| 2002年10月25日(金) |
ロシアと日本 二つのテロに思うこと |
季節の花を愛で心穏やかに過ごせた昨日とうって変わって、心に鉛を詰め込んだような一日だった。 ロシアの劇場を占拠して700人もの一般市民を人質に立て籠もったテロ。 方や日本では、民主党の衆議院議員が命を落としたテロ。 有史以来繰り返されてきた、人間の醜い部分からくる悲劇を思い、心が沈んでいく。 悲劇は、劇場の舞台の出し物なら人々の拍手を受けようが、それが現実の出来事だったら言葉もない。 語弊があることを承知で言えば、日本における劇場は、有閑人の享楽を提供する場所のような位置づけしか得られていないように思う。 しかし、諸外国のそれは違う。町のシアターでの前日の出し物の感想が、日常会話となるのが当たり前である。 そのような国での劇場の位置づけからして、劇場を占拠するという事は、その国の文化とは異質の文化を受け継ぐ者の、精神的な部分への挑戦という意味も秘めているのではないだろうか。 そんな考えから、今回のロシアでのテロを、私は そこまで来たか という意識で見た。 文化と文化の対立から来る諍いや、国と国との経済的な覇権というような大きな対立と比べ、日本のテロは何だか みみっちい。 同じ民族の間でどんな恨みによって凶行に及ぶのだろうか。 ああ嫌だ。もうこの件は止めよう。
・11月21日に実現しそうな講演会のセッティングに、会場の空き状況を調べて廻ったり、連絡FAXを発信したり。 ・太鼓台への「花の御礼」はがきの制作。 ・11月4日に伊予市である「合併フォーラム」への参加申し込みFAX発信。 ・11月10日に兵庫県である講演会の問い合わせメールを発信。 ・トラクタの修理依頼。エンジンが動かない。これは重傷。 ・資料整理。 秋晴れの一日。部落内の「松山三井」の収穫も今日で終わったようだ。 昨日は生き生きとして見えた花々も、今日はご主人の心を見透かすように何だかしおれているように見える。 考え過ぎか。
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