短いのはお好き? 
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2005年05月19日(木) platonic love



郁美という名前は、おじいちゃんが亡くなる前に名付けてくれたらしい。
そのことは、ずっと後になってからママから聞いた。
でも、おじいちゃんの遺言に書いてあったとはぜんぜん知らへんかった。
きのう、神戸の妙子おばちゃんが上京してきて、ママと話しているとき
その話になって、妙子ちゃんがぽろりと洩らしてしまったんや。
うちは、それを聞いて別になんとも思わへんかったけど
妙子ちゃんに目配せしているママを見て、それに妙子ちゃんも
「あ、ごめん、いけなかったん?」なんて手で口を押さながら
うちのこと見るもんやから、そのことが、つまり
なんで、そんなにうちに秘密にしておかなけりゃいけないのかって
思うて、ちょっとカチンときた。
うちに知られたらなにかまずいことでもあるん?
おじいちゃんの遺言にうちの名前があったことが、なぜいけないんやろ。
うちは、いろんなこと想像してみたけれども結局ぜんぜんわからへんかったから
妙子おばちゃんが神戸に帰ってしまう前に絶対聞き出してやると決めた。
実は、うちには切り札があるんや。
妙子ちゃんは、一度だけ浮気をしたことがあるのんをうち知ってるんや。


妙子おばちゃんの話は想像していたのとは全然ちがってた。
おじんちゃんも若い頃には、恋をいっぱいしたんやね。
もしかしたなら、おじいちゃんはその郁美という女性と結婚したかったのかもしれへんね。
妙子ちゃんは、そう言うてた。
郁美さん…。
そのひととおじいちゃんが結ばれていたなら、今のあたしも存在しなかったんや。
そんな色恋沙汰で名付けられたなんて、知ったならばあたしが傷つくだろうとママたちは考えたんやと思う。
でも、それはぜんぜんちがう。
おじいちゃんという存在が、ぜんぜん違ったものに見えてきた。
おじいちゃんの人生…それは、いったいどんなものやったんやろ。
うちにはとても想像すら出来へんけれども、絶対にとっても素敵やったんやろな。
きっと、郁美さんという女性もとっても素敵なひとやったんやろうと思う。
おじいちゃんは、郁美さんとのその恋をずっとずっと大切にこころのなかにしまって置いたんや。
すごく淡い恋やった。
きっと、手さえ繋いだことすらないと思う。
本当の意味でのプラトニックや。
だからこそ、想い出がずっとずっと綺麗なままで消えないんや。
おじいちゃんは、そんな素敵な恋をした。
そして、そんな恋の相手である想い出の女性の名前をうちに残してくれたんや。




うちもそんな素敵な恋にめぐりあえたらええなぁ。




2005年05月13日(金) か細く、儚いもの。


超ミニを穿いたコケティッシュな女のコたちがかいがいしく立ち働く店内の傍らで、拓也は、まるっきり海綿体になったみたいな気分で、平たいプラスチックのスプーンをシャベルに見立て、プルプル震えまくるフジヤマトコゼリーを春を掬うような気持ちで、いじくりまわしながらちんたら食べていた。


ゼスプリのキウイがゼリー宇宙の中空にフリーズしたまま浮かんでいる。拓也は、それを高度9千メートルの上空から鳥瞰しながら、キウイの種が犬歯の先端で砕かれる様を思い浮かべ、太陽の黒点が爆発し、フレアを放っているのを想像した。


やがて拓也は、赤いミニの集団のなかにひとりだけ全身黒尽くめのゴスロリ少女? が混ざっているのにふと気付き、大きく眸を見開いた。


あのコは、なに? なにか特別な存在なのだろうか。



しかし、店内の誰ひとりとして彼女に注目しているものなどいない。あるいは、拓也だけに彼女は見えているのかもしれなかった。



それはちょうどフェリーニの「甘い生活」に出てきたマルチェロと天使の少女のように。



すると拓也は俄かに顔をほころばせた。映画では、少女とマルチェロが会話するくだりがあるからだ。もう完全にマルチェロ気取りの拓也は、ゴスロリ少女が自分のテーブルに近づいてくるのを今か今かと待ち望んでいた。



だが、現実がスクリーンのなかのようにうまくいくはずもない。トコゼリーも胃の腑に収まったことだしと身支度を整えはじめると、一気にゴスロリ少女への思いが冷めていくのがわかった。



再び拓也は、映画のなかの少女に思いを馳せる。



だが、いかんせんあの少女が現われないのだった。浜辺に立って亜麻色の髪を潮風になぶらせながら、水平線を眺める少女は、振り返るとゴスロリ少女に変身してしまうのだ。



拓也は、想像力を総動員し、波打ち際にれいの少女を100人並ばせてみた。




そうして、手前から奥に向かって、順にこちらを振り返らせる。




後姿は、確かにあの少女なのに振り返った途端、次々とゴスロリ少女の顔にすりかわってゆく。



これは、いったいなんだろう。
てか、単純にオモロイけど…。



業を煮やした拓也は、ついに自分を波打ち際に送り込む。




少女とともに波打ち際に立ち、真っ赤に燃えながら水平線へとゆるゆると沈んでゆく太陽を黙して眺める。



やがて拓也は、後ろからそっと少女に目隠しした。




「振り向かないで。きみを絶対捕まえてみせるから」



って、もう捕まえてるじゃん!


拓也は、そこで現実に立ち戻る。



眼前にゴスロリ少女。



さかんに何かを訴えている。けれどもいかんせん音声が聞こえない。



声が出ていないのではないらしい。
拓也の耳が聞こえないわけでもない。


少女は、眼前に見えるのだけれども、ここに存在はしていないかのようだ。
やがて、少女は言葉で伝えることをあきらめて、拓也の背中に指で文字を書き始めた。


好き。
大好き。


少女は、拓也の背中にそう書いた。


むろん、拓也にその文字がわかったけれども、知らないふりをした。
これからもずっとずっと、知らないふりをする。








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