短いのはお好き? 
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2003年11月30日(日) 対自核(連載)


 中目黒駅のホームにおりたったとき、もう雨は降っていて、傘を持っていない私は一気に図書館まで駆けて行こうと思って走り出したのだけれども、はじめは小降りだった雨もやがてバケツをひっくり返したような勢いで降り出して、そこで仕方なく、もう店仕舞いしたタバコ屋の前で雨宿りしたのはいいのだけれど、雨足は激しさを増すばかりで一向にやみそうになかった。
 大のお気にのワンピースも雨に濡れ、斑(だんだら)模様に変色している。足元を見ると、白いパンプスの爪先も思い切り水を吸って……と、そこで気がついた。
 高島屋の薔薇の手さげ紙袋。電車の棚に乗せたのがまずかった。あれは今頃誰かの手に握られていることだろう。と思うな否や、いてもたってもいられずに土砂降りの雨の中に飛び出していた。
 車道を真一文字に突っ走る。車なんかお構いなし。パンプスも邪魔くさくって両手に持って走りながらひとつ、またひとつと片方ずつ訳の分からぬ怒りに任せ、そこらへんのウインドウめがけてぶん投げると、ガラスの砕け散る音の代わりのようにして「ありがとうございましたぁ」という、やけに間延びした長閑な声が聞こえてきた。
 なんだか拍子抜けしてしまい、するともう走るのが馬鹿らしくなって……ていうか、なぜ走っているのかがまったくわからなくなりもし、うらめしげにその声のする方を振り返ると、煉瓦色した煙突から焼きたてのパンの煙をたおやかに吐き出しながらにこっと笑っている擬人化されたパン屋さんの建物のイラストが描かれたエプロンをした店員が画に負けないくらいのこぼれんばかりの笑みで、顔を輝かせているのだった。
 たまらなくなって、すかさずパン屋の自動ドアをすり抜けていく自分、縁石に唾を吐き捨て踵を返して行ってしまう自分、タバコに火を点けうまそうに吸うと、目を細めゆっくりと鼻から煙を吐き出す自分、店先の傘立から一本失敬する自分、不意にしゃがんで泣き出す自分を想像しつつ、ひとつめの想像の自動ドアをすり抜けてゆく映像を再生するかのように実際に行動に移しながら、なぜか右足のくるぶしが気になりはじめもう少しで店内へと一歩を踏みだそうとしたところで、電子音による訳のわからないひしゃげたメロディが聞こえだしたところまでは、よく憶えているのだけれど、あとはもう夢のなか。サルベージ船の髭面船長が出て来て、こんにちは……てなかんじ。

 いや、たんにナルコレプシー少し入ってるだけの話なのかもしれないのだけれども、ともかく雨の日はパンが売れないっていうのは本当らしくって、二段ある棚のトレイにはきっちりと並べられた菓子パンなんかが殆ど手付かずのまま、まさに神々しく光り輝いていた。
 満面笑みの店員は、レジの向こうから満面笑みをこぼしながら無表情に突っ立ている。
まるで満面笑みの仮面を被っているかのように。
 ふと足元をみると、私のパンプスがころがっている。気付くと手にももう片方を持っている。あれ? 確か投げ棄ててしまったはずなのに…。それを床に落として履こうとしているといていると、ケータイが鳴りだした。
 履くのをやめ、もいちど拾って軽く耳にあてがい、小首を傾げるようにして挟みこむと、両手にトレイとパン挟みを持って話しはじめる。
「もしもし。え?」
 満面笑みのはずの店員も、これには驚いて仮面を脱ぐと怪訝な表情を露にする。



2003年11月20日(木) birth day




昨晩ネットで落した120Mくらいのダリアという短いアニメをWMPで再生しようとしていると「アルタード・ステーツはケン・ラッセルだっけ?」小森くんがそういっていたことを不意に思いだした。



いまごろどうしてるんだろう、あいつ。



またぞろ、「マコしゃん萌え〜」とかいいながらティンクの抱き枕を抱いて悶えているにちがいない。そんな気がした。



それにしても小森くんはいつもひょんなときに突然現れる、神出鬼没な強烈キャラなのだ。




前回現れたのはぼくがちょうどモアイ像の上でという変な設定で人と待ち合わせをしていて(以前ハチ公にマタガッテという設定もあったけど)約束の時間を裕に30分も過ぎているというのにまったくその人物が現われずに、もうほんとうにブチキレる直前に小森くんは降って湧いたかのように現れたの
だった。




それからぼくらはカトレアという東京ドームが百個くらいすっぽりと入ってしまうほど超デカいマンモス喫茶店に入った。




ウェイターとウェイトレスだけでも合わせて15万人くらいはいそうで、ということは、厨房も含めたならば総従業員数は20万はくだらないんじゃないか、と小森くんがいった。





んなわけねーじゃん、とは思ったものの案外そうなのかも知れなかった。ホラでもなんでもいい。彼には、ああそうかもなぁと思わせる不思議な空気感みたいなものがある。



たぶんそれは彼が優れた偉い人物などではなく、それとは真逆の自分をダメ人間と思っている奢りのない人物だからだろう。






「なんかむしゃくしゃしてるから、今日は派手にいこうぜ!」




「おー!」




と二人で声を出したまではよかったけれども、なんにもやる気が起こらない。





純粋に鼓舞するためだけの空元気がさらにどっと疲れを覚えさせただけだった。




「あー、なんかこうワクワクすることないかなぁ」




「脇毛を剃るってのは駄目すか?」



「はい?」




「いや、失礼」





「じゃ、いっそのこと叙々苑に焼肉食いにいきますか」




「いいですね」



「割勘すか?」





「いや、誰かに奢らせるのさ」




「へ?」







そこへ、青天の霹靂の如き大変化が訪れようとは!








ふたりのテーブルの冷めたコーヒーが早々に下げられるや、ところ狭しと豪華な料理が並べはじめられた。



これには、さすがの? ふたりもビックリ! 何かの間違いにきまっているけれども、ちょうど腹も空いてきたことだし、食欲をそそりまくるなんともいえないイイ匂いと、燦然と眩いばかりに輝く豪華な料理の数々にもう一瞬たりとも目を離せない情況になっていた。




もう唾液の分泌がとまらない。



これで「失礼しました間違いでした!」で、下げられてしまったら、それこそ蛇の生殺しってやつだとぼくは思った。そんな殺生な…。





少しでもその現実との対面を先延ばしにしたいがために、どちらも事の真相をウェイターに尋ねたりなどしない。




一点を見つめたまま…だがその視線はエビチリや小籠包を透過して、全然異なる言うに言われない抽象的な思考に囚われているようなかなり難しい、いうなれば哲学的な表情を浮かべていた。



あるいは、それを人は切ない眼差しと呼ぶのかも知れない。



だが、作家やミュージシャンにも旬があるように全ては時間に支配されている。ましてナマモノである料理に於いておや、である。




温かい食べ物でなくとも時間の経過と正比例して味も鮮度も急速に落ちてゆく。



そのように何事も時間から逃れられないのだ。




というわけでっ。




湯気を立てている美味しい料理もあと少しで旬が過ぎてしまうだろうし、お腹の虫も我慢の臨界点に達しようとしていて、イライラの炉心があわやメルトダウンか!



という自己判断のもと、もう居ても立ってもいられずに思わずウェイターに聞いていた。





「あのこれ、なんかのまちがいですよね?」






するとウェイターはくるりと振り返り500メートルくらい先に見える片隅に陣取る一団を指差して言った。



「あちらのお客様からお言付けをお預かり致しております」




えー!


なんですとー!



マジすかー!



ぼくらは息を呑んで次の言葉を待つ。





きょうは、おめでたい日なので、大いに呑んで食べてください、とのお言付けでございました。




ぼくらふたりとも目が異常に見開いていくのをとめられなかった。





いったい誰なんだろう?



「あれかなちょうど彼だか彼の恋人だかの誕生パーティでもやっているのかも知れないね」




「となると、お礼もかねておめでとうの一言をいわないわけにもいかないだろうな」



ぼくがそういうと、小森くんも半信半疑の体ながらコクリと頷く。




知らぬ間にビールの大ジョッキが目の前に置かれている。






「じゃ、据膳食わぬは男の恥っていうしさ、食っちゃおーぜ。挨拶は後ってことで」



それってちょっと意味合いが違うと思うけど、と頭の隅で思いつつ、ぼくも今まさに全身の筋肉を漲らせ獲物を狩る虎のように一皿目に挑みかかろうとしていた。





「なんかわけわかんないけど、このまま退席するなんてあまりにも失礼すぎるもんね」







「ということで」



「ということで」






ふたり示し合わせたように合掌すると満面に笑みを浮かべ、おもむろに食べはじめた。











「happy birthday to you」 の歌声がかすかに聴こえてくる。












2003年11月08日(土) maternal instinct




カヲルは死んじゃっても
なお艶かしい肢体の持ち主だった
ローライズの腰から膝にかけての
ラインなんか生唾ものだし…


生きてるときとちがうのは
ちょっぴり青白いかなと思う顔と
触れても温もりのない肌くらいだった



なんでカヲルが死んでしまったかといえば
別に僕は私淑するあまりバロウズという作家を
真似たわけじゃないんだけれど
形の上では似たようなことになってしまった
というわけだ




バロウズは誤ってピストルで奥さんの頭を打ち抜いて
しまった
思うに
たぶん遊びでロシアンルーレットでもやってたんじゃないだろうか




バロウズも大きな十字架を背負って生きていたんだなぁ
と改めて思った



ぼくにもそんなことができるだろうか


恋人をこの手で殺めてしまったという
重い十字架を背負ってなお
これからも
何食わぬ顔で
のほほんと
生きていけるものだろうか






もし仮に…







ちょっとちょっと膝小僧抱えてさっきから何ぶつぶついってんのよ
ねー

つまんない

どこかいこーよ






カヲルの能天気な声にぼくは一瞬たじろいだ



カヲルは死んだのだけれども
その遺体はまるで生きているかのように喋ったり
ケーキを食べたり
お風呂に入ったりする




この信じ難いけれども
動かし難い現実をもう一度
認識しなおさなければならない




現前こそすべてなのだ






というわけで
ぼくらはDisneyに行くことにした


前は中目黒で日比谷線に乗り換えて八丁堀にでたけれど
臨海線が開通してからは
大井町線で大井町まで行って
臨海線で新木場まで行けば
もう舞浜は隣の駅だった




いつもならばゲートを抜けたら
一気に突っ走るんだけれども
これからはそうもいかない


アトラクションも『It's a small world 』くらいなら大丈夫だろうけれども
プーさんの『Honey Hunt』はちょっと危ないかもしれない

子供用でも『Gadget』はもってのほかだし
あと大丈夫なのは『Western River鉄道』くらいだろうか

『Jungle Cruise』は乗り降りの際にちょっと心配だ





というのも、カヲルは妊娠しているのだった
3ヶ月らしい



それを知らされたときには
なんとも言われない不思議な感情に囚われた


はじめて父親になるから…ではない



カヲルがなぜこの世から姿を消さないのかがわかったからだった



それに気付いたがゆえに
ぼくは喜んでいいのか
悲しんでいいのか
わけがわからない感情に包まれたのだ




つまり
ぼくにはわかってしまったからだ





カヲルは
ぼくらの子供をこの世に残すために頑張っていて




新しい生命がこの世に誕生したとき
彼女は今度こそ彼岸に旅立ってしまうのだろうことを…












2003年11月07日(金) no joke



そういえば
きみに花束を贈ったことを憶えてる?

深紫のトルコ桔梗


花言葉は
なんだろう


弱虫のこころはやく 
消えちゃえYo!


とかかな




大好きなキミへ
心をこめて…





 




2003年11月01日(土) ☆読書ニッキ☆ 幽霊たち ポール・オースター



BlueとBlackは、同じひとりの人間の陰と陽である。


むろん、WhiteとBlackは文字通りの裏・表を顕しており、ひとつのものだが、
つまり、BlueとBlackは同一のものの陰陽であり、そして更にそのBlackは、Whiteと表裏となっている
という二重、三重の構造となっている。


よって、この物語は探偵小説、あるいは推理小説といった趣きを呈しているが、これはたんに
Blueの意識の改革の物語なのである。


Blueは、古い自分であるもうひとりのBlue、つまりBlackを殺すことによって、新しく生まれ変わり
新しい人生へと旅立ってゆく。


作中、Blueが、レストランみたいな? 場所でBlackと差し向かいとなって、会話するくだりは、ドッペルゲンガー、あるいはタイムパラドックスにおけるもうひとりの自分との接触を思わせ、わくわくした。


これだけでは、まったくわからないでしょうが、私としては、この装置というか仕掛けが面白く、ポール・オースターは結構肌にあったのでした。



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