あたろーの日記
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2004年03月27日(土) 土曜日記。

 旧暦閏2月7日。

 いやー、まったく。。。すいません。
 金曜の夜は職場の送別会で、2次会でもしこたま呑んで、気がついたら終電がなかった。。他の人達がタクシー拾ってる間に私はさっさと会社に戻って、会議室のカーペットの上に横になって寝てしまいました。それにしてもなんで終電逃すまで呑んでいたんだろう?時計見たら1時近く。。。とんでもねえ娘だ。
 朝、喉の渇きで目が覚めて、ポカリスエット飲みながら早朝の都心部を窓から眺め、もうどうしようもないほど二日酔いでつらかったため、また2度寝に入った。9時半過ぎに再び目が覚めると、土曜出勤の人が出社してきて、お恥ずかしいったらありゃしない。
 その後「なか卯」で朝定食を食べて(納豆ゴハン美味しかった〜)、そのまま帰宅するのも勿体ないので、会社近くの青山霊園に花見に行きました。午前中だったせいか、まだ人もまばらでしたが、満開の桜もちらほらあり、その下にはちゃっかり青シートひいて場所取りの人がごろごろ寝ていたり、おばちゃん達がベンチに座ってお菓子広げてくっちゃべってたり。墓地なので、お参りに来る家族連れや喪服の一団とお坊さんが納骨に来ていたり、春うららな穏やかな陽の下で、桜の花のおぼろなピンクとグレーの墓石と、家族の顔と・・・なんだか心休まる光景だなあって、ゆっくり歩き回ったり座り込んだりしながら思ってました。
 墓地を歩くのは結構楽しいものです。以前近所のお寺の墓地を勝手に歩き回って散策していたら、住職さんにこっぴどく叱られたのでもうしないように気をつけていますが。。確かに、墓地にはどんな危ない人が潜んでいるかも分からないので気をつけないといけないですが、青山とか染井の墓地を桜の季節に歩くなら、同様の人も多いので、許されるかな、と思います。
 墓地って、今は亡き人達への、それぞれの家族の想いが、墓石や墓石の周りの植木なんかに現れていて、ひとつひとつ見て回ると、なんだかじーんと来るんですよね。「あ、この人は音楽好きだったんだな」とか「椿が好きな人だったんだ」とか。切手収集家だった故人の業績を讃える墓碑もあったりして、故人がどんな風に家族に想われていたのかなあなんて考えると、心が温まったりします。その子達が生まれる前に亡くなったのか、それとも後だったのか、小さな子供達が神妙な顔つきで墓石に向かって手を合わせて、若い夫婦がそれに何か話しかけている光景。子供達は次の瞬間はしゃぎながら墓石の周りで鬼ごっこを始めたり。。。人の命はこうやって繋がっていくのだなあと、目に見えないはずの血の繋がりや縁というものを目で感じたような気がしました。ところどころに、無縁墓になってしまった墓石があって、東京都の立て札が立てられており、読んでみると、この無縁墓に縁のある方は申し出てください、という内容。墓石に書かれている名前を見ると、捨吉さんとか、キクさんとかとある。ああ、捨吉さんやキクさんて、どんな人生だったのかなあ、とか、彼らの血をひく人はもうこの世に誰もいないのかしら、とか、小さな墓石からいろんなドラマが想像されて、面白いし、感慨深い。
 外国人墓地もありますが、その場所に来ると、ちょっと視界が開けたようになり、十字架に混じってオベリスクの形をした墓石もあり、ここだけ雰囲気がかなり違います。そのそばで、野の花がかわいく集まっている小さなスペースがあり、オオイヌノフグリやペンペン草に混じって、白い花のタンポポが咲いていました。思わずしゃがみ込み、観察。花の付け根の総包部分が反り返っていないので日本タンポポらしいのですが、シロバナタンポポにしては小柄な気がしました。タンポポの種類も沢山あるそうですが、私には分からなかったです、すみません。どなたか、このタンポポの名前が分かる方がいたら教えてください。・・・それにしても、外国人墓地の十字架の側で、今では珍しくなりつつある日本タンポポがポツポツと。。故人が好きだったのか、それともそれ以前から咲いていた種なのか分かりませんが、どちらにせよ、死者達に静かに見守られているんだなあっていうイメージがしました。また、墓石の周囲を綺麗に区画して、隣の家の墓とはっきり境界を作っている日本の墓と違い、外国人墓地のほうは、低い草むらの中にポツポツと墓石がある形になっていて、緑と共存していました。こういうのもいいなあって、草の上に座りながらしばし見とれていました。


 青山霊園を出て、裏道から駅に向かう途中、神社の壁になんとセミが脱皮中なのを発見!はじめは、去年の夏の抜け殻だろうと思って通り過ぎようとしたのですが、にゃんとまあ、よく見ると、中身が一生懸命殻から出ようとしているではありませんか。おーい!季節間違えとるでぇ〜!と言っても当のセミ君に分かるはずもなく、彼は懸命にウニウニトロトロもがいているわけです。動きが異様に遅いのは、たぶん、彼なりに、「あれ、まだ寒いやんけ」と気がついたのかもしれない。昆虫っつうのは気の毒な身体の仕組みで、いったん服を脱ぎ始めたら思い直して着直すということはできないのですね。その点人間はラクです。春だと思って薄着になったり、寒さが戻ったら慌ててコート羽織ったり出来るわけですから。というわけで、セミ君、君は今年一等運が悪い。でもあたろーは、君の為に祈るよ、これからもう寒さが逆戻りしないように。そしてセミ君、どうか、頑張って早春の空に舞って、地域の人々にその鳴き(泣き?)声を存分に披露してくれたまえ。人間どもは、「あれ〜セミが鳴いとるで〜」と皆びっくりするだろうから。そして、地球温暖化現象がセミ君の短い人生をさらに狂わせてしまったことを、人間達に教えてください。・・・そっかあ、地球温暖化のせいなのかなあ、これも。ちょっとセミ君に申し訳ないと思った私でした。。

 で、青山霊園で花見とセミ観察(春夏一緒やんけ!)を終えて、さらにまっすぐ帰宅するのが勿体ないので、途中神保町に寄ってまた本買い込んでしまい、手荷物が増えたので、途中銭湯に寄ってようやっと帰宅。神保町の古本屋では、欲しいなあと思っていた本5巻揃が、田村書店の店頭特価セールで2500円!その隣の小宮山書店では同じ本が9000円だったので、嬉しくてめっけもんでした。新刊では全部そろえると1万5千円くらいになるので、かなり得した気分。他にも絶版の本を格安で見つけることが出来、大収穫の日でありました。

 いったん帰宅して、夕方には今度は中野に映画を観に出かけました。その途中、新宿駅で山手線から総武線に乗り換える際に、階段をボケーッとしながら降りていったら、下が血の海で、ぎょぎょっとしました。どす黒く、ところどころ泡が出来て、他のゴミと一緒になって、人が両手を広げたくらいの広さにまさに血の海が出来ていて、一瞬なんだか分からなかったのですが、そうと気づいた瞬間貧血起こしそうになった。。すぐ側の壁際では男の人が10人くらいの警察官に囲まれていて、尋問を受けているようでした。「立ち止まらないでください」と警察官に言われながら遠巻きに見る乗降客達。あれだけの血が流れたら、刺された(?)人は助からないんじゃないかと、暗い気持ちになりつつも、新宿に着くのがもう少し早かったら現場にかち合ったのかあと思うとゾッとしました。。。

 映画は「地球交響曲第二番」。先日観た「第四番」のシリーズです。学生時代に観て映画館でぐっすり寝てしまった「第二番」、今回はしっかり眼開いて最後まで観ました。佐藤初女、ジャック・マイヨール、フランク・ドレイク、ダライ・ラマ14世。
 「面倒くさいっていうのが嫌いなんです」という佐藤初女さんの日々の暮らしのあり方に、とても感銘を受けました。漬け物ひとつ、おにぎりひとつ梅干しひとつとっても、手間暇かかろうと素材が一番喜ぶ方法で作る。白神山地のふところ、1年の半分は雪に埋もれる厳しい自然の中で、春を待ちわびる気持ちを大切にしながら、人との関わり、自然との関わりを存分に楽しむ。愚痴を言うわけでもなく、自己主張するわけでもない、穏やかで温かく、それでいてとても芯の強い方なんですね。自殺を考えるほど苦しむ人達が初女さんの元を訪れて、彼女の梅干し入りおにぎりを食べて自殺を思いとどまった、というエピソード。アメリカの修道院長が初女さんのことを知り、古く由緒ある鐘を送ったこと。・・・人の為に自分の人生を捧げるというのはとても難しいです。私なんか自分のやりたいことしか考えていない。でも、初女さんは、苦しむ人、悩む人達の傍らで、彼らと一緒にいて、生きる力を分け与えながら生きている。彼女の生活の一こま一こまがまた、他の人達の生きる支えともなっている。。。そんな図式が見えてきました。
 「地球交響曲」という映画は、何か面白いものをと思って映画館に足を運ぶ向きには大きく期待はずれの映画かもしれません。だけど、こんな人もいるんだ、あんな人もいたんだ、って、画面に出てくる人達の生き方や言葉になにか勇気づけられ、生きる力を分けてもらえる、そういう映画かなっていう気がします。私これから何度も観に行くだろうなあ。

 映画のあとは、会場でお会いした職場の方とその娘さんとで中華料理を食べに行き、しばし楽しい歓談でした。中国屋台風のお店で、店員さんもお客さんも中国人の人が圧倒的に多く、炒め物どれも美味しい!・・・で、紹興酒飲んでしまった。二日酔い治ってなかったですが(笑)。でも美味しかった!友達とグループで来るにも最適の店なので、今度また行きたいです。


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