経る時・・・

もくじかこみらい

日が経ちました。「経る時・・・。」を書き始めて 日目です。


2006年05月25日(木) 最後は・・・。

手術前日、病院に来てくれたのは、家内と、親友の『H』。
そう、二人の『心友』だった。

そう、僕が会いたいと思った二人が来てくれた。兄弟は当たり前としても、
親戚でもなく、友人でもなく、僕が心を寄せる『心友』

これだけで僕は幸せだった。不幸にしてこの世を去るにしても、ある程度の
ものは残せるし・・・。家内には、辛い思いをさせるかもしれないが、
2年弱の間、ケンカもせず、よくやってこれたものだ。

齢41にして、妥協も諦めもあると思うし、二人とも求めているものが
同じだと思えるし。その後、お互いに、いろいろトラブルを抱え、苦しみ、
乗り越えてきたせいもあるかもしれない。

そして、クルマに乗れなくなった・・・。これは痛い。
趣味と仕事のの一つをもがれてしまった。
しかし、乗り越えていくしかない。

しばらくは養生し、秋頃から、旅行や食事など、別のことで、
共に楽しみを共有していけたらと、楽しみにしている。

生きていれば何とかなるもので、良い方向に考えなければ辛すぎる。

そして、妻を見送れれば、僕の人生はそこでピリオドとなっても構わない。
そう、それが僕の最後の望み・・・。


2006年05月23日(火) やはり・・・。退院ではあるが・・・。

病名は「異形成髄膜腫」脳腫瘍としては、良性ではあるが、質の悪い
もの・・・。死亡率は5% 後遺症の確率は40%とかなり高率で、
「極めて腫瘍大きく、手術の危険度も高い」と書いてあった・・・。
(後遺症=麻痺・失語・植物状態等)

そして、『救命』の文言・・・。そう、当人が思う以上に、
事態は、緊迫していたらしい。だが、担当医の先生に何も聞かず、
すべて任せることにした。すべてを知ったのは退院前だった。
すべてを任せ、ベストを尽くした結果がそれならば仕方がない。
麻痺になろうが、命を落とそうが、すべては、託した先生次第。

そして、先生の『頑張ろうね』の一言も大きかったと思う。

腫瘍のサイズは10センチ。女子医大での記録が8センチだから、
最大記録を更新したことになる。そして、鼻部と額部は、骨が
無くなって形成に難渋したそうで・・・。


幸い、手術の経過は良く、大体2日後に麻酔から醒めるのが、1時間前後で、
醒めてしまったようだ。家内が、指が動いているのを見つけて、驚いて、
先生を呼んだらしい。

本人自体、翌々日と思っているから、5/11と勘違いしていた。
名前を答えたというので、意識は、はっきりしていたらしい。

翌日、3時間かけて徐々に起きあがり、靴からサンダル、スリッパへ。
看護師さんが驚いていたのが、不思議だったのだが、逆だった。

翌日からは、階段の練習。食事もこの頃には、常食に。
ただ、この頃から、ステロイドや、脳内圧亢進薬等の副作用に悩まされる。
顔がむくみ、満月状の顔になってしまった。ステロイド薬疹で苦しみ、
今も皮膚科に罹っている。

周りの時間感覚の壊れた方に惑わされ、睡眠がとれず、何回か、
意識を失うことになるのだが。眠剤も効かず、最終的に部屋移動した。

そして致命的なのは、右手の小指と薬指にある程度の麻痺が見られること。
字が書けなくて書類が書けない。そして、もう一つは、2年間は、クルマに
乗れないということ・・・。

代わりがいない弊社としては致命的で・・・。

ここでは割愛するが、この苦しみは、所詮、自分にしか解らず、
抱えていくしかないのだなということ・・・。

とても苦しくて、辛いことだけれど、何とか乗り越えるしかない。



来週から、外来が始まり、今度は、新宿の本院でγナイフが始まる。

2004年に気がついていたのだから、早く行けば良かったのだが、
怖かったのだ・・・。そして、「アテローム」だとばかり思っていて、
処置が遅れてしまった。そのせいで額に陥没が出来、チタンが入っている。

仕事面でも、自分が欠けてどうなるのかとても不安で・・・。
幸い、一時退院の連絡をすると無理せず治してくれとのこと。
次回の発注より、こちらに回してくれるそうで・・・。

まあ、これからは身体をいたわって、生きたいと思う。


2006年05月06日(土) 再入院

梅雨か、夏頃には、戻れるかな・・・。
これから、病院までタクシーで。行って来ます。


2006年05月05日(金) GW最終日

フツーは、連休は、日曜日までだろうけれど、明日、再入院。
まあ、本来は、点滴をしておきたいところ、薬で補って、
ゴールデンウィークに家に戻してくれたんだから仕方ない。

今度、自宅に戻るのは、夏近くになるかな・・・。
不安は確かにある。会社や、家族、いろいろ心配もある。

でも、あがいても、埒があかないし、医者に任せて、開き直るしかないな。





2006年05月04日(木) 銀座で食事

家でゴロゴロしていても、だるいだけなので、銀座へ。

まあ、何とか、歩けるし。一時退院から、2日までは、
工場で、図面整理や、居ない間の郵便や、事務整理をしていた。
作業してもまた、半端になるし、決して身体が良くなったわけでは
ないのだから。

お昼ということで、有楽町まで歩いて、「ジェーエス・レネップ」で
お昼にした。ドイツ居酒屋だが、なかなか、良かった。

あとは、いつもの「ガルリカフェ」で、ペパーミントティーと、
和栗のモンブラン。いつものやつ。 あぁ。美味しい。

帰りに、北千住で、夕食の買い物。

夜、さすがに、体力の無かったからだに無理が来たか、あちこち痛い。

何とか、持ち直したので、寝た(^^;


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