再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 『オールライト』役替稽古。。。

グッと集中して、この未だ公演にならない処での稽古だけれど、
役替=以前と同じことをする、訳ではなく。
これはよく誤解されるところだけれど再演≠依然と同じことをする、のに似て、
人が変われば、全く作品自体の見え方も、感じ方も、変わる。つまる処、舞台上に表出される関係性が同じようで大きく変わるので(その人の在り方の情報がどうしたって違う、役の人物の印象ももちろん変わる)、
そこから逆戻しのように、創られていた居処や、大きく言えば、作品でのポジショニングも変わり、
彫り込みも新たになる。
ご本人には酷だけれど、
2日間の本読み、プラス5日間でムリやり繋げるところまで。
無理に以前と違うことをするのではない、
活かしつつ、もっと太く存在する人物であれるように、こちらも途中から参加だからの優しさを見せないように(??)する(笑)
チーム全体が活性化してきている。
舞台上で生き、相手に発信し、ちゃんと見て、感じて受信し、そこから相手を動かす為に発信し直す。
そんな当たり前だけど、当たり前でなくなってしまう多くの稽古場の在り方から脱する、いや、脱しようと動き始めると、途端に風通しがよくなるのもの。上手くできるできないではやはりない、
目の前で行われる事に真摯に対峙していられるか、そして、できなければそれへの準備の再研鑽をし直して次を迎えられるか。
本が要求する居方と、セリフのウワバミだけを掬ってそれを感情だと間違っていやしないか、見直せるかどうか、セリフを心情の音階で入れてしまって、そこから抜け出せなくなっていやしないか…
同時に学校の卒業公演の稽古もしているからだけれど、結局、言うことは似通ってくる。
フリ、とか、独りよがり、とか、相手を尊重しない態度、とか、話を識った存在としての小手先のやり方(台詞回し抑揚動き表情だけの演技)や、つまりハナからその人物を下に見た演じ方、とか、そうゆうものをどう取り払って
井上さんの言葉じゃないが、俳優さんが演じるのをやめて、その場に生きはじめられ(もちろん、演じてはいるのだけれどね)たら、こんなに魅力的なことはないし、稽古場でその瞬間を目撃することができる、それは創り手だけに許された特権とも言える。
しのごの描きながら、
こちらもまとめて仕舞いたくなる欲求を、
そんなのまだまだくだらぬ事だと一蹴する覚悟をつくっているのだな(笑汗)
行為を、作品を面白くするのは、枝葉ではなく、深度を増していくこと。
さぁ、土曜日は学校の卒業公演。
求めなければ、掴めるものも少ない、目一杯、欲張って。


2017年03月22日(水)



 『アトリエ』始動。。。

さて、先の話だけれど、
『島』のGPと出発の間に、秋公演『アトリエ』作・ジャン・クロード・グランベール
の事前稽古、始まる。
一月に全体オーディションして、キャスティング(劇団ならではの)までして、
これがまた、いい作品だけれど、掘り込まなくてはいけないこと、稽古場が共通認識で持っていなければならないことの宝庫なのだ。おフランスだしね。
読んで、ディスカッションして、
読んで、ディスカッションして、
それでも、その登場人物たちの当たり前を手に入れる一歩になれたかどうか。
資料の話やら、準備の話やら、
兎に角、そこまでに劇団さんとしては、五月公演や、旅公演あるのだが、
同時進行で進めさせてもらうことにして、
次は6月下旬、そこまでに、色んなことやものをどう熟成させられるかな…
この段階での、二度の稽古は豊だ。
…そういえば、『島』ま、7年前のこの時期には始動していたな…

明日からは『オールライト』役替稽古。
新しく、物語を紡いでいくのだ。

2017年03月11日(土)



 『島』は新たに。

三月もゆく。
二月終わりから始まって、ほんの1週間強、
「島」の稽古はそれでも、「思い出し」の様相にはせず、
あくまでも、新しい発見と、新たな舞台上における出逢いを求めている。
稽古場は、広がったり行き詰ったり、ぶつかったりしながら豊に進んでいる。
まだまだ…
しかし、相変わらず稽古にはごく決まった人しか来ないのだ。かなしい。
蜷川幸雄が言っていた。
稽古を見られるのに見ない者に才能などない。
…うん、色んな情勢はあろうが、
集団の確信を持ったウリモノに対する思いって、そんなもんなのかな。
まぁ、外からはどうも、12月までの続き風な態度も相まるのでので、
是非稽古を覗いて欲しいものだとは、思うよね、こちらも日々行われることと、前回旅の反省から台本に対峙し続ける訳だし、
新しい課題(己で見つけてくることもあれば、こちらから提供することもある)にぶつかっている面々の在り方の強さよ。(もう齢80にならんとする方の挑戦とかね←もうそんな生ける教材に材を取らない、興味を持たないことが想像できない)
九州へは、もっと深度を増した島ででかけます。
本当に上質な舞台は、効果など後回し、あくまで、俳優のやりとりがそこにあって、生きている人間たちが描かれて行くこと。
音照も、それにつれ、今回だって当たり前に変わらざるを得ない。

と、そんなことを呟いていた矢先に、
あー、前回とセットです〜、聞いてません?
とは、これ如何に…。
…そうゆうことだよね。

GP、まだ、あと一歩の足並。

2017年03月09日(木)
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