あたろーの日記
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2005年01月26日(水) ごった煮の鍋の中。

 旧暦12月17日。
 ちょっと残業して、19時の閉店ぎりぎりに神保町の東京堂書店に駆け込む。今日は古井由吉『聖なるものを訪ねて』(集英社)の発売日。先日予約した際に貰った引換券と交換で、2月6日の講演会&サイン会の入場券も貰う。裏を見ると鉛筆で「26」と書いてある。26番目ってこと??さあ、講演会までこれを読もう。で、この本に古井氏のサインを貰うのです。
 『暮しの手帖』早春号が発売になっていたので、これも買った。今号の表紙は白地に赤い字、黒い鉛筆となんだかお洒落。写真の鉛筆が、手で削られたものというのもいいな。巻頭の商品テストは食用油。最近ちょっと気にしているので、ちょうどよかった。ちなみに『暮しの手帖』にも噺家さんの書いている落語に関する読み物が掲載されていて、ちょっと嬉しい。
 最寄り駅のコンビニが改装をして、24日から新装オープンした。今夜改装後初めて寄った。駅から出るとコンビニが3軒固まっていて、最も小さいコンビニなので、普段は入る人あんまりいないんだけど、今日はどんどんみんなは行っていく。やはり興味ある人が多いみたい。が、入ってみたけど、どこが変わったのか分からない。どこを改装したの??店内の壁とかかなあ。よく分からない。少なくとも商品の配置は以前と同じ。なんなのだなんなのだ。なんなのだつまんない。と言いつつも、私はいつもこの一番小さいコンビニに寄ります。
 
 自分の価値について、うじうじと考えている。人間の存在価値なんてそんなものあってないようなものなのに。誰にでもどんな人にでも存在価値なんて当たり前以前に当たり前なのに。・・・人と比べたらキリがない。世の中自分より優秀な人なんて星の数ほどいる。それに、一体何をもって優秀かそうでないかを決めるのか。そんな基準もあってないようなものなのに。存在することの価値も、能力の有無も、そんなもの、人間という狭い範疇の中で、自分が満足するための基準でしかない。そんなものに左右されて、自分が存在し続けることに疑問を持つのはおかしい・・・とは思うけど。
 でも社会にいるとやっぱり自分を集団の中での基準に当てはめて考えてしまうし、人と比べて取るに足らない自分が情けなくなる。答えの出ないごった煮のスープ鍋の中にぷかぷか浮いているような気分だ。


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