あたろーの日記
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旧暦閏2月28日。 ・・・オハヨウゴザイマス。 土曜の日記なんですが、書いているのは日曜の朝です。 布団を干して、部屋を軽く掃除して、朝ご飯食べて、その後マグカップにカフェオレたっぷり作って机の前に座りました。 昨日12時きっかりに寝たんだけどたっぷり7時間も眠ってしまった。勿体ないよ〜(泣)。欲張りなせいか、休日に遅くまで寝ていられないんです。天気がいいとなおさら張り切って早起きしてしまいます。休日にやろうと思ったことをできたかどうかで、その週の平日の精神状態が大きく変わるので、とにかく朝が肝心なわけです、私の場合。・・・そう言いながらあとでちゃっかり昼寝もしたりします(^^)あとね、ひと部屋向こうの住人のお兄さんの目覚まし時計がリリリリリリーンとさっき何十分も鳴り続けてうるさかったんであります。たぶん私の隣のおじさん?も近所のみんなも無理矢理起こされたはず。が、当の部屋の住人はたぶん熟睡なんでしょう、ぜんぜん目覚めない様子。窓あけて寝てて、朝目覚まし時計のベルにも起きない、代わりにご近所を起こしてくれるという大変ありがた迷惑なお方です。前はドラえもんの音楽と「起きろ〜」という声で起こしてくれる目覚まし時計を使ってたのですがどうやらそれでは起きられないと思ったらしく(いや、起きないのは本人だけで、私はそのけたたましいドラえもんの音楽に毎朝びびってたんですが)、最近新しいのに買い換えたようです。でも、やっぱり起きない。ドラえもんの時代もそうだったのですが、ひどい時は1時間くらい鳴り続けてます。彼の時計は電池の消耗激しいだろうなあ。。。と、ここまで書いたところで、そのお兄さんがドドドドドッともの凄い勢いでアパートの外階段を駆け下りていきました。どこに行くのか知りませんが、完全に遅刻でしょー。
昨日は小磯良平展を観に世田谷美術館に行ってきました。杉並に住んでいた頃は環八沿いに自転車で気軽に行けたのですが、巣鴨からだとさすがに躊躇しました。でも、ま、天気いいしってことで、ポタ子さん(MTBの愛称)漕いで行きました。が。走り出してすぐ後悔し始めました。なんつう暑さだ。もう夏じゃん。。。Tシャツでしたが、アスファルトのもわっとした熱気に当てられてすぐ気力が萎え始めました。し、しかし。引き返すことのできない性格ゆえ、結局そのまま走り続けましたです。 自慢じゃないですが(自慢だろーが)、この方向音痴の私が、東京山手線内とその周辺をかなり自転車で走り回って、今では地図がなくても目的地にだいたい近づくことが出来るようになりました。走ってみて、東京って狭いなーと感じます。特に山手線圏内なら、最長距離でも1時間半くらいあれば端から端の駅に行けちゃいます。ただし、坂が多いので(山手線内は坂から逃れられない〜・泣)しんどいですが。     が、さて、世田谷美術館は広い世田谷区のしかも横浜寄りの砧(きぬた)にあるのでさすがに遠かったです。道ばたの看板とか花とか犬とか、あと○○の碑、みたいなのにすぐ反応して寄り道してしまうので、私のチャリ漕ぎでは片道3時間、往復6時間もかかっちまいました。。だいたい私の時速は10キロなので漕いだ時間が実質2時間ずつとすると、たぶん巣鴨と砧間は20キロの距離ということになるでしょうか。往復40キロ。はい、体重減りましたです。1キログラム。夜、銭湯の体重計に乗って密かに喜びました。が、たった1キログラムで浮かれるなかれ。しかもその後風呂上がりのビールの誘惑に勝てなかった己の甘さを思い知れ(←リバウンド早し)。 あ、横道逸れちゃいましてスミマセン、えーと。あんまり道に迷いたくないので、わりとストレートなルートを使いました。巣鴨から池袋に回り、明治通りを新宿に南下、新宿御苑脇から甲州街道に入り、高井戸で環八通りに折れ、あとは砧まで一直線という非常に分かりやすい道順です。しかも、坂道がなかった。けれど、もの凄い排気ガスで、休日だからまだマシな方ですが、たぶん耳鼻穴真っ黒です。げげ。身体に悪そう。。 写真は一番左が、甲州街道と中野通りが交差する渋谷区幡ヶ谷1−10の地点にある「牛窪地蔵尊」と「道供養碑」それから「庚申塔」です。上京してからしばらくずっと京王線沿線住人だったのですが、電車だったり、たまに友達の車で甲州街道を行くにしても、こんなものがあるとは全然気づきませんでした。自転車で通り過ぎてから、「れ?今のはなんじゃ」と引き返してみたらこういう面白いものだったわけです。「牛窪地蔵尊」は正徳元年のもの。昔この地は極悪人の刑場として、もっとも厳しい牛裂きの刑が行われていたその供養のためだそうです。牛裂き・・・『江戸の刑罰』(石井良助著・中公文庫)によると、とくに戦国時代に広く行われた残酷な刑のひとつで、「罪人の両足を二頭の牛にむすびつけ、牛のあいだに焼松(たいまつ)を入れて、おどして牛を走らせ、罪人の股をひきさく刑である。」とあります。牛窪の地で牛裂きの刑がいつ頃行われていたのかはちゃんと調べていないので分からないですが(江戸時代ではないと思います)、今は車がひっきりなしに行き来している甲州街道でかつてそんな恐ろしい刑が行われていたのかと思うと、時の流れというのは不思議なもんだなあって感じました。「道供養塔」というのは、道自体を供養し交通安全を祈願したもので珍しいそうです。邪推かもしれませんが、場所の記憶、というものがあるとしたら、大昔の刑場であった場所と、今非常に交通量が多く事故も少なくない場所、そこに立つ供養の碑、関連性がないように見えるけれど、案外なにか繋がっているのかも、なんて思いました。 隣は環八通り沿いの雑貨屋さんの屋根から溢れんばかりに咲き乱れていた藤の花です。はじめはこんな造花もあるんかい、と思ってよくよく見ると、本物でした。この前まで桜だったのに、もう、藤の季節なんですね!といっても、ちょっと早いような気がします。日当たりがいいからかもしれませんね。道行く人がやはり立ち止まって「ほぅ」って感じで眺めていきました。甘くむせるような香りが漂ってきて、もう幸せな気分になっちゃいます。で、この雑貨屋さん、言っちゃ悪いけどオンボロなんです。商品もほとんどなくてガラガラ、人気もない。藤に食べられちゃったような店です。でも、そこがいいんです。周りの景観も考えられて作られた藤棚もいいけど、こういう、なんでこんなとこに!って感じの古い家屋の屋根にドバーッと咲き乱れてる藤。呆気にとられて圧巻です。 あとの2枚は世田谷美術館の前で撮ったものです。 母が小磯良平の描く清楚な感じの女性画が好きなので、図録も買って実家に送るつもりで行ってきたのですが、私は「清楚な」女性画より、男性画も含め、描かれたモデルの視線を通して見えてくる小磯良平自身のまなざしに強く惹かれました。描かれているのはモデルではなく、画家の視線なのだということに、何度も気づかされました。描く対象を通して、描く側が見つめるもの、外的にあるいは内的に、そしてその絵の前に立ち絵を見る者がかつて画家が見つめた何かをそれぞれに感じ取ることが出来る、それが小磯良平の絵かと、そんな風に思いました。確かなデッサン力、それから卓越した構図、特に計算されつくした意外性のある構図に驚き、絵の中に引き込まれました。絵画について語れるほどの語彙がないのですが、素人の表現を許してもらえるならば、小磯良平の絵は、「意思の強い絵」というイメージです。展覧会場の中を、1枚1枚の作品の前で立ち止まりながら観て、出てきた後に残るのは癒しとか清々しさとかではなく、画家の視線によって観る側の内面をあぶりだされたような、でもそれは決してこちらとしては苦痛な体験ではなく、哀しいんだけどほっとするような、だけどそこから小さなある種の萌芽のようなものが生まれてくるような感情でした。。。
自転車漕ぎすぎたせいで、今日はちと疲労感が残ってます。さっき部屋の中に蜂が入ってきましたが、すぐに出て行きました。 もうそんな季節なんだー。
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