あたろーの日記
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久しぶりに40度の熱を体験。火・水と布団の中でじっとしていたけれど、一日の長いこと長いこと。少し寝ては起きて熱を測り、がっくりしてまた寝てはすぐ目が覚めて、の繰り返し。子供の頃は気楽だった。治るまで寝ていればいい。今はそうはいかない。いついつまでに治さなければという期限がある。そうしないと予定がどんどん狂う。。 今日はようやく熱が下がり始めたので会社へ。それでも38度(笑)。子供の頃は38度でも立っていられないヘナヘナだったけど、今はなんとかやっていける。それだけ皮下脂肪がついたんだと思う。ついでに燃焼してくれればいいんだけど、だめみたい。 帰りにようやく病院に寄って診てもらった。インフルエンザではないけど、扁桃腺の奥のほうでの炎症だって。薬5種類ももらった。熱冷ましがあるので助かる。薬漬けは嫌だけど、この年末にいつまでも風邪引いているよりはまし。
帰宅すると、訃報が届いていた。 数年前、東京から、遠く故郷の長崎の病院に転院して療養生活を送っていた知人。 画家であり、また作家でもあり、いつも物静かでいながら存在感が大きく。。。私は彼のためになにもしてあげられなかったという後悔。。。ほんとに彼のためになにもしていない。それがとても心残り。お世話になったのに、ご恩も返していない。。申し訳ない。。 幼い頃長崎で被爆し、原爆病とずっと闘ってきて、とうとう力尽きてしまった。 クリスマスの夜に、原爆病で逝った人の訃報が届いた。 クリスマスに、プレゼントを交換し、美味しい料理を食べ、賑やかに過ごすのもいいとは思う。 けれど、私にとってそういうクリスマスはもはや子供の頃、もしくはせいぜい20代のものだ。幼い子供がいれば別だが、30代も半ばになると、さすがにクリスマスにロマンは感じても、自分達が楽しむためのイベントにしてしまう気にはもはやなれない。
イエス・キリストが本当に望んだ世界の姿とはどういうものだったのか。 平和で愛が満ち溢れた世界のはずではなかっただろうか。宗教の枠を超えて、クリスマスには、イエスの望んだ世界に想いを馳せてみる、そんな過ごし方をしたいと思う。 戦争が原因で苦しみ、命を落とす人がいつか皆無となるように、自分にできることからでも、平和を求めていけたら、と思う。 それが追悼の気持ちでもあります。
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