2009年05月13日(水)  2才と17才と60才のピアスの穴

「ピアスを開けたの。まだひと月経ってないんだけど、この後が楽しみ」
と聞こえてきた声の主が初老の女性で、反射的に頭のテープレコーダーをオンにした。
「気分転換したいと思ってたのよ。内科に血圧のお薬取りに行ったら、ピアス開けますってカードが貼ってあって、すぐできますかって聞いたら、はいって言われて」
そんなきっかけでピアスを開けるとは、頭ではなかなか思いつかない設定だ。
「金属アレルギーでイヤリングができなかったけれど、ピアスならオシャレを楽しめそうでしょ」
60才前後と思われるその女性のうきうきした気持ちが、弾んだ声に現れていた。おばあちゃんになってもカラフルなワンピースを着て、ピアスをとっかえひっかえするんだ、と思っているわたしは、勝手に親近感を抱いてしまった。

わたしがピアスの穴を開けたのは、17才のとき。アメリカ留学から戻って高校2年の続きを始めた2学期の始めのことだった。アメリカでは「どうして開けないの?」と何度もせっつかれつつ尻込みしたまま帰国したのだけど、同じクラスになったミヤさんに「一緒に開けへん?」と誘われて、高校の近くのショッピングモールでホッチキスみたいな器械を買った。自分で開けることにしたのは、耳鼻科で開けるより安いという理由だった。千円も違わなかったと思うけれど。

ミヤさんとは部活も同じ体操部で、たまり場にしていた部室でピアスホール開通式を執り行うことになった。「氷で感覚を麻痺させると痛くない」と聞きつけ、高校の向かいの定食屋(三国屋という名前で、最近閉まってしまった)で「ジュースの氷だけください」と注文したら、タダでコークの紙コップに入れてくれた。その氷で耳を挟んで痺れさせ、まずわたしがミヤさんの耳にピアスを打ち込むと、「ほんまや、全然痛ないわ」とミヤさん。都市伝説の白い糸(ピアスの穴を開けると、白い糸が出てきて、それは視神経……という噂がまことしやかに語られていた。ありえない、と思いつつ、脅迫効果は抜群だった)が飛び出すこともなく、怖がり、痛がりなわたしは安心したのだけど、打ち込むミヤさんのほうが怖じ気づき、耳の途中で針が止まってしまった。「どないしよ」とうろたえるミヤさんに、「ええから、ブスッと行って!」と物騒な指示を飛ばし、なんとか穴は開通した。

ピアスを開けたことは、親には内緒だった。膿みに気をつけてこまめに消毒しながら、穴が定着するのを待つ。傷口である穴の表面が乾くまでの約一か月はファーストピアスを外せない。耳の前に髪を垂らし、耳の真下で縛るという縄文人風ヘアスタイルでピアスを隠したのだけど、ある日の夕食でバレてしまった。覚悟していた以上に親は激怒し、普段温厚な高校教師の父は「自分の生徒やったら耳引っ張って職員室連れて行く」と目くじらを立てた。母親には定期券代を没収され、しばらくの間、10キロあまりの距離を自転車通学することになったが、車がびゅんびゅん通る道で、ピアスを開けるより危険やん、と思った記憶がある。どうやって怒りが解けたのかは覚えていないけれど、穴を塞ぐことは免れ、現在に至っている。

ピアスの穴を叱られたとき、「アメリカの高校生はみんなやってる」と口答えしたら、「ここはアメリカとちゃう!」と重ねて叱られたが、クラスメートの中にも「親が生んでくれた体に勝手に傷をつけるべきではない」という意見があって、そんなことを想像もしなかったわたしは驚いて、小さく反省した。うちの親は厳しすぎる、と当時は反発したけれど、最近娘のたまと同い年(2才!)のおともだちがピアスを開けたのを知って、「わざわざ傷つけなくても!」と即座に思った自分に驚いた。2才はさすがに早すぎるけれど、17才になっても、娘がピアスを開けるときは、親の心にも穴が開くのだということが、ようやく分かった気がする。

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