あたろーの日記
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旧暦4月19日。 佐世保の事件。。 加害女児の周囲の大人達、学校の教員や教育関係者、そして両親の言葉。誰もが皆、何故こんなことになってしまったのか、とショックを隠せず、責任を感じ、苦しんでいる。 だけど、彼女の身近にいた大人達にも責任はあるだろうけど、同様に、日本中の大人達の責任もあるんだろうと思う。ニュース記事を読んでいても、とても他人事とは思えない。これは今の日本のどこにでも起こりうる事件なのかもしれないと暗鬱とした気持ちになる。だから、インタビューに答える大人達の言葉ひとつひとつが、重く伝わってくる。
自分が小学6年生の頃も、クラスメート同士で交換日記もしたし、喧嘩もしたし、悪口もあったし、仲間はずれもあった。私も「あんな子いなくなってしまえばいいのに」と心の中で思ったこともある。誰かを言葉で傷つけたことも、逆に傷ついたことも。報道で知る限り、事件の彼女たちは私の小学時代と共通することも沢山あるようで、今も昔も変わってないんだ、とほっとする一方、大きく違っている点もあり、愕然として理解に苦しむ。 「いなくなればいい」と思っても、その相手を世の中から本当に消してしまうなど、露ほども考えなかった、そういう発想すらなかった自分の少女時代から、今は大きく隔たってしまったのか。命というものは自分たちの手の届かないところにある、決して触れてはならない、触れることのできないものが命なのだという畏怖にも似た感覚。もしそれを犯してしまったら、取り返しのつかない事態になる、自分は今のままの自分ではいられなくなる、という想像力。・・・彼女の中から、何がそれらを取り払ってしまったのか、それとも初めから彼女の中にそういう想いが存在しなかったのか・・・。 日本の大人達に、大きく重く暗い課題を突きつけられたようで、辛いけど、逃げずに考えていかなければいけないんだな、と思う。。
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