我が家には、ベンジャミンの大鉢からポトスの小鉢まで観葉植物がたくさんある。去年の夏は、一時帰国だったので、留守の間、その家中の鉢を知人たちに預かってもらった。 少し前に株分けをしたばかりの、まだ葉の少ないサトイモ科の鉢は、息子たちのクラスメートのお母さんに託けた。
私たちが帰ってくるまで、責任感の強い彼女は、預かった鉢を枯らしてはいけないからと、何かと愛情をかけて看てくれていたようだ。水は水道水で十分なのに、わざわざ飲料用の「エデン」の水を与えてくれていたという。
お陰様で、日本から戻ってきたときには、一回り大きくなった元気な鉢たちと再会することができた。
あれからまた一年経ち、葉数が増え植物の背丈も高くなり、家の中の緑がますますにぎやかになった。
先々週、鉢をエデンの水で育ててくれた友達から電話があり、夏休み中に日本に完全帰国することになった、と知らされた。
言葉を失うほどショックだった・・・。 二人の子供たちがそれぞれ同級生で、私のゴルフ仲間でもあったので、突然の知らせに、親子共々動揺は隠し切れなかった。
時を前後して、あんなにも元気だった例のサトイモ科の植物が、下のほうから急に葉が黄色く変色して枯れ始めた。
物理的な生育条件が悪かったのかとも思ったけど、今まで全く元気だった鉢が突然弱り始めたのだ。株分けした株元のほうは、同じ条件下でますます元気に大きくなっている。
私はふと思った。 この鉢は、昨夏自分を看てくれた彼女たちファミリーがいなくなってしまうから、寂しくなって枯れ始めたのではないのだろうかと。
実はあの時、この鉢を株分けしたばかりで、まだ根も新しい土に馴染んでいない危うい状態で、彼女に託けたのだった。
「もしかしたら、根付きが悪いとこのまま枯れてしまうかもしれないけど、そのときは、この植物の生命力の問題だから、枯れてもあまり気にしないでね」と伝えてあった。
そういう生命力が不安定な状態であったから、彼女もいろいろな心遣いをして、その鉢を新しい家族の一員のように看てくれていたに違いない。
植物を丹精して育てた経験がある人ならわかると思うけど、植物にもちゃんと心がある。この場合、魂と表現したほうがいいかもしれない。
植物も育ててくれている人の心、愛情がわかるものなのだ。
そうか。きっとこの鉢も、身を枯らして別れを悲しんでいるのだろう。 うんうん、わかるよ、君の気持ち・・・。
* * * * * * *
今回の現象を通して、生きものの魂みたいなものを改めて再確認させられたような気がする。
これからも、水やりのときに植物たちに声掛けをして、心で声をきいてあげようと思った。
我が家のリビングにはね、鉢の数だけ家族がいるみたいなんだよ。
自己主張の強いのや、おとなしいのや。一つ一つ、個性があるの。
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