あたろーの日記
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旧暦12月16日。 なんでだろう、夜中から嘔吐が続き、だるいので会社を休んだ。あたりそうな食べ物は食べてない。心当たりあるとすれば、このところ胃痛が続いていたことか。仕方ないので今日はほとんど食べず。夕ご飯におじやだけ。 休んでいたので読みかけの『びんぼう自慢』(古今亭志ん生・ちくま文庫)を読み終えた。ご存じ五代目志ん生の波瀾万丈の人生。親元を飛び出し芸の世界に飛び込んだものの、飲む打つ買うが半端じゃなくて、いっつも極貧ドタバタ続き。それでも頼れる女房がいつもそばで支えてくれて、やがて4人の子供(うち男の子2人はのちの十代目金原亭馬生と二代目古今亭志ん朝)にも恵まれる。高座に上がることのなくなった晩年の志ん生師匠が昔を思い出しながら語ったものを、昨年6月に亡くなった小島貞二が、何度も志ん生宅へ足を運び、話を聞き、編んだ。『びんぼう自慢』は昭和39年に毎日新聞社から出た版がまず評判を呼び、それから5年後の昭和44年に、内容を大幅に改訂して今度は立風書房から出た。この、立風書房版がちくま文庫によって再び日の目を見たといういきさつ。 とにかく面白い。志ん生師匠の破天荒な生き方が凄い。今時こんな人はいないだろうなあ。いや、今時こんな生き方は出来ない。どん底の貧乏なのに、少しでもお金が入るととにかく全部お酒に使っちゃう。婚礼の翌日にはもう女郎買いに行ってしまう。挙げ句家賃を払えず一家で夜逃げ。関東大震災で激震が収まるやいなや、家の心配よりもまず酒が手に入らなくなることを怖れ、女房の財布をふんだくって近所の酒屋に走り、店主の逃げた店で酒をあおり、割れずに残った酒を抱えて持ち帰るといった類の数々の奇行。 ただ、どうしようも手に負えない困った御仁ではあるけれど、憎みきれない可愛さがある。貧乏長屋暮らしや酒博奕色ごとのあれこれが、結果的に志ん生の芸を深くした。長い苦労が芸を味わい深くした。・・・けど、一番苦労したのは女房殿だったろうなあ(^^;)女房あっての志ん生だったんだと、『びんぼう長屋』を読んで思ったし、当の志ん生もそれを分かってらっしゃった。昔の女の人は辛抱強すぎる。。。 戦時中、満州に慰問に行く話が出てくる。志ん生と一緒に波乱に富んだ旅に出かけたのが六代目三遊亭圓生。偶然、先日神保町の古書モールで圓生師匠の『寄席育ち』(青蛙房)を見つけて購入したばかり。気になって圓生師匠の本をめくってみると、やはり、志ん生師匠との満州行きの話も書いてある。2人の噺家が別々の本で同じエピソードを語っているのは面白い。ざっと見たところ、志ん生が生きて日本に帰れないと絶望し、ウォッカ6本(!)をあおって自殺しようとして未遂に終わった事件は、圓生の著作には書かれていないようです。こういうところ、読み比べしてみると、それぞれの人柄が伝わってくるようで、興味深いです。 志ん生も圓生も当然この世にはもういない。ただありがたいことに、ラジオやCDなどで貴重な音源を聴くことが出来る。志ん生ものからまず少しずつ揃えていければいいなあ。でも、ナマ志ん生はとうに昔の人だから諦めがつくけれど、志ん生の次男でこれまた人気のあった志ん朝はほんの数年前までご存命だった。私がもっと早く落語に目覚めていれば、志ん朝師匠の高座も見ることが出来たのに、と、今更ながらに悔やんでいます。 だからこそ、今現役の噺家さんの高座を出来る限り堪能したいなあ。
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