あたろーの日記
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旧暦2月27日。 風が強いけれど、各地で20度を超える暖かさ。
夜、巣鴨駅周辺で4人もの女性から次々と声を掛けられる。手相のお勉強をしているそうな。聞こえないふりして無視してすたすた歩くのだけど、しつこくて嫌になる。20歩位ぴったりついてくる人もいる。迷惑です。夜遅くにご苦労様なんですけど、私高い印鑑いらないし、新興宗教に入る気もないのです、ごめんなさい。一見するとおとなしそうで真面目タイプに見える私と同年代の女性達が手相を観る相手を探してウロウロしている側で、ヤーさんらしき人、フーゾクの勧誘の人、酔っぱらいのおじさん、ホームレスのおじさん、キャバレーのお姉ちゃん、おでん屋さん、タクシーの運ちゃん、屋台の焼鳥屋さん、お巡りさん。 とげぬき地蔵で有名な巣鴨ですが、夜の駅周辺は昼間とまったく違う顔です。とても猥雑で騒がしいです。でも、そこが好きでもあったりします。吹き溜まりには吹き溜まりの魅力があると思う。いろんな人の日常が交錯する場所って面白い。 かと思えば、駅から離れて行くと、大きな道路の両脇でも高い建物がなくて、ぱあっと視界がいきなりひらける場所がある。視野の中で空の比重が断然大きくなるのです。都会の中でこんなに開放的なところがあったのかと思うくらい、空を遮る建物がないのです。でも、その場所に立って視線を少しずらすと、高速道路のオレンジの明かりが頭上から落ちてくる。 大通りから脇に逸れると、お寺と墓地を囲むように住宅が集まって、狭い路地の奥で猫が喧嘩してる。
自分がどうしてここにいるのか、時々ふと不思議に思うことがあります。 なんでかな、小石みたいにころころ転がって、転がり続けて、あちこちぶつかって、窪みがあったからとりあえずここに落ち着いた、という感じなのかなあ。そもそも母のお腹に私の命が宿ったのも、日本に生まれたのも、昭和40年代に生まれて今こうしてこんな生活しているのも、どれもこれもなにもかも、偶然の積み重ねなんだろうか。それとも、すべて必然なんだろうか。 自分の人生の中で、偶然の部分と必然の部分て、あるんだろうか。
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