短いのはお好き? 
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2005年07月29日(金) 静かなる終焉



ミサキのいうことには、女の子は愛するよりも愛されたいのだという。

もっともだと思う。

ケンジは、以前も或る女性に、女の子は、愛するよりも愛されて結婚した方がいいよと
言ったことがある。


或る女性歌手の唄っていた歌詞で、あなたが愛しているかどうかは、いいの。
問題は、私が愛しているということ。

という一節があったけれども、そんなのは嘘っぱちだと常々思っていた。


女性は、無視されることを最も嫌う生き物だし、何よりも自分のことが一番好きなのではないか。


むろん、それが悪いなどということではないし、皆自分のことが好きだろう。


自分のことが、大嫌いだという人物も(ぼくは、こちらに属するようだけれども)、実のところ
自分のことを好きだから嫌っているわけなのだ。


本当に、嫌いならば自分のことはどうだっていいからだ。


あの時、ミサキにそんなことを言った手前、どれだけミサキを愛しているのか、力説させられる羽目になった。

まぁ。

愛しているには、愛しているんだろうけれども。

その言葉には、偽りはないんだけれども。

この先、どうなるかは、はっきりいってわからないというのが、正直なところだ。

ま、それは、ミサキにしても同じことだろう。

もっと、素敵な人物が現れるかもしれないし。

今は、とにかく好きってことで、一緒にいるけれども、これから結婚ということになったら
話はまた別だと思う。

女性にも、マリッジブルーってこともあるだろうし…。





そんな風に、ぼくは考えていたはずだけれども、結局、ミサキと結婚することになった。

プロポーズなんてしなかったんだけれども、なんかそんな感じになってしまって。


それで、具体的に式の日取りはどうしようか、というところまでいった。


ところが、そんなある日。


突然、ミサキから、ケータイ電話で別れてほしいと言われた。


どういうことなのか、さっぱり理解できなかった。
ぼくは、はっきりいって気が狂いそうだった。
だって、年内か、遅くも来年の春くらいまでには結婚しようと約束していたからだ。
何が、ミサキを変えさせたのか。ミサキは、一切理由を言わなかった。
むろんぼくは、まったく納得がいかない。
突然、別れてほしいと言われて、はい、わかりましたと言える奴は、世界中どこを捜してもみつからないだろう。
まあ、百歩譲って、理由を聞かせてくれたならばある程度諦めはつくだろうけれども、理由もいわずただ別れてくれではたまらない。

まあ、単細胞のぼくなんかには理解出来ない深淵な理由があるのかもしれなかったけれど、とにかく別れる理由はなんとしてでも知りたかった。
でも、もうミサキの心は完全にぼくの心から離れてしまったらしく、会って話がしたいといっても、ミサキは頑として聞き入れてはくれなかった。


こんな別れ方ってあるだろうか。
もしかしたなら、男ができたのかなとも思った。
そのことを聞きたくてうずうずしていたのだけれど、それを聞いていしまったなら絶対ぼくらはもう元には戻れないだろうということがわかっていたから、怖くて訊けなかった。

もう完全にミサキの中では、ぼくとのことは終ってしまった過去のことに過ぎないことは、痛いほどわかるのだけれども、それがわかればわかるほど、どうしてもこの現実を肯定したくはなかった。
実に、女々しいと自分でも情けないほどだったけれど、泣いてすがりつき、ミサキとよりを戻したかった。

目の前がほんとうに、真っ暗になった。
人生は、一寸先は闇だというけれども、ほんとうなんだと思った。
心がぼくにないミサキには、もう何をいっても無駄なようだった。
それでも、なんとかなるのではないかと、ぼくは、だらだらと未練がましく喋りつづけ、最後にはもう自分でも何を言っているのかわからないほど取り乱して、声を上げて泣きながら別れないでくれと、懇願していた。


この電話を切ってしまたら、ミサキと繋がっていた、か細い糸も切れてしまって永遠にミサキを失ってしまうことがわかっていた。もう手を伸ばしてもミサキに二度と触れることは出来ないのだ。ミサキは、遠いところに行ってしまった。


「じゃあね。ほんとうにごめんなさい。いままでありがとう」

これが、ぼくが最後に聞いたミサキの言葉だった。


あまりにも大きな喪失感が、ぼくを襲って気が狂うほどだった。
ほんとうに狂ってしまえばどれだけ楽かとも思った。
喪失感というものが、想像を絶するほどこんなに恐ろしいものだとは知らなかった。


死にたかった。
心にぽっかりと空洞が開いて、風が吹き抜けていくようだった。
何もやる気が起こらなかった。
ぼくは、さめざめと泣いた。
泣くつもりなどないのだけれど、涙がとまらなかった。
ぼくは、ただ呆然として死にたいと、そのことばかりを考えていた。






2005年07月19日(火) 残滓

線路のずっと向こうで陽炎がゆらゆらと揺れている。

あゆみと別れた日も、ちょうどこんな暑い日のことだった。

ぼくらは、別れ話を一度もしたことなどなかった。
ふたりは、なしくずし的に、終ってしまったのだ。

突然にやってくる別れの方が、どれだけ幸せだろう。
別れというゴールが見えているにもかかわらず、ずるずると地を這うように
愛の残骸を引きずっていくなんて、辛すぎる。

しかし、そんな終焉もあるのだ。




あゆみは、大阪の生まれだったけれども、ぼくの前では一度も大阪弁を喋ったことがなかった。
それが、どういうことなのか、ぼくにはよくわからないけれども、敢えて喋らなかった
ということではないような気がする。

大阪で生まれ育って東京にやってきたあゆみ。

あゆみとは、大学で知り合った。
最初は、大学がいやでいやで仕方ないようだった。
自分が望んだ学校に入れたのけれども、自分が描いていたものとはだいぶ異なっていたらしい。

ぼくと付き合うようになってとりあえずは通ってはきていたが、いつ大学を辞めてもおかしくはないような感じだった。

それから2年間ほど、ぼくはあゆみとつき合ったわけだけれども、ずっといつかは俺達は別れるんだろうな、という予感めいたものがあった。

たとえいくら好きでも、男と女が一緒に生きていくとなると不可抗力的な様々な障害があるものなのだ。

つまり、ぼくらはそれを乗り越えられなかった。


自然消滅みたいにして別れてから、2年ほどたったある日。


突然、あゆみから実家の方に電話がかかってきた。

母親から、そのことを聞き、本当に唐突だから驚いたけれども、以前みたいにぼくの心はざわざわと揺れ騒ぐこともなかった。

忘れもしないあゆみの電話番号。

電話すると、あゆみ本人がすぐ出た。


「借りているCDを返したいの」

あゆみはそう言った。


ぼくは、別に断る理由もないから、渋谷で会う約束をした。

ぼくらは、いつも渋谷で待ち合わせをしていたことを思い出した。

東横線の改札。

あゆみは、横浜に住んでいるから、ぼくのところとの中間地点が渋谷だった。


渋谷には、あゆみとの想い出がいっぱい詰まってる。


待ち合わせはどこにすると言われて、咄嗟に渋谷と答えていた。


そうして、ぼくらは一年ぶりに再会したのだけれど、なんとあゆみは妊娠していた。


もうはっきりと、そうとわかるほどお腹は大きくなっていた。


入ったこともないパスタ屋さんで、お昼を食べながらあゆみと、とりとめのないことを喋った。

主に、ぼくは聞き役だったけれど、あゆみの近況を聞きながら、この人が俺のかつての恋人だったんだな、なんて他人事のように思った。


あれほど、こいつとなら死んでもいいと思っていた女性だったのに、こんなに人の心とは変わるものなんだなぁと、なんの感慨もなくただそう思った。


お昼を食べ終わって、スタバでちょっとお茶して、ぼくらはまた別れた。

あゆみは、横浜へ。
ぼくは、吉祥寺へ。

以前には、東横の改札まで送りにいったものだったが、ぼくはそれもおかしいと思って、渋谷のスクランブルのところで、あゆみと別れた。


そうして、別れてから、あっ、と気が付いた。
CDを返して貰っていなかった。


だが、あゆみもむろん忘れてきたわけではないだろう。


ぼくは井の頭線の電車に揺られながら思った。

あゆみは、もしかしたら、妊娠したことをぼくに見せたかったのかもしれない。

でも、なぜ?


ぼくには、わからなかった。


あれから、もう十年。


あゆみは、どうしているだろう。






2005年07月15日(金) ケイからの手紙


ケイから手紙が届いたのは、清清しい初夏の風がレースのカーテンを揺らす午後のことだった。

家の中は、誰もいないかのように静まり返っていたし、窓から風に乗ってやってくる
街の喧騒だけが、聞こえていた。


でも、そのときぼくは、はっきりと聞いたのだった。

郵便受けに投函されたケイからの手紙が立てたコトリという音。

ずっとまどろんでいて、ケイからの手紙が投函されるのを夢のなかで見ていたに過ぎないのかも知れない。

ぼくは、その手紙の立てたコトリという音で、目が醒めたのだった。

でも、なぜか本当にケイから手紙が来たという確証めいたものがあった。

ぼくは、寝ぼけまなこで階段を降りて行く。

ふと、ケイとふたりで歩いた川べりのことを思い出した。

あのときケイは、ぼくに別れを伝えたかったのだろう。

亜麻色の髪を風になびかせながら、ケイは終始笑みを絶やさなかったけれど
ぼくには、わかっていた。

わかっていたからこそ、ケイが言い出すのを待っていられなくて
饒舌になっていた。

ぼくにだってわかっていたさ。

ケイのことをもうこれ以上縛れないって。



階段を降りきると、チャコが足に纏わりついてきた。

ぼくは、チャコを抱き上げて喉を擦ってあげる。

チャコは、気持ち良さそうに喉をゴロゴロいわせながら
薄目を開けて、ぼくを見ていた。

何もかも見透かしてしまうようなその眸は

勇気を出せよ。

そう言っている気がした。


ぼくは、チャコにウィンクする。


大丈夫。

俺だって、男だぜ。


チャコを下ろし、意を決して、玄関のドアを開け外に出る。


快晴だ。


心が晴れ晴れするような、紺碧の空。
東京にいたときには、空がこんな色だと思わなかった。



門の脇にあるポストを覗いてみると、封筒が見えた。


懐かしいケイの筆跡。

やっぱり、着ていた。


でも、怖くて開くことなど出来はしない。



ぼくは嗚咽しながら、信じられないほど美しい紺碧の空を
もう一度見上げた。





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