あたろーの日記
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2004年03月28日(日) 飛鳥山

旧暦閏2月8日。
今日もぽかぽか陽気。

 ポタ子(MTB)に乗って、北区の飛鳥山公園に花見に行ってきました。
 途中どこかで焼きたてのフランスパンとワインの小瓶買って、桜の下でかじろうなんて思っていたのですが、どこでどう計画が狂ったのか、気がついたら焼き鳥とビール買ってました。
 
 飛鳥山の桜は、八代将軍徳川吉宗が植えた1270本が始まりだそうです。当時、桜の名所として上野が有名だったけれども、寛永寺の境内ということもあり、歌舞音曲はもとより飲酒は禁止、時間も日中に限られており騒ぐのも駄目という制約があったので(今の上野を江戸時代の人が見たらびっくりするだろうなあ)、吉宗公は飛鳥山に桜を植えることにより庶民に行楽の場所を提供したのだそうです。余談ですが、3月8日の日記でちらっと書いた「花暦八笑人」の舞台にもなっています。
 私は飛鳥山初めてだったので、今日は「江戸名所図会」と「江戸切絵図集」(いずれもちくま学芸文庫)を持参して、焼き鳥食べながら江戸時代の飛鳥山と地形や賑わいの様子を比べることにしました。
 
 飛鳥山は今も昔も周囲より小高い丘になっていて、周りを見渡せる場所なのですが、やっぱり、周辺の風景は江戸時代とは全然違います。飛鳥山を描いた江戸時代の錦絵からも、江戸名所図会からも、飛鳥山から富士山が望めたことが分かるのですが、現代では当然ビルの向こうに隠れて見ることが出来ません。空気も汚れてしまったし。飛鳥山の脇を走る本郷通り(旧岩槻街道)、馬から自動車に変わってるし(^^)その通り沿いは江戸時代には料理屋が並び、その向こうはずっと畑や田んぼだったらしいのですが、今は住宅地です。その反対側、王子方向を望むと、JRの線路があって、新幹線が走っています。隅田川は高い建物の向こうに隠れて見えません。ちょっと悲し。
 飛鳥山にある北区飛鳥山博物館で買った「飛鳥山」というブックレットの表紙、勝川春潮の「飛鳥山花見」に描かれている石碑と同じアングルで写真を撮ってみました(笑)。勝川春潮のほうはちょっと上品ですが、他の絵を見てみると、江戸時代の人達も結構羽目を外していたことが分かります。仮装したり(・・・はあんまりいないか)、三味線で歌い踊ったり、敷物の上でお重広げてたりするのは、今も昔もだいたい同じだなあって思いました。しかし、それにしても、昨日青山霊園で静かなお花見をしたばかりだったので、飛鳥山の喧噪はもの凄く耳に響きました。子供の飛び回る声、ギターで歌う若いグループ(即興の花見の歌、面白かった)、いまだにイッキ飲みやってるグループの騒ぐ声、町内会?ご近所グループ?の家族連れ。大学のサークルっぽい集団。飛鳥山が小さく思えるほどぎっしり集まった花見客。みんな楽しそうにプッツンしてました。こんなに楽しいと明日仕事に行くの嫌になるんじゃないかって余計な心配してしまった。
 時代は変わっても、人間はきっと変わらないんじゃないかなって思います。人の喜怒哀楽は、江戸時代も現代も、基本的に通じるものがあるのだろうという気がします。周りの景色や着る物、食べるものが変わっても。制度が変わっても。桜の樹の下で気持ちが高揚し、てんやわんやの大騒ぎしたり、しんみりとしたりっていうのも、昔も今も皆同じ、なんだと思います。
 逢魔が時(たそがれ時)の桜に魅せられて、幻想と現実のはざまを行き来するような怖さ、神秘に惹かれる想い。暮れかけた飛鳥山の端っこで色を変えつつある桜を眺めながら立ちつくした私が、江戸の時代にもいたかも知れないと思うと、時の流れというものの不思議を感じずにはいられません。

 そんな風に思ったのも、公園内にある飛鳥山博物館で、「狐火幻影」という企画展をやっていたからかもしれません。規模は小さかったですが、とても面白い企画でした。5月までやっているので、もう一度ゆっくり見に行こうと思います。


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