あたろーの日記
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| 2004年09月05日(日) |
ラジオ。「銀河鉄道の夜」。 |
旧暦7月21日。 ラジオ云々屁理屈書いてしまったのですが、民放ラジオにも耳に心地よい番組は沢山あるのです。間の取り方が上手い語り手だったり、心の準備なくとも耳にすんなり入って留まってくれる音楽をさりげなく流してくれたり、そういう番組は探せばいくらでもありそうなので、探してみようっと。 新潟の実家にいた中高生の頃、自室のラジオの感度がやけに良くて、ダイヤルをゆっくりゆっくり回していると、平壌放送(今思うとそうだった)や、韓国の歌謡番組や、ロシア語の放送が聞こえたりして、訳判らないままドキドキした。スピーカーに耳を近づけながらひたすらゆっくりダイヤルを回し続けると、「ツートンツートン」とか「ピー・・・ピー・・・」とか規則的な信号も受信するし、どこの国の言葉か判らないような不思議な言葉も耳にする。面白がってしばらく聴いていると、いきなり終わって無音になったり、前回聴いたラジオ局をまた聴こうと同じ周波数に目盛りを合わせるのに、雑音だけで全く何も聞こえない、ということもあった。もしかしたら聴いてはいけない局を突き止めてしまうのでは、と、ちょっとしたスパイみたいな気分にもなったりして。どこかの国の、秘密の地下組織が人々を喚起するために時々周波数を変えて番組を流したりしてるかも、とか、それから、宇宙人はどの周波数でメッセージを送ってくるのだろうか、なんて、無知もいいとこだけどちょっと考えてみたりもした。目には見えないけど、自分の周りにはいろんな電波が飛び回っていて、それをラジオ受信機が拾うんだと思うと、すごく神秘的でもあった。今でもそう思う。 もしかしたら、ラジオはテレビより奥深いんじゃないか、という気がする。そんなわけで、感度の良いラジオが無性に欲しくなってきました。。。宇宙人のメッセージも受信できるような。
宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を読んでいた。新潮文庫版をもっていたのだけど、先日ちくま文庫版を買って、旧仮名遣いで読んだ。やはり近代文学は原文に近い旧仮名遣いで読んだ方が味わい深いような気がする。 もう何回読んだか判らないけど、結末も知っているけど、また読みたくなって、で、最初から最後まで泣いてしまう。胸の上部がつかえて、悲しい気持ちになりながら、ジョバンニやカムパネルラが愛おしくて、二人の気持ちになりきって、読んでいく。「夢」を利用した話は好きではないけれど、これだけは特別だと思う。こんなに美しい話が他にあるだろうか。これほど哀しくて、幻想的でな物語はないと思う。いつの間にか、自分もジョバンニと一緒に車窓の外を眺めている。そして、ジョバンニは自分のことだと思ってしまう。 そういえば、ラジオと、「銀河鉄道の夜」は、どことなく共通点があるような気がする。ないと言えばないんだけど、あると言えばある。上手く言葉にできないのだけど、うーん、なんと言うか、ノスタルジーか、神秘か、目に見えない周波数を拾う旅、とでも言うのか。。
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