2005年12月02日(金)  第12回函館港イルミナシオン映画祭 参加1日目

函館港イルミナシオン映画祭をはじめて訪ねたのは、平成9年。「函館山ロープウェイ映画祭」と呼ばれていた最後の年だった。映画祭主催のシナリオ大賞で『昭和七十三年七月三日』が準グランプリを取り、授賞式に招かれての参加。シナリオを書き始めて初めての受賞だったが、映画をほとんど見たことがなかったわたしは、函館の山頂で映画そして邦画の面白さに目覚め、「来年もこの映画祭に来たい!」という思いで書いた『ぱこだて人』が翌年の準グランプリを取り、「函館港イルミナシオン映画祭」となった映画祭を「ただいま」と再訪した。

前田哲監督に見出されて映画化された『パコダテ人』プレミア上映のときはゲストの監督、宮崎あおいちゃん、木下ほうかさんを追っかけて参加。4度目の参加となる今回、はじめて脚本家としてゲスト招待された。デビュー以来、映画祭に招待されること自体、はじめて。切符も宿も自分で取らなくていいって、ラクだー。

空港からの車でご一緒したのは須賀泉水さんというすてきな女性。「ムロツヨシのマネージメントをしています」と自己紹介されて、「え? ムロさん来るんですか」とびっくり。明日上映の『サマータイムマシン・ブルース』(監督:本広克行)に出演しているとのこと。ヤニーズ時代から舞台を観ているファンなのに、映画にも出ているとは知らなかった。須賀さんはもう一人、香港人俳優のマネージメントをされているとか。「ひょっとしてエディソン・チャンですか?」と希望を込めて聞くと、「そうです」。ムロツヨシとエディソン・チャン、わたしにとっては双璧を成す二人。「え? 落差ありすぎません?」と函館山の山頂ではじめましての本広監督。この方、大監督なのに素顔はとても気さく。「あ、『子ぎつねヘレン』の人ですか? あれ、泣きそうですよね。ぼく、一人で観に行こうと思ってるんですよ」と言ってくださる。シナリオ大賞の受賞者にも自分からどんどん話しかけられていた。

『運命じゃない人』の内田けんじ監督には、ロープウェイのふもとで声をかけてみた。「わたしのサイトですっごく話題になってて、観ました。面白かったです」。うーん月並み。内田監督、最初はシャイな人という印象だったけど、後から、実はけっこうしゃべる人だとわかる。

オープニング上映の『秋聲旅日記』(監督:青山真治)と『田んぼdeミュージカル』(総合指導:崔洋一)を続けて観る。前者は金沢の商店街と映画館が共同企画した映画製作ワークショップから生まれ、後者は舞台となった北海道穂別町を崔洋一監督が講演で訪れた際、お年寄りたちが「わしらにも映画を作れるべか?」と言ったのがきっかけで制作された。どちらもその土地の味が生きた作品。偶然だが、『田んぼ〜』の脚本を書かれ、プロデュースも手がけた斎藤征義さんは、義父の友人。いつも「穂別の斉藤君」の噂を聞いていたが、映画祭のゲスト同士で対面を果たせるとは、びっくり。

崔洋一監督、斎藤征義さん、青山真治監督、あがた森魚さんによるシンポジウム「映画を創る映画祭とは」の後、オープニング・パーティー。時間がおしていたので1時間ちょっとで終わり、2次会の『牛頭(GOZU)バー』へ移動。はこだて写真図書館の中に映画祭期間限定のバーが出現。明日上映の『ニライカナイからの手紙』(『ジェニファ』と同じくウィルコ制作)の熊澤尚人監督と脚本のまなべゆきこさん(シナリオ大賞出身者)と話がはずむ。映画祭スタッフの皆さんともたくさん話す。わたしの仕事が順調な様子を自分のことのように喜んでくださる。お父さんがいっぱい、という感じ。

2001年12月02日(日)  函館映画祭3 キーワード:Enjoy

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