日悪いのか。睡魔が酷くて困っています。
そうそう。 初詣に行ったら、二車線で隣に止まってたタクシーが乗客を乗せる為にドアを開け。 そのドアが私の車の運転席を直撃。 修理に出した為に、車ナシの生活を余儀なくされてひもじかったのも原因かと。 一人暮らしなのは、気楽でいいけど。 ちょっと、何か買ってきてよーと頼めないのは不便かな。 っつーか。歩いて行けよ。買物ぐらい。
ってことで。 非常食用のカロリーメイトも二箱食べちゃったし。 ウィダーinゼリーも食べちゃったし。 冷凍ピラフも嫌だし。塩ラーメンも嫌だし。 なので、歩いて本日は買物に行きました。 ちょうど、眼鏡とサングラスが出来上がってたので、それも取りに。
唐突だけど。 ふと思うことがあって。 「そんな無神経なこと言うのは許せないっ!」 っていうのが強い人っていますよね。 まぁ、ここまで強い感じでは無くとも。若い人にありがちなんですけどね。
例えば。 誰かが亡くなったとほのめかす人が居たとして。 それが悪ふざけであったら、大概の人は怒りますな。 ま、私の場合は怒るよりも 「この人は、身近の大切な人が亡くなった事が無いんだ」 と諦めの心境になる訳で。 知らない人は、知ってる人よりも。 いくら想像したとしても、やはり口から出る言葉は軽い訳で。 それは、仕方が無いと思うのです。
前にも書いたけど。 私は亡くなったという表現すら、しばらく自分では避けていて。 今は亡くなったとは書けても、その状態を一文字の漢字で表す「シ」という言葉を書く事を避けてます。 うっかり自分で書いてしまった日にゃ、それが見事に跳ね返ってきて気分が悪くなる。 人が書いている分には、まぁ、いいのです。見ても何とも思わない。 いや、思わない訳じゃないけど、書ける状態の人なのだと思うだけで。 書けないと避ける私がヘナチョコなのだろうと思いつつ、 やっぱり現実と向き合ってないのだろうか?と少しだけ考える程度なのですね。
だけど、身近な人が亡くなったと語る人でも。 平気で「シ」という漢字が書ける人もいる。 何度も何度も書ける人もいる。怒りなのかもしれないけど、書ける人もいる。 普通にその時の話を大勢の前で話せる人もいる。 消化した出来事なのか、語ることで楽になるのか分からないけど語る人もいる。 頭にきたからと、相手に「サツ」という漢字を使って暴言を吐ける人もいる。 「サツ」=「シ」という連想をしないのか、憎くて仕方ないのか分からないけど暴言を吐ける人もいる。
それが非常識だとか、無神経だとは思わないけど。 でも、やっぱり重さ違うかな。って感じてしまうわけで。
その人が、そんなに堪えて無いから書けるんじゃん?とは思わない。 きっと、すごく辛いから。辛かったから怒ってるんだと分かるのだけど。 身内の場合も、同じなのかな?という疑問が少しだけあったりして。 でも、多分。その人は同じなのかもしれない。 どんな場合でも、正義感が優先するのかもしれない。
正義感って、怒りになり易いんだろうな。 私にも、そういう時があったような気がするけど。 どうだろ?
差別的な言葉とか。侮辱的な言葉とか。見下した言葉とか。軽すぎる言葉とか。 そういった言葉に対して、私は「やれやれ」と思うだけな気がする。 それは、その言葉を吐いた相手に対して諦めているというよりも、 その言葉を吐いた相手が、何も分からないという事に同情しているのかもしれない。
知らないから、そんな事が言えるんだよ。
そんだけ。
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