あたろーの日記
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旧暦2月20日。 空気が柔らかくて、ちょっとした風も気持ちよい1日でした。
仕事が終わると会社飛び出して、急いで神保町などに行き、時間の許す限り本探しです、このごろ。うまくいけば古本屋の何軒かはまだ開いているので。どうしても調べたいことがあって、あれこれ資料をめくってます。明日時間があれば図書館です。なるべく残業しないで早く帰れるようにしたいです。 学生時代、もっと勉強しておけばよかった、あんなに時間があったのに、と、今になってひどく後悔しています。今勉強しようと思えば、寝る時間を削るしかないので、きついです。だけど、今この年齢だからこそ、調べたり考えたりすることの面白さや大切さを知っているのだと思えばいいのかも。
近世の被差別民について、あれこれ調べています。「穢多」とか「非人」とか「かわた」とか。 唐突に言いますが、私の父の生まれは被差別部落です。正確には被差別部落であった、というべきなのでしょうが、実態を知らない私の目から見ても、佐渡の中でも特に貧しい地域であることは明らかです。だから、というのでしょうか、私にとって、被差別民、被差別部落、不可触民といったテーマは、自分なりの方法でずっと関わっていきたいことでもあります。部落差別は現代でもやはり残っていると聞きます。表向きではなくても、人間の心の中には他者を差別する思想が根強く息づいているのではないかと思います。それは差別する側の個々の人格、人間性といった問題だけではなくて、人間の血の中に植え付けられた遺伝子のようなもののしわざではないだろうか、とも思うのです。だから、差別というのは、この先もなくならない。たとえ将来日本の中で部落差別が綺麗に根絶されたとしても、世界のどこかで、差別する側とされる側の対立が必ず存在していくのではないかと思います。そんなこともふまえて、近世、江戸、佐渡、美作、弾左衛門、穢多、非人、かわた、ちょうり・・・などのフィルターを通して探る「差別」の深層を、自分なりに理解できたら、と考えています。 というわけで、今日はここらへんで。
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