母のタイムスリップ日記
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2007年10月31日(水) 力をお借りして…


母の昼食に間に合うように施設に向かった。
もう食事も後半となっていた。
母はにこやかな笑顔を見せてくれた。

食後 居室に誘導して歯磨きをした。
入れ歯を外す時 装着する時拒否はなかった。

自分で外す事はできない。
いや この言い方は適切ではない。
嫌だと思う時には 自分で外せるのだから。
ただ「入れ歯を外そうよ」の指示は理解できない時が多い。
だから「歯磨きするよ」「お口開けて頂戴あ〜ん」と言うと口を開けてくれその間に入れ歯を外すというやり方である。

今日の母の手が 矢鱈に温かで 心配になって検温したが 平熱だった。

その後 トイレ誘導。
排尿しっかり。「良かったね」と握手を求めると「うん」と言葉にして しっかり目を合わせて頷いていた。
今日は 意識出来る日のようである。

それから リハビリを受ける体制で療法士さんを待った。
療法士さんが見える前に 母の肩に手を置いて揉み解そうとしたら「いたい!」と言う訴えがあった。
療法士さんも「今日は首筋が硬いですね」と言われた。
痛いと言う訴えと硬いと言う事実は その状態を把握するに十分な情報である。様子をみながら揉み解していただく。
今日は 全く眠ることなくリハビリを受けた。

リハ終了後 下着を着込んでもらい寒さ対策。
トイレ誘導をして 整髪をしてホールに異動した。
別のフロアの方が見えて 暫く談笑。
そうっと施設を後にした。
風邪が治るまで あと少し。

今日は 送付したい物があるので仲間を呼んで手伝って貰った。
おかげで ラクラク仕事が出来た。
合間に ちょこっと介護のおしゃべり。

日の暮れる前に家に帰宅。
娘が言うのに 楽な咳に変わってきたそうだ。
酷い時は 腰にまで痛みが走っていたのだ。
あと一息の辛抱だわ♪


2007年10月30日(火) 長引いているねぇ〜


思いのほか 風邪が長引いていて 今日通院した折 医師から「何か 強いストレスが あるんじゃないの?」と言われた。

前回の通院では 熱も上がっているのに聴診器も当てなかったので「大丈夫?」と思った。
今回は きちんと雑音がないかを調べてくださった。

「むむ…」 確かに言われる通りです。
けれど ストレスのない人なんて居ない訳でして…。
自らの体調管理が悪かったのは間違いない。 
今回は 思わぬことでアチコチに迷惑をかけてしまっている。
早く直さねば…と思う。

日曜日「アレッシーのケトル」を空焚きしてしまった。
何回か 洗って焦げ臭さは消えたけれど…。蓋のところの飾りが溶けかかってしまった。
気を廻した娘が ネットで「柳宗理のケット」を購入してくれたみたい。
夜になって 荷物が届いた。

母の風邪は どうなっているだろうか?
明日はリハビリ…酷くならないで…と祈るのみ。


2007年10月29日(月) 母も咳が出始めた。


昼食の途中に施設に着く。
手洗いをして マスクをつけて食事介助をする。
今日は カレーだった。
全量摂取できた。
でもかなりスローペースである。

食後 居室に移動して歯磨きをした。
今日は 入れ歯外しも装着も嫌がる事はなかった。
きちんと装着できたら 鏡をみてカチカチと歯を合わせてニッコリしていた。
その後 トイレ誘導。
少し咳も出る母だったので 下着を増やして カレーの着いた衣類を脱いでもらい綺麗な温かなものに着替えてもらった。

居室を掃除した。
その後 ホールにも掃除機を掛けた。
母は 見た感じは元気だけれど 咳がきになるので無理しないで置く事にした。
職員も風邪を引いている人が数名いるので誰の風邪がうつっているのか?

掃除を終えた後 そうっと施設を後にした。
自分の体調イマイチだし 夕方から会議なのだ。。

早めに夕食を済ませて 会場に向かった。
地域の会議なので顔なじみが多かった。
今日は顔合わせなので 自己紹介と少しお話。
時間オーバーしたけれど 比較的良い会議だったと思う。

急いで家に帰ってきた。


2007年10月28日(日) ありがたい存在


 洗濯物まる二日放置。
「こりゃ いかん」と洗濯を始める。3回目にして 終わった。
干すためにヴェランダに出ると 青い空 富士山は真っ白な姿。
今日は お散歩日和と思うが まだ 外に出てはいけないな。

娘の友達が見えた。
富山まで 看護士の研修会に出かけていたそうだ。
そこで チラシやら新聞を「お母さん 興味ありそうだから…」と持ってきてくれた。
娘が 笑いながら「それで今 トタパタしているんよ。」と伝えたそうだ。
全国に告知しているけれど…娘の友人から逆に誘われるなんて…。

でも 良く考えれば 娘の友人が 私の興味の持ちそうなものと気に留めてくれ それがバッチリ当たっているって ありがたい事だと思った。

2日家に篭もっていたら 大分改善されたような気がする。
明日は 母の所にも行けるだろう…。
夜は 会議だわ。
初顔合わせだから 欠席と言う訳には行かないだろう。
地元だから まだいい。


2007年10月27日(土) 数年ぶり


 朝起きてみたものの やはり 熱がある。
「迷惑をお掛けしますが 今日は 休ませてください」と連絡を入れた。

それから 丸1日 布団の中でうつらうつらと過ごした。
こんなに眠るのは 数年ぶり。

夕方には 平熱に近くなったが…症状は改善されなかった。
今日も 夕食を済ませて 早々に布団に入った。
若しかして 初回診察から服用した薬の副作用ではないのかとも思うが 既に飲み切ってしまったのだから どうしようもない。

人には「無理をしないで休んでくださいね」と言いながら 自分の事だとなかなか「無理」という事に気がつかない。


2007年10月26日(金) あら こまった


雨が降り始めてはいたが 用事もあるので母の所に出かけた。
母は食事も終わってゆったりと過ごしていた。
超ご機嫌状態である。
入所者のご家族も見えていた。
先日 家に初お泊りだったので そのお話を伺わせて頂いた。

母をトイレ誘導し その後歯磨き。整髪。
綺麗にしてから ホールに再び移動。
暫く ビーチバレーボールで遊んだ。

施設にいる間もずっとマスクをつけたまま。
しかし 途中で 寒気がしてきて気分が悪くなり おやつの介助を途中までして 帰ることにした。

家に戻って 熱を計り…慌てて 通院。
「昨日 お見えになっていましたよね」と受付の方と医師から言われてしまった。
「いや 熱が出たのとどうもお腹の調子が悪いようで…」と経過を伝え 薬を追加していただく。
明日は また 予定が入っているので 医師に相談してみた。
「近くなら まだいいけれど 少し遠いからなぁ〜 やめておいたほうが無難だね」と言われた。

家に戻って「若しかしたら 明日無理かも…」と連絡を入れておいた。そして 早めに就寝した。


2007年10月25日(木) ウロウロ オタオタ。


 離れた地域の介護者の集まりに出向かせて頂いた。
介護の風景は 人に拠って様々だと感じた。
でも 皆さん 置かれた場所で懸命に向き合っておられた。

初めて出かける場所だった。
近くまで来ている事は間違いないと判るのだけれど 何処から入るか判らなくて ウロウロしてしまった。
余裕を持って出かけたのに 時間ギリギリとなりオタオタしてしまった。

勘が鈍ってしまっているなぁ〜。

集まりも終わって 事業所の方と少し懇談できた。
事業所も ほんとにいろいろあるなと感じた。

帰日暮れ時 電車に乗って地元に戻った。
今日は きちんと通院して 診察を受け 薬を追加して頂く。
これで 無事快復と行きたいものである。

介護者の方とお話していると 自分の至らなさを知り 学ぶ事が多い。
今日も 自分の介護を振り返る良い機会となった。


2007年10月24日(水) お散歩日和だけれど…


朝日新聞の患者を生きるが「認知症」を扱っている。
今 支えるために…ということの記事が進行中。
今日の記事に ため息がでた。
認知症になって 退職金 貯金を使いきり 金目の物は売っても生活が成り立たず 生活保護を受けて介護している…と言う記事である。

他人事と思う人もいるだろうが かなり深刻な状況だろうと感じている。
これから きっと増えてくるだろう。

介護保険があるから大丈夫と思う人もいるだろう。
でも 利用料を払いきれなくて 利用を控える人もいる。

対策としては 増税ということになりそうだが…。
所得の低い人の介護生活を どの程度理解しているだろう?
ため息が出る。

そんなお話を介護仲間と立ち話をした。

今日は リハビリの日。
昼食に辛うじて間に合って食事介助。

入所者の1人は 主食は召し上がるがおかずは手を付けない傾向の方がいる。
本人は「歯が痛いから」と言われるが お米はちゃんと噛んで召し上がる。
今日のおかずは 金目鯛の煮付け。
全く手を付けない。
1度下げて 皮を取り除いて盛り付けしなおして出してみていた。
が 箸で口まで運んでも そうっと手にとってしまう。
また 手に取って指で揉んで床にそうっと捨てる。

嫌いなのかも知れない。
味や食感はあるのだろうと思う。
「歯が痛いから」としか言われない。
何とか 食べられる道を探して差し上げたいなぁ〜。

母は ニコニコと食事できた。
全量摂取。
それから トイレ誘導し歯磨きをしてリハビリ。
リハが始まるとzzzz。
リハが済んで暫くはZzzz。

その間に押入れや洗面台をお掃除。
暫くすると目を覚ました。
起して トイレ誘導。
緩めの便。今日は午前中良しつなものが合った様だが…。
下り坂のようで 腹痛が始まった。

暫くお腹をマッサージしてアロマオイルを塗って対応。
その後 ホールに移動して貰った。

まだ 風邪の症状があるので長居はせずに 引き上げてきた。
秋晴れの穏やかなお天気で お散歩日和なのだけれど…残念です。


2007年10月23日(火) m(。≧Д≦。)m


 会議のため 出かけ 地元に戻ったのが 8時少し前。
家でのパソコン作業もある。
作業が とっ散らかって 片付きそうにないので 明日更新します。

夫に 仕事を依頼しており 連日 夫から p(`ε´q)ブーブー。
毎日 m(。≧Д≦。)m の日々。


2007年10月22日(月) 思い切りが悪くて…


今朝 ポツリと夫が言った一言。
行きつけのお店で 弟の話題になったらしい。
「優しそうないい弟さんじゃないの」と言われたと。
「何処がやさしいのや?」と。

弟は こちらにいる間に時折飲みに行っていた。
飲んでいる先から 夫に誘いの電話が何回かあった。
家では 顔をあわせたけれど 外では予定が合わなくて1度も逢っていない。
外から見れば 夫が逢わなかったことが 少し薄情に感じたのだろう。

弟は 夫と比べれば 確かに人当たりはよい。
時に涙を零したりで 人情味があるように見えるかもしれない。

夫は 短期で口が悪いから損をしているなぁ〜。
弟の住まいだって 安いところを探してくれたし いろいろお世話していたんだけれど…そこは 見えない。
弟だって そういう世話になっている事をきちんと伝えるべきなのになぁ〜。

午前中 利用者さん訪問。
今日は 駐車スペースの樹木の枝の切り落としを頼まれた。
また 先日片付けた本の残りを 小屋に移動もあった。
今になって 首や肩が痛みだし「何故?」と考えて 利用者さんのところの作業を思い出した。

午後 母の所に出かけた。
マスクをして 風邪をうつさないように短い時間過ごした。
トイレ誘導と歯磨き。
それと 部屋の掃除。
おやつの介助をしてそうっと帰ってきた。

きっちり 休めないところが私の思い切りの悪い所だ。
とにかく 早く風邪を治さないことには話しにならない。

家に戻ったら アチコチから電話。
介護の相談も。
最近 テレビでも新聞でも 認知症のことや介護者の会の話題が多いので問い合わせも多い。
新しい入会者も増えている。
孤立する介護者が減ることは よいことだもの。
ネットに繋がらない介護者は 多い。


2007年10月21日(日) あせり


 咳は少し治まったが 薬で抑えているに過ぎない。
薬の副作用で 口が渇いて お話するのにちょっと焦った。

事業所や施設の職員の方と交流できた。
地域によって 環境は異なるのだなと感じた。
ショート利用や入所基準も 地域によって違うし 周辺症状の激しい方に対しても職員の対応は どうであったかをみんなで考える地域もあった。
周辺症状の激しい方に対処するには マンパワーが必要と言う考え方が主流のなか 認知症だから…誰もが通る道だからと受け止めてくださる地域もあるという事は 心強いお話だった。

でも 施設に入所してから 家族の面会が少ない事が 何処の施設でも悩みとなっている。
施設に託したら 介護は終わりと考える人が多いのだろうか?
それとも 通えない訳があるのだろうか?

今週は いろいろ予定されている事が多い。
休息を上手にとりながら 早く風邪を治さないと…。

今日も早く就寝して体調を整えていかねば…だ。


2007年10月20日(土) 食事介助


介護仲間が 会の広報を兼ねて フリーマーケットに出店してくれたので
敬意をこめて 出かけた。
ほんとは 一緒に店番したいところだけれど 生憎 咳が酷く大事をとって早々に引きあげてきた。

帰り道 母の所に寄った。
昼食の時間だったので マスクをかけて食事介助。
母は時折 自分で箸を動かして食べていた。

全量摂取できて トイレ誘導後 歯磨きをして 早々に施設を後にした。

家に戻って 布団に入って眠った。
夕方起き出して 明日の準備を済ませた。

夜 夫と娘が同時刻に帰宅 ワイワイおしゃべり。
この所 夫と娘 すれ違いで顔をあわせることもなかったのだ。


2007年10月19日(金) 聞くも 話すも …

昼食を摂ってから母の所に出かけた。
ホールは食後のくつろいだ雰囲気。
数人がホールにいるのだが 話し声はない。

母は 私をみるとニッコリとした。
みんなに挨拶してまわっていたら 母は「何時 私の所にくるの?」と言う表情でいる。
視線を合せると安心する様子だった。

居室に入って トイレ誘導。
すまなそうな表情なので「大丈夫よ」と声を掛けると頷いていた。
職員から 排泄の報告があったので様子は判っていた。

トイレを出て 手洗い。歯磨き。
最近 入れ歯を外す時 嫌がる。
「どうして?」と言う表情である。
「歯磨きしましょうね」と声をかけて「口を開けてね」と言うのだけれど…。「言葉を理解できてないかな?」と感じたりする。

長いセンテンスの言葉は 理解しがたいのはいつもの事だけれど
単語のみでも難しいかなと思う時がある。
そろそろ 耳鼻科通院の時期かなぁ〜。

母は「こっち」といって窓辺に私を連れて行く。
「一緒にみたい」という母の意思のあることばと感じた。
「あれは?」というので 母の視線の先をみて「車並んでいるね」というと頷いていた。

「お散歩行く」と聞いて見た。
反応が薄いので どうしたものかと迷う。
暫く 「お散歩?」「外に行く?」と言葉を変えて聞いた。
その内に「そこ?」と聞き返されたので「そと」と言ったら「そと」と聞き取れたようで「行く」と聞いてたら頷いた。

支度して 外に出た。
外に出ると言葉がはっきりしてくる。
聴こえも良くなるような感じがした。

「コ・ス・モ・ス 咲いているね」と言うと「コスモス」と言ってじっと眺め納得していた。
以前は 「こすもす」と言えば「あそうだ」と言う表情になったものだが今は 言われた言葉を頭で反芻して 物と繋げるという感じがする。認識できるまでの時間が 更に長くなったと言う感じがするのだ。

母とのやり取りで そういったことが多くなって 最近 ちょっぴり辛い。判らない事の意味を突きつけられている感じがする。
勿論 これまでも こう感じる事はあったけれど 今ほど 辛い気持ちになる事はなかった。
気を取り直して 今 出来ている事に対して感謝して行くしかないだろうなぁ〜。

足取りは 軽く 一気にドラックストアまで歩いた。
いっときは ドラックストアまで幾度も休んだ事を考えると 今の状態に感謝である。

薬局の中でも すすむ方向を指示。
「こっちに用があるからね」というと認めてくれた。

会計を済ませて店を出て 野菜スタンドに向かって歩いた。
スタンドには 季節外れの「みょうが」があった。
母はじっと見入っていた。
「みょうが」というと言葉を反芻して頷いていた。
「枝つきの柿」や「菊の花」を購入。

少し先に行き 公園のベンチで一休み。
「疲れた?」と聞くと頷いていた。
水分とエネルギー補給で お茶とチョコレートを頂く。

また 立ち上がって施設に戻った。
施設に着く頃には 少し前屈みになってはいたが 非常に疲れたと言う感じではなく 体調の良さを感じた。

施設に戻ってからは 笑顔でニコニコが加速した。
おやつに立ち会ってから 施設を後にした。


2007年10月18日(木) お天気に恵まれてのレク


またしても…不法投棄。
10月4日に不法投棄されたものを料金負担して回収してもらった。
あの時 役所から「今回限りですよ」と言われた。
翌週は 不法投棄はなかった。

ところが 15日に敷物が投棄されていた。
回収予定日に我が家の荷物として出そうと思ってた。
ところが 今朝見たら 荷物が増えていた。
使い古しの水に濡れたようなせんべい布団が二組。
枕3つ そしてズボン。

前回 釘を刺されていたので回収は無理だろう。
ご近所の人も出てきて どうしたものかと相談。
とりあえず 朝 枕とズボンは袋に入れて 可燃物として回収に出せた。

残る物を ご近所の人が役所に御願いしてみるといって 電話を掛けたようだがやはり駄目だった。

役所は「直ぐに引き取っても また捨てられるから同じ。だから 見せしめに其の儘にしたほうがよい」と言う。
見せしめは 捨てた人に対してだろう。
でも 捨てられた場所は住宅地。
個人の住宅の前で 防火の上でとても心配である。

役所の言い分は 正しいように聴こえるが ちょっと違うような気がする。
片付けていたちごっこと片付けないでいたちごっこ。
私だったら 片付けて根気よくいたちごっこの方を選びたい。
こういう事に関しては 役所から決められるような事ではないだろう。
お金を払っても 危険回避したい人もいる。
そこは 住民の意識に任せても良いのではないだろうか?
その土地の暮らし方にあった対策で良いのではないかと思う。

今回の投棄は前回と明らかに違う。

ご近所さんと話し合って 対策を練った。
投棄されたものを綺麗にまとめてとりあえずその場所に置いてある。
さてどうなるか?

朝 そんな事でトッタンパッタンしてしまったが 今日は 介護仲間と庭園に出かけ 美味しいお食事をするお楽しみ会の日である。
急いで 支度して集合場所に向かった。

皆さん すっかり身綺麗におしゃれして集まっていた。
デイの送迎で遅れるかも…といわれた方も遅れずにいらしていた。
1人では外出する気にもならないけれど みなと一緒だと出かけやすいというので 仲間と企画した。
母が骨折した苦い思い出の場所。
母とは 幾度か出かけた場所。

交通の便も良く 庭園もそう広くない所。
皆さん 十分楽しめたみたい。

会食予定にした所 ネットで調べて休みでないことを確かめていたのだけれど…出かけてみたら 今日までお休みだった。
と言う訳で 予定外のお店に入った。
ここも私の好きな所。
ただ アングラ風な場所なので皆さんに気に入って貰えるかと思い無難なお店を選んだのだった。

皆さん「自分では絶対入らない場所だけれど 嫌いじゃないよ」と言ってくださった。ほんとはどうだったのかは判らないけれど…。
でも 庭園はほんとに気にいってくださったようで 別の季節に気分転換に使ってみようと言われていた。

多くの皆さんは シルバーパスや入園料が減額対象者で割安になった。
予定の費用の半分以下で済んだ。
交通費・昼食込みで1500円程度…。

次の機会が楽しみという声を聞いて 企画した仲間と「良かったね」と肩の荷を下ろした。
介護仲間って 不思議な関係だなと思う。


2007年10月17日(水) 昨日の失敗


リハビリの日の立会いのため 施設に向かう。
昼食が始まっていた。

母は口をモゴモゴさせて食べていた。
昨日は スムースに食べていたのになぁ〜。

そうそう 昨日書ききれなかったことだけれど 施設に戻ってからおやつを食べた。
水饅頭だったのだが 普段 流動物しか召し上がらない方が 口を開けて良く噛んで召し上がっていた。
母も 介助ゼロで食べ終えた。

こういう変化は とても不思議。
心が快適と感じた時に 別の回路が動き出すのかなぁ〜。
それとも 向き合うもののゆとりを感じた時なのかなぁ〜。

それに引き換え 今日の2人は 低空飛行。
疲れているのか?

そうそう 昨日同行したご家族が来週 初めて御自分の家にお泊りを試みるそうだ。
かなり離れている所で 住んでいた所とは別の所だし ちょっと不安を抱えながらの御様子だ。
食事だって気を使うだろうしなぁ〜。
ご本人 ご家族 ともに楽しめるように…とそうっと祈っている。

母の食事が済んで トイレ誘導 歯磨きを済ませて療法士さんを待った。

トイレ誘導といえば 昨日は トイレの環境が判らなくて誘導が後手に廻って トレーニングパンツ+パットの状態から久々に漏れた。気がつけば ズボンまで濡れてしまっていた。
トレパンやパットの替えは十分に準備したのだけれど ズボンの替えまでは準備してなくて 慌ててしまった。
大判のバスタオル等準備していたので 何とかなったけれど…。
今度からは トイレ環境のチェックは忘れずにしなくてはと思うし
着替えも一枚は準備しなくちゃ。

話は戻って…。
リハビリの間に母は深い眠りに入った。
久々な事である。でも血圧は高めだった。

目が覚めたら 母は気持ちが不安定となって不機嫌。
スキンシップを図ってもなかなか安定しなかった。
排泄ではないかと 幾度か誘導したけれど 気配なし。

職員の配慮で 健康飲料を頂いて気分転換を図れたようで テレビに見入るようになったので そうっと施設を後にした。


2007年10月16日(火) ちょっとした冒険だった

今日は 美容を学ぶ学校内にあるサロンへ出かけた。

母の課題は シャンプー。
ここ最近 激しくシャンプー拒否がある。
以前は 全く問題がなかったのだが とみに激しくなってきた。
通い慣れた美容院でも 椅子を後ろに下げるだけで拒否反応を起してしまうのだ。
高齢者や障害者のために開いたというサロンで 救われるかと思っての外出。

もう1人の方の課題は 外出時の食事。
もう 粒の全くないミキサー食。
不思議な事に 水は噎せないで飲める。
ただ 口を閉じてしまい 噛む事も難しい。

母の事は 成り行きに任せるしかないが 食事の方は 食べないという訳には行かない大きな課題があった。
また その方は 車に酔いやすく嘔吐の可能性が高い。

最初は ミキサー食の準備だけのつもりだったが レストランでミキサー食持込は無理だろうし 母にお弁当を食べさせるのも気が引けた。
流動食は 山掛け丼風にしようと思っていたので 母にもそうする事にした。
お粥さん マグロは それぞれミキサーを掛けた。
長いもは摩り下ろして卵を入れた。
母は 普通のご飯とマグロの切り身。
それぞれ個別に容器に入れた。
スープは 冬瓜。
流動食の分は冬瓜をミキサーに掛けた。

母には きゅうりと蟹かまのマヨネーズ和え。
流動食の人には きゅうりとメカブの酢の物。彩りにミカンをミキサーに掛けた。

母には 他に鳥レバーの煮物を作った。
両親は 甘辛く煮たそれを時折おいしそうに食べていた。
私は これまで 1度も箸を付けたことがないし また作ってみることもなかった。
今回 思い立って作って上げようと思い立った。
思い立つほど 特別の作り方ではないのだけれど…。

デザートは 梨とマンゴープリン。
豆腐も持って行った。

1時間ちょっと前には サロンのある所に着いた。
外は寒いので 車内でお弁当開き。
ご飯やスープ等は保温庫に入れていた。
保温効果が気になったが まだ温かった。
刺身やとろろや酢の物は保冷剤を使って別のものに入れておいた。これも 遜色がなかった。

食事を始めたら これが家族も吃驚するほどスムースに口を開けてくれて それも笑顔。
いつもなら1時間以上の時間を要するのに 今日は30分であらかた食べ終え 追加で召し上がっていた。
母も 順調で…笑顔。
母は 笑顔の時もあるのだが もう1人の方は 滅多に笑顔にならない。
とても いい雰囲気で昼食を終了。
介護者の分の昼食は おにぎり2個を作って行った。後はお茶。
家族用は 極力簡単にした。

それから車を降りて サロンに向かった。
サロンについてカルテを作って 二人同時にカットに入った。
母については 嫌がったらシャンプーは取りやめてよいという事を伝えておいた。

カットは 双方順調にすすみ 二人とも満面の笑み。
母は 同行している入所者の方ばかり向いてニコニコしていた。
いつもなら 鏡に映る私の姿をじっと見つめているのだが…。
ひょっとして 仲間がいる事に安心していたかもしれない。

カットを終えて シャンプー台に移動。
先にシャンプーしていた方が終了後母に移った。
隣でシャンプーしている様子をニコニコ見ていた母。
こちらは「うまくいってくれぇ〜」と祈るような気持ちで待った。

シャンプー台を倒す時 仲間の家族がそうっと抱いていていてくれた。少し拒否の姿勢が見えたが 其のうち安心したように定位置まで倒した。緩やかにシャワーをだして 母の髪を流す。
全く拒否がない。
最後まで穏やかな儘だった。
考えれば 最近嫌がるから押さえつける傾向にあった。
それがマイナスだったのだろう。
ポイントは 安心するまでゆったりと。シャワーは 急に掛けない。
なんだろうな。
でも いつも シャワーは諦めて タオルにお湯を含ませてやっていたんだけれどね。
今日のタイミングの良さも有ったのだろうか?

2人とも 綺麗になっていくことがとても嬉しそうだった。

実は 出掛けに施設長からの伝言ですと職員から伝えられた事があった。
「外出時の事故は施設では責任が取れませんから了承ください」と言うものだった。
これまで 幾度も外出してきたけれど言われた記憶はない。

外出して私の不注意で転倒骨折させた時もあったけれど その時だって 施設の責任だなんて言った覚えはない。
怪我の処置だって こちらでしたし 連絡も入れた。
確かに その後日常生活に大きな迷惑を掛けたとは思うけれど…。出来る限りこちらで介助してきたつもりだ。
この延長で考えると通院だって 外出である。

何か 不都合が起きているのか?
「どうして 急にそういう事を言うのかと不思議ね」と同行したご家族と話題になった。

ちょっとした冒険ではあったけれど 施設の外での刺激は 母たちにとって 心地よかった事だけは確かである。
帰路も 車酔いすることなく戻る事が出来た。
車酔いを避けるために 朝は施設側も留意してくれたし また行動計画もあらかじめ周到に考えてはいたので それも良かったかも知れない。

そうそう サロンを出る時 次回の予約をした。
予想以上に 良い結果が出て 嬉しい1日となった。
勿論 外出時には 他の方の気にならないようにそれぞれ別々に出て気配りもした。
置いてけぼりになる方の寂しさには 配慮しなければならないと思うから…。


2007年10月15日(月) お出かけの準備


 手付かずの畑に出向く。
種を蒔いて 大分経ったのでちょっと期待していったが 芽がでてなぁ〜い。大根だけひょろりとした芽が出ていた。
キャベツの葉はレース状態。
ブロッコリーやカリフラワーや芽キャベツは 離れた所なので順調に育っていてホッとした。
しかし キャベツは青虫を 気を入れて駆除しないと駄目かも。
ゴーヤは 今日剪定ばさみでバッサバッサ切って処理。
小さめのゴーヤ8個。これで今年最後。

夕暮れ時となり ゴーヤのつるを纏めて畑の隅に重ねてきた。
次の時に処理しなければ…。

介護者の相談2件。聞き役に徹する。
「やっぱり 話すと肩の荷が下りますね」という事だ。
きっと 誰にも零せなくていたんだろう。
介護者が精神的に追い込まれて 動悸がしたり 家に入れなくなる時がある。今日の相談者もそうだった。
精神科に相談に行ったら「これは暫く仕方ないですね」と言われたとか。
「ん〜 もう少し個別に介護者の愚痴を聞いて介護者の会への存在を知らせてくれればいいのだけれど…」
知っている医師だったのでちょっと残念。
他の良いと思われる精神科医を紹介した。
介護者のメンタルも介護にとってはとても大事なことである。

精神科で納得できない対応にあったら 納得できるまで話してみて欲しい。
それでも駄目なら 別の医師へ。
きっと納得できる医師に出会える筈。

母ともう1人の入所者と家族で 明日外出を試みる予定。
その方 粒のない完全流動食なので外食は無理。
そこで こちらで準備する事にした。
それで あれこれ下ごしらえをした。
いずれ母の時には必要になる。
献立は 冬瓜のスープ。かつおで濃い目にだしをとった。
後は 葱トロトロ丼 お粥トロトロ マグロトロをトロトロ 長いもをトロトロ。母には トロトロ丼弁当
きゅうりの酢の物(ミキサーの方には きゅうりとメカブにして 上にみかん)
それと朧豆腐。

車酔いも出る方なので 消化の良い物を少量にしようと思う。
体調よく明日を迎えられればよいのだが…。


2007年10月14日(日) ある予感…


 施設に着いて静まり返っているホールに入ると母と目があった。
母は「ここだよ!」と言わんばかりに手を挙げ 立ち上がろうとした。直ぐそばに行くと 手を上げた訳が直ぐに判った。
手を引いて トイレへ直行。
お尻をポンと叩いて「ここだね」というと頷いた。

既に出た後だったが あと1.2分前に着いたらグットタイミングだったなぁ〜。もう少し 早く出れば良かったと反省。

母の機嫌は 少し落ち込み気味。
私が動く度に 気にしている。

いよいよ 気温が下がってきたので 秋物の衣類に入れ替えた。
薄手のジャンバーも出しておいた。
衣類の入れ替えをしている所を母は ずっと見ており服が出されるとどこかなつかしげにみていた。
時折 言葉を出すのだが 意味は不明。
「…かちゃかちゃくちゃ」と言ってから「かちゃくちゃだって…」と笑いだした。言い間違いに気がついたのだ。それも おかしいと笑った。
それでも 言いたかった言葉は出ない。

入れ替えが済んで 洋服を厚めに着せた。
丁度 おやつになったのでみんなとおやつを食べる。
この所 自力で食べる事がなくなり おやつすら自力で食べようとはしない。
おやつのお皿を口元に運んで食べようとしたので「あれれ」とお煎餅を手に持たせた。
すると自分で食べ始めた。
でも次に続かない。一口食べ 口の中が空っぽになっても 手にしているお煎餅を口には運ばない。
「自分で食べようね」と母の手を口に持って行くと思い出したように食べる。

食べる事が大好きだった母が少しずつ変化してきている。
お茶も時折噎せる。
喉がいがらっぽいせいなのか それとも嚥下力が落ちてきているのか まだ判断が付かない。
噎せると苦しいので飲むのを少し躊躇っている。
「下を向いて飲んでみてね」と頭を後ろから気持ち押して 少量づつ飲んでもらうと噎せない。
すると 自分から飲もうとし始めた。
自分の状態に気がついているんだと感じる。

この1.2ヶ月 母の様子から悪い予感がしている。
打ち消そうとしているが 症状をみながら自分の腹を決めつつある。
急激に変化して行く事はないだろう。

今日も その気配を感じながら これから先の事をぼんやりと考えた。
噎せることとは関係ないことなのだけれど…。

おやつを食べてから お散歩に出た。
少し早く歩いたら「わたし はやい…」というので気持ちペースをダウン。
でも 普通の速度。結構歩ける。動悸は聞こえない。
遠くに人姿を見つけて「あそこ」と視線を向ける。
3.40分歩いて休息。小山を上って下りて…。
母の疲労は暑い夏ほどではなく 余力が残っている。

施設に戻ると少し嫌な表情。
「判っているんだ。もっと 一緒に過ごしたいと思っていること。
でも あとちょっと待って」と自分に言い聞かせた。
居室に入ると 何時目の前から消えるのかと気にしている母の視線を感じた。

トイレ誘導 手洗い後 ホールへ移動しテレビを見てもらう。
荷物をまとめてそうっと施設を後にした。

秋の風が 母と私の心の隙間にそうっと入り込んできた一日だった。


2007年10月13日(土) 隣り合わせて…

 ちょっとした打ち合わせのため電車で出かけた。 

今日は 珍しく 行きの道も帰りの道も乗り合いバスを利用した。
行きも帰りもご近所の方と隣合せた。

行きのバスでは 高齢のご夫婦の奥さま。
いつも朝夕に犬のお散歩をなさっている方。
母が家に居る頃をご存知の方。
「お出かけですか?」と伺うと…。
「一日中 犬と過ごしていると ちょっと離れたくなるんですよ」と笑われた。
「お母様は?」と聞かれて…。
「病になっている事を差し引いて考えても 元気な方だと思います」と答えた。
「介護を終えたのがついこの間と思ったら もう我が身の心配の年となりました」としみじみ語られていた。
ご近所でも 高齢者世帯ばっかりでねと言う話題になる事が多いという事だった。

帰りのバスでは 一人暮らしのご婦人。
ご家族が見えると思って準備していたらしい。
家に居ると気持ちが落ち込むので 今日は2ヶ所通院なさったそうだ。
おしゃべりする相手が居ないとねぇ〜と話されていた。

一昔以上前の両親の様子を思い出した。
そして更に10年先の自分の姿と重なって見えるような気がした。

実は 帰りのバスで隣り合わせたご婦人から「御願い 食べて」と高級なお刺身を頂戴してしまった。
それは 今日来ると思ったご家族のために購入されたもの。
「食べてよ」と言われて返事に窮したのだが…。
その方が言葉にしない胸の内も十分に伝わってきて 断り切れなかった。

人によって こういう時の気持ちのおさめかたは違うのだろう。
私だったら 1人でむしゃむしゃお腹におさめて 忘れようとするのじゃないかなぁ〜とも思う。
まだ ひとりぽっちじゃないから そう思うのかな?


2007年10月12日(金) 母が嫌がる訳は?


 パタパタと朝の時間が消えて行く。
少し家で作業して 午後母の所に向かう。

この所 母の所に行かないで置こうかななんて気持ちにもなる。
大きな変化はないから そういう気持ちになるのだろう。
でも 面会を避けると小さなリスクが出てくる。
託している後ろめたさもあるが それよりも 小さな後退の方が心配。
母の気力の維持は 面会にかかっているような気がしている。
下降気味の今は 特に。

居室で入浴の準備をしていたら ホールで声が聴こえた。
歩行のできる入所者が 車椅子の人に頼まれて車椅子を押している所だった。向かいたいところが母の居室だったらしい。

お話を聞いてもらいたかったようだ。
「今日は 兄が来るのよ」と嬉しそうに話していた。
職員は「すみません」と言っていたが居室の戸をオープンにしている時は自由に出入りO・Kと伝えた。
お兄様が 来るというのは 来て欲しいという思いのようだった。
母が「うちに帰る」と言っていたのと似たような意味合い。
暫くお話して納得なさって ホールに戻られた。

母の入浴介助。
浴室に向かう時はさほど気にならないようで 誘導は順調。
衣類を脱ぐ時も問題ない。
浴室の椅子に座って 身体にシャワーを始めると始まった。
「やめて」の声。
「ごめんね」と声を掛けながら石鹸で洗い始めるとじわじわと嫌がりだす。
洗い流す頃には「あ”〜〜〜!!」の叫び声。

あんなに大好きだった入浴 どうしてこんなに嫌がるようになってしまったのだろうなぁ〜。
水は 怖いというのが基本にあるのかな?
病の影響で その不安だけが先行してしまうのかな?
これから また好きになる可能性はあるのかな?

入浴介助は 洗髪でピーク。
ところが 後方から洗ったり流したりには 非常に嫌がるけれど 向き合って洗い声をかけると割合落ち着く事を発見。
考えて見ると 身体を洗うよりも洗髪の時の方が叫ぶ回数が少なかったように思える。言葉崖に頷いていたから…間違いないと思うけれど今度良く見てみようと思う。

洗い終えて居室に戻って ラムネで水分補給。
その後 職員がお茶とポカリとおやつを運んできてくれた。
そこに 職員と唄い終えた別の入所者がお人形を3体抱いて遊びに見えた。
急いで ホールから椅子を運んで座ってもらった。

暫く 一緒に過ごした。
この方 今日は殆ど言葉を話さなかった。
母もそうで 3人いて私の声だけが響いた。
おやつを終えて ドライヤーをかける頃には 来客もホールに戻られて 母もホールへ移動して貰った。

入浴後のバスタオルや着替えた物を袋に詰め込んで夕食の直前に帰路についた。外にでたら 見慣れた車が見えた。
運転者は夫。
「今 帰りか?」と。
夫は会社に戻り 私はチャリで我が家へ。


2007年10月11日(木) 思わぬことで…介護の岐路?

今朝 役所から介護者のための旅行のしおりの一ページに 介護者の声を載せるので これまでの介護で �/匹�った事 ��楽しかった事 ��リフレッシュの方法を聴かせて欲しいという電話を受けた。
直ぐには浮かんで来ないので 明日までと御願いした。

それから ツラツラとこれまでの母との事を振り返って考えてみた。

浮かんで来るのは 初期から中期にかけての母と自分の様子である。
おそらく 介護保険もない時代で 多分要介護2の頃。
母がタイムススリップするのは 結婚前の時期だった。
「お母さん 3人の子供を育て上げるのは 大変だった?」と聞くと「私は結婚していないのだから 子供なぞいません」と怒り出していた。

時折 娘と理解できていたが 普段の生活では従姉妹。

だから...。
「随分長くあなたの世話になったけれど そろそろ家に帰ろうかと思います」とか
「おかちゃんが 心配していますので家に帰ります」とか
「黙って家を出てきたので おかちゃんがきっと怒っているから帰ります」とか
そんな言葉が 連日 数分おきに繰り返されていた時期である。
私は「〇チャンの娘でしょ」と言えば 最初に書いた「子供なんか産んでいません」と怒り出すという具合。

その内に 自分の着ている服を脱ぎだして「これは 私の服ではないのでお返しします」と言い出す。

体調の良くない時にはそれらを受け止め切れなくなってキリキリとしだして 母とのバトルが繰り広がることもしばしばだった。

タイムスリップして居ない時は「親子でしょ」とか「自分がここで暮らしたいって来たんでしょ」と言えば 「そうだったね」と思い出せ時もあった。

母が穏やかに編み物に夢中になっている時に 唐突に「私 自分の命を絶ったりはしないからね」と言った。
その時には「あっそう」と受け流した。

が その後 母とぶつかる度に その言葉を思い出した。
その都度「母も死にたいほどの苦しみがあるんだな」と受け止めるようになった。

母の根底に深い不安や哀しみがあるのだと感じたのが あの母の一言だったのだと今になって思う。

勿論 理解できたからと言って 全てを受容できるまでには なお 長い時間が必要とした不出来な娘だった訳なのだけれど...。

そんな事を思い出しながら 介護者の声を纏めたのだった。

午後は会議。
11月のイベントの介護者のコーナーの準備の会議。
みんな それぞれ忙しいのだが時間をやりくりして集っている。

介護者のコーナーの打ち合わせ終了後 イベント実行に当たっての準備の打ち合わせ。

全て終わって帰路についたのが7時近くになっていた。
買い物を済ませて電車に乗って 家に着いたら8時過ぎていた。
それから 夕食の準備をして ひとりご飯を食べたのは9時半過ぎとなった。

食事の支度中に 介護仲間から電話があった。
イロウ設置の話が出てきているという事だった。
本人の意思確認が出来る状態ではないので 介護者が選択しなければならない。
在宅で介護しており 2人の重篤な方の介護を1人でなさっている。
「イロウ設置は 難しい事ではない」と説明されるのが通例。
しかし 介護者の会で語られる介護の実体から考えると介護仲間自身の健康の限界も見えてきている。
イロウのメリット デメリットがある事を伝えて 其の事をきちんと医師に確認して その後の訪問看護等のプラスアルファーが経済的に可能か医療費の減免の方法も含めて 考えて見た方が良いのではないかと伝えた。
ネット環境のない介護者は 情報を手にしにくい。
でも現実には 多い。

重たい現実ではあるが 逃げ出すわけにも行かない。
辛い選択をしなければならないこの時期である。
電話の向こうで「お金がかかるのですねぇ」と言う声が聴こえた。
いずれ 我が身にも降って来る課題でもある。


2007年10月10日(水) 「ありがとう」って言えたね

 自転車で走るのが気持ちの良い季節。
ピュンピュン飛ばして 走った。
両手を後ろに組んで走りたくなるが 気持ちだけに留めておく。

自転車に乗るようになって 道端の草に目を留める機会が少なくなった。
でも 川べりの専用道路を飛ばす時は ちょっと目が行く。
早めに草刈りを済ませたところでは 背丈の低いすすぎが穂を広げている。
イタドリの花も咲いている。

昨日 公営のホールで秋の風情のいけばなが展示されていて そこにイタドリの花もあった。
「目から鱗」って感じだった。
でもその時「イタドリ」を思い出せなくて...。
一緒にいた人に「アカザ?の花と思う。その辺 何処にでも咲いているわよ」なんて言ってしまった。
今度 逢ったら 訂正しなくちゃ。

そういえば みずひきの赤も目に留まる。
先日 花屋さんの店先で 紅白のみずひきの苗を見た。
「へぇ〜 そうやって庭に植えれば 赤白で綺麗かもね」なんて感じた。
白のみずひきって 初めて見たけれどもともとあるものなのかなぁ〜。

そうそう 犬のお散歩で歩いていた人が 草むらを過ぎて 犬の身体に付いたヌスビトハギを払っていたっけ。
犬の毛にも付くんだと改めて知った。
人の衣類に付いたヌスビトハギはチカチカするけれど 犬もチカチカするのかな?

小さな秋の風景に目に留まった一日だった。

さて 母は 施設に着いた時は 超ご機嫌で「あははは」と笑っていた。
トイレ誘導前に昼食となってしまった。
この所 介助され口をあ〜んとあけるのが当たりまえになりつつあり 自分で箸を持とうとしない。
ひょっとして 食事と認識で来ていないかと思ったり...。

時間にゆとりがあるので 母にスプーンを持たせてみた。
が持ち方が曖昧。
ゆっくりとスプーンを握らせてみたが それを使って食事すると言う意識が低い。
スプーンにご飯を入れて 母の手に持たせてみるも お汁に入れてしまいそうになった。
「おっとっと!」と言ったら「あははは」と笑う。
スプーンを持つ手を口まで運んであげたら食べられた。
次も スプーンに掬って渡すと今度は自力で口まで運べた。

こんな風な介助で4割自力で食べた。
お腹が空いていれば もう少しできるのかな?

今日は シャケいくら丼でシャケが食べ難そうに見えた。
魚って 結構何時までも口に残る事が多い。
健康ならそういう事も少ないのだけれど...。

食事を終えて部屋に入った時「あれっ」と思った。
おそらく排便。
でも駐車場に療法士さんの姿が見えたので 急いで入れ歯を外して歯磨きを済ませてリハ体制に入った。
母は 躁状態で幾度も身体を起してのリハとなった。

リハ終了後 トイレ誘導したら 緩めのものが出た後だった。
すまないことをした。
暫く便座に座って貰っていたが エンドレス状態だった。
職員に話すと記録をチェックしてくださり 昨日から続いているようだった。

その後 居室の椅子に座ってお茶を飲んでもらう。
「ありがとう♪」という母の言葉を聞いた。
母は すすんでお茶を飲んでいた。
下痢気味で 体が水分を欲していたのか それともお昼のご飯のシャケいくら丼の塩味が強かったのか?

風邪なのか アレルギー性の鼻炎なのか判断がつかないのだが もし風邪だとしたら 長居は禁物なので 今日は夕刻前に帰路に付いた。


2007年10月09日(火) 秋深し...


 目覚めて 明らかに寝すぎと感じた。
夫は 早めの出勤という事だったのでヤッコラサと起きた。
食事を作って 送り出して 洗濯。
娘を起して洗濯物を干して 利用者さん訪問。

家を出るまでは ボ〜ッとしていたが 活動しているうちにシャキッとしだした。
2時間でお掃除なのだが 掃除機掛けるだけだと1時間ちょっとで終わってしまう。だから 拭き掃除もさせていただいている。
利用者さんは「疲れるのだから 手抜きしてやって頂戴。あまり綺麗にされると恐縮するから」と言われる。
でも 2時間と言う約束だし...。
それに 埃アレルギーぽい利用者さんなので出来る限り埃は取り除いて差し上げたい。
「仕事ですから...」と利用者さんには 伝えた。

家に戻ってから 友人からのメールにプッと噴出してしまった。
「... リラックスできるように ストレス・金溜めるな...」って。
「借金溜めるな」なら判るけれど 金溜めるなって...。
そうか あいつ 宝くじ購入しようとしていること見破ったかな?
という事は 当たるかな?

午後は ちょっとした事の打ち合わせで介護仲間と会う。
出かけたついでにサマージャンボの当りくじ3.000円を換金し 秋のジャンボを購入。メールが来なかったら 忘れていたかもなぁ〜。

打ち合わせ終了後 銀行を廻る。
母の施設の支払い等である。
使っていない金融機関だから自動振込みできない。
それも10万以上の振込みは出来ないので2回に分ける。
面倒なので ついつい後回しとなってしまう。
はやく 自動振込みできるようにして欲しいなぁ〜。

プリンターのインク切れや家庭雑貨の類が切れていたので 買い物に廻った。必要最低限のものを買うだけで あれこれ見て廻る気持ちになれない。
家に戻る頃には とっぷり日が暮れていた。
日の暮れるのも 大分早くなった。
秋も深まったのだなと感じる。


2007年10月08日(月) ふぅ〜


 体調がイマイチ。
熱はないけれど 顔がもわぁ〜として目が疲れる。
眠くはないのだが 目を開けているのが辛い。

と言う訳で 家人が皆出払ってから 布団に入って眠った。
汗びっしょり。
午前と午後と2回眠って 夕食を準備して 家人が戻ったのを機に早めに就寝。

ラジオのタイマーを入れ忘れて 途中幾度も目が覚めた。
寝ていても地震が来ているようにユラユラ揺れる。
こりゃ 自律神経がやられているんだろうな。

眠るが勝ちって事で...。ふぅ〜!


2007年10月07日(日) ベンチで爪切り


秋刀魚がやってきた。
荷物をあけると ぴかぴかの丸々と肥えた秋刀魚が入っていた。
秋刀魚と一緒に届いた物がある。
茄子である。
これもぴかぴかの茄子。
これは 夫の実家にいる兄嫁からの贈り物。
毎年 この時期に届く。
まるで示し合わせたかのように 同じ宅配業者から2個の荷物を受け取った。

母の所に出かけた。
ちょっと浮かぬ顔。話も有り得ない言葉がポンポン出てくる。
言葉を掌るところのダメージを受けて居るのだろうか?

トイレ誘導後 着込んでお散歩にでた。
母は あっち こっちと行き先を言う。
予定通りには行かない。
それでも コンビニによって飲み物とグミを購入し 公園のベンチに座って休息。
ついでに 手足の爪切りをした。

ほんとは入浴して切ってあげたいが 風邪が気になるし 日曜日で職員が忙しそうにしていると何だか切り出しにくい。
もう2週間になる?
家なら入浴させてるんだけれどなぁ〜。

風が甘い匂いを運んできた。
金木犀の花が咲いていた。
空を見上げたり 行き交う車を見たりしながら過ごした。

施設に戻ってトイレ誘導。
今日は 前2回は既に出てしまっていた。
お散歩から戻ってからはセーフ。
時間のタイミングと外出時のトイレのありかが課題だな。

その後 もう1人の入所者を居室に招いてお話をした。
トイレ待ちの状態だったので気を紛らせて 我慢してもらった。
浣腸をかけているという事だったので 私が早めにトイレに連れて行くわけには行かなかった。
職員が「おまたせぇ〜」と見えてバトンタッチできた。


2007年10月06日(土) あしたへ...


 北海道の友人から いろんな種類のじゃが芋 南瓜等が届いた。
おまけに 釧路で水揚げされた秋刀魚も届く筈という事だ。
秋 満喫...。

今朝 お礼の電話をした。
最近の身の回りの風景等をお話した。
自然の流れで 年齢の話となり「落ちてきている気力等を持ち上げて行こうね」なんて話になった。

さて 今日届く筈の秋刀魚で夕食の筈だった。
が どうやら今日はお預けらしい。
漁次第なのだろうから 仕方ない。

お楽しみは あしたへ延びた。
待つ事も楽しみのひとつ。

今日は 荷物を待ちながら 溜まった事を片付けた。
つい面倒で伸ばしてしまっていたものもある。
家の事は ついつい後回しになってしまう最近である。
ついでに ファイルの類も整理した。
不要な物は廃棄したが...。
まだすっきりと片付かない。

また 連休。
月曜日のデイ利用者の介護者は大変だろうな。
ハッピーマンデイは 介護者にはアンハッピーマンデイじゃないかな?


2007年10月05日(金) 肌感覚?


百人一首は 皆さん結構興味を示す。
だから 娘の使った百人一首のCDを施設で役に立てばと思って差し上げた。大分前の事である。

1度 CDを付けたら「うるさい」と1人の利用者さんに言われて 以来やめていた。

今日 母の所に出かける時 クラッシックのCDを持って出た。
と言うのも 先日外から大きな音のクラッシックの音楽が聴こえてきたので「いいなぁ〜」と思って思いついた。

母の居室で聞きたい人だけ聞いてみようと思った。
母の居室にはラジカセはない。
家につかっていないCDプレイヤーがあるので持って行っても良いのだけれど...。
今回は 施設のラジカセを借りる事にした。

トイレ誘導を済ませてホールに戻ってラジカセを借りる時「嫌だ」と言う方がいなかったので 職員にホールで使う事を了承して頂く。

椅子を丸く置いて 嫌いな人の部屋に背を向けて 音が邪魔にならないように配慮した。
みんなじっと聞き入る。
「昔 聞いたよ。昔の事を思い出したよ」とある入所者が言ってくれた。
職員の1人は 歯医者さんにいるみたいな気分と言う。

リズミカルな曲では 母が 手でリズムを取っていた。

音楽を聴いて貰いながら みんなにアロマを施してみた。
「いいにおい」と皆喜んでくれた。

4.5枚聞いてから 思い立って百人一首のCDをかけてあげた。
すると時折席を立っていた方が CDに合せてうたを詠み始めた。
塗り絵や折紙 編み物等の手作業には あまり興味を示さない方なのだけれど...これには反応が良かった。
母も好きだったのだけど 今は出来ない。
でもひょっとして 毎日聞かせてあげれば回路が繋がるのではないかと思ったりする。

入所者の1人が途中で席を立たれたので「どうなさいました?」とお聞きすると「お腹が痛い」と言われた。
タイミングかと思い職員に伝えた。
後ろから追いかけてトイレに誘導すると「お腹の痛い事は 問題でなくて...」と話を回避しようとするので「そうですか おトイレはこちらです」と職員と共に誘導。
小のタイミングはあったようだった。
それからまた戻られて百人一首を楽しまれた。

その後 おやつが始まった。
夜 会議が予定されており早めに帰るつもりだったのだが 母が私の姿を追い続けているので おやつの済むまでそばにいた。

母は帰る時間を感じ取っているようにみえた。
時計を読む事は既に出来ないのだが 日暮れときの感触なのだろうか?

入所者が揃ったので ラジカセを片付けてテレビを付けた。
テレビに興味を示さない方には 新聞のチラシを渡した。
それぞれ興味を示しそうなチラシを選んで渡してみた。
結構 みんなチラシを見ていた。
チラシ本来の広告の役目で見るわけではなく 興味を止めてもらう為に使って見たのだった。
「食べ物の好きな人」「植物の好きな人」「洋服の好きな人」と行った具合である。

話題を合せながら 話をして そうっと施設を後にした。

母の熱も落ち着いて投薬もやめた。
この所 母は寂しさを感じているみたいだ。
秋だものね。
そういう感覚って 普通の人と変わることはないみたい。
肌感覚は生きているという事なんだろう。


2007年10月04日(木) どうするのがよいのかな?


水曜日にゴミ回収集積所に不法投棄があった。
早速貼り紙がしてあった。
確かに困る。防犯的にも良くない。
でもいつも気になっている。
不法投棄に病はないだろうかと感じるのである。
布団なんて重たいので高齢者が捨てられないと思うかも知れないが 90歳の方が 布団を背負って徘徊したというお話はまだ耳新しい事である。

と言う訳で 役所に電話して回収願いをした。
処理費用は各200円。掛け 敷き マットレスの3点セットなので600円。
珈琲を飲んだつもりで 費用を捻出。

こうしないとひと月放置後 役所が回収となるのだ。
考え方は いろいろあるが 防犯上危険と考えて回収してもらう事にした。

ところが今朝になって またコタツがけのような物が2枚追加されていた。
キャーである。確信犯かもしれない。
でも 仕方ない。
役所にその旨を報告して追加してもらった。
役所の人も個人負担を承知しているので「有難うございます」だと。

本来 処分する時には記名しなければならないが それは今回に限り免除していただいた。
昨日 電話番号と名前しか言ってなかったんだが...役所では住所まで把握していた。ギョッ!

母の事。
朝 施設に電話したら 熱は下がっているとの事だったのでホッとした。
しかし 様子見に昼過ぎに出かけた。
夕方から会議なので 出かける支度をして...。
母は ご機嫌で笑顔を見せてくれた。
昨夕は食欲もなくて 寝たそうだ。
夜間 発汗がすごかったらしい。
昼には お茶のおかわりを自分から申し出て たっぷりの水分を取ったそうである。危機意識って まだあるのかな?それとも生理的欲求か?

居室誘導して歯磨き。
トイレ誘導した。今日で3日目。
でもコロンと2個出ただけ。
まだいきんで出るところまで降りてきていないのだろう。
職員に御願いして夕刻まで出なかったら 夜間マグラックス服用を御願いした。状態的に少し硬めになっているので 気になったから。

トイレ誘導後 少し気分が下降気味。
窓辺で一緒に歌った。
私が言葉の途中で止めると繋いで唄えた。
駐車場に停車している車を数えて...というと「いち にい さん しい」としっかり数えて正解だった。

会議ギリギリの時間となったので 止む無く職員に御願いして施設を後にした。電車に乗って出かけた。

会議ちょっと遅れてしまった。
介護者は 私1人なので 介護者の立場から窮状を伝え みんなに考えていただいた。

帰路看護士さんと一緒に駅まで歩きながら話した。
今日のお話「看護士仲間にも伝えて一緒に考えて見ますね。早速あした集いがあるのできっと話します」と言ってくれた。
会議以外の場所でも 普段会わない方とお話できて 理解して頂けることは
嬉しい。

深夜になって そうっと外に出て布団にシールを貼ってきた。
これで あしたの回収に間に合う。
個人プレーと見られるのは嫌だし「個人で片付けると次もまた不法投棄が続く」と考える人もいるし 極力トラブルを避けたいから。
しかし ほんとに暮らし難い世の中だなぁ〜。


2007年10月03日(水) やっぱりね。来ちゃった!


リハビリの日のため 少し早めに施設に向かった。
昼食は 後半に差し掛かっていた。
荷物を置いて手洗いをした。
残りを職員からバトンタッチして介助。
いつもの如く お隣さんにも声をかけたり介助したり。

母は 表情が冴えないが食事は全量摂取。
ただ 汁物は気をつけないと噎せるようだった。
職員は「朝くしゃみしてました」と教えてくださった。

居室に移動すると だんだん不安げな表情となる。
この所こういう日が続いている訳で 面会の度に お腹 頭 喉 と痛い所ががないか聞いて見て探っているのだが...。
今日もその不安げな表情が何故なのか 見当もつかない。

歯磨きを済ませたら 入れ歯の装着を拒否。
いつもなら 幾度か繰り返せば装着できるのに 今日は駄目。
しまいには 怒り出してしまった。
頭をそうっとコツンとしたら「痛い!」と言う。
「痛いっ」っていえるのになぁ〜。
装着は諦めてリハビリの支度をした。
ところが「おかちゃん」「おかちゃん」と幾度も上半身を起す。

療法士さんが見えても同じだった。
「こういう表情は久しぶりですね。この所 なかったのに...」
「内臓から来るのなら背中が張るのですが 特に張っている所はないのです」と療法士さんは話された。
「でも いつもと明らかに違いますね。医師の話された通り季節の変わり目のせいでしょうかね」とも言われた。

後半少し眠っていた。
ホールでもウトウトしている人がいたので 横にクッションを入れて毛布をかけてあげた。
退屈している人もいるのでビーチバレーボールで遊んだ。
遊びに飽きてきた頃 母の「おかちゃん」と言う声が聴こえたので居室に入った。「起きる?」と聞くと頷いた。
「遠い所からきたのに...」と突然いう。
「誰が?」と問うてみたのだが 「...」
なにやら ひやりとする言葉だ。まさかねぇ〜。

母を起して「お散歩行く?」と聞くと「おさんぽ...」と繰り返した。
嫌がる風ではないので 少し着込んでもらって散歩に出た。
歩くのが辛そうではないが 時折息が上がっていると感じる時がありテンポをゆっくりにして歩いた。
ドラックストアまで行って 飲み物とアイスクリームとキダチアロエエキスを購入した。
そばの公園まで歩いてベンチに腰掛けてアイスクリームを食べてもらい 牛乳を少し飲んでもらった。
食べ終える頃 母は急に寒そうな表情。
慌てて 自分のブラウスを脱いで 母の身体に羽織らせて 長袖の部分を首に巻いてあげた。
「帰る?」と聞くと頷くので帰路についた。
ついでに施設そばの公園の小山を登って降りた。
ちょこっとベンチタイムを取って 施設に戻った。

直ぐにトイレ誘導。
私のブラウスを脱がせている時顔に触れたらちょっと熱く感じた。
外から戻ったばかりなので 私は汗をかいているので母もそうかと思った。
手には 熱感はないのである。
気になるので 検温した。
首筋に手を当てると やはり熱かった。

出かける前やリハの時に 触れても熱くはなかったのになぁ〜。
体温は7度8分だった。
「頭痛いの?」と聞くと初めてコックリ頷いた。
慌てて職員に報告して 母の薬の残りの中に風邪薬が入っていないかを確認してもらった。
トタパタして 母の所に戻ったら母に笑顔が出た。

今日 施設に着いてから初めてである。
手遊びにも無反応だったのに 手遊びもOK。それも楽しそうなのだ。
熱が上がってからは 非常に元気になった。ほんとに不思議である。

職員が薬を持って見えて 一緒に点検。
よくみると抗生剤 解熱剤 風邪薬が数日分あった。
これで ひと晩様子を見ることにした。

夕食となって 食欲は普通だったので途中で職員にバトンタッチして帰路についた。

今夜 しておかねばならない事がある。
ほんとは おやつ頃には帰るつもりで出かけたのだが そうは問屋が卸さなかった。
「そばにいて」という気持ちがある事は十分に伝わっていたので...。
酷くならずにすめば良いのだが...。

そうそう ホールでうたたねをしていた方 パッと目が覚めた時目があって...。そしたら ものすごい笑顔だった。
新しい職員さんが「こういう表情なさるのですね」と驚かれていた。
ほんとに珍しいほどの笑顔だった。
ご家族に見せてあげたいくらいだった!


2007年10月02日(火) 集い


 9月30日の朝日新聞のbeで記憶についての記事があった。
重い前向性健忘記憶障害が起き 毎日会う家族さえ初対面のような感覚になるが「初対面」と思う知人でも懐かしさや親しみを感じられ 逆に感情の記憶が障害を受けると家族でも他人のように思えるそうだと書いてあった。
感情の記憶は海馬とは別の場所で作られるそうだ。
「どうせ覚えていないからと嫌がらせをすると翌日「初対面の奴なのに嫌な奴と感じるのだそうだ。

そして最後に 海馬の説明の所では
海馬は記憶つくりの始めにかかわるが 同じことを繰り返し覚えたり 思いだしていると 海馬を介さない結びつきができる。こうした長期記憶は大脳のいろいろの所に保管されているそうだ。

こういう事を 以前に介護仲間と真剣に話したことがあった。
脳の事は解明されてない部分もあり 家族の介護・看護する人の接し方によっては 思いがけない変化も起きる可能性はゼロではないよね...なんて事を希望を持ちながら語り合ったのだった。

今日は 介護者の会の日だった。
会員は 比較的介護が長くなっている方が多くなってきていた。
今日は初期の介護 通院前でどうやって診察を受けさせるか考えている方等が見えた。
不安が先行していて「話したら涙が零れてしまう...」といわれる人もいらした。初期の介護をしていた自分に出会うような気持ちでお話を聞かせて戴いた。


2007年10月01日(月) 気をつけなくちゃね。


深夜の地震 寝入りばなで「あ 揺れてるな」と思いながら起きる気力も起きなかった。
勿論 眠くて母の事も思い出したりもしなかった。薄情だなぁ〜。

朝は ポツリポツリと雨が降っていたが 菜園に出た。
草取りと苗を植えた。
キャベツが青虫に食べられていて無残な姿になっていた。
青虫を取り除いたけれど...大丈夫かな?
先日 お隣の畑の方が「レースみたいになっても丸まってくるよ」と言っていたので それを信じることにしようっと♪

ゴーヤもまだ摂れた。
空芯菜も元気。
紫蘇も実をつけていた。

それらを収穫して 家では食べきれないので近くのグループホームに届けた。先日 届けて召し上がれたかとお聞きしたら「みんなで調理して食べました。ありがとうございました」という事だったので 空芯菜とゴーヤを差し上げた。
まだ 新しい施設なので 皆さんお元気である。

家に戻って昼食を摂ってから 母の所に向かった。
昨夜 母の薬が切れる頃と思った。
今朝 施設に電話で確認した。
5日まではあるという事だったが こちらの予定が目白押しで体調が悪かったらアウトになるし...。
それに 排便もまだと言うので その用もあった。

母は 相変わらず気持ちが下降気味。
トイレに誘導して暫く踏ん張ってもらう。
奮闘してもらったが 母は泣くばかり。
感情失禁と言う訳でなく 明らかに何かがあるのだ。
でも それが何なのかが掴めない。
母も辛いだろうし こちらも判断できずにどうすれば良いのか悩ましかった。

あきらめかけた時 泣き声と共に出ました。
でも 母はまだ泣いている。
まだ 残っているのかとも思うが...。
それ以上は無理だった。

着替えをして 通院。
今日は娘 会社の設立記念日でお休み。
で 娘が来てくれて車で通院。
これで 降車拒否が出ても慌てずに済む。
バスにしろ タクシーにしろ 頑として降りようとしなくなる時がある。
母の気持ちに沿ってあげたい所だけれど そうもいかない。

今日も降車拒否があった。娘が対応してくれた。
駐車場から近道で階段を使うことにした。
母が嫌がるのは目に見えていた。
でも 階段て結構リハビリになると感じている。
(アッ これは 不安に思う人は止めてくださいね)
最初から下りだったので 母はオロオロ。
1度は 背負って降りようかと思ったほど。
手すりに掴まれたのを機に 1歩降りたら次の1歩と進めた。
勿論 転ばぬように母の身体は支えている。
バランスを崩さないように支えが中心。
踊り場で一休みしてもうひと頑張り。
次に半分の上りの階段でひとまず終了。
テクテク歩いて建物の中へ。
また 階段利用。
今度はのぼりだけで 広い階段なので母は安定して上れた。

ようやく診療所に着いた。
混雑を予測して娘に先に診察券を出してもらった。
ところが 待っている間に診療して貰った患者さんが救急搬送となり担架でおむかえが入った。
そのせいか 母が不穏になった。

救急搬送の後母が呼ばれて診察室へ。
今日は 娘も風邪っぽいので一緒に診察室に入った。
母の血圧は高かった。
原因が判らないけれどこの2日間不穏である事を告げた。
医師は丁寧に母の様子を診察してくれた。
血圧高めも 心配ないという事だった。
便が残っている可能性もあるという事だった。

診察を終えて 薬局で薬を処方してもらって 階段を下りた。
その足で ちょっと珈琲飲みに立ち寄った。母にはプリンと珈琲。
美味しそうだった。
外のテーブルにいたら 鳩が群れて飛び立つのを見上げて 私にも見ろというポーズ。「沢山の鳩だね」と言うと頷いていた。

実は今日の母 昨日と同じように言葉が出ない。
言いかけては 違う言葉がでて考え込んでしまう風だった。
哀しいというよりも「何故 出ない」と言うような表情だった。

機嫌は相変わらず良くない。
トイレ誘導も出来ていないのでそれも一因かもしれない。

施設の食事時間が気になったが 今日は勘弁してもらおうと覚悟を決めた。
皆の食事が終わる頃に施設に着いた。

着替えて トイレ誘導して 手を洗ってからテーブルに着いた。
これで帰ったら 人出不足なので他の方に迷惑がかかると思い 食事介助。
お腹が満たされる頃には 笑顔が戻っていた。
娘は 購入したてのカメラで母を連写していた。

しかめっ面と笑顔とクルクル変わる母の表情を収めていた。
「おばあちゃん これからが魔の季節だから...」と呟く娘。
確かに秋への季節の変わり目から変化が起きること多いんだよね。
気をつけなくちゃね。
医師も季節の変わり目からかなって言っていた。


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