あたろーの日記
DiaryINDEX|past|will
今日は旧暦の1月22日。 新潟に住む妹からメール。幼い子供達に囲まれて、忙しいけれど穏やかで充実した毎日のよう。 実は昨年12月の中頃に、疲れ切って半泣き状態で夜中に電話をしてきたことがあった。 妹家族が古い借家に住んで2年ほどになる。引っ越してきた当初は長く空き家で、縁の下に母猫と子猫3匹が住み着いていた。猫好きな妹は乳児を抱えていたため猫を家の中にこそ入れなかったけれど、外でご飯や牛乳をあげたりしていた。その頃私との電話では、確かに「猫の鳴き声が賑やかでね、でも、かわいいの」と楽しそうに話していた。 それが、いつの間にか子猫が1匹消え、2匹めが消え、さらに親猫も消え、最後に1匹だけ子猫が残るだけになった。子猫といってももうニャーニャー一人前に鳴ける位には成長していたけれど。 1匹残った猫はしばらく母猫や兄弟達を求めて鳴き続ける毎日を縁の下でおくったあと、ある日ぱたりと姿を見せなくなった。そんなに猫にかまうほどの余裕もなく、子育てに夢中だった妹が知るのは、ただ、1匹ずつ猫を見かけなくなり、とうとう最後の猫もいなくなってしまった、という程度で、死んでしまったのかも、単に遠くへ移動したのかも当然分からない。 それから1年以上たち、そういえばこの家の縁の下に前は猫の親子がいたんだよね、位に記憶も薄れた頃、3歳になる長女が、家の中で異様にびくびくするようになった。長女は、おっとりしているというかのんびりしているというか、妹が「この子ほかの子に比べて成長が遅くて心配」と言う位、言葉をしゃべるのも遅かったのだけど、独特の感受性が発達しているらしいと妹が気づき始めたのは昨年の秋の終わり頃だそうだ。 昼間でも夜でも、1階の居間の一角を見て急に激しく泣き出し、「どうしたの」と聞くと指さしながら「にゃんにゃんが怖い、にゃんにゃんがいる」と言う。その方角にはテレビと壁しかない。また、買い物から帰宅して家の脇の駐車場に車を入れると、目の前にある木を見て堰を切ったように泣き出す。「にゃんにゃんがいる、こっち見てる、怖い、怖い」だそうだ。そのため、彼女は車に乗るときは後ろの座席に行きたがる。ふつう子供は運転席の母親の隣に座りたがるものだけれど、彼女は助手席には座らず、後ろの座席に逃げ込む。車の時はそれで解決するけれど、家の中はそうもいかない。次女が機嫌良く遊んでいる脇で、長女はしょっちゅう部屋の一隅を見て立ちすくみ、震えて泣き出す始末。そのたびに妹は「大丈夫だよ、にゃんにゃんなんていないよ」とあやすけれど、「いる、いる、怖いよう」の一点張りで、片方が泣き出せばもう片方もつられて泣くのが子供、しまいには家中に幼い子供2人の泣き声が響く、という毎日で、妹もさすがに疲れがたまっていった。 そういう毎日がしばらく続いたある日、いつものように買い物から帰宅し、子供達と一緒に家の中に入ると、狭い玄関からすぐの居間の方から、ぷーんと、獣の匂いがした、という。実家には猫と犬が何匹もいるので、私も妹も猫のいる家の独特の匂いを知っているけれど、その、猫の匂いが確かにしたそうだ。それが、居間のテレビのあたりで強く感じられる。まさか、留守中にどこからか入り込んだかと思い、あたりを確認したけれど、何もない。その時の長女は、やはり、「にゃんにゃん、怖い、いやだ、いやだ」と言いながら居間に入ろうとせず、泣き叫んでいたそうだ。 旦那さんと二人で「いったいどうしたもんだろうね」と思ったりはしたけれど、長女が怯えて泣くのはたいてい旦那さんが仕事で不在の時なので、彼がその現場を目にすることはない。現実にその場面に毎日直面している妹のほうは、母親と子供達だけの部屋で、長女が神経を尖らせてびくびくし、怯えて泣く、それに連鎖して次女も泣く、という繰り返しに、自分も泣きたいほどくたくたになってしまった。
それで、12月になって、妹は私に電話で相談してきた。実は、実家の両親、特に母は、幽霊とか、不可思議な出来事について語り合うのを異様に嫌う。たぶん母方の祖父と、父方の祖母が生前それぞれなんやかやと不思議な経験をしていてその手の話を聞かされるのがいい加減嫌だったらしい。私もそのケがあるのだけれど、実家の廊下にこういうのがいた、とか、寝てるときにこういうめにあったとか話すと叱られるので、妹だけに言うようになった。我が実家ではタブーな話題なのである。でも、妹だけは私の話に興味を持って聞いてくれていた。 話を戻すと、12月に妹から電話があり、長い長い説明を受けた。最後のほうでは彼女も涙声になって、長女が最近どんどん情緒不安定でおかしくなってきているし、家の中もなんとなく陰湿で暗く感じられる、どうしたらいいか、と言う。はあ、ちょっと困った。幼い子供の中には特にアンテナが鋭くて、他の人に見えないものが見えたりする子も多いと思う。それと一緒になって母親までこうも神経質になり始めると、ただでさえストレスも溜まる核家族の子育てでもあることだし、妹の性格からしてともすると危ないなあ、と姉として心配になった。こういう時は、カラッと明るくできれば解決することもあるんだけどなあ、なんて、思いながら、うーん・・・。でも、まさか、テレビ番組みたいに、祈祷師とか霊能者呼んで・・みたいなこと、するわけにはいかない。世の中には理由も分からず悩む人の心につけこんで、お金を払えば何か他の力に頼って解決してくれるよう仕組む人もいるけど、それもちょっと違うし。 妹は、早く帰省して、新潟に来たらまず彼女の家に泊まって、家の中を見て欲しい、と言う。でも、妹の話を聞いたら、長女が見て怖がっているものがどういうものなのか、疑う余地はないような気がした。 まず、駐車場の木は、猫たちがよく登って遊んでいた木だそうだ。居間のテレビの下あたりが、縁の下でもちょうど猫たちが休んでいた位置らしい。 最後に1匹残って毎日親と兄弟を求めて鳴いていた子猫。そのあたりにもしかしたら死んでいるのかな、という気がした。寂しいんじゃないかな、と思った。だから、妹に、必要以上に怖がらないで、猫が生きてたときのように、時々お皿に牛乳を注いで縁の下の入り口か、テレビの隣に置いてあげることと、長女には、「にゃんにゃん、確かにいるね、遊んで欲しいからこうして来ているんだよ」「にゃんにゃんにばいばいしようね、にゃんにゃんばいばい」と言ってあげるように、と伝えた。それから、時々、頭の中で、子猫が母猫たちと一緒に仲良く去っていく様子を想像してごらん、と教えてあげた。たぶんそれをしばらく続ければ状況も変わると思うよ、と。 その時、妹が、「塩も盛っておいた方がいい?」と聞いてきたけれど、それは必要ないんじゃないかと思って「いらないんじゃない」と答えておいた。一人暮らしならまだしも、旦那さんも旦那さんの両親も近所の人の目もあることだし、そこまでしなくても・・・と私は心配したのだけれど、結局妹は部屋の隅に塩も盛っておいたらしい。まあ、塩は浄化の意味もあるというけれど。ただ、一番大事なのは、猫に対する「気持ち」なのかな、という気がした。
果たして、それから1週間後、妹から電話がかかってきて、私に聞いたとおりのことをやってみたら、長女も泣かなくなったし、匂いもなくなった、部屋の中もなんとなく明るくなってきたような気がする、とのこと。 結局、年末に帰省した時、私は熱があったせいで妹の家には寄れなかったけれど、その必要もなかった(私が行ったからどうなるってわけでもないだろうけど)。それからも、妹からはかわいい姪っ子達の遊んでいる姿が携帯の写真で送られてくる。ほんと楽しそう。 それにしても、人間も含め、動物の想いって、強いんだね、と、その後妹としみじみ語り合ったのでした。
|