あたろーの日記
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2005年11月12日(土) 風が強くて。

 旧暦10月11日。 
 15歳の女子高校生が、同級生の少年に50ヶ所も刺されて殺される。昨日職場で、同じ町田市から来ている人と、「怖いですね、気をつけてくださいね」という会話をしたのだけれど、まさか、同級生の犯行とは。
 私がまだ幼児の頃、住んでいたアパートの真下の部屋で、当時高校生だった娘さんが、交際関係のあった男に包丁で滅多刺しにされて殺された。犯行を終えてアパートを出てきた犯人が目にしたのは、アパートの階段を出たところで砂遊びから帰ってきて幼子の手足を洗っている若い母親とその娘(私)だったそうだ。もう30年以上前の話である。だから、若者の凶悪犯罪が近年とみに増えてきたとは思えない。ただ、人の命をゲームの一部のように捉えるという感覚が、なんとなく、命というもののハードルを低くし始めているような気がする、最近。命ってなんなのか、恥ずかしがって真っ正面から捉えようとしなかった世代のツケが今、回ってきているような感じが。安易にゲームにはまり、安易にテレビと芸能人の無責任な電波に乗っかって受動的に生きてきた私たちの世代が、今のメディアを引っ張っている、その結果のひとつが若年層の凶悪犯罪ではないかと・・・と、そんな風に書いたら、きっと反感を買うだろうなあ。。。でも、撤回する気はない。凶悪犯罪がそういうことに源流をもつとは言えないにしても、自分の頭で辛抱強くいろいろ考えることができなくなったのには、ただただスイッチを入れてボケーッと見ていればいいというテレビの影響は大きい。
 話がどんどん逸れていくけれど、そういう意味からも、今後、テレビに期待できることは少ないのではないかと思う。私がテレビに期待するのは、たまに良質なものがあるドキュメンタリー番組(作り手に大きく左右される)と、あるがままを映した伝統芸能などの番組と、ニュース(これも作り手に大きく左右されるけれど)くらいだ。だから、テレビとインターネットの融合、などといいながら世間を騒がせたホリエモンもミキティも、一体どこまで見えてるんだか、底が浅すぎる、としか思えない。要は、そういう綺麗ごとを掲げながら、他人が苦労して築き上げた会社を自分のものにしたいという、ただの駄々っ子なだけである。

 また話がすっ飛んで、今日は午前中部屋の掃除やら何やらをして、午後は小唄のお稽古の予定だったのだけれど、お師匠さんのお身体の具合悪く、中止に。普段三味線の練習を真面目にやらない不肖の弟子である私でも、お師匠さんの具合が悪いと聞くと、今までの教え甲斐のない自分に腹が立つ。申し訳ない。
 ・・・お稽古に行く支度をして家を出たものの、中止となったので、夕方、神保町へ行く。あまりにも風の強い本日。靖国通りにある古書店の店頭をいくつか見て回り、東京堂書店、三省堂、三省堂隣の古書モールにも入る。今新刊本で欲しい物がいっぱいあって、結局どれを買おうか迷っているウチに閉店。アホか。買ったのは『本の雑誌』だけ。まったく。次回は少しお財布に余裕を持たせて来ないと。

 自宅近くの、衣類や手作り雑貨の委託販売のお店の前を通り過ぎ、ふと、店の前で話し込んでいた人の顔に見覚えあり、と、立ち止まり、ちょっと戻って、ああやっぱり、と挨拶すると、相手も驚いた。会社の出入りの業者の人で、副業で、自分のデザインした衣類をその店で委託販売してもらっているそう。そういうことをしているとは聞いてはいたけれど、まさか我が家のそばの店とは知らなんだ。毎日前を通っているのに、気がつかなかった私。

 近所の居酒屋で久しぶりに呑む。
 お客は私の他は、40歳初めの男性2人。安藤鶴夫の随筆集を読みながら、2人の会話がどうしても耳に入ってしまう。人生いろいろなんだな、ほんと。・・・こと、恋愛となると、男の人の方が表に出すのが下手な分、よい解決法、というか、心の安息を見いだすまでに時間がかかるようだ(女性でもそういう人は多い・・・・とも思う)。
 今、日本列島で、心が不安定で落ち着かない状態の人達は、いったいどれくらいいるんだろう、と、ふとそんな風に思いながら呑んだ。
 


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