マキュキュのからくり日記
マキュキュ


 (日記) 関心しちゃった・・・・・・


ひと月辺り前から店のカウンター内の床が、時々水浸しになると言う事件が起こっていた。それに加え、下水から嫌な匂いが湧き上がってくるのもずっと気になっていた。
水に関しては、最初は冷蔵庫か冷凍庫に霜でも付き、それが解けて流れ出したのかと思っていたのだが、見たところ冷蔵庫にも冷凍庫にも霜は付いていない。
しかもそれが頻繁になり、徐々にその量が半端じゃなくなり、4日ほど前などは夕方店に来たら2センチくらいの大洪水になっていた。
前日に帰る時は何事も無かったのに・・・・・・。
コレじゃ営業にならない。

水道の工事は過去の店でも経験あるので高くつく事は知っている。うちのせいにされたらどうしようと、ビクビクしながら大家に電話を掛けると、「又ですか・・・。でもそれはママのせいじゃないんですよ。安心してください、こちらで全て直しますから」と言われ、ホッ!っと胸を撫で下ろす。

どうやら階上のフィリピン料理の店が油物を下水に流すそうで、以前にも何度もこのような事が有ったらしい。
慌ててパイプ110番に電話してくれたらしく、30分ほどで2人の若い設備屋さんが到着した。

一人は外で高圧洗浄とやらをしてくれ、もう一人は中で匂い消しの消毒や薬を注入し、2時間ほどの作業で無事に事は済んだのだが、今までどれほどのパイプスルー代やパイプユニッシュ代を浪費してきた事か・・・・・・。
こんな事なら遠慮せず、もっと早く電話すれば良かった。
私は事情を知らないので、こちらのせいだとばかり思い、工事代を考えると恐ろしくて電話出来ずに居たのだ。

サテサテ・・・、今日書きたかったのはそのパイプ110番の社員の事だ。
この会社は以前の店の頃から定期的に下水の洗浄をお願いしていたのでなじみの会社だ。
当時は社長一人であちらこちらを駆けずり回り、一代でこの事業を築いたそうだが、今は息子さんたちが手伝ってくれ、家内経営だそうで、その日に来たのは二人とも息子さんだと言う。
一人は27歳らしいが、もう一人は何とまだ16歳だと言うではないか。なるほど、まだまだ顔があどけない。
彼はこの仕事を始めてまだ2〜3ヶ月だそうだ。
高校を中退し、親の仕事を継ぐべく修行中らしい。

下水設備の仕事は大変な仕事だ。決して綺麗で格好の良い仕事ではない。
油汚れや汚水にまみれてやらなければならない辛い仕事だ。
昼も夜も夜中も休みも有ったものじゃない。これからの季節は尚更厳しい仕事だろう。
依頼を受ければ直ぐに飛んで行かなければならない。
若いのに何と関心な事ではないか・・・・・・。
ウチの息子に爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだ。

まだ仕事デビューをしたばかりなので、かなり口下手で、大人しいが、兄は外で一生懸命洗浄してくれ、弟は中で作業をしながら、それでも私とその間、結構沢山おしゃべりをしてくれた。
「彼女は居ないの?」と聞くと「この仕事じゃ彼女も作れませんよ」と照れ笑いしていた。
「嫌じゃないの? この仕事」そう聞くと「いえ、大変な仕事ではあるけれど親父を助けたいですからね」と呟いた。
感激して不覚にも涙が出そうになる。

彼は父を誉め、それと同時に今の厳しい現状も話してくれた。
大手の業者が松本にも進出してきて、仕事が分散されてきていると言う。
なのでその業界も個人経営となると中々厳しいそうだ。
不況が反映し、定期的な予備洗浄も少なくなってきているらしい。

どうか親孝行で一生懸命な彼のため、松本周辺の皆様は、下水の事で困ったら、是非是非パイプ110番に電話してくださいね。

頑張れ(S)君、(S2)君!!


2005年10月29日(土)


 (日記) 新たな挑戦


本格的なエッセイ公募に応募してみる事にした。
賞金は100万円。ダメ元でも何でも良い。とにかく自分の筆力を試してみたくなったのだ。

今、家のパソコンがネット不通の状態なのだが、毎朝7時起きで長文エッセイを書いている。
それは只今編集中の自費出版エッセイ集とは別物で、その公募だけのための書き下ろしのつもりで書いている。

一昨日仕入先のスーパーの本屋で公募雑誌を立ち読みしてたら、以前、とても良い評価をいただいた出版社が来年の1月締め切りと言う事でエッセイを募集していたのだ。
募集テーマは【人生色々】だ。島倉千代が選考委員長らしい。

【アナタ独自のリアリティーに溢れるドキュメントドラマをお書きください】・・・と言う類の物だ。
正に私の人生にぴったりの公募内容ではないか・・・・・・!

原稿枚数も50枚〜300枚。
なので300枚近い枚数を想定しながら、手記のような形で書き始めている。
昨日と今日で40枚ほど書いた。
凄く楽しみながらスラスラとタイピングを進ませている。
この分で行けば、締め切りまでには充分間に合いそうだ。
本腰をいれ、全力投球で良い物を書きたい。
もしボツになっても構わない。
何しろ今の私が最大級に夢中になれるべき事は、店を繁盛させる事と、書く事だけだ。
なので、もうこれ以上のものは書けない! と言う位の意気込みで書き切り、挑戦してみる。

この所色々な事を考えていた。
正直、少しくじけそうにもなっていた。
でも、昨日秀爺に気合を入れられ、励まされ、誉められ、凄くやる気が出てきた。

人間必死になって事を成せば、必ず報われる時が来ると信じてる。

余談になるが・・・・・・。
今店で掛けているCDから前田さんの【虹になりたい】と言う曲が流れてきた。
私の大大大〜〜〜好きな歌だ。

昔パチンコ屋の有線から流れてきたその曲を初めて聴いて、パチンコを打ちながらボロ泣きしたと言うエピソードをいつかの日記に書いた覚えがある。
丁度、その時の私の心境にシンクロしたのだろう・・・・・・。
パチンコを打ちながらしゃくり上げている私に、隣の爺さんが不思議がっていた。(笑)
そのエピソードも公募のエッセイに加えてみようか・・・。

今も私は涙ぐんでしまった。
今の私の心境にもとてもシンクロするのだ。

本当に良い歌詞だ・・・・・・。
私の虹をつかみたい理由は、恋や愛ではないけれど、必ず死ぬまでに人生の虹を掴んでみせる。
誰かの力を借りてではなく、自分だけのこの手の力で必ず虹を掴む!!
そんな意欲が又、フツフツと沸き始めている。


2005年10月26日(水)


 【料理エッセイ】 ピザうどん


昔、エポックをやっていた頃、人気メニューの中にピザうどんと言うものがあった。
私が考えたアイデアメニューなのだが簡単に作れ、又、風変わりなので、女性客にとても人気があり、良く出たメニューの一品だ。

日曜日、久々にフゥーリィーと顔を合わせたが、フゥーリィーは朝一で免許の書き換えに。
私は天気も良かったので、久々に大掛かりな掃除をしながら、フゥーリィーの帰りを待つ事にした。

11時ごろには帰宅すると言うので、ブランチは何が良い? と聞くと「久々にピザうどんでも食べたいなぁ・・・」と言う。
『うわぁ〜お!? 懐かしいなぁ・・・・・・』
しかし、フゥーリィーが良く覚えていたもんだ・・・・・・。
そんなメニューがレパートリーに有った事すらアタシはとうに忘れていた。

冷蔵庫を見ると冷凍の讃岐うどんが3玉残っている。細麺の讃岐うどんだ。
ベーコンもソーセージもある。
ならば久々に作ってみようかねぇ・・・と言う事で余った時間で下準備をして置き、夫の帰りを待っていた。
夫はトマトが大嫌いなのだが、トマトソースは大丈夫なのだ。
材料を切りそろえ、何時でもOKという形にしておき、掃除の続きをしていた。
きっかり11に帰宅した夫と7年ぶりののピザうどんを食べながら、昔のメニューにはあんなものが有ったねぇ・・・、こんなものも有ったねぇ・・・と、忘れかけていたメニューの数々を沢山思い出しながら、懐かしく楽しい会話が弾んだ。
不思議なもので、長年作っていなかったメニューも、何となく材料さえあれば、当時のまま復元できるものである。
ではでは、今日はそのピザうどんたる物の作り方を紹介しよう。

【材料】 2人前

冷凍のうどん     2玉
トマトジュース    2缶
トマトピューレ    少々 
ケチャップ      大さじ2
中濃ソース      少々
カエンペッパー    少々
砂糖         微量
にんにく       半欠け
コショウ       少々
ソーセージ      4本
ベーコンORハム    少々
ピーマン       少々
玉葱         4分の1
エビ         2匹
コンソメ顆粒     少々
とろけるチーズ    2枚

【作り方】

☆ 土鍋(2人前用)にトマトジュース2缶分を注ぎ、水少々、トマトピューレ、コンソメ顆粒、中濃ソース少々、ケチャップ、コショウ、カエンペッパーを入れ、味を整える。【子供用にはカエンペッパーを抜き、少しケチャップと砂糖を多めに】
要はペスカトーレのスープの要領で。

☆ フライパンにオリーブオイルを入れ、ベーコンを炒め、スライスした玉葱、ピーマン、切り目を入れたソーセージ、背ワタを取ったエビ2尾も加え炒める。

☆ うどんは別鍋でさっと茹でておく。

☆ スープの入った土鍋に茹でたうどんを入れ、炒めた野菜やソーセージを上に載せ、少し味をなじませる。

☆ 最期にとろけるチーズを入れ、熱々を食す。

コレはペスカトーレのうどん版のようなものなのだが、店では一人前ずつ小さな土鍋で出していた。
牡蠣とか、トマトのスライスとか、カニなど、好きなものを加えても良い。
アクセントに大葉の千切りなどをトッピングすると、大人の味になる。

トマトソース味の変わりうどん。
中々イケマスよ♪


2005年10月24日(月)


 (日記) 父の夢


久々に東京に住む従兄弟(N)と長電話をした。
従兄弟と話を交わすのは去年の暮れのバァバ(祖母)の葬儀以来だ。
従兄弟は私よりも4つ上。
芝居に出たり、たまぁ〜にCMの仕事をしたり、日本一絵の酷い漫画家だったりと、肩書きは様々だが、伯父とは雲泥の差で、50をとうに過ぎた今も、泣かず飛ばずだ。
親が余りにも偉大だと、2世は目が出ないのだろうか・・・・・・。
所謂、親の七光りにはあやかれずに終わりそうだ。

3本の指に入る喜劇王と呼ばれていた伯父が10年ほど前に亡くなり、長年売れなかった四谷の自宅ビルもようやく形が付いたようで、来月辺り引っ越すそうだ。
あの、ちょくちょく遊びに行ってた家が無くなってしまうのは少し寂しい。

(N)と私は子供の頃から仲良しだった。
感性が近いと言うか、落ちこぼれ同士と言う理由か、親類達からは常に槍玉に挙げられていた二人なのだが、私は(N)は味や人間味が有って好きだ。
昭和の良き時代の娯楽に関しては、かなりの通である。

彼の趣味は、ディズニー映画に関するもの・洋画・邦画・落語・芝居・内外を問わぬJAZZ・漫画とかなり広域にあたる。
電話で西原理恵子を読むよう進められた。
ずば抜けて面白いそうだ。そして生き方の参考になるよと言っていた。(?)

(N)も生き方が下手で、世渡りも下手で、貧乏で、今尚、情けの無い人生を送っているし、成功と言う二文字には生涯縁の無いアウトローでは有るのだが、その分、人生においての感動や喜びや楽しみや面白さなどに反応するハートはとても無邪気で敏感だ。
平和主義であり、くだらない争いを嫌い、競争を嫌い、面倒な事を嫌い、何しろ楽しい事や、ディズニー映画の美しさや、面白い事が大好きで、感動屋で、自由奔放の人間だ。

そんな(N)と何時しか私の父の話題になった。
小学校3年の時に、私の母と父が離婚し、私は母に引き取られたため、しばし離れ離れにはなったが、その後も私達母子は、たまに父とは会っていた。
離婚はしても、父と母とは友達同士みたいだった。

私の父も売れない喜劇役者だったのだ。
ストリップ劇場で前座のコントをしたり、伯父に使ってもらい、たまにTVに出たり、伯父の芝居の端役で劇場に出演したりはしていたが、芸風が古いのか、時代の波に乗り遅れていたのか、結局最期まで売れずじまいだった。

芸名も、山木しげる・七味唐辛子・鏡カンペイと多数変わり、努力もしていたようだが、パットしない。
それでも役者仲間やストリッパーたちには人間性を愛され、皆に可愛がられ人気者だったと言う。

父はとても優しく温かい人だった。
情けないのだけれど憎めない。そんな人だ。
面白く、情にもろく、ノンベェで、お人好しで、ギャラを全て仲間に奢ってしまったり、浮気っぽかったりしたので、母とは喧嘩ばかりしていたが、多くの人に親しまれていた。
そんな父を(N)も子供の頃からとても大好きだったと言う。私の知らない色々なエピソードを話して聞かせてくれた。

(N)と父の話をしたせいか、今朝方、父の夢を見て目覚めた。
父は夢の中で芸者の格好をしており、小さな小劇場の舞台でドタバタ喜劇を演じている。
私は幼稚園くらいで母に抱かれ最前列で父の芝居を見ている。
芝居の内容は解らぬが、客席が笑い声で沸きあがっているのを聞いて、私もキャッキャ、キャッキャと笑い転げていた。
実際に私は笑っていたようで、自分の笑い声で目覚めたのだ。

嬉しいような懐かしいような少し悲しいような寂しいような、複雑な気持ちが暫くの間、余韻を引いていた。

父の顔は今でもはっきりと覚えている。声もはっきりと記憶している。
だが、昔は父の写真を母が数枚持って居たのだが、度重なる引越しで今は一枚も手元に無い。

優しくて面白かった父に会いたい・・・・・・。
もう一回ポーカーやコイコイをして遊んで欲しい。
もう少しだけ目覚めずに夢の中に居たかったなぁ・・・・・・。


2005年10月22日(土)


 (日記) 雨のそぼ降る週末の松本


この所週末で好天候に見舞われることが先ず無い。
私は秋が一番好きな季節で、しかも雨も嫌いじゃない。
でも、商売的には致命傷!! 

サテサテ今日はカレーも仕込み立てだし、付き出しは新鮮なタラの白子のポン酢和えと、飴色に煮あげたブリ大根。
それとオリジナルの気まぐれ玉子焼きだ。
少し値の張る物もあるので以上の3品盛。
でもコレが3品で1000円だったら安いと思う。

そこいらのスナックでは、市販のモヤシキムチや、おからなどを小鉢に盛り、セット料金3000円が当たり前の世界だ。
それに比べりゃ手作り付き出しにはかなり毎日努力はしているつもりだ。

ついさっき、例の招き猫である(R)から電話が入り、友達と行くとの連絡あり。雨の中、わざわざ来てくれるお客はとてもありがたい。
コレで1組は確保だ。
彼女が来るからには、彼女の底知れぬ千客万来パワーが炸裂してもう少し集客を望めるかも知れない。

もしも他に客が来ず、売れ残れば、明日、フゥーリィーとアタシのツマミになるので、それはそれで嬉しいが、私たちの胃袋に入れたくないお客様は、是非是非からくり箱に来てください。

雨の夜長を楽しい会話で過ごしましょうよ。




2005年10月15日(土)


 (日記) 9万アクセス突破した。


今自分で踏んではいけないと、恐々パソコンを開いたら、もう9万アクセスをとうに過ぎていた。
BBSには記載が無いので誰が踏まれたのかは解らないが、明後日あたりかと思っていたら、回転率が急に上がったようだ。(笑)
踏んでくださった人、ありがとう〜♪

サテサテ・・・。
蕎麦祭りの日にお願いした事が昨日叶った。
昨日は6時過ぎに(R)が来たのを皮切りに、久々に満席状態になった。
フリー客2組の他は、皆常連達だ。
間が開いた理由はそれぞれまちまちだが、単にお盆にお金を使いすぎたとか、仕事が忙し過ぎたとか、パチンコで大負けして来れなかったとか、飲み過ぎていたので少し自粛していたとか、そんなものばかり。
でも昨日は目標以上を売り上げた。
やはりツツジのパワーは驚異的なものがある。
お陰さまで作ってもらったパソコン代がやっと払えた。

(R)はどうやらからくり箱の招き猫らしい。
彼女が来る日は何時もそれなりに客席が埋まっている事が多い。
なので、彼女は店の暇な日を知らないのだ。
毎日でも来て欲しいし、彼女も大変気に入ってるので、毎日でも来たいと言うのだが、なんせ彼女の家は塩尻だ。
車で40分掛かる。
昨日も終電で、飲み足りない! 飲み足りない! と愚痴りながら帰っていった。

先月辺りから再三彼女にランチの招待を受けていたのだが、中々行けず、一昨日彼女の家にようやく遊びに行ってきたばかりだ。
その時に彼女からとても衝撃的な事実を聞かされた。
それは今はまだ書く事はできないが、その内に詳しく書けると思う。
物凄い特ダネだと言う事だけは確かだ。



2005年10月14日(金)


 (日記) もう直ぐ90000アクセスだ!


初めて10000アクセスを超えた時、とても嬉しかった。
私のような文章初心者が書いた、変換ミスだらけの駄文でも読みに来てくれる人が沢山居るのだ・・・と、とても感激した。
今でもその時の喜びは覚えている。
10000・20000・30000とアクセス数が嵩む事に、僅かなプレッシャーと僅かな期待と、大きな喜びを持って書き続けようと誓って来た。

ミュウーへの手紙を皮切りに、この4年弱、徒然にその日の思いを書き綴ってきた。
その当時からの読者も居るし、新たに増えた読者も居る。
去った読者も居るし、支持し続けてくれる読者も居る。

此処をどんな人が、どんな気持ちで踏んでくれてるのだろうか・・・?
まだ見ぬ顔を思い浮かべ、いろんな空想をした事も沢山ある。

私は私。
あの頃から私は私・・・・・・。

そこに寄り添ったり離れたりほんの少し立ち寄ってくれたりする人々に向け、そして自分自身に向け、これからも書き続けられる内は書いて行くだろう・・・・・・。

時には書く事が苦痛のときもある。
何をどう書いていいのか解らない日もある。
でも、私の文章を楽しみにしてくれる人だけのためで良い。
私は叱られようが私の行き方を疑ってる人が居ようが、まだそんな事で沈んだり浮いたりしてるのかと、嘲笑われてもいい。

読みたくない人は読まなくてもいいのだから・・・・・・。
意地悪な批判屋さんは私の文章が素で腹立たしい思いをするなら、来なければ良い。
それだけの事だ。

私は私のその場その場の心を自由に素直に書いているだけなのだから・・・・・・。

一人でも読んでくれる人が居るうちは、きっとその人に向け、今まで通り書き続けると思う。

いつもいつもこの日記に立ち寄ってくれている皆様、本当に感謝します。
ありがとう。

90000アクセスを踏んでくださった方はBBSかメールでご一報ください。
何のプレゼントも出来ないけれど、お礼の手書きの手紙を書かせていただきます。



2005年10月13日(木)


 (日記) 今日は天気になりそうだ


3連休辺りからずっと雨模様の松本だったけど、今日は雲が切れている。
やっとお天気になりそうだ。
この所、お客の入り具合で気分の上下がとても激しい。
皆様からプレゼントされた大切な店なので、繁盛日記を書きたいのだが、それが中々書けず、大きなプレッシャーになっていた。

9日、10日と悪天候と言う事もあり、開店来、初めて連休を取り、少し疲れた心を休めてあげた。
松本城でこの3連休、2回目の全国そば祭りが開催されており、10日の日はフゥーリィーと一緒に店に頂いた絵を飾る為立ち寄った後、気分転換にそば祭りに行って見た。
もう一つの目的は【宇宙ツツジ】との対話。
この日はイベントディーなので、庭園への入場料が無料になっているのだ。

真っ先にツツジの所に行き、日ごろの感謝をし、店の繁栄を願い、売り上げ目標を提示し、私自身にエネルギーをたっぷりと注入し、暫くそこに佇んでいた。
フゥーリィーに何か感じない? と言うと【ツツジ側に向いてる身体半分がヒヤリとする】と言っていた。【ハテ? これはどういう現象か・・・】
私はこの日はツツジの傍に寄った途端から、強く手がしびれ始めた。

身体と心が温かくなったので、その場を離れ、蕎麦屋のブースが立ち並ぶイベント会場へ向かう。

北は北海道から始まり、全国から蕎麦屋が出店しているようだ。
どの店も長い行列が出来ており、中々の盛況ぶりだ。
色々な物産品が売られるブース。おやき【信州名物の饅頭】専門コーナーなどもある。

様々なブースの蕎麦を目と客達の反応で吟味し、それでも私達が希望するような細打ち、半透明らしき蕎麦屋は余り無く、どの店の蕎麦を見ても、麺は長〜く太そうで、余り気乗りがしない。
美味しそう〜♪ と言う蕎麦は見た目ではほぼ無かった。
もり蕎麦¥500 と言う店が圧倒的に多い。

向こうに、かに・エビ・かぼちゃの天麩羅セット¥300 と言う看板を見つけ、駆け寄るが、見本を見て意気消沈!
小指ほどのかにの天麩羅が一本と、薬指ほどのエビの天麩羅が一本と、薄切りのかぼちゃが2個。まぁ、一皿¥300じゃ、無理も無いか・・・。
しかも食えないかぼちゃだけが2枚だし・・・。
家で安いかに買ってきて、天麩羅にした方が旨いわなぁ・・・。と言う事で止めにした。

しかし、折角来たからには、せめて蕎麦の一枚ずつでも食べようと、比較的空いたブースを選び、もりを食べたが、顔を見合わせ、今ひとつ・・・・・・!
量は少なめだが、喉を通っていかない。
はしょって茹でるせいか、硬すぎるのだ。
これはコシとかの問題ではなく、流れ作業で早めに茹でなきゃ、お客を待たせてしまうので雑なだけなのだ。
蕎麦を啜りながら、モゴモゴと噛み砕いてる互いの顔を見て、思わず吹き出してしまった。

私が思うに・・・。
あれだけの蕎麦屋がしのぎを削っているなら、一律一杯¥100くらいにして、もっと小さい器で色々な店の蕎麦を味わってもらったらいいと思う。
そう・・・、わんこ蕎麦の要領だ。
店舗内で食べるのではなく立ち食い蕎麦のようにすれば、回転率はグンと上がる。
そうすれば馬鹿みたいな長蛇の列も無くなり、もっと色んなブースの蕎麦が食べられ、お客さんの苦情も解消されるのではないだろうか・・・。
あの量だと中途半端で、一杯じゃ足りないが、2店舗分食べ歩けば女性はもうお腹が膨れてしまうと思う。

などなど・・・言うがたやすく、行なうは難儀なのだろうが、やはり信州は蕎麦どころ・・・。
旨い蕎麦屋は沢山ある。
いまや新そばが出始め、一番蕎麦が旨い季節だ。

最近、ご主人が蕎麦屋を経営している昔の友人と、接触する機会が増えた。
彼女の店の蕎麦を土産に貰ったのだが、とっても美味しかった。
正に細打ちで、私達好みの絶品蕎麦なのだ。
少し遠いが、ドライブがてら食べに行くにはもってこいの場所らしい。
蕎麦はそういう名店で食べるに限る。

あの手のイベントは確かに雰囲気は楽しいが、旨い物には中々当たらない。


サテサテ、ツツジのエネルギー効果だが、昨日は雨降りで店の界隈はシ〜ンと静まり返っては居た。

道路を挟んだ7・11の前では、客引きの兄ちゃん達がウン○座りでたむろして、タバコを吸いながらだべっている。
人通りはほとんど無く、客待ちのタクシーだけが群れを成している。
と、隣の店のママさんも暇と見えて外の様子を伺いに出たようで、鉢合わせになった。
「どう? 最近・・・」と言われ「客が入ってたら外の様子を見るなんて事できませんものね・・・」と苦笑した。

「うちは今日で一週間達成したわよ」と言うので「えっ?」と聞いたら、何とおちゃっぴき一週間連続記念らしい・・・。

少しボヤキ合っていたら、向こうから手を振りながら20歳の【Y】ちゃんが彼氏を連れて来てくれた。
わが親友【T】に連れられて来た娘で、最近一人でも来るようになったのだ。
隣のママに「やったね♪」と言われ、「頑張ってね」とエールを送られた。

(Y)チャンの彼氏(正確には元彼のようだ)は、アットホームな雰囲気を大変気に入り、カレーに舌鼓を打っていた。
電気屋さんの職人らしく、20歳と言えども中々しっかりしていて、話の筋も通っている。
「いやぁ〜滅茶気に入りましたよ、この店・・・。食べ物美味しいし・・・。今度、家庭の味に飢えた職人連中、連れて来ても良いですか?」と言うので「願ったり叶ったりだわよ」と微笑んだ。
彼は若い割には、オネエチャンが居るような店には興味が無いらしい。
どちらかと言うとお袋の味・・・的な温か味のある店が好みらしい。
うちの店は彼のおメガネに叶った様だ。
焼酎のボトルを入れ、歌も大いに歌い、二人でカレーを食し、ビールも飲み、注文されていたCD代金含め、閉めて12300円ナリ。

その他では最近の常連さんで、独身サラリーマンのタカちゃんが、何時もの様にビールと付き出しセットとカレーを注文し、おしゃべりを楽しんで帰って行った。
昨日でボトルが無くなったので今度はボトルが入る。

結局は2組の客にとどまったが、雨の火曜にしてはまずまずだろう。
これから少しずつ、客足が増え、聖徳太子様が集まってくる事を願うばかりだ。


2005年10月12日(水)


 (日記) 太宰治のドラマを見て・・・・・


昨日、太宰治のドラマを見た。
太宰治の書いた物は、まだちゃんと読んだ事がない。
が、3年ほど前、【人間失格】の単行本を買い、読み始めては見たのだが、4分の1ほど読んだ辺りで止まったままになっている。

どことなく読んでいて、私と似てるところがある・・・と言うか、太宰治が学問的に優秀だったという所を除けば、人や物事に対する接し方や、社会に対する絶望感、物や人への一種の恐怖感などに、合い通じるところが有り、読み進めるのが憂鬱になったのかもしれない。
その先を読めば違った所も沢山出てくるのだろうが、何となく気が重くなり、途中で止めたままになっているのだ。

ただ、太宰治自身に少し興味が沸いたので、昨日のドラマは楽しみだった。
が、ドラマ中に電話が入ったり、メールが入ったり、台所に立ったりと慌しく、あまり熟見(←こんな言葉は、多分無いだろう・・・。まぁ、適当な言葉が見つからなかったので、マキュキュ語と言う事で、ニュアンスだけを受け取ってほしい【苦笑】)出来なかったので、解ったような解らぬようなドラマの内容だったのだが、やはりドラマを見ても、あの人はかなり生き方が下手くそで、一種独特な絶望感に強く苛まれ続けていた人なのだと感じた。

身内よりも自分を慕ってくれる他人を大切にする・・・・・・。
こんな所も私と通ずるところがある。
きっと彼はあまり人間としてのルール社会の中で、自分に自信が無いのだろう。順応性が無いのかもしれない。
生き様には自信は無いのだけれど自分が持っている【何か】には気付き、それを強く自負している人でも有るのではないか? と思う。

なので自分を慕ってくれる人、認めてくれる人、評価してくれる人、愛してくれる人がことさら嬉しいのだ。嬉しくて嬉しくて仕方なく、ついつい身内に対するよりも良い顔を見せてしまうのだろう。
こんな部分は、とても解れる様な気がする。

先日、メンターの(Y)さんと再び深い話をした。
私がとても沈んでいる時期で、それこそ、やはり私は無価値な人間なんだと再確認せざるを得なかったような状況だったので、久々に彼女の前で涙を見せた。
あの日は彼女も、かなり私が痛んでいたので、友人や客としてではなく、セラピストとして接してくれたようにも思う。
なので私も、心の奥に溜まった本当の不安を遠慮なく吐き出せたのだ。

私は小さな頃、母子家庭だった割には母に抱きしめられた記憶は余り無い。
母は母性が無かったわけではないのだが、かなり薄かった人だと思う。
私に向ける言葉も割と辛らつで、褒めてくれるよりもどちらかと言えば、こき下ろす言葉のほうが多かった。
甘い言葉や優しい言葉を吐けないのは、私達家系全体の一種の癖のようなものなのだ。

母は多分に気分屋で、機嫌のいい時には誰よりも優しく、美人でステキな母なのだが、自分の感情が怪しい時は、子供の事は二の次になるような人だった。
わが家系は代々、芸能に携わり、一般の家庭的な雰囲気を味わった者は誰も居ない。【母の代とてそうだった】
なので自分が与えられなかったものは与え方が解らないと言った習性が代々受け継がれてしまっている。私の家だけではなく、叔母達や従兄弟達や従姉妹達も皆そうだ。
そういう家系に生まれついた宿命は皆に平等されている。

なので人間社会の仕組みに対し、変に反面教師で世渡り上手になった人か、そのまま順応できず生きるのが苦手か、両極端な人間で形成されている家系なのだ。(私は明らかに後者だが・・・)
その代わり、通常の人が持たない、独特な雰囲気、独特な世界観、感性などは、幼い頃から植えつかってきたような気もする。
皆、素直な子供らしさが無く、ある意味情緒不安定な幼少時期を過ごしてきた家系と言っても良いだろう。
なので愛情に対する一種の戸惑いやテレのような物があり、素直さに欠け、揚げ足取りの多い、辛口一族の家系なのかもしれない。

私の母は、かと言って私を愛していなかった訳でも邪魔だった訳でもないらしい。
その証拠に、親類中が私をネタにこき下ろし、笑いの種にされていると、本気で怒って庇ったりもしてくれるのだ。
自分もこき下ろすくせに、人にこき下ろされたりすると、急に不憫に思うらしい。(笑)
私のことは愛していた。けれど通常の母親としての愛し方が解らない母だったのかもしれない。
しかし、そんな事は求めようともしないし、はなから諦めてもいたし、ある意味母を理解していたのだと思う。母を愛していたので、母の負担になるような事は極力してはいけないのだと・・・・・・。気性の激しい人だったので、母に気を使って顔色を見ていたような節もある。

そんな幼児体験の話から順を追って話している内に、(Y)さんは「本当に辛かったよねぇ・・・寂しかったよねぇ・・・痛い言葉だったよねぇ」と、自分の事のように痛みを共感してくれたのだ。
今の私は、幼い頃に受け取れなかった人からの理解や愛情を、今になって必死に取り戻そうとはしているのだが、どう受けて良いのか受け取り方が解らないで居るのだと教えてくれた。
人生に対し、変な諦め癖のような物が自分の中で定着してしまっているような気がする。

なので私は男にも甘えられないのだそうだ。(これは電話カウンセリングの時に言われた言葉だ)
経済的に頼れる男に縁が無く、ハートや人間性を重視して選んで来たのには、母がどうしようもないが人間味溢れた優しい父を愛したと言う事と、その父の面影が大好きで、今も消せないと言う事と、離婚後、苦労続きだった母の、男には頼れない。負けたくない。安心して男に身を委ねられないと言う、母のプライドと習性が、そのまま私に受け継がれたのだと思う。
男に媚びたり、へりくだったりするのが苦手なのである。
少なからずとも男に対し、愛すべき人は経済的に頼れない。経済的に頼れる人は人間的にどこか愛せない・・・、と言う偏見のような物があるのだ。

私はこれからどう生きればいいのか? これから何をしたらいいのか? 本当は何をすべきなのか? 経済的な自立はもう無理なのか? そんな質問を泣きながら(Y)に投げかけた。
もう、ほとほと自分が嫌になってしまっていたのだ・・・・・・。
自信喪失。自己嫌悪。過小評価。人間失格。
そんな暗澹たる気持ちだった。
今の私は一種のノイローゼ気味なのかもしれない。

そして(Y)から得た答えは、がむしゃらに心を書く事だと言われた。
私の書く物が大好きだと・・・・・・。
貴女には人が持ちたくても持てない、素晴らしい感性があるのだと・・・・・・。
様々な涙から培ってきた、理解力と説得力があるのだと・・・・・・。

彼女は私に教わる事が多いと言ってくれた。救われた事も何度もあると。
貴女と出遭えて本当に良かった、とも言ってくれた。
貴女ほど人の表面的な部分ではなく、心の奥底を解れる人はそう多くはないのだと・・・。
なので貴女の書く物は、薄っぺらなカウンセラーレベルの物などではなく、セラピストレベルの物が書け得る人なのだと・・・・・・・。
貴女が貴女の心を書く事によって、もっともっと高レベルな、セラピストに値する癒しを人々に与えられる人なのだと・・・・・・。
そう励ましてくれたのだ。

なのでどんどん、どんどん書きまくって、応募なり何なりに挑戦し続けて見て欲しいと提案してくれた。
必ず貴女の才能を発掘してくれる人が出てくると・・・、それが貴女の収入にも繋がって行くのだと、そう言うビジョンがハッキリ見えると断言してくれた・・・・・・。

才能とダメさは表裏一体なのかも知れない。
苦しみと喜びも・・・・・・。
数々の痛みから噴出してきた膿の中から、人の心を動かせる何かが生み出せるのかもしれない・・・・・・。
そう言えば、先日読んだ曽野綾子も、苦しみや不幸が小説を書かせるエネルギーになっていると書いていたっけ・・・。

きっと太宰治も、常にどこかが痛くて痛くて仕方が無い人生を送った人なのだろう・・・。常に心の奥底はヒリヒリと赤剥けていたのかも知れない。
苦しみもがいて来た中で、支持される物が書けるようになったのかも知れない。

途中になっていた【人間失格】をもう一度最初から読み直してみようか。
書く事への勇気とヒントが見つかるかもしれない。


2005年10月11日(火)


 【愛猫エッセイ】 私の名カウンセラー


ミュウーこそが私の一番のカウンセラーのような気がする。
誰よりも何よりもミュウーの存在は、私の心を癒しなだめてくれる。
何の不満も憎さもマイナス要因も無い関係。
ただただ愛しさのみの関係と言う物は、親子と言えども夫婦と言えども味わう事の出来ない関係だ。
一切私の気持ちを逆撫でる要素の無い存在とは、ペットだけではないかなと思う・・・。
ミュウーは憎まれ口も皮肉も文句も言わないもの。(それらしき鳴き声はさせるが)

最近ミュウーは、私の傍に寄り添っている事が多くなった。
もしかしたら徐々に別れが近づいているのかな・・・なんて感じてしまう。
ミュウはこの秋で12歳を迎えた。
例えば猫の平均寿命が15歳だとしたら、ミュウーと居られるのは長くても後3〜5年だろう・・・・・・。
そう考えると日々のミュウーとの暮らしの営みが愛しい。

以前の癌宣告は、確実に医者の誤診だってことが解り、あれ以来ミュウーは医者知らずの健康体だ。
あの時ミュウーの事を神に真剣に祈り、かなり悲しく苦しく辛い思いをした。
その祈りが通じ、ぐうたら神が私からミュウーを取り上げるのを思い留まってくれたのだと思う。

ミュウーとの別れを想像すると、それだけで気が重い。
果たして私はそれに耐えられるだろうか・・・・・・。

実はとても悲しい事があったのだ。

昨日久々に親友である【M】と電話で話した。
火事で家を無くし、今は市営住宅に住んでるあの【M】だ。

その【M】が飼っているバーニーズマウンテンのパンがリンパの癌になってしまったと【M】が声を詰まらせていた。
首に出来てしまったその癌は手術不能だと言う。
パンは私の大親友でも有る。パンと私はひときわ仲良しなのだ。
おとといその見解を聞いたばかりだと言う・・・・・・。
嫌だ!! 絶対に嫌だ!!

今は抗生物質で様子を見ているようだが10日くらい先に詳しい診断結果が出るそうなのだが、医者は99%癌に間違いないとむごい宣告をしたそうだ。

【M】は今どんな気持ちなのだろうか・・・・・・。
火事のショックからも、まだ完全にはぬけ切れては居ないと言うのに・・・・・・。

私も過去、ボスと言う名の愛しかった愛犬と愛猫との辛い別れを経験している。
いまだに思い出せば自然に涙が出てくる。
だからこそ、ペットとの別れが差し迫っていると言う現実的なショックや苦しみが痛いほどよく解る。

火事だけでもやりきれない悲しみを背負ったばかりだと言うのに、パンまでが・・・・・・。
私は一緒に電話口で泣いた。
その辛さや悲しさを共感する事以外、他に何が出来ると言うのだろう。


いつも思うのだが・・・、どうしてこれでもかこれでもかと言うほどに、神は同じ人間ばかりに追い討ちを掛けるのだろうか・・・・・・。
何か、全ての事が虚しく感じられてしまって意気消沈だ・・・・・・。
今日の私はまるで抜け殻になってしまったようだ・・・・・・。

いつかそんな日が私にも来る。
それもそう遠くはない、近い将来、ミュウーと別れなければならない日は確実にやってくるのだ・・・・・・。
そのとき私はどうなるのだろうか・・・・・・。

今度パンと【M】とドライブに行って来る。
パンとの想い出を作るための、パンをこの胸の奥に焼き付けて置く為の悲しい悲しいドライブだ・・・。
でも、思い切り遊んでこようと思う。後悔しないために・・・・・・。

ミュウーは今日も元気に私とジャレ、ソファーに座る私のお尻に寄りかかり眠っていた。
こんなに人にくっついている事はつい最近からだ。
それだけに漠然とした不安が頭をよぎる。

或る一人暮らしの老婆が、一匹のペットの死に、後追い自殺を図ったと言う悲しい事件を昔聞いたことがある。
たかがペットが死んだくらいで・・・・・と、その話をしてくれた人は言っていたが、私にはなんだかその老婆の悲しみと寂しさが良く解るのだ・・・・・・。

愛して止まないペットとの別れを体験した人でなければ解らぬ、大きな大きなブラックホールのような空洞の怖さを・・・・・・。


2005年10月08日(土)


 (日記) 対話


昨日(M)ちゃんの家にランチの招待を受け、美味しいパスタとサラダと、手作りのパンプキンタルトをご馳走になり、散々対話を楽しんできた。
【かぼちゃ嫌いの私が大変美味しくタルトが食べられた】

家を訪れたのは今回が初めてだ。
手土産に、皆で食べられる生湯葉、ハロウィンの可愛らしいキャンディを子供達に、そして小さな花束を(M)ちゃんに持って行った。
【あの店員、値段を外してはくれなかったみたいだ。渡す段階でギョッ!とした。(M)ちゃん、超安い花束でごめんよ・・・(^^;;】

彼女は私を取り巻く(M)の中で【私の影響力者達にはMのイニシャルが付く人が大変多いのだ】最も新しい(M)だ。
先日チョッと痛い事を言われ、多少がっかりした事もあったのだが、その事についてもちゃんと心の内を話しておきたかった。
なので喜んで招待を受けたのだ。

彼女とは客と店のママという立場を少し超え、まだ付き合いを始めたばかりではあるのだが、過去、数回のランチを共にしている。なので客から友人へと付き合いが進展した女性だ。
そしてその度に、奥深い良い会話を重ねてきた。
彼女の話はとても参考になる事が多く、元気付けられる事が多く、彼女もまたプラス思考の発展途上人間だ。性格は明るく、酒も良く飲み、竹を割ったようにはっきりとしているので私好みの性格だ。
又、彼女が貸してくれた本がきっかけとなり、私は生き方について色々な事を学ぶようになったのだ。

昨日の対話は、付き合い始めの遠慮から出る、褒め合うだけの関係、認め合うだけの関係を超え、本音部分での対話ができた。
互いの痛みや欠点などに付いても素直に話し合う事が出来た。
そして先日のチョイムカ話もちゃんとした。

彼女と私の共通点は非常に多い。
先ずは人間観察が大好きな事。人間それぞれの物の考え方に、非常に興味を持っているという事。美味しい食と美味しい酒が大好きな事。将来に大きな夢がある事などなど・・・・・・。
そして彼女いわく、私が作る料理は、彼女の欲する味付けにとてもマッチしているらしい。
なので、そんな彼女が作ってくれた昨日のカルボナーラやサラダは、なるほど、私が作るものに良く似ていた。味覚の好みや、サラダの脇役使いのセンスなどにも沢山の共通点がある事を発見できた。

彼女も私も自分の欠点や、ついつい口から出てしまう言わなくても良い様な余計な一言に付いては、双方が自覚しあっている。
「正直、あの時はチョッと、痛みがわからない人だなぁ・・・って感じちゃったよ」と私も素直に言えた。

昨日の段階で、お互いがお互いのために感じている事や、願っている事などを素直な気持ちで話せる関係に発展したと、私は感じた。
そして自分が思っているよりも、もっと、相手は自分との接点を望んでくれていたのだという事も・・・・・・。

こうやって個人同士の付き合いが始まると、親しくなるにつれ、一つや二つの(?)は必ず出てくる。
知人から友人、友人からもっと深い友人に発展するかしないかは、その都度(?)をちゃんと話し合って乗り越えるか、そこから発展させず、その段階で諦めて関係を終えてしまうかだけの違いなのだと思う。
なので(?)を沢山乗り越えても付き合いを続けたい人は、きっと本当に自分のハートが欲してる人なのだと思う。

心を割って腹を曝け出して話してみなければ、相手の思いも自分の思いも、ちゃんとは伝わらないものだと思う。
確かに人と付き合うにはエネルギーが要るが、そのエネルギーを出し惜しみしていたら、友人関係に発展性は望めないのではないだろうか・・・。等とも感じられた貴重な日だ。

なので、今回は行って良かった。
分かり合えたことが沢山あった。
私が知らなかった彼女の数面を改めて見られたし、彼女にも又、私の少し奥の部分も見えた事だろう・・・・・・。

(M)ちゃんとの距離がギュッと縮まったような良い日になった。


2005年10月07日(金)


 (日記) それでもやるか現象


この所、暫く足が遠のいてた客たちがポツリポツリと顔をのぞかせ始めた。
そういう時は「しばらくだねぇ・・・、一体どうしてたのよ・・・神隠しにでも遭ってたの?」と、皮肉るのだが・・・・・・。
しかし、これはまんざら皮肉でもないのだ。本当に一種の神隠しなのだ。

集合無意識と言うものは、不思議なものだ。
常連客の一部が来なくなると皆も一気に来なくなり、誰かが来出すと再び皆が来るようになる。
一ヶ月くらいそんな事が続くと、世間からつまはじきにされたような気になり、かなり落ち込む。
この店がつまらないからだろうか? 私に何か落ち度があったのだろうか?
私のことが皆嫌いになったのだろうか?
等など、昨日の日記ではないが、強い自責の念に駆られる・・・・・・。

でも誰もがそんな理由で来なかったわけでは全然ないらしく、本当にたまたま偶然に色々な要素が重なり、来れなかっただけらしい。
でも私が考えるに、やはりこれは神の仕業の試しなのだと思う。

神がお客を一時期わざと隠すのだ。
そして自信を無くさせるのだ。
所謂【それでもか現象】というやつだ。
以前人からこの現象について教えてもらった事がある。

新しいことを始めようとする時や、人間改造をし始めると、神様が一時、その人の成長が本気なのかどうなのかを試す時期が訪れると言う。
反対する人や、足を引っ張ろうとする人をわざとよこし【それでもやるか? それでも真剣なのか?】と試すのだ。
そしてやり始めて順調な時期を与えておいて、今回のようにサッ!っと意地悪をする。
それも又【それでもやるか現象】なのだそうだ。

そういう時に諦めてしまうか、それを乗り越えて新たな気持ちで頑張り続けるかを神様はじっとほくそえみながら見ているのだそうだ。

そして神が、これはやはり本気なんだなぁ・・・と思うと、今度はとても強い味方になってくれるのだと言う。

一時期足が遠のいてた客たちが一斉に来出したと言う事は、アタシは一応は試験にパスしたと言う事なのだろうか?


サテサテ、今日は友人宅に昼食を招待された。
しかも一人にそんな招待を受けると、他からも同時に受ける。
今まで取り残されていたような気持ちだったのが、なんなのよ!? って言うくらい活気付いて動き出す。
まるで【不思議少年】が時間を止め、停止していた世界が、再び動き出したかのようだ。

なので皆さんも何かを始めたり、何かを変えようとすると、必ずめげそうになるようなアクシデントや邪魔が入るのは【それでもやるか現象】なのだと思って、恐れないでください。
【アタシャかなり恐れちゃいましたけど・・・(^^;;】


2005年10月06日(木)


 (日記) 良いとこ探し


人間って可笑しな物で、沈んでいる時や元気の無い時に限って、自分の粗ばかり考え込んでしまう。
私のここがいけないんだ。私のこれがダメなんだ。私のこういう考えがいけないんだ、私って何の価値も無いのかもしれない・・・ETC 
頭で解りきっている自分の欠点を洗いざらい並べ立て、自虐的に自分を更に追い詰めてしまう。
挙句の果て、そんな時期に人から百も承知な事で輪を掛けて忠告されたりしたひにゃ、私は本当に生きる価値もないのだ・・・・・・。と言うところにまで及ぶ事も有る。
人間、何が辛いかと言えば、自分自身で解っていながら中々直せない欠点を人から指摘されると、無性に落ち込むのだ。
ところが反対に人間は面白いもので、ノリノリに乗っている時期って、自分の全てに自信がみなぎり、自分が大好きになっていて、自分は神様だ。くらいの気分になり、その相乗効果なのか、何をやっても上手く行く。
人間って、なんて単純で極端なものなんだろう・・・と呆れてしまうくらいだ。

私が極端なのか誰しもがそんな部分があるのかは解らないが、そんな気持ちの浮き沈みは、あるサイクルで必ずやってくる。

本当は沈み掛けた時にこそ、自分のいいところを探し出してあげるべきだと思う。

私にはこういう良い所がある。と、リラックスして一つ一つ思い浮かべてみ、もしも欠点しか浮かんでこなければ、その欠点を長所に置き換えてしまうのだ。

例えば・・・・・・。


私はいつも人からああだこうだ言われっぱなしだけど、それは私が受け入れ態勢が良いと言う証拠で、私には言いやすいと言う柔軟性があるからだ。

とか。

私は感情を抑える事が出来なくて、すぐに泣いたり怒ってしまうけど、それは私に子供のような純粋さがいまだ残っている証拠なのだ。

とか。

人の輪の中に中々入っていけないけれど、そんな自分は人に比べ、でしゃばりではなく奥ゆかしいのだ。

とか。

何もしないでただボーっと一日を過ごしてしまい、自己嫌悪にさいなまれた時などは、先日TVでやっていた、女王様主婦なんか、年がら年中だんなをこき使って自分はゴロゴロ寝てばかりいたっけね・・・。それに比べたら私は主婦の鑑だわ。一日くらいサボったってなん足らず。

とか・・・・・・。

人のせいにしたり世間のせいにしたりしてはいけないと言うが、時には自分よりも酷い人と比べて見て、わずらわしさをうっちゃっちゃう事も必要なのではないか?

私も最近そうやって、極力自分の良いとこ探しをしてあげている。
そうすると、自分の嫌な部分や、ダメな部分も、認めてあげられるようになり、暗澹たる気持ちから苦笑物に変わり、しまいには愛すべき物として写ってくるから不思議だ。

そして先ずは、自己嫌悪に陥ったら、自己嫌悪を感じられるだけ、自分は自分の事をちゃんと見ている証拠だし、反省している証拠なのだと思う事が大切だと思う。
世の中には自己嫌悪にさえ陥らない、無神経なずうずうしい人間がどれだけ蔓延している事か。と思って、自分を褒めてやると良い。
本当に自分を見つめることすらしない人は多いものだ。

今日は普段、すぐに自己嫌悪に陥りやすい私が考えた、ささやかな心のエクササイズを紹介してみた。


2005年10月05日(水)


 (日記) 無料カウンセリング part2


漠然と、何時かカウンセラーのような人間になりたいと思ったのは癌になった後くらいだ。
ありとあらゆる自分の身に起きたアクシデントや痛みや悲しみを、何かに利用したかった。
なので先ずはソレラを書いてみようと思ったのだが・・・・・・。

私はカウンセラーやセラピストは頭の良い人で、学力が有り、医学の勉強をしたまともな人だけがなれるものだと思っていた。
でも、そうばかりではないのだと言う事を最近知った。
とは言う物の、人のデリケートな心を取り扱う仕事なので、むろん、専門知識は絶対に必要なのだ。

しかし、今の段階では学校へ通ったり、セミナーを受けたりする余裕は時間的にも経済的にも全くない。
しかも金取り主義なだけの怪しげな学校もあるし、見極めは難しい。
なのでプロの友人が進める専門の本を読んだり、無料で受けられる講座などを利用し、先ずはカウンセリングのすう歩手前である【グチ聴き屋】を実践しながら、徐々に相談者と一緒になって学んで行きたいと思うのだ。

マニュアルや口先や小手先だけではなく、誰よりも相談者側の立場に立てる、説得力の有るカウンセラーになりたい・・・・・・。
ダメ人間だと思い込んでいる人の支援者になりたい。
傷付いた人の癒しのサポートをしたい。
人を安心させ、元気にしたい。
それをする事だけが、こんなダメ人間の最たる物の私が、この世に産み落とされた、唯一の利用価値(使命?)のような気がしてならないのだ。

何故なら、私に起きて来た様々な人生の失敗や苦しみや挫折感の数々が、何もしなければ単なる人間失格の一途で終わってしまうではないか・・・。
折角貴重な体験を数多くして来たのなら、それを何とか生かさなきゃ・・・と思うのだ。

この無様な生き様を面白可笑しく書く事。店で落ち込んだ人や、お疲れモードの人達とジョークを言いながら笑い合う事。美味しい手料理で慰める事。心に響く歌で癒してあげること。
私を必要としない人は放っておいてあげる事。
私を必要とする人には出来るだけ力になる事。
それしか私の出来る事が無い。と言うよりも、そうしたいからしているのだと思う。ソレラをする事が私はきっと大好きなのだ。

昨日、常連のとあるチャットルームで、以前からの友人が心配してくれた。
「マキュちゃは、感情移入が旺盛で相談者の影響をモロに受けやすいので心配だ」と・・・・・・。
そして我がメンターの(Y)さんにも、「マキちゃんは温情が有り過ぎるので、カウンセラーには向いてない」と言われた。
それに人生の主役になった事のある人は【店の経営者とか社長を意味するようだ】自我が強いので脇役に回るのは至難の業だとも言われた。

でも、時に一緒に泣いちゃうようなカウンセラーが居ても良いじゃないかと思うし、一緒に怒り狂っちゃうようなカウンセラーが居ても良いじゃないか・・・。
何時でも何を聞いても冷静で居られるような人に、果たして壊れかけた心に響くようなカウンセリングが出来るのだろうか・・・・・・。
カウンセラーと言うものはこう有るべきだ、などと言う概念は今の世の中に通用するのだろうか・・・。
今カウンセリングの方法も、ただ相手の話を聴いて合図地を打つだけで、自ら生き方を考えさせていくと言う相談側としては何処か物足りない物から、心の真髄に触れ、実際に共感しあうと言うようなハートフルな物を取り入れているところも多い。

指導者と教えられる立場、から、人間対人間として、心対心のカウンセリングを取り入れ、本来のカウンセリングの形を独自に改善しているところも多いと聞く。

心に不安のある人は、真面目だったり優しかったり責任感の強い人も多い。そして物事に真剣な人が多い。
なのである程度試行錯誤をし、自分なりに努力してきた人ばかりだと思う。自分で解決しようと暗中模索の中でもがき、それでもどうしようもなくなって虚しさを増して行く・・・・・・。
でもある日ふと、自分自身のやり方にさえ疑心暗鬼になり、自分自身の考え方さえが信じられなくなる。
それでも何とか生きる事を選ぼうとする人は、プライドと言う荷物から少し手を離し、悩みぬいた末、人に助けを求めようと、又少し前向きにになる・・・・・・。
人に弱みを打ち明けると言う事は、とても勇気が要る事なのだと思う。
死にたくなる一歩手前の、最終手段くらいの、藁にもすがるような気持ちでカウンセラーの門や心療内科のドアを叩く人も多いと思う。

それなのに解りきったようなありていの言葉で、説教じみたアドバイスをされたら、もっと虚しさを増すだけだ。
なのでカウンセラーは少々相談者に優越感を与えるくらいな人が中には居ても良いような気がするのだ。極度な緊張をほぐしてくれるようなユーモラスな人も必要だ。
その方が相談者は心を開くのではないか?

そんな人達だから、カウンセラーの事だってじっくりと観察するし、多少の警戒もしていると思う。
この人は、本当に自分を解ってくれて物を言っているのだろうか・・・・と。
この人に心はあるのだろうか・・・・・と。

年端も行かぬような若い先生に、知ったか面でアドバイスされる・・・。
と・・・、こんなマニュアル通りの青二才に私の何が解るのだ! 
何の挫折感も味わっていないお前に、人の心の事など解るものか! と内心では憤慨に思う人も沢山居るだろう・・・・・・。

だからこそ、もしもカウンセラーを目指すとすなら、基礎をきちんと学んだ上で、人生の難しさに心の芯から共感出来るようなメンタル的なサポーターになりたいと思うのだ。

最近カウンセリングを扱ったHPなどを色々見ているのだが、とあるカウンセリングサイトでは、あなたも20代、30代でカウンセラーになれる。と言うコピーを打ち出していた。
でも、例えばその人が色々な勉強を経て、バリバリのプロだとしても、私はその人にカウンセリングをしてもらいたいとは思わない。
人生は色々な経験を実際に積んで見ないと、勉強や知識だけでは解らないものも多いのだ。知識よりも知恵やセンスが必要な事も多い。
自分自身が体験や経験した事だからこそ、人の心に響く説得力のあるカウンセリングが出来るのではないかと思う。

もしも私に会社が持てるようになったら、私はホームレスとか、ある程度まで色々な経験を積みながら人生に対し、失望している人や無力感を感じている人達の力や心を率先して借りたいと思う。
自分たちも一緒に元気になりながら、人の事も元気にしていきたい。
これが私の夢だ。

ダメ人間の私はダメ人間なりに役に立てる事がある。ダメさを人に真似させないような手本になるのも立派なサポーターだ。(笑)

「お金を掛けなくてもカウンセリングを学ぶ方法は沢山ありますからね。貴女ならそれが絶対に出来ますよ!」昨日のカウンセラーがそう励ましてくれた。
その言葉が私の魂のある位置に、ストン! と座った気がした。


2005年10月04日(火)


 (日記) 無料カウンセリング


今日、生まれて初めてカウンセリングと言う物を受けてみた。
もちろん、自分自身決断したい事などもあり、迷いもあり、自分自身の人間としての価値なども聞きたい事が有っての事なのだが、それよりも何よりも、今私がやりたいと思っているサイドビジネスの勉強も兼ね、その実態を知りたいと思い、思い切って電話をしてみたのだ。

http://www.counselingservice.jp/
ネットで探したこのカウンセリングのサイトには、無料電話カウンセリングと言う物がある。
プロのカウンセラーに初回に限り無料で45分間のカウンセリングを受けられるのだ。ボランティアカウンセラーにならば、毎回電話料だけで無料カウンセリングが受けられると言う。

私の担当に当たった男性は40間近の人だと言う。プロの人だ。
自ら苦い経験の持ち主のようだ。

私の幼少の頃から今に至るまでの経歴や大きな出来事などをダイジェストに話し、今抱えている問題点や自分自身への疑問に対する答え等を聞いた。

まず開口一番に言われた事は「今まで良く生きてきましたよね・・・」だった。
そして「貴女は本当に、良く頑張って来ましたね・・・」だ。

そこで私は張り詰めたものから解き放たれ、少しだけ泣いてしまった。

彼は決して断定的ではなく、決して偉ぶらず、負担を与える物の言い方は一切しない。
やはりカウンセラーと言う物は、人を励まし元気付け、自信を与えるものなんだ・・・と、話では聞いていたのだが、実際に電話をしてみて強く実感させられた。
本当に心から褒めてくれ、認めてくれ、感心してくれる。

私が電話口で「すみません」と言えば「ホラ、又すみませんと言う・・・」と苦笑し、「頑張ります」と言えば「今まで散々、頑張ってきてるんだから頑張らなくても良いんですよ」と笑う。

彼に言わせると、どうも私は潜在意識の中に、物事に対して罪悪感や申し訳ないという気持ちが強いらしく、人の好意や善意を素直に受け取るのが下手なのだと言う。
期待に応えられなくて申し訳ない。返せなくて申し訳ない。ダメ人間で申し訳ない・・・・・・。常に何かに対し申し訳ないという負い目のような部分が無意識の内にたくさん植えつかってしまっているのだと言う。
そして過去の全ての出来事を、自分の力や知恵だけで何とか解決しなければいけないと自分自身に押し付けて来た事が、その性格に拍車を掛けて来てしまったようだ。

これは私が思うに、多分幼少期のトラウマだ。
気の強かった母や親類達に「アンタはだめな人間ねぇ」と言われ続けてきた事にも大いに関係が有ると思う。
大好きだった母が生きる事に精一杯だったため、甘える隙がなかった事。
母に中々認めてもらえなかった事などが、出来た子供でなくて申し訳ないというトラウマになっているのだと思う。
そして親に甘えたり頼ったりしてはいけないのだと言う習慣が大人になってもどこかで抜け切れないらしい。

でも彼にこう言われた。
「貴女の経験と言葉にはとても重みがあります。なので貴女みたいな人がカウンセラーになれば素晴らしいカウンセラーになれると思いますよ。」と・・・・・・。
やはりカウンセラーとしては、順風満帆で生きてきた人間よりも、人生の底辺の部分を知った人間の方が説得力も理解力もキャパシティもあるのだろう。
彼はカウンセラーの8割以上が、受ける側の経験をした人ですよ。と言っていた。それだからこそ、人の痛みが解るのだと・・・・・・。

実は今、昼間の空いた時間に、再び女性専用の【愚痴聞き屋】をやり始めてみようと思っていたのだ。
今のこのストレス社会に、少しでも役に立てたらと言う思いがある。
友人や身内だからこそ話せない愚痴がある。
他人で、しかも利害関係も無く、真剣に耳を傾けて聞いてくれる人が居たら、誰でも良いから心の叫びを聞いて欲しい・・・・・・。と思ったことが過去、何度もあった。

カウンセリングほど大げさではなく、ただ単に真剣に愚痴を聞いてくれ、共感してくれ、受けとめてくれる。そして勇気付けてくれるような場所が今の時代には必要とされているのではないか・・・そう思うのだ。

以前は場所もなく、わざわざ相談者の近所まで出張して聞いてあげていたのだが、今度は店と言う素晴らしい場所があるじゃないか・・・・・・。
カレーランチを始めようか・・・、とか、色々なアイデアは浮かんだのだが、様々な角度から考慮すると、やはり体も疲れるし、会社は少ないし労力の割には成果は余り望めそうもない。
ならば、コーヒーかお茶を出し、お茶菓子付きで、低料金で、愚痴聞き屋を再開してみようかと思ったのだ。
それならば予約の有った日にだけ、店に行けば良い。
その仕事は、私が持っている将来の夢への架け橋にも繋がる。

人生の成功者としてではなく、底辺を歩んで来た私の出来る唯一の事。
自分の経験を生かし、体験を生かし、人に元気とやる気を与え、生きる事は困難だけど、まんざら人生も捨てたものではないと、私の経験から伝えられたら良いなぁ・・・・と、そう思うのだ。


2005年10月03日(月)


 (日記) 人間って常に何かと比較している


人間が自分の事を幸せだとか不幸だとかと思うのって、絶対に比べる何かが存在するからこその賜物だと思う。
比べる対象は様々だ。例えば友人や知人、TVタレントや有名人。著名人や政治家、どこかの国の恵まれない人々、もしくは身内や過去の自分自身などなど・・・・・・。

比べる対象さえ無ければ、自分がどの位置に居るのかなんて、全然関係なく、もっともっと気楽に生きられるのではないか? と思ったりもする。

誰かと比べ、あのようにしなければならない。
誰かと比べ、あのようにしてはならない。
誰かと比べ、あんな風にはなりたくない。
誰かと比べ、あんな風になれたら良いなぁ。
誰かと比べ、アタシの方が優れてる。
誰かと比べ、アタシの方が劣ってる。
誰かと比べ、アタシの方が利口だ。
誰かと比べ、アタシの方が馬鹿だ。
誰かと比べ、あの人の方が幸せそうだ。
誰かと比べ、アタシの方が幸せだ。

でも、人間そんな単純なものではないのだという事は、この年になると良く解ってくる。
なのである部分では羨ましいと思う事も、ある部分を考えて見ると、案外そうでもないのかもしれない・・・と思う事もある。

例えば・・・、ある女性が居たとする。
もって生まれた飛び切りの美人で、お金の心配も無く、理想的な家庭で理想的な愛情に恵まれ、何不自由なく育ち、思春期から青春期に掛け、男性諸君の憧れの視線を一気に集め、モテモテの青春時代を送り、青春時代を様々な楽しい事で謳歌し、やがて理想の恋人と出会い、結婚し、理想的な家庭を持ち、理想的な良い子に恵まれ、年に数回の内外含めた旅行にも行き、理想通りに年齢を重ね、理想通りの結婚相手に子供らを嫁がせ、今は悠々自適な熟年夫婦になっているとする。

ダイジェストでこんな生活感も一瞬は味わってみたいとは思う。
でも、果たしてこれは当人に取って、本当に幸せなのだろうか・・・・・と、ふと思ったりする。
例えば、その人は余りにも恵まれ過ぎているので、又、それがその人にとっては当たり前の生活なので、本人は特別に幸せだとは思わないのではないのか。
それよりも、挫折感や、危機感、焦燥感や、苦労、コンプレックスや飢餓感など一切無縁なわけで・・・。又それも味気の無い物だと、人生が虚しく詰まらない物なのではないか・・・などと思ったりもするのだ。

人間は無いものねだりが上手なので、絶対に自分に無い物を求め、羨ましがるものだ。
恵まれ過ぎている人は、恵まれていない人の苦痛な雰囲気も少しは味わってみたいのではないかなぁ?

アタシの唯一の悩みと願望は、いまだお金だけだ。
お金は沢山ほしい。
そしてそのお金を元に、人々に元気を与える会社を作りたいという気持ちは今も変わらない。
これで、生活や支払いに困らず、多少の余裕を持ったお金が有りさえすれば、後は何も望む事は無い。
それ以上のお金を稼げたら、アタシの事だから、きっと困った人にばらまいちゃうんだろうなぁ・・・。

ありとあらゆる人生の苦の部分は、殆ど経験し、そのお陰で、人とは違った楽しみ方や情緒や独特な感性も身に付いた。
なので悩みがたったひとつお金の事だけだという事は、かなり幸せな事なのだろう・・・。
だから正直、金持ちはとても羨ましい。
お金にさえ困らないようになれれば、アタシの望むものはもう無い。
この生き様自体は、幼少の頃から変化に富んでて、中々味わい深く楽しく面白い、私だけの宝物なのかも知れない・・・・・・。
誰かに真似の出来る代物ではないと思うから・・・。

さぁ、人生の締めくくりに、目標額をきちんと立て、【もう一度だけお金持ちにしてください】と、本格的に宇宙の神様に無いものねだりでもしてみるか!
多分聞き入れてはもらえないだろうが・・・・・・。




2005年10月01日(土)

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