一色達夫の日記

2008年01月30日(水) 西条藩政200年の庶民教育「父母状」について

15時半から催された「西条・新居浜市議団市政協議会」での講演、三木秋男さんによる{西条藩政200年の庶民教育「父母状」について}が面白かった。

西条の住人でありながら、我が地の藩政時代の歴史についての知識が、今まであまりにも少なかったことを自覚した。
歴代藩主が江戸詰めであったことは知っていても、本家筋である紀州藩徳川家との関係がどんなものであり、この西条での藩政をどう執り行っていたのか知らなかった。

その一端が、今日の講演で聞けたことと同時に、現在に通じる庶民意識がどう形成されていたのかまでも、なんだか思い当たることがあり一人合点がいった。
講演のなかに、西条藩政時代のなかで興味深い出来事がある。新田開発によって、最終4万3千石ほどになっていたという西条藩の石高のこと。
西条藩からの 上がり が3万石と紀州藩からの合力米2万石。合わせて5万石での藩政運営であれば、藩政運営にさほど熱心でなくても十分な生活ができるだろう。それが 新田開発 によって、石高を上げる考えがどこから出てきて、その仕事を誰がどのように行ったのか。禎端の新田開発によって得られたものが、西条市発展の礎となって現在まで受け継がれているように感じる。
この歴史をたどれば、西条の未来を考えるうえでの大きな参考となるように思えてくる。

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「西条・新居浜市議団市政協議会」の意見交換会のなかでは、新居浜市が新年度から取り組みの準備をしていると伝え聞く、地区公民館の管理運営体制の変更についての情報収集。
私の知識欲を大いにくすぐられた会であった。


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