母のタイムスリップ日記
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2011年02月28日(月) あららららぁ!



先日外出した折 傘を置き忘れてきた。
母のショートの間に取りに行こうと思ったが 用事を済ませる方が先と思って先延ばししてきた。
今日午後にはショートから帰るので「取りに行かなくては...」と思った。

でも若し「忘れた場所が違っていたら....」「誰かが間違えて持ち帰っていたら...」無駄足になる。
朝 問い合わせてみたらやっぱり有った。
「明日 此方で研修会の予定があるのでお持ちします」と申し出てくださった。言葉に甘えさせて貰う事にした。

電話を切って片付けの続きを始めたらショート先から電話があった。
母熱発しているので帰りどうするかという連絡だった。
薬はあるので 帰宅時間を早めて昼過ぎに送っていただく事にした。
明日は 研修会と他に用事が1つある。
直ぐにデイサービスに電話をして デイ利用可能かを伺う。
歩いても15分圏内 車だと5分圏内にいるので直ぐに対応できる旨を伝えた。デイは 了解してくれた。

母の様子をみてみないと何とも言えない。
勿論 朝の様子を見て最終的に判断するけれど...。

母が戻る頃には 雪がちらついていた。
熱発し 昼食は半分摂取。帰る頃には7.2度に下がったそうだ。
しかし車椅子の母は グッタリしていて顔もあげない。
「コートも着せられなかった」と毛布を被っていた。

車椅子から立位介助すると膝がぐにゃとなってしまった。
職員が抱えてベットまで運んでくれた。

職員が帰ってから トイレ誘導。
母はちゃんと立て 介助で歩行してトイレまで。
ぴんと来てお腹をマッサージして「大」排出できた。
それからテーブルに着いておやつ。
バナナとみかんとお茶を 俯いて目を瞑った儘口だけモグモグさせて食べられた。その後 医師から処方して貰っている薬を服用。

暫く起きて貰ったが テーブルに突っ伏して眠ってしまうのでベットに移乗して横になって貰った。
其の間に夕食の支度。
母の様子を頻繁に見ていたがビクッともせず眠っていた。
夕食の時間になってもぐっすり眠っているので少し焦る。
「食べたくなったら食べて貰おう」と思った。
しかし7時を廻ると俄然焦る。
母をベットから椅子へ移乗して少し手足を動かしてみる。
それから食卓へ移動。
食事介助するが口は開くけれど呑み込まない。
騙し騙し介助してみるけれど 若し喉に詰まらせたら...と心配になって形ある物の介助はやめた。

夕食に入る前にトイレ誘導したが空振りだった。
「ひょっとして水分が不足している?」と思い 水分だけゆっくりと介助。
水分は受け付けた。
ごくりとに見込む音を聞いて 次のひと匙を運ぶ。
水分だけで 30分以上かかった。
でも30分すると呑み込みがしっかりしてきた。
試しにお粥さんを運ぶ。俯いて目は瞑った儘だけれどちゃんと噛んでいる。野菜も運んでみるとこれも同じよう。
「これはいけるかも」とゆっくりゆっくり 食事介助。
1時間かけて完食できた。

食べ終えて口腔ケアを始めたら ちょこっと咳き込む。
すると目をパチッと開けるではないか...。
それから暫く顔を起こしていた。

薬で眠かったのだろうか?

水分補給・食事介助の間 「偉いね」「頑張るね」「上手に飲み込んで頑張るね」と繰り返して話しかけ膝を撫でていた。
其の言葉に反応して しきりに頷いたり「ふふ」と笑ったり。

食べ終えて 薬を服用して貰って1時間後 母の部屋に移動した。
母に話しかけると「うふふ」と顔をあげて目を見て笑い出す。

「これで大丈夫」と確信を得た。
おそらく明日の朝は きっと穏やかに目覚めるだろう。

しかし 今日はひやりとした。
施設にいた頃と同じような状態となってしまったかと不安になった。

同じ迭を踏まないように在宅ならではゆったりペースで対応するように意識した。
風邪の熱発だったのだろうか?
解熱剤は使っていない。
鼻水が多量にでたと言う報告だったが 家に戻ってからは鼻水は見られない。

就寝後 尿量が戻ってきた。
母の特有の動きが出るようになってきた。
帰宅した頃から比べるといつもの母に近くなってきたと思う。
このまま 朝まで大きな変わりが無い事を祈るのみだ。

あらら 明日から3月だわ♪


2011年02月27日(日) 庭で見つけた...


プランターに水をあげようと庭に出たら 寒さで痛んだ鉢植えの葉が無残でついついそちらの整理に力が入った。
パイナップルリリーも球根が鉢にいっぱいになってしまっていたので 株分けをして大きな鉢と小さな鉢にそれぞれ分けた。
小菊の根元にも新しい芽が育っているので それも別の場所へも株分けした。

野菜の種まきの時期に入ったと気がついて 種を撒いた。
プランターなので 春菊とかルッコラとかの類い。

「そういえば...」と多年性のルッコラどうなったかと庭の隅に作った菜園を見たら ちゃぁ〜と芽を出していた。枯れかけた枝の先にも新しい芽をつけてた。
一年草のルッコラとは葉の形も大分違うのだが ちゃんとゴマの味がするので重宝している。
韮も刈り込んだ後に新しい葉を広げ始めていた。

ふきのとうを摘んで佃煮を作った。
味見したら...ほろ苦い春のかおりが口の中に広がった。

次々手を入れなければならない所が目に付いて 家の中の整理は後回しとなった。
でも 庭に出て春を見つけたから...それもありかなぁ。
母の戻る前に...と思うけれどなかなか捗らないなぁ。


2011年02月26日(土) 片付け


本格的に忙しくなった様子の夫。
帰宅は 今日のお昼。
完全に徹夜となった。

遅くなる事は承知していたが いくら心臓に毛が生えているような私でも連絡ないとちと心配になる。
朝1番にメールをしたが連絡がない。
何か事が起きればどこからか連絡が来る筈...と思って家の中のことをあれこれと始めた。

片付けは 書類の整理から...。
片っ端からシュレッダーにかけた。オーバーヒートすると自動的に停止するので調整しながら延々と作業を続けた。
10時近くに「一旦着替えに戻ってまた仕事に出るから」と夫から電話がきてホッとする。

お昼過ぎに戻ってキューバタンと眠り込む。
1時間後入浴して お茶を飲んでまた出かけた。

それから再度作業開始。
ゴミの袋がふたつ満タンとなった。

夜になって足りない食材を調達するため買い物に出た。
帰宅が10時頃という事だったので ゆっくりと支度を始めたら2時間早く帰宅した。

プレゼントとかケーキとかを抱えて...。
「え〜と 何年目だったけ?」「…」
「これまでありがとう♪」と言ってから「過去形になりそうだなぁ」とぽりぽり頭をかいていた。

ふたりで鍋を囲んで乾杯。

あとはいつも通りに最近の出来ごとを語り合う。
「明日が早いから...」と一足先に就寝した夫。

静かになってまた作業開始。
後片付けをして...。

1日 あれやこれやと来年度の企画のことを考えてた。
母がいるとなかなか企画の事まで頭が廻らない。
関わっているイヴェントの企画がどうもいまひとつぴんと来ないのだ。
いろいろと細かい企画が出ているがしまりが無いように感じる。
それがぼんやりと見えてきた。
山椒のような役割を果たす人がいないのだ。
こりゃ ちとこれまで関わってきた人と話してみる必要がありそうだ。
自分がやるとしたら...と方向性が見えてきたけれど 介護者の身で根回しも含めて取り組めるか責任が持てそうにない。

また明日作業しながら考えてみようと思う。

夕方学生時代の集まりが決まったと連絡が入り参加を問われた。
即座に返答が出来なかった。
とりあえず不参加で ショートがうまく取れれば飛び入り参加ってことにした。なにしろ故郷からこっちへ出てくるというのだから その気持ちに応えられるように...と思う。


2011年02月25日(金) 春一番!


朝 新聞受けに封書が一通。
ご近所さんで介護中の方からだと察した。
開封すると地域に新設される施設の説明会に出かけ気持ちを固めた。
以前に紹介して貰った所には行かずじまいでごめんなさいというような内容。
地域の情報提供は「行く・行かないの選択は介護者の判断で」と伝えてあるのだが 教えて貰ったのに行かない事を申し訳ないと思われるのだなぁ。

極々近所なのだが 当事者が在宅の時には話せない状況なので細かい話ができないでいた。向こうの都合の良い時には 此方の都合もあったりで...。
今日も時間に余裕は無いが 当事者がデイに出向かれている日なので
急いで電話をして暫く話し込んだ。
選ばれる施設の傾向を伝え 家族の指針をある程度決めておくと家族のペースが守れると思うと伝えた。
具体的に困るようなことがあったら遠慮なく...と。
ある程度の指針を伺っていたので それに添う形でのお話である。

施設に入所してから「困った」という相談は結構多いのである。
状況だけは伝えて 後の選択は家族の決断。
切羽詰って判断を迫られて困窮するようなことにならないように...と願うのである。
其の方もいろいろな疑問を持たれていたので 丁度良かったと思う。

電話を切って作業する場所へ向った。
今回は 文書等もそれぞれ手分けした上なので楽が出来た。
仲間が「認知症ではないけれど...」と友人の介護の相談話を持ってきており 家族同居ゆえに利用できないサービスについてあれこれと話す。
同居している家族が病で介護を続けることが難しくとも其の生活が自立しているとやはり同居家族がいるとみなされてしまうので本当に厳しいなとつくずく思う。
今後 介護保険は更に厳し状況になるのだろうし...「私達のお先は真っ暗だね」とは介護仲間ではよく話題に上る。
いや 経済的に余裕のある方たちには縁のない話なんだけれど...。

作業を終えて 外で食事して其の足で介護用品や植物の手当てをする物の補充のため買い物に出た。夕方家に戻ってから あれこれ作業をした。鉢と土の入れ替え等をしながら 日陰に寄せておいた鉢をみたら
季節を感じて ひょっこりと芽を出しているものがいくつかあった。
何が植えてあったのか...。
記憶を辿り昨年夫の義姉から戴いたものだろうな...と言う所までは思い出せてもそれがなんだったかまで思い出せない。
それでもお日様の当たる所まで引っ張り出した。
気になっていることに手を付けられた上 新しい芽も見つけてガチガチとしていた身体が少し解れたような気がする。
人様からみれば「それくらいのこと」と言われそうな作業なんだけれど...。

「春1番」の吹いた今日 こんな感じで1日を終えた。
気持ちの上では 夜は家の中の片付けをしようと思っていたけれど つい余計な事を始めてしまって時間は過ぎてしまった。

九州から届いた蜜芋。
1度目はふかし芋にしたけれど 折角だから...と焼き芋に。
この加減がねぇ。
これもまた楽し・美味し...という次第。


2011年02月24日(木) ショートステイへ


会議がふたつ入っているのでショートステイを予約していたので 今日 母を託した。
本当は 自分の体調が優れない時にショートを利用したい所だ。
でもショートステイは 風邪くらいでは緊急ショートと言う訳にも行かないだろう。

ショートステイの迎えの車に乗り込む時笑顔をみせてた。
母にとって心地良い所ではないだろうが ちょこっと休息させてもらう事にする。

自分の体調は快方に向っているようだ。
きょうのふたつの会議では咳も出なかった。

家の内外がかなり...。
例年なら適度の自然の恵みで乾かずに済んできた鉢植えだが 今年は
酷い目に遭っている。遭っているのではなくて そうしてしまったのだ。
家の中もかなり雑然としてしまった。

幸い明日予定されている作業を終えれば フリーな時間がもてる筈。

会議で得た情報に 土曜日にちょこっと遠出してイヴェントに出かけてみようとこっそり思った。
だが...結婚記念日だった。
それも娘から指摘されて「あっそうか」と気がついた。
自慢じゃないけれど忘れた事無かったのに...今年はついうっかりである。
夫も忙しい時期なので 夫の予定も聞いてみてとは思うのだが...。

外出中は携帯の確認を幾度も。
やはり普段通りとは言っても 風邪の症状が出ないかと気になった。
夜 家に戻るまで施設からの連絡はなかったのでホッとした。

夫も仕事の追い込みで貫徹になりそうと連絡が入った。
早く眠ればいいのに あれこれと作業しているうちにこんな時間となってしまった!

今日は あたたかである。
会議を終えて 仲間とちょこっと交流して帰路の電車の中では汗ビッショリ。明日も気温が上がるようだ。
「三寒四温の季節に入ったのかな?」と仲間との話題に上った。
どうなんだろう。寒さの底は脱したと思うのだが...。


2011年02月23日(水) 年齢をすり込むぞ♪


 気持ちよく目覚めた朝。
笑顔炸裂の母だった。
曇りがちになったのは 昼食前。

こんな時の落ちは トイレ誘導。
けれど訪問リハの時間が近く サッとトイレ誘導して切迫してないからと「大」を後回しとした。
リハ中は 落ち着きがなかった。
リハが済んで 暫くして臭いで気がついた。

こんな時気が動転していて「少しだけ?」なんて聞いてしまった。
すると「うん」と頷く母。
「後ちょっと待ってね」と言い残して 急いでトイレ誘導の準備。
それから 母を誘導。
「時おそし」なのだが 手当てしているうちに残りも...。
母の返事通り「少し」に違いなかった。
午前中のうちに手当てできていれば 母に辛い思いをさせずに済んだことだ。

サインを読んでいたのに先延ばししてしまったこと反省。

それからは またいつもの笑みと頷きで過せた。
薬が効いているのか 咳や痰は落ち着き始めている。

夕方 母を褒めていたら...次第に笑い出して...。
「神様からのお役目をきちんと果たせていることは偉い。頑張っていることを両親もご主人も喜んでいるよねぇ。私も嬉しいし...ありがとうね」と感謝したら「うふふふ」と〆てくれた。
来月には95歳となる。
まさか95歳も命を刻めるなんて母は考えたことも無かっただろう。
80歳の時だって「へぇ そんなに...」って驚いたのだもの。
これから誕生日まで つどつど「95歳」をすり込んでいこうと思っている。


2011年02月22日(火) 風邪 警戒中


ひと頃と比べると暖かくなった。
雪の降った頃の室温だと少しあついようだ。
母の足の冷え 漢方のせいだろうか...改善されているように見える。

でも風邪は危うい。
痰が絡む時がある。
誤嚥性のものかとも疑ってみるが 風邪の感染の疑いの方が高い。
この辺の判断は 難しいなぁ。

今日もデイに出かけて無事帰宅。
帰宅後 おやつを食べ トイレ誘導で「大」「小」排出できたし...。

自分もいっときより楽になってきた。
洗濯やら食事の準備やら後片付け等負担に感じなくなった。
何をするにもため息をつきながらの日々で 怠け者になってしまったような気がして情けなく感じていた。
風邪による体調不良だったのだったとわかりちょとホッとした。
それに薬のせいで 身体もだるかった。

以前医師が言っていた事を思い出す。
「風邪をひいたら眠る事が一番です。
薬を服用して眠りを確保して身体を守るのですよ」と。
眠る時間が確保し難い状態だから 風邪を引かないように留意が必須だ。
何処で風邪菌を拾ったのだろう。
手洗い・うがい何処かで手抜きしたのかなぁ。

今日は 通院して再度薬を処方して貰った。
抗生剤は 今回はない。
大変な時期は越えたということでホッとしている。

母のことは 引き続き注意が必要だろう。

母の女学校の同窓会の名簿確認のはがきが届いた。
母の同窓生で生存している人は どれ位いるんだろうなぁ。
ちょこっと気になった。
少なくとも同窓生で親しかった方や親しかった後輩等も亡くなってしまっている。

明日は美容院にでも連れて行きたいところだが 1日ゆっくり家出すごす方が良いのだろう。


2011年02月21日(月) 風邪注意報。。。


 名前も知らない、住所も知らない顔見知りの方とパッタリ出逢った。
前回出逢ったのは 昨年の夏が終わる頃だったと思う。
其の時「介護保険申請して…」と伝えた。
ついで管轄の地域包括にも連絡した。

でも 今日逢った時「どうですか?」と伺ったら「丈夫な人は デイサービスは利用できないと言われた」と言う返事だった。
確かにお元気で買い物にも行けるのだ。
けれど 物忘れはある。

先日 介護保険利用についてのコメントが朝日新聞に載っていた。
「家族の都合の良いように利用されている」との記事だったと思うのだ。
その時には「?」と思ったが...。
よく考えてみると身近でも 結構そういった理由でサービス除外されている事例を耳にしていた。

介護保険利用者の制限がじわりじわりと始まっているような気がしてならないのだが...。

今ひとつ 体調の戻りが...。
無理をせずに慎重に過していくつもり...。
でも...母に感染しているような気がする。
先日 罹りつけの医師に薬を処方して貰ったので悪化させることもないと思うが...更に注意しなくちゃ...と思う。


2011年02月19日(土) ひとやすみ…のち。


風邪気味だった。
何とかなると用心して母と過ごしていたが 回復の兆しなし。
用事があって金曜日からショートステイを入れていたのだが 木曜日から
ショートステイとなっていた。
2月末に追加のショートステイを確保した時に先の分を1日ずらしたつもりだったが 勘違いだったみたいだ。
この勘違いのおかげで通院が出来た。
夜の睡眠をしっかり確保し金曜日には 午後と夜の用事をキャンセルして1日眠っていた。こんな風に過すのは何年ぶりだろう。

周囲には迷惑をかけてしまった。

早朝に夫を仕事に送り出してから 2度寝したが何時も通りに起床して
朝食を摂り 洗濯を始めようと思った頃に娘が助っ人にやってきた。
「風邪菌を貰うことになるから来ない方がいいよ」と言ったのだが...。
母の薬を貰いに行くこととショートステイへの迎えの足になってくれた。

母は大きな変化もなくショートステイより戻った。
会計の時娘とお雛様をみていたが 娘を見て「誰だ!」と不機嫌そうに話したそうだ。
家に戻ると一転笑顔。
うふふ・あはははとよく笑った。

夕食前には バナナとみかんを食べてもらい水分補給もした。
夕食の頃には眠そうでだった。
眠らないようにせっせと話しかけて何とか通常分摂取できた。

食後トイレ誘導で「大」「小」排出できた。
ショート中は「大」なしとのことだったので ひと安心である。

歩行は膝が曲がりなかなか厳しかったが それでも就寝近くなって何とか歩行できた。

就寝後のトイレ誘導は 深く眠っているので 1度起こさなかった。
2度目の時にもしっかり眠っていたけれど 少し足を動かしたので
トイレ誘導。でも覚醒はしていなかった。


2011年02月16日(水) 赦しあいながら...


今日は デイ利用はない日。
何となく微熱 そして咳もでるので様子見に訪問リハはおやすみさせて頂いた。

午前中 ご近所さんが 寄せた雪を片付けているようだったので 許せる時間内でお手伝いした。
お日様が出ていても 雪は少し溶けて夜間に凍ってしまったようで かたかった。
それ以外の時間は 母とのんびり過ごしていた。

午後になって オムツ配送の方が見えた。
「いやぁ 昨日は雪でこの坂上れなくて 戻ってしまったんだよ♪」と言われた。でも この坂の雪は 早朝に片付けられ 路面はからりと乾いていたんだわ。坂が上れないなんて有り得ないのだ。
だからデイの送迎も来られたのだ。

何も言わなければ 今日が配達日と思うだけだったのに...。
話したばかりに「嘘つきな人だな」と自ら暴露してしまったのだ。
「昨日は 早い時間から雪は無かったのですけどね」と要らぬ事を言ってしまった。
すると「おじさんの車は軽くて タイヤもつるつるで上れなかったのだよ」と更に嘘の上塗り...。
もう それ以上嘘の上塗りを聞くのも苦痛なので「それは ご苦労様でしたね」とお茶を濁した。

配送業務の委託を受けている方だと思う。
この方への突っ込みどころは満載なんだけれどねぇ。
顔を合わせた途端に言い訳をしていたので きっと期日通り配達しないという苦情が行っていたんだろうと想像できた。

夜間のトイレ誘導をしてタイミングが合った時の母のなんともいえない安心したような表情に 報われる想いがする。
時にトイレと認識できずに排泄する時の哀しそうな顔をみると可哀想になる。「此処は トイレだから。ちゃんと教えてくれたからトイレ間に合ったんだよね。偉いよ」と伝えるとニコッとする。
母にとってつらい事なんだなと思うと切ない気分となる。
何れ わが身にもそういう時が訪れるのかもしれないし...。
お互い足りない所を赦しあいながら 介護の日々は続くのだなぁ。


2011年02月15日(火) あ"〜ご近所さん!


早目に起床して 外の様子をみた。
心情的には 雪景色に感嘆。
実際には...「どうするの?」とオタオタ。

考えるより先に 先ずは夫の朝食の支度。
夫を送り出してから 屋敷内のみ除雪。
其の間に デイからの着信履歴が残っていた。
「こんなに早く職員は 出勤しているんだなぁ」と驚いた。
「デイおやすみ」の連絡だろうと思い 折り返しデイに電話した。
「どうでしょうか?急な坂道の雪の具合は...」と問われた。
「デイはあるんだな。ネックは 急な坂か」と思ったら...。
職員は「お家の前はどうですか?」とも。
「家の前は除雪できますが...坂道。確認して電話します」と受話器を置いて坂道を見に外に出た。
既に 誰かが綺麗に雪かきしてくれていて 何の問題も無かった。

急いで家に戻って 家の前から道路まで車椅子の移動できる分だけの雪をかき家の中に戻った。
直ぐにデイに電話をして「雪の問題はありませんので お願いします」と連絡し先ずはホッとした。

それから いつもよりかなり遅れて母の介助。
それこそ時計と睨めっこ状態。
送迎の車が来る20分前には 支度も出来た。

外でしゃらんしゃらんと雪を寄せている音がした。
いつもなら この片付けは私も加わっているのだが...今回ばかりはそうも行かなくて「ありがとうございます。お手伝いできなくてごめんなさい」と挨拶した。

デイの車は時間より少し早目に着いた。
今日は 送迎のコースを替えているとの事だった。
母を見送って 急いで洗濯物を干して 今度は自分の食事。

最低限の後片付けを済ませて 打ち合わせの場所へ出かけた。
みんな忙しい中 繰り合わせて集っていた。

打ち合わせも済んで 残れる人たちで食事に繰り出した。
その後 今日欠席なさった方のお宅を訪問。
お元気なご様子でホッとした。
お手伝いする事も無いほどにきちんとなさっているのだが それでもご高齢でお独り暮らしなので...。

駅まで戻って買い物を済ませて家に戻った。
それから お掃除。
部屋や廊下の隅に埃がころころと転がっているのが目に付いたので...。

母が戻り次第 罹り付け医に通院予定なので 夕食の支度を途中までしておいた。
が母が戻ってくる頃には雪の上を吹く風の冷たさ。
「どうしよう」と迷う。
母が戻ってもなお「通院した方が良いのでは...」と揺れた。
ひとまずトイレ誘導したら...緩めの「大」を排出。
「今日は 動かない方がベスト」と決断。

おやつやら水分補給後 夕食介助。
笑顔が増えて イントネーションだけは言葉っぽい感じのする話がぽんぽん飛び出した。
此方は 相槌を打つのみだが...多弁な母だった。

夕食後は 大きなあくびを連発。
洗濯物たたみに付き合って貰って 1時間は我慢して貰ってから就寝。
眠る前もにこにこととても機嫌が良かった。

昨日から 気を揉んでいたので...力が抜けてしまったような感覚だ。
明日は デイもないので また母とのんびり過ごそう。


2011年02月14日(月) ドキドキ 明日の朝は...?


 目覚めも良く 元気でデイサービスに出かけた母。

洗濯を済ませて PC作業。

それから急いで買い物に出た。
夕方から雪との予報だったので早めに片付けておこうと思った。
オムツ関連の物は配達して貰っているが 日にちが一定してない。
そろそろ見える頃なのだが もし来ないと足りなくなるので万が一の為に補充した。明日が配送予定と思っているのだが お天気次第でどうなるか...。買足せたことは良かったのだが 若しかするともう1種類不足するかもしれない...ちょっと失敗かもね。

家に戻ろうとしたら 携帯に留守電やら着信履歴があり「母に何か起きたかと…」ちょこっと慌ててしまった。
デイからではないので ほっとしたのだが...。

家に着いて 午前中に仕上げたデータを確認してもらうために担当する人たちの家を廻った。
生憎PCを使える人がいないので アナログ式となる。
みんなのOK得て 夫の会社にデータを送り処理して貰う。

今日は 頼みごとをされて また母のショートが取れるか確認した。
今月もまた変更でケアマネに迷惑をかけることになる。

母が戻ってくる頃には雨が降り出した。
夕食介助が済む頃 冷え込んで来て外を見たらボタン雪となった。
トイレ介助を済ませたら もう積もり始めている。
明日は 予定を組んでいるが...ひょっとするとデイサービスの送迎車は無理でデイおやすみになりそうな予感。
それから ずっと気になって外を見ているが 雪は止みそうもない。
雨になって 雪が溶けてくれればいいが無理かもなぁ。

考えてもしょうがないので明日のまで考えるのはやめようっと。

会社から戻った夫 頼んだデータで作った物を持ち帰ってくれた。
夫も明日から 少し離れた場所での仕事が始まるが...積雪でどうなるか...と不安な様子。
雪国では たいした事もない量の雪だけれどこっちでは交通機関も麻痺してしまうなぁ。

積雪は 痛いなぁ。


2011年02月13日(日) 雪も消えて...


3連休の最終日。
結局 この連休中は私の体調不良のため足浴のみで我慢して貰った。
朝・夕は乾いたタオルでゴシゴシと乾布摩擦。
ヘアトニックで頭皮マッサージ後ブラッシング。

食欲はいつも通り。
排泄も「大」「小」順調でありがたいことである。
今日はトイレサインをキャッチし誘導でき 辛うじて母に安心して貰えたかなぁ。

今日のおやつは たんかんとみかんとカステラ。
飲み物は 焙じ茶とりんごジュースが主流 他にゼリーやらプリンも。

夕食のお粥が少し足りないので急いで煮込みうどんを作って追加した。
考えれば お餅でも小さく切ってお粥に混ぜてあげた方が優しかったかもねぇ。失敗 しっぱい。

まだ ゴム手袋・マスクを装着し アルコール消毒は欠かせない状態。
こんな時に限って 1日中顔をつき合わせているんだものね。
風邪菌がうつって行かないようにと祈るばかりだ。


2011年02月12日(土) 明日天気になぁ〜る?


 昨夜の冷え込みは強く 銀世界の朝となるかと思ったが 予報は外れ。
半分期待していたが 半分は安堵した。

にこやかに目覚めた母 朝の身支度を順繰りに。
食欲 3食とも順調。
排泄 いつも通り。

午前中は母の部屋とダイニングルームを行き来して気分転換と歩行訓練。
午前中の排泄は サインを読み取れたが 午後は2回とも出た後の誘導となってしまった。
出た後だと腰が重くなるので 其の時点で間に合わなかったと感じる。
母には 悪い事をしたと思う。

洗濯物を干そうとしたら雪が舞い始めてしまって 室内干しとなった。
数日天気がはっきりせず たまり始めた洗濯物。
明日は晴れの予報だから...。


2011年02月11日(金) 雪景色


 夫は仕事へ。娘は用事があり帰った。
今日は 家に母とふたり。

雪が舞う朝で...窓からの景色を楽しみながら...。
でも 朝の内は 雪と気が付かない様子だった。
午後になって うっすらと雪を被った景色に「うわぁ」と声を上げた母だった。

相変わらずの体調で手袋つけてマスクをしてアルコール消毒しながら母を介助する日々。
ご飯や汁物 おかずの熱さを確かめるにはスプーンをいくつも使って味見している。熱ければ「ふうっ」と吹いてあげるのだがそれも出来ずに…少し苦労する。雪がちらつき 気温も低下しているのでぎりぎりの熱さで食べて貰いたいのだ。

午後 介護フォーラムがあり 介護仲間の話を聴きに行こうと思っていたがこのお天気では 母を連れては無理。
介護者の会のチラシを…と役所から連絡が入っており 会場まで届けに出かけた。
夫にちょこっと戻って貰って母の見守りを頼んだ。
大急ぎで戻って 母の昼食を作り食事介助。

食事が済んでも あとひと口食べたそうな表情なので みかんを食べて貰う。その後お菓子も...。
こんな調子で 今日の母は間食が多かった。
夕食前にもバナナ2本も...。

それだけ食べて 夕食もしっかり食べる事が出来た。
食後眠そうだったのだが 夫が帰宅したので 私達が食べ終えるまで見守りをして貰う。
かなり眠いようで だんだん機嫌が悪くなった。

食べ終えて トイレ誘導を済ませてベットへ移乗。
時計をみたら いつもよりずっと遅くなってしまっていた。

母中心にというよりも 自分の用事や体調を優先して過した1日となってしまった。


2011年02月10日(木) 1日早めに…


母をデイサービスに送った後 町内のサロンへ出かけた。
「お誘いしたい方がいるので 立ち寄って行くから遅くなるよ」との電話があったので 準備のため早目に集会所に向った。

先に来ている方が窓を開けてテーブルを並べて始めていた。
お茶の準備をしながら 見えた方と順繰りにお話した。

時間となって会は始まった。
先日の合同サロンが楽しかったとのお話も出た。

後半になって お誘いした方が見えた。
時折見かける方かなと思いながらお話を伺っているうちに 名前は知らないけれど菜園をしていた頃 野菜を分けた方だと気がついた。
「覚えています?ほら 角の菜園で...」と言ったら 向こうの方は「はなさんですね」と名前を覚えていらした。
私は その方が同じ町内にお住まいとは判らなくて名前も伺っていないのでその人の情報はないのだった。

みんなであれこれおしゃべりして時間になり解散。
片づけを済ませて家に戻った。
午後は 買い物。
明日は 夫の誕生日。
娘 明日は用事があるので今日 お誕生会をしようといってきたので ささやかな誕生祝いの準備。
それも母の帰宅する前までに済ませておかなければならない。

買い物を済ませて家に戻って 母の食事の支度。
母が戻って トイレ介助するために母の手を取ると「やんだぁ つめたい」と怒られてしまった。
「ごめんごめん」と謝った。
いつもは「冷たいからね」と話してから手を持つのだけれどみょうな焦りがあって断りなしだったから嫌だったのだろう。
それでも「嫌だ」と言葉で言えたのだから嬉しい限り。

母の食事介助を終えて口腔ケア後 浮かない顔の母だったのでトイレ誘導した。「大」排出。
浮かない顔をしている時「オトイレ行く?」と聞くとプイと横を向く。
口腔ケアの後片付けしている間に 母の機嫌を損ねてしまったのだろう。
「ごめん」と謝った上でのトイレ誘導なのである。

母の部屋に移動すると大きなあくび。
パジャマに着替えてベット移乗し就寝となる。

そこから 大急ぎで食事の支度。
「魚が好き」という夫だが 肉にしても結構美味しそうに食べるので今日は奮発してサーロインステーキ。フライドポテトを作ったり...。
温野菜を作ったり...。
あらかた準備が出来た頃 娘も夫も帰宅。
あれこれとおしゃべりしながら ささかなお祝いの席。
娘がケーキを買って来た。
バレンタインなので 売り場が混雑していたという。
チョコじゃないのですが...といっても 通用せず同じ行列に並ばされたとブツブツ言っていた。

夜も深くなり 風邪で体調もイマイチなので母の最終トイレを少し早目に済ませてzzz。


2011年02月09日(水) すいすいすいの水曜日


水曜日は 家で過す日。
私が風邪気味なので母に感染させてはいけないので マスクをして手指の消毒は母も私も...いった感じで過す。
熱はないので 大丈夫かと思うが...用心するに越した事はない。

朝食時飲み込むのがゆっくりだった。
少ない量をスプーンにのせて ゆっくり介助した。
噎せはない。

最近朝食時 こんな感じになることが時折ある。
摂取量にも変化はないので 様子見である。

昼食前 半べそをかいていた。
母の傍を離れて家事をしていた事が影響しているのかもしれない。
お昼の支度を始めたら 半べそも消えた。
お昼ごはんを食べ終える頃には 笑顔が戻ってきた。
お腹が空いていたのかなぁ。
朝は 割合多めに食べて貰っているし おやつと水分補給もしていたのだけれどなぁ。

午後療法士さんが見えてリハビリを受ける。
朝から身体が少し硬いように思えたので リハを受けられて良かった。

療法士さんが帰られた後 足の屈伸や立ち上がり介助を少し多めにしてみた。

夕食の支度があるのでリビングに移動した。
水分補給後 カップをテーブルに置いていたら 母が手を伸ばしてカップを倒した。
「あらぁ」と大きな声を出して母のそばに行ったら ふん!といった風に横を向いた。「ね 怒っているの?」と聞くとまた ふん!といった風に横を向いた。此方は怒った訳ではないのだが...驚かせてしまったのだろうと思い「ごめんね」と謝った。
すると...「どういたしまして♪」と言う返事が返ってきた。
この所 はっきりした言葉を聞けなかった。久々に会話成立となった。

小腹の空く時間と思い タンカンとバナナを食べてもらった。
それから 夕食の時間までは「うふふ」と笑う声が響いていた。

夕食は豚の薄切り肉を使って雪見鍋 噎せはしないかと心配だったが特に問題なく食べ終えた。

口腔ケアの時 珍しく口を開けてくれなくて 暫くトントンと唇をノックして...。機嫌が悪い訳ではないのでそのうちにに「うふふ」と笑い口となって入れ歯を取り出せた。
歯磨きを嫌がっている訳ではなくて...むしろケアを始めると気持ち良さそうなのだが...。
時として此方の意志が伝わらない時がある...。

食事が済んでから大きなあくびを立て続けてした。
眠そうだが 一時間は我慢して貰って 就寝となった。

夜間のトイレ誘導も今の所 順調である。

母の入浴は 風邪を悪化させないように...ということでおやすみ。
首周りや足は温めたタオルでよく拭いて 薬を塗布した。
明日はデイで入浴できるだろうから 1日位なら仕方ないね。


2011年02月08日(火) タイミングが合えば 母も私も快適


昨日の夕方通院したが 母の様子はどうだったかと言うと...。
「お医者さんに行きますよ」と伝えるとこくりと頷いた。
入り口を入っても 特別不安な様子も見られなかった。

診察中も診察を終えてからも穏やかにニコニコ。
会計を待っている時 早く順番が来ないかと首を長くして待っていた。
待ちながら 母の手に手袋をはめたりしていた。
ふと見ると 前の席に座っているご夫婦のご主人が立ち上がりそわそわとした。「まだみたいよ」と奥様。どうやら 順番よりも他に思い出して出かけようとしている風だった。
幾度か 立ったり座ったりしていたが だんだん険しくなりかけ始めた。
ポケットに手を突っ込むとキャンディーが入っていた。
そうっと取り出して「待つ時間って長いですよね。飴でもなめて見ませんか」と差し出してみた。
隣の奥様を見られたので奥様が「ほんとに長いですよね」と変じて「戴いたら…」とご主人に勧めた。
ご主人は ちょこっと気持ちが切り替わり 車椅子の母を見て「お嬢さんは…」と。
奥様 クスリと笑い 「お嬢さんじゃなくてお母さんでしょ」と念を押していたのだが 幾度も「お嬢さんは...」と言っていた。
そこには 囚われることなく「母は 94歳なんですよ」と伝えるとご夫婦で驚かれて…。

そこから話に花が咲く。
要介護2で デイサービスと医療デイを使っていらして ご主人の担当医師の話となったり。
デイサービスは 母と同じ事業所のデイで明日もあるといわれた。
「あらぁ じゃ同じ曜日ですね」とか...。

きっと今日のデイで顔を合わせているのだろうけれど...記憶に残っていないのだろうなぁ。
もし記憶されているなら 昨日の時点で顔なじみと判るものねぇ。

私達がおしゃべりしてるとそれまでシーンとしていたのに笑い声が響く。
会計の順番が来て 帰ろうとしたら「お手伝いします」とドアを空けてくれる人もいた。
入る時には 我関せずとばかりにサッと入られた方もいたのだが...。
ちょっと和みが生まれたのかもしれない。
母は話の中に入ることはないのだが それでも他の方と話している間ニコニコと様子をみていた。

どうも 外出した方が母はシャキッとするようなのだ。
寒いし...と思うのだが マンネリは母には刺激が足りないのかもしれない。
でも外出は こっちが少ししんどいのである。

今日は 母デイサービス。
特に変わることなく過した様子だ。
お抹茶を戴いたようだが 就寝に影響はなくて 逆にいつもより眠そうだった。食事の時間がやや遅れたので就寝時間も少し遅れて...。

就寝後のトイレ誘導は今のところばっちり合っている。
身体を起こすとパッチリ目を開けるのだ。
いつもタイミングが合う訳ではないのが 私のいい加減さだなぁ。
タイミングが合えば 双方が気持ちよいのだけれど...。


2011年02月07日(月) 重い腰をあげて通院してみて...


朝 デイサービスのお迎え時 口頭で膝の湿疹について伝えた。
勿論 連絡帳には記してある。
職員は 看護士に伝えておきますとの返事。
穏やかにデイサービスの車に乗って出かけた母。

午後 皮膚科に出向いて午後の診察の受付を済ませた。
症状の所で 見て頂きたい所3ケ所を記した。
以前 この皮膚科で2ケ所の診察を申し込んで1回1ケ所と言われた記憶があるから確認の意味もあってそう記した。
また 認知症であり車椅子利用で デイから戻ったら受診に来ることも伝えた。

其の足で 買い物に出て家に戻った。
通院の足をどうするか迷った。
今日は 北風が冷たく大きな橋を渡るので 車椅子の母は寒いかもしれないと思った。
皮膚科まで徒歩で6・7分くらいの距離。
でも車椅子だから もう少しかかるのである。
結局 風除けを使い 足首が冷えないようにレグウオーマーを使うことにした。
風除けに使ったのは 先日娘がくれた羽毛の肩掛けである。
それを膝の部分に使い其の上にミニ毛布の予定。
手は手袋をかけることにした。

程なく母が戻り 家に入らず其のまま皮膚科に直行した。
母は 手足ホカホカでホッとした。
皮膚科は2階にある。
以前 エレベーター使用可能ですよと言われたことが逢ったが 今回は医師が下に下りてくれると言う。
医師を待っている間 ちょこっと水分補給した。
お腹も空くだろうから...と思いヴィダーインゼリー。冷たいところは我慢して貰った。

診察は 3ケ所見て貰えた。
以前は 書いていなかったという事で2つの診断をしてくれなかったのだろうか?
1つは 足の水虫。つめと指の間と別々の薬で対応するようにとの指示があった。
2つ目は 両足の側面が赤くなっている所。
どうやらしもやけらしい。
これも漢方薬と塗り薬が処方された。
3つ目は 膝下の湿疹。
これも問題なく湿疹ということでこれも薬が出た。

診察を受けている時に医師が「大変綺麗に保っておられて感心です」と言われた。
別段 格別綺麗にしている訳ではないので褒められてちょっと驚いてしまった。

本当は 薬が切れたら 薬だけ貰えないかと思って聞いてみたが通院で...ということだった。
が一般の診察の始まる前に対応下さるとのことだった。
ここは原則予約対応はしていないのだが 状況からそうしてくださるようになった。

院外処方でお薬を頂き 帰りの足を考えた。
寒さは何とか凌げそうで 後は此方の体力次第。
うんこらしょっと気合を入れて 上り道をエッサカホイサカ。
家に着くまでずっと上り坂なのだ。
家の前に着いたらお隣さんが外に出ていて 車椅子の段差声に手を貸して戴いた。

家に着いたのが丁度6時。
大急ぎでご飯の支度。
其の前に苺やバナナで少しだけお腹を満たして貰った。
食事から口腔ケアを済ませ トイレ誘導して 8時にはベット移乗。

いつもより早目に夫が帰宅して少し慌てたが 待っていてくれ助かった。

夕食後半信半疑で漢方薬を服用させた。
しもやけ用の薬である。
身体をあっためる物と言う説明だった。
母の手足はベットに入っても 3時間以上経ても冷たいことは以前に記した通りで相変わらずなのだ。
就寝後のトイレ誘導で驚いた。
ホカホカしているのである。
此処まで効き目があるのかぁ。

皮膚科通院は した方が良い事は判っていた。
ただ 水虫にしろ現状維持で特別悪化していないし 両足指の側面も悪化はしないので 清潔を保ち市販薬の対応でもいいかなぁと思っていたのである。通院後も 其の効果を特段期待もしていなかった。
でも これだけ効果があるならもっと早く通院した方が良かったなぁ。

先日介護者の会で足が冷えて紫色になっていると言う人がいたがこういう薬があることを伝えてみようと思った。
認知症に限らず 高齢になると血流が悪くなり末端が冷たい。
それを解決できるのは嬉しいことだ。


2011年02月06日(日) 安定してるってことかな


 国土交通省が22年度高齢者等居住安定化推進事業とかでケア連携型バリアフリー改修体制整備部門が採択した事業がある。
公募が行われたとの事で全国で26団体が採択を受けたようだ。

この事業は 介護保険給付対象工事費、各自治体の住宅改修助成とは別の事業だと言う。

いろいろの手順を踏まなければならないのだが...。
工事内容によって補助金の限度があり 給付条件もあるという。

問合せ先が役所ではなかった。
でもこの事業の関連で高専賃等の建設もできるようだった。

今日は 1日母と過ごした。
赤い湿疹は 縮小も拡大もしていない。
食事も排泄もいつも通りで 問題はない。
入浴は 夫が帰宅してから 洗髪せずに身体を洗って温まって貰った。
お風呂から上がったら ちょこっと水分補給して直ぐにぐっすりと寝入った。

午後は 大きな苺を3粒とみかんとバナナをおやつにした。
母 美味しそうに食べていた。
でも自分で手を伸ばして食べる事はなかった。

日中は「うふふ」と言う感じで笑うことが多かった。
が 夕方は 声を上げて「あはは」と笑っていた。

朝は 足の上がりも良く両手引きする腕の力も少なめで済んだ。

まぁ現状維持の1日だったと思う。


2011年02月05日(土) ショート帰り


母がショートステイ中なので昨夜は早目に就寝しようと思っていたが もう1人の方の帰りが遅く 更に帰宅してらは延々と話を聞くこととなった。
話を聞き終えて 後片付けをしていたら2時過ぎてしまった。

もう1人の方は 今日もお仕事でゆっくり寝ている訳にも行かなかった。
普段は 母を優先しているので それも致し方ないことだなぁ。

午前中に 介護仲間と落ち合って周辺地域の福祉機器展へと向った。
全国規模で行われる展示会と比べると小さな展示会である。
でも これはこれで良かった。
昇降機も大分改良されてきてた。
今後我が家に必要となりそうな所はゆっくりと見ることができた。
車椅子も これまで国産の物だけ見てきたが 海外の物によい工夫が見られた。特に 背もたれと座面の工夫である。
重量には 難点もあったが...。
知らないだけで 国産の物にも改良されているかも知れないので 今度
知り合いの業者さんに聞いてみようと思った。
以前にも 利用している業者さんが把握していない物が 知り合いに尋ねたらあったという事だったので あちこち聞いてみるとよいのだろう。

会場を廻っていると「どういう職種の方ですか?」「ケアマネさんですか?」と問われる事が多かった。
家族や当事者も大分いると思ったのだが...区別がつかなかったかそれとも質問が専門的だったからそう感じたのかなぁ。
けれど 器具を使う立場は在宅が1番多いだろうになぁ。

福祉機器だって 以前はエアマット推進された時期もあるが 今では難点も言われ始めているし...。
情報を集めて 選択していくことは家族にとっても必要な事だろうと思う。
いいと言われた物が何時までもいいとは限らないのだから...。

見学を終えて 仲間と昼食を摂り 母の待つ施設へと向った。
ぎりぎりだったけれど間に合った。

今回は 右足の膝下に直径3センチほどが赤くなっているとの報告があった。一緒にみると2ヶ所ほどあった。
何故起きたか 何時起きたかは 確認していないのでなんとも言えない。
家に戻ってから 再度見てみたが光りの当たり方でよく見えない時もあり
見過ごした可能性も否定できない。
明日は 皮膚科もおやすみなので1日様子見となる。

家に戻った母 暫くは不安げな様子。
バナナとみかんをそれぞれ1個ずつ食べてもらい水分補給したら 笑顔を見せるようになった。
暫くして夕食。
いつも通りの量をほぼ何時も通りに食べ終えた。
口腔ケアと顔を拭いてあげたら「うふふ」と笑う。

その後トイレ誘導で「大」「小」排出。
母の部屋に移動して 暫くして就寝。

夜間の排尿も順調。
これ位なら 上出来ってところかな。なにせ一泊だから。


2011年02月04日(金) ショートステイへ


1泊2日で母はショートステイ。
頼まれた事があり 片づけを済ませて 電車に乗っておでかけ。
無事お役目を果たせた。
ケアプランを立てる時には 母がデイに出かけている間に済ませようと思っていたのだが 夜に会議が入り 変更して貰った。

そんな訳でちょっと時間のゆとりが出来たので 帰路メーカーの冬物バーゲンセールに立ち寄った。
主に夫の物を中心に選んだのだが レジは長い行列。
聞けば1時間待ちと言う。
「だめだこりゃ」と品物を戻し 駅へとさっさと向った。

夜は 地域で行う来年度のイヴェントの会議。
家に戻って 直ぐに会議の場所へ出向いた。

毎年 メインテーマを決めるのに時間がかかるのだが...。
今日は すんなりと決まった。

主たる講演やシンポジュームもするすると決まった。
昨年は スタッフが足りずかなり縮小気味だったのだが 今年は多い。
スタッフは変わらないのだが...。
みんな気張っている。

自分の持分とするところは まだ希望はあるがまだ固まっていない。
自分の持分とするところは「介護」
そこをどう切り取るかがねぇ。
昨年は「若年認知症」医師と理学療法士と当事者と家族のお話と交流会。
一昨年は「認知症の寸劇」
今年の切り口は...。
「今年はやらない」という選択肢もあるのだが 会場と時間を確保されて
いるようで...逃げる訳にも行かないかもなぁ。

2時間の会議で家に戻り おそ〜い夕食。
明日は 周辺地域で福祉機器展があるので 介護仲間と一緒にでかけ 其の足で母を迎えに行く。
今回は 後で組み込んだショートステイなので 送りは無理という事だった。

今日 迎えの職員に外出先から向うので 遅れもあるかもと伝えたら「時間の余裕はあるから大丈夫」という返事を戴いた。
でも時間厳守しようとは思う。


2011年02月03日(木) 起きているけれど 目は瞑る


冷え込みが少し緩んでいる。
いつも 遅れることのないデイの迎えが 今日は遅かった。
2月は ショートステイの変更をしたので こちらが思い違いをしているかとひやりとした。
定刻より少し遅れてバスが到着しホッとした。

母を見送ってからPCの作業。
あらかた仕上がった。夜に再調整すれば間に合うくらい。

午後 買い物に出た。
恵方まきにこだわりがあるわけではないが 時には太巻きでも...という感じで...。具材に使うさくらデンブと紅しょうがの在庫切れなので それを買いにでたのだ。

干ししいたけを煮ていて火を消さなかったのでは...と途中で心配になった。
出る時には 火の確認したかを記憶を辿り 大丈夫とホッとする。
それでも家に戻るまでは一抹の不安を感じた。
結果 ちゃんとガスは切ってあったけれど...。
気をつけなくてはなりませぬなぁ。

母が戻ってきてから 目の前でクルクルとまき寿司を作る。
残念ながら母には 見てもらうだけだけれど...。
ところが 今日の母は じっと目を閉じている。
トイレかと思って誘導し「大」「小」排出できたけれど 戻ってもやっぱり目を瞑る。
夕食は 辛うじて目を開いていたが...。

デイでも節分の行事だったので疲れたのかなぁと思う。
でも眠ったりはしないのだ。

夕食を済ませて トイレ誘導して母の部屋に移動する時「今日も1日よく頑張ったねえ。大変だったでしょ。えらいねぇ」と話しかけるとパッと目を開いた。そうかぁと思い当たり それから 頑張っていることに感謝している事を伝えた。母は 目に涙を溜めて頭を撫でてくれた。

母の言葉はないので 想像の域を出ないのだが...。
持参したオムツやトレーニングパンツが全て使われていたところをみると行事に追われて誘導も後手後手だったのだったかもしれない。

それから暫く手遊びをしたりして遊びしたり豆まきをしたりした後 ベットへ移乗。直ぐに寝入った。
夜間の尿量が少ない。水分も足りないかな。

連絡帳をみると 主食8割摂取とあった。
これも珍しい事だ。いつも10割摂取なのだ。
なるほど だから 帰宅してからバナナに苺に...と沢山食べていたもの。
夕食もいつも通りに食べたし...。
体調が悪い訳でもなさそうだから よいとしなくちゃね。


2011年02月02日(水) 生活リハ


デイサービスのない日である。
今日は 歩行訓練を兼ねて 部屋を行ったり来たりの介助。
肘掛のない椅子に座っていてもテーブルが前にあれば座位は保たれる。
デイサービスに出かけている間は 車椅子で過していると思われる。

部屋を移動するたびに立位介助から始まるのだが...。
其のたびに母が笑顔になる。
じっとしているよりも移動するのが楽しそうである。

デイサービスでは 車椅子で過しても周りの人間模様も変化するだろうけれど 家ではそうも行かない。

此方は 家事をしながらなので 時折母を置き去りにして掃除機をかけたり 洗濯物干したりする。
母に向き合って座ると「うふふふ」と笑い出す。
人がいるのといないのとでは こんな風に違うのだなぁ。

午後は療法士さんが見えるので 先にベットに横になって貰ったら「いやだ」と言う。
ベットで過すのは嫌という意思表示だろう。
リハが済んでベットから椅子に移乗した時嬉しそうな表情となったので間違いないだろう。

今日は 1日トイレのタイミングがばっちり合っていた。
こういう日は 介護しているほうも張りがである。
「大」「小」共に...。

母の居る日は PCの作業はやはり無理。
明日デイに行っている間に何とかしなくちゃね。


2011年02月01日(火) 使えない携帯...


 この所 新聞を読まないまま 1日が過ぎてしまう事がある。
読んだかどうかなんて直ぐに判りそうな気がするが これがねぇ。
何で気がつくかというとシリーズ物の話が合わなくて「あれっ」と思うと1日飛ばしていたと気がつくのだ。

いつでも出来そうで出来ない現実。
少し 気持ちを介護以外に向けていかないと危ないなと富に感じるのだ。
心が疲弊しないように...と思う。

菜園管理は大変だったけれど あれはかなり気分転換になっていたのだとつくずく感じる。
今も庭の隅に気持ちだけ野菜を植えているが 冬は休耕中。
プランターには 葉っぱ物を少し。
ようやくつまみ菜でつかえるようになってきたなと思っていたら 軟らかな部分を鳥に啄ばまれてしまった。
故郷の中学の同級生が送ってくれた種で育てていたのだ。
悔しいので プランターにビニールをかぶせた。
再生できる葉物なので 後暫くの辛抱。

話がそれたが 家の庭だと家の延長になり「あとで」になる。菜園だったら
家の外なので...もう少し前向きに出来るだろうと思う。

今日は 介護者の会だった。
初期の認知症の方を連れて仲間と外出した折 連れ合いとはぐれてしまって迷子にさせてしまった話を伺った。

ある会場だったので 急ぎ館内の職員に手配して貰い 閉館後くまなく探したが見つからなかったそうだ。
本人は携帯を持っているが 使うことが困難になってきたので 通じては切れて...を繰りかえして あるいは呼び出しても電話に出られなかったりしたそうだ。
夕方近くにはぐれて 夜になって見つかったそうだ。
本人が電話してきて 細かい事をいえなかったので「近くに居る人に代わって貰って...」といって 見知らぬ人の手助けで保護して貰い迎えに出たという事だった。

辛うじて繋がった携帯に助けられたとのことで良かった。
この方 それから 携帯にGPS機能をつけたそうだ。

「周りに迷惑をかけてしまった」と言っていたが 周囲の人に認知症のことを理解して貰えてよかったのですよと伝えた。
そして これからも外出を制限せずに楽しむことを忘れないでくださいねと伝えた。

今日の母は 朝から笑顔全開。
デイの連絡帳をみても 1日笑顔で おしゃべりも多かったと書いてあった。家に戻っても よく笑っていた。
「大」の形状もよく調子がよいのだろう。

私は このところ 作業に追われて深夜まで作業。
ひょっとすると 明日当たりは 仕上げで日記どころではないかもしれない...。


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