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人物紹介


電話
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「俺、お前の事、いい加減に思ってる訳じゃないから。大切に思ってるからさ。
 だから、セーターもすげー嬉しかったし・・」

K先輩は、そう答えてくれました。

その答えは、決してだから付き合えるというものではありませんでしたが、その時の私には十分なものでした。
K先輩が、ここまで私に対し誠実な返答をしてくれるものとは、期待していませんでした。
私は、K先輩にきちんと自分の事を考えてもらえてたということが、何より嬉しかったのです。

私は、ただただ「有難うございます」と「変な事聞いてすみませんでした」の言葉を何回も言った気がします。
公衆電話から掛けてきたK先輩は、あまり小銭をもっておらず、数分で慌てて電話を切りました。

そして、年が明け。
K先輩は進学のことや、バイトや、スキーに忙しい日々が多くなりました。
その頃、私と母の仲は最悪な状態で、友達からの電話も、母が出ると
「いません」
と切られてしまうことが何回かありました。
学校に行ってから、友達に言われて初めて、私は毎回その事実を知りました。
K先輩からの電話も、一度、そう言って切られたことがあり、それも翌日電話をした時に知りました。
バイトの帰りの時間では、K先輩が帰宅していない日が多かったのですが、そんな状況では家からK先輩に電話を出来るハズもなく。
代わりに「電話してくる」と言って、家を出るようになりました。
大概、21時頃に電話をして、それでK先輩が居ない時には一度家に戻り、22時過ぎてから、二階の部屋から抜け出すようになりました。
時々、K先輩からかかってきた電話に父が出たときには、父は取り次いでくれましたが、父の前では話す事が出来ず、一度切ってからやっぱり外から掛け直していました。

そんな日々が2ヶ月ほど続いたある日。
バイトでいつもより、少し遅く帰宅し、21時近くにまたK先輩に電話を掛けに家を出ました。
電話を掛けると、出た途端にK先輩は

「ごめんな」

と言いました。
何の事か分からず、「え?何の事ですか?」と聞き返すと、

「え?お前、それで電話してきたんじゃないの?」

と言われました。


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一気に頭に血が上っていく感じがしました。
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答え
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私は、K先輩をいい加減な男として、どこか見ていました。
誠実な人だと思ったことは無く。
すぐに面倒になってしまうタイプだと思い込んでいました。
でも、そういうK先輩が好きでした。

ただ、私はからかわれているだけ。ただ、面白がって相手されてるだけ。
ずっと、そう思っていました。
それで、満足でした。嫌われていないなら、それで。
だけど、だんだん苦しくなっていきました。
曖昧な位置にいることが苦しくなってきました。
だから、明確な答えが欲しくなりました。
私に恋愛感情が少しでもあるのか。先に可能性が少しでもあるのか。
無いのなら、可能性もゼロだというのなら、全く関われない他人になりたい。
そう思っていました。

「私のこと、どう思ってますか?」
この言葉を聞くのは、相当な勇気と覚悟が必要でした。
そんな事を聞く女を、大概の男性は面倒がるだろうと思っていたし。
聞く事によって、「私は貴方を好きです」と言ってるのと同じ事になるし。
曖昧な関係だからこそ、居心地が良かったものを、多分崩す事になるだろうと思っていました。

だから、聞いた時に例えK先輩が何も言わ無くとも、その瞬間の反応が答えだと。
慌てふためいて、電話を切ってしまった事が、答えなんだと言い聞かせました。

電話が鳴った時、親からに違いない。そう思い込もうとしました。
だけど、心のどこかで先輩からだと思いました。
でも、それは良い答えを期待するものではなく、改めて終わりを言われる電話だと思いました。

「もしもし」

電話に出ると、受話器の向こうからハァハァという、息切れの音が聞こえました。
不審に思い、もう一度「もしもし?」と言うと

「ちょっ・・・待って・・・」

という苦しそうな声が聞こえました。
この声は・・・

「K先輩?」

私が尋ねると、

「おお。わりぃ〜わりぃ〜。走ってきたからさ〜」

とK先輩は言いました。
走ってきた?
慌てて耳を受話器に強く押し付けてみると、かすかに車の音らしきものが聞こえました。

「え?うそ?わざわざ外からかけてくれてるんですか?」

私は、とても驚きました。

「おお。だってお前さ、急に凄い事聞くからさ〜。慌てて外に出てきたんだよ」

思えば、K先輩の部屋に電話はありませんでした。
ということは、家族が側に居てもおかしくない場所で電話に出たのでしょう。
きちんと考えれば、そんな所で、あんな質問の答えを言えるハズが無い事ぐらい、私が先に気付くべきでした。
私は自分の事ばかり考えていて、悪い事をしたなと思いました。

「ごめんなさい」

そう謝ると、

「いや〜、焦ったよ〜。俺、すっげー、慌ててたべ?」

と言って、K先輩は笑いました。

「うん。すごい慌ててました。ほんと、変なこと聞いてすみませんでした」

私は、本当に申し訳無くて、急に恥ずかしさが込み上げてきました。
そして、あんな事を聞いたにも関わらず、屈託無く笑うK先輩の意外な反応に、戸惑いを感じました。
私が思うほど、K先輩にとって私の質問は重大な事では無いと思われているのだろうか?

K先輩は、息を整えると言いました。

「いや、俺もさ、悪かったよな」

先輩が何に対して謝罪してるのかは分からないけど、これは悪い答えだと思いました。
心臓が、また。ドキドキ大きく鳴り出しました。

「いえ。K先輩は、全然悪く無いです。ただ、私が一人で勝手にグルグル考えちゃってるだけで・・・」

全部、私の一人相撲だと分かっていました。
K先輩の何気ない言動を、いちいち勝手に考え込んでは、振子のように揺れている自分が辛くなっただけなのです。

「そうなんだよなー。お前ってさ、会ってる時も、いっつも一人で何か考え込んでるだろ?」

K先輩に指摘され、先輩は私のそんな事まで見ていたんだ?ということを初めて知りました。

「先輩、見てたんですか?」

思わず、聞き返してしまいました。

「そりゃそうだろ。お前、いっつも俺を目ぇ合わさないけどさ、俺はいつも見てるぞ?」

文化祭の時にRに「K先輩、凄く優しい目で見てる」と言われた事を思い出しました。
と同時に、きっと会っていても詰まらない女だと思われていたんだろうな・・・と思いました。

「すみません・・・」

もう、今までのK先輩の前での自分のしたこと全てが、恥ずかしくて嫌でした。

「いや、なんっていうか・・・」

K先輩は、どう言って良いのか言葉を選んでいるように、口篭もりました。
きっと、答えを言おうとしている。
私は、先輩を困らせている自分が、嫌になりました。

「もう。いいです。聞かなくても分かってますから。ごめんなさい」

わざわざ、私の為に、走って外まで電話をしに来てくれただけで。
それだけで、十分だと思いました。

「なんだよ。まだ何も言ってないだろっ」

K先輩が、怒ったような口調になりました。
一瞬、ひるみましたが、

「あ、ごめんなさい。でも、もう、いいんです。ほんと。すみません」

と言いました。
それ以上は、聞きたく無い。
私は、決定的な事を言われるのが怖くて怖くて仕方がありませんでした。
すると、K先輩は

「あ、ごめんごめん。怒ってないから。ごめんな」

と優しい口調に戻ってくれました。
そして、こう言いました。


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終止符
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K先輩に電話する時、指が震えました。
いつもドキドキしながら電話をしていましたが、その比では無いぐらい、手に物凄い汗をかいていました。
電話に出たのはK先輩本人でした。

「もしもし」

と言っただけで、「おー」という返事が返って来ました。
声だけで、私と分かってもらえる事に、少し喜びを感じました。
何から話し始めたか、記憶がありません。
多分、バイト休みですか?とか聞いたような気がします。
そして、急に、言われたのだったと思います。

「そうそう。お前、あのセーターって手編み?」

K先輩に言われた瞬間に、心臓が口から飛び出るかと思うほどドキっとしました。
私は内心、慌てました。
やっぱり、あの時は気付いてなかったんだ。
手編みと気付いて、何を思ったんだろう?

「あ、すみません。」

咄嗟に謝ると

「言ってくれれば良かったのに」

と言われました。

「いや、だって、袖の長さも変だし、ヘタクソだし、すぐに気付くかと思って。
 変だから、着なくていいですよ。本当にすみません」

一気に訳の分からない言い訳めいたことを口走った気がします。
K先輩は、少し笑ったように

「もう、着ちゃったし」

と言いました。

「え?あ、でも、もう着ないで下さい。本当にいいですから。すみません」

かなり、パニックになっていました。
そんな私とは裏腹に、K先輩は落ち着いた優しい声で

「なに、一人で焦ってんだよ。」

と笑いながら言いました。

「いや、あの・・・本当にすみません」

私は謝る以外に言葉が出てきませんでした。
さらにK先輩に、

「手編みって重いのなー」

と言われ、ますます私は萎縮していきました。
もう、言葉が出てきません。なんだか、泣きそうでした。

「でも、すっげー温かいし。ちょっとデカいけどな」

そう言って、K先輩は笑いました。
私は、

「やっぱり大きかったですよね?首もキツイですよね?もういいです・・・」

と言い、早くこの話を終わりにしたくて仕方がありませんでした。
すると、K先輩は私の落ち込みに気付いたようで、

「ごめんごめん。」

と言い、

「本当に嬉しかったよ」

と言ってくれました。
その瞬間、最初、自分がK先輩に電話を掛けた目的を思い出しました。

私は、中2の時からずっとK先輩が一番でした。
高校に入って再会してから、少しずつ距離が近くなっていくにつれて、苦しくなっていきました。
もう、3年もK先輩を想い続けていました。
先輩が自分をどう想っているかも分からず、ズルズルと来ました。
それを、もう。
年内で終わりにしたい。
私は、K先輩との関係に終止符を打つ覚悟で電話をしたのでした。

私が黙ってしまっていたので、K先輩に

「どうした?なんか、俺、変なこと言ったか?」

と心配そうな声で聞かれました。

「いえ。そうじゃなくて・・・変なこと、聞いても良いですか?」

と私は勇気を出して聞きました。
K先輩は、「なに?」と少し不安そうに返事をしました。
私は、受話器に手を当てて、K先輩に聞こえないように深呼吸を一度大きくしてから、

「私のこと、どう思ってますか?」

と早口で一気に尋ねました。
K先輩は、思いがけない質問に、かなり驚いた様子で

「ちょっちょっ・・・お前、今、家?」

と言いました。
かなり慌てている感じでした。

「そうですけど・・・」

と返事をすると

「一回、電話切っていいか?」

と聞かれました。
「え?」と聞き返すと

「ちょっと・・・・あー・・・掛け直すから、ともかく一回切るわ。」

と言って電話を切られてしまいました。

しばらく、私は何がなんだか分からず、電話をジッと見つめていました。
そして、我に返ると、
とうとう聞いちゃたんだ・・・
どうしよう?
きっとK先輩は物凄く困ってる・・・
もう、掛けてこないかもしれない。
終っちゃうのかなぁ・・・・・
でも、どうしても聞きたかったんだ。
終ってもいいんだ。終わりにしたかったんだ。いいんだ。

多分、5分以上、そんなことを考えながら電話の前に座り込みつづけていたと思います。
もしかしたら、10分ぐらい経ったのかもしれません。

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私はわざと自分にそういい聞かして電話に出ました。

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質問
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K先輩は、

「スキーって、お前行った事無いんだっけ?」

と言い出しました。
「ないです」と答えると

「すっげー寒いんだよ。こっちの比じゃねーぞ。」

とスキー場の寒さをなぜか説明し始めました。
その意味が分からず、ああ、そうなんですか・・と複雑な気持ちで相槌を打っていました。
そして、

「だから・・・いや、ほんとサンキューな。」

と言ってくれました。
私があげたセーターが、スキーに行く時に役に立つ。
そう言いたいのだと、やっと気付きました。
K先輩が、セーターをあげた事を後悔して、萎縮してしまっている私に気付いたかどうかは分かりません。
でも、一生懸命、嬉しいと言う事を表現してくれているのだと思いました。
少なくとも、迷惑では無かった。
それだけで、私は物凄く嬉しくなりました。

そして、ふと気付いたように

「お前、こんな時間に電話してきて、大丈夫なのか?」

とK先輩に聞かれたので

「外なんです。抜け出しちゃいました」

と答えると、

「こんな夜遅くに?大丈夫か?」

と本当に心配そうに言われました。
そして、「早く帰った方がいい」と言われ、私は電話を切りました。

結局。
私は、それが手編みであると、K先輩に言いませんでした。
言わなくても良いことなのだろうか?
悩みました。
翌日、友達に相談すると、

「タグがついてないんだから、普通、気付くでしょ」

と言われ、ああ、そうか。私があえて言わなくても。
昨日は気付かなくても、その内、気付くかもしれないな・・と思いました。
と、同時に。
気付いたら、K先輩は何を思うのだろう?
また不安になっていきました。

そしてもう一つ。
可能性としては、手編みだって気付いてて言わなかったのかもしれません。
気付いていたとしたら、それでも嬉しいとK先輩が言ってくれたのだとしたら。
それは、どういう事だろう?
わずかな期待もありました。

98%の不安と、2%の期待。
私は、どうしてもK先輩の気持ちが知りたくなっていきました。
年末までの一週間。
K先輩から連絡は無く、私も悶々とした気分のまま過ごしました。

そして、年末の30日。
ちょうど、両親は忘年会か何かで留守でした。
私は、決心をしました。


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K先輩は物凄い慌てたように、「一回、電話切っていいか?」と言いました。

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プレゼント
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帰りのバスで、擦れ違ったバスにK先輩に似た姿を見たような気がしました。
もう少し待っていれば良かったかもしれない。
そう思いましたが、引き返す気力はありませんでした。
セーターを入れた箱は、紙袋に入れて、その上に「K先輩へ」と手紙を見えるように置いておきました。
でも・・・

もしも、今日、K先輩が家に帰らなかったらどうしよう?
ポストの下なんかに置いてきて、誰かに持ってかれたらどうしよう?
それに、先輩が帰ってきたとしても、気付かなかったら?
気付いても、不審に思って中を見てもらえなかったら?
家の人を呼んで大騒ぎになったりしてたら?

そして、少しずつ不安が大きくなっていきました。

手編みのセーターなんて、K先輩は驚くだろうか?
手編みのセーターは、K先輩には重すぎないだろうか?
彼女でもないのに、そんなものを上げて良かったのだろうか?
捨てる事も出来ずに、困らせたりするんじゃないだろうか?
物凄い迷惑なんじゃないだろうか?
しかも、家にまで持って来て。
黙って置いて行くなんて、余計に暗い子と思われるんじゃないだろうか?
怖がられてしまうかもしれない。

バスを乗り継いで自分の家の側に着く頃には、私はもうK先輩に嫌われるに違いない。
そう思い込むほどになっていました。

どうせ嫌われるなら、先輩の反応を知りたい。
すぐに、私は開き直るクセがありました。
なにより、プレゼントを先輩が見つけてくれるかどうかも、かなり心配でした。
でも、さっき見たのがK先輩だという保証はありません。
まだ、帰って来てない可能性もあります。
だけど、これが最後だ・・・。居なかったら居なかったで、もう、どうにでなれ。
と自分に言い聞かせて、私はいつもK先輩に電話する公衆電話に入りました。

電話に出たのは、また、お母様でした。
一晩に3回も電話をしてしまって、本当に恥ずかしく申し訳無く思いました。
私が、K先輩の名前を言う前に、お母様は

「さっき帰ってきんだけど、今、お風呂入っちゃったのよ」

と言いました。
折り返すと言われましたが、私は後で掛け直しますと答えました。
時刻は21時少し前。
私はこれ以上帰宅が遅くなれば、両親が心配して探し出すだろうと思い、一度家に帰ることにしました。

家に帰ってからの母の怒りようは、大変なものでした。
とにかく、謝る事でその場を切り抜け、私は自分の部屋に入りました。
さて。どうしよう?
私は、母親に怒られている最中も、どうやってK先輩に電話しようか?ばかり考えてしました。
以前の家でも、夜に抜け出して電話をしたことがあります。
でも、今度の家では、両親の寝室も同じ2階にあって、階段を下りるにはその寝室の前を通らなければなりません。
ともかく、両親が寝るのを待とう。
私は一度、お風呂に入ることにして、その帰りに玄関から靴をそっと持って部屋に戻りました。
それから、私は部屋のドアを少し開けたままにして、両親の部屋から明かりが消えるのを待ちました。

時刻は22時。
10分ほど前に、両親の部屋の明かりは消えました。
電話をするには、その年代では非常識だと言われてしまうような時間でした。
でも、どうしても、私はK先輩に電話をしたかったのです。
部屋で靴を履くと、窓を開けました。
私の部屋は玄関の真上にあり、柵だけの窓から玄関の屋根に降りました。
思ったより段差があり、体重を掛けた柵が、一瞬ギギっと音を立てました。
そして、乗った玄関の屋根もボコボコいいました。
私は、その屋根の上で、ジッと母親が来ないか耳を澄ませました。
次に、隣の部屋から、自分の身長ほどの差があるベランダの柵を乗り越えました。
普段、使って無い筋肉を使って、足と腕の筋が痛くなりました。
ベランダでまた、家の中の音に耳をしばらく傾け。
ベランダを乗り越えて駐車場の屋根に降りました。
屋根の上には、父の趣味の植木があり、そこから急な階段で庭に降り、門扉のキィ〜という音に細心の注意を払ってやっと。
私は外に出ると、物凄い駆け足で公衆電話に向いました。

息を整えてK先輩の家に電話をすると、K先輩自身が電話に出ました。

「俺、今日、バイトで遅くてさ。ごめんな」

開口一番、K先輩は言いました。
思わず私は、

「え?今日もバイトだったんですか?」

と聞き返してしまいました。
予定をある程度聞いていたので、バイトが無いというこの日に家に訪ねたつもりだったからです。

「急に店長に入ってくれって言われてさ」

とK先輩は言いました。
私は、

「あぁ・・疲れてるのに、ほんと、すみません」

と謝りました。
何度も電話をしたことも。置いていってしまった事も。全部が申し訳無いと思っていました。

そして、K先輩は思い出したように言いました。

「あ、そうそう。セーターありがとな」

そう言われた瞬間、心臓がドキンとしました。
私は、ちゃんと先輩が気付いてくれたことに、少し安心し、でも、それとは反対に「ああ、見ちゃったんだ・・・」となぜか気付いて欲しくないと思っていた自分もいました。

「すみません・・・変なもので・・・」

私は、手編みのセーターを激しく後悔していました。
でも、K先輩は意外にも、

「いや、いい色じゃん。結構気に入ったよ?」

と言ってくれました。

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待ちぼうけ
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K先輩の家に行く為に、数ヶ月前まで利用していたバスに乗りました。
少しだけ、バス停で偶然に先輩に会える事を期待していましたが、そう上手くいくはずありません。
心臓は、バスに乗ってる間中、バクバクしていました。
3年前のクリスマス。
私の家にプレゼントを持って来てくれた時のK先輩も、今の自分と同じだったのだろうか?
そんな事を考えたりもしました。
バスが、以前の私が住んでいた家の前を通った時、体の奥がギュっとなるような感覚がしました。
もう、そこには既に別の家族が住んでいました。

K先輩の家の近くのバス停に着いてから、私は先輩の家に電話を入れました。
お母様が出て、まだ帰って来てないと言われました。
ならば、家族の方に渡して帰ろうか?と考えましたが、夜19時過ぎに訪ねて行くのは非常識かもしれない。と思いました。
私の門限の20時には、直ぐにでも帰らないと間に合いそうにありませんでした。
でも、しばらく待つ事にして、K先輩の家の前まで歩いて行きました。
K先輩の家を見上げて、先輩の部屋はどこだっただろう?と半年前の出来事が急に蘇ってきて、また体の奥がギュっと締め付けられる感覚がしました。

あまりその場に立っていると、怪しい人間と思われるような気がしたので、少し歩いてバス通りにでました。
バス停の側で待とうかと思ったのですが、K先輩だけじゃなく、その場所にはかつての同級生も住んでいるので、見付かりたくないと思いました。
バスが来ました。
家の塀に隠れるようにして、バスの中を見ましたが、先輩らしい姿は見えません。
少し歩いて、バス停が見える位置まで移動し、遠くから降りてくる人を見ましたが、やっぱり先輩は乗っていません。
そんな事を繰返し、バス3台を見送りました。

バス停に降り立ち、K先輩の家に電話を入れてから40分以上経っていました。
もしかしたら、K先輩を見過ごしているかもしれない。
でも、一時間も経たない内に二度も電話をしては、家の人に変に思われるかもしれないと思うと、電話をする勇気が出ませんでした。
せめて、一時間は待ってみよう。

そして、また一台、バスが来ました。
やっぱり、先輩は乗っていませんでした。
時間はもう門限の20時をまわってしまいました。
私は、再びK先輩の家に電話をしました。
またお母様が電話に出て

「まだ、帰って来てないのよ。ごめんなさいね」

と言われました。

これから家に帰っても、門限を既に一時間ぐらい過ぎてしまいます。
帰ってからの事を考えると、気分は最悪でした。
親に怒られる覚悟をしてまでせっかく待っていたのに、会えないなんて。
やっぱり、縁が無いんだろうな・・・と悲しくなりました。
こんなことなら、来た時にすぐ先輩の家に行って、せめてプレゼントを家族の人に渡してしまえば良かった。
色んな後悔が頭を駆け巡りました。

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K先輩とバッタリ出合わないように、わざわざ一つ先のバス停まで歩き、そこから家に帰りました。

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セーター
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翌週の月曜日。
私はバイト帰りにK先輩に電話をしました。
その時、今年もやっぱりスキーに行くと聞きました。
クリスマスまで一ヶ月ちょっとになると、学校で彼氏にセーターを編み出す子を見かけるようになっていました。
私も、軽い気持ちで、セーターを編む事に決めました。
手編みのセーターの重みを、全く考えもしませんでした。

K先輩にアルバムを返す為に朝会えたのは、プレゼントを決め、編物の本を買った翌日でした。
頭にセーターの事があるので、私は賢明に先輩の肩幅や背中を見つめました。
まさか、「測らせてください」ともいえず、前を歩く先輩の背中を、こっそり持っていたカバンと比較したりしてました。
本には、身長に合う毛糸の数などが書いてあり、どうしても身長だけは確認しなきゃと思っていました。
でも、並んで歩く事が出来ず、後ろからでは良く分かりません。
それに革靴を履いていたので、本当の身長が分からず、これだけは聞こうと決心しました。
その聞き方は、

「先輩、中学から背、伸びました?」

という遠まわしな聞き方で、逆に先輩に

「そうだ。お前さぁ、背、伸びただろ?」

と聞き返されてしまいました。
私は中学一年まで背の順で一番前の、ほんとうにチビでした。
それが、2年で部活を始めると一気に伸びだし、K先輩と最初に出会った頃は伸び盛りの状態で。
あの時と比べると5cm以上伸びていました。
でも、自分の身長の話になっては、意味がありません。

「伸びましたけど・・・先輩の方がまだ全然高いじゃないですか」

なんとか、身長幾つですか?と聞き出そうと思いました。
K先輩は、

「いや、俺なんか小さい方じゃん」

と言い出し、一瞬私はひるみました。
どうやら、身長はK先輩のコンプレックスのような雰囲気でした。
聞いてはいけない事を聞いてしまったかも。
と思いましたが、どうしても知りたいので

「え?そうですか?結構、私より高く見えますけど。どのくらい違います?」

と聞きました。
実際は、あまり私と変わらないという印象を中学の時から持っていました。

「お前、幾つ?」

K先輩が聞いてきてくれたので、「161-2ぐらいです」と答えました。
本当は、163に近い身長でしたが、K先輩の身長が160台かもしれないと思っていたので、5cmは差があった方がいいだろうと、妙な気遣いでした。

「ああ、じゃぁ8cmぐらいは違うんだ」

とK先輩が呟きました。
ということは、170ぐらいなんだ・・・と心の中で思いながら、

「ほら、全然大きいじゃないですかっ」

と言いました。
やっと聞けたという安堵感と、思ったより身長差があったことで嬉しさが倍増しました。

その日の帰り、私は二種類の毛糸を購入しました。
バイトから帰ると早速本を見ながら編み始め、学校の休み時間は勿論、授業中も編んだりしていました。
編み始めると、なかなか止めることができず、夜中まで起きている事が多くなりました。
少し編んでは、自分の身体にあてて、「私よりこのぐらい大きいかな」などと考えながら編みました。
ウール100%のその毛糸は、形が出来上がるにつれて、徐々に重くなりました。
試験中に、ずっと下を向いていた時のような肩の懲りを感じました。
後ろ身ごろが出来上り、自分の身体にあてて見ると、なんだか大きすぎたような気がしました。
前身ごろをあむ頃には、かなり慣れて来て、途中で両方並べると編んだ段数は同じなのに若干長さが違いました。
そして、初めての棒編みにも関わらず、無謀にも私は最初、別色でイニシャルを入れようとしていました。
でも、イニシャル入りなんて恥ずかしいかもしれないと思い、胸の所にVの形で別色の毛糸を使う事にしました。

出来上がったのは、クリスマスの1週間前でした。
これを先輩が着たらどんな感じだろう?
K先輩の顔を思い浮かべました。
想像以上にズッシリ重く出来上がってしまったセーターを、何度も自分で着てみては、鏡にうつして見ました。
なんだか、左右の袖の長さが違う気がする。
短い方の袖を、延ばしてみたりしました。
首も、ちょっとK先輩にはきついかもしれない。また、引っ張りました。
そして。
私にはダブダブのセーターを見て、やっぱり、大きすぎたかもしれない。
と、せっかく一ヶ月かけて作ったのに、渡そうかどうしようか迷いだしました。

でも、友達に「売ってるセーターみたい」と誉められ、
私としても、若干難はあるものの満足のいく出来だったので、渡す決心をしました。
問題は、いつ渡すか。どうやって渡すかでした。

セーターを編んでいた一ヶ月の間に、K先輩はアルバイトを始めていました。
夜遅くないと捕まらないので、電話でもあまり話す事が出来なくなっていました。
ただ、なぜかK先輩は、私にバイトの日など、予定を電話で話すたびにいつも教えてくれました。
自分の予定を教えるなんて、まるで彼氏だと友達には言われました。
それに、手編みのセーターを渡すと言う事は、「好き」と言ってるのと同じだとも言われ、私の緊張感は物凄いものでした。
まして、クリスマスに誘うなど、恋人同士でも無いのに厚かましくて出来ないと思いました。


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無視の理由
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K先輩からの電話でした。
心臓がドクンと大きな音をたてたような感覚がしました。

「Kと申しますが、亞乃さんいらっしゃいますか」

と言われましたが、あまりにも無防備に電話をとってしまい、一瞬、声が出ませんでした。
次に「もしもし?」と再度K先輩の声がして、やっと出た言葉は

「先輩?どうしたんですか?」

でした。
今朝、思い切り私を無視した人が、なんで電話を掛けてきたのだろう?
正直、本当にそう思って出た言葉でした。

「おーっ なんだよ。緊張したーっ」

と、出たのが私本人だと分かるとK先輩は言いました。
以前、K先輩が電話をくれたとき。
母があまりにも無愛想な対応をしたので、
「お前んとこの母ちゃん、怖いんだよな」
と言われ、それ以来、私から一方的に電話をするばかりになっていました。
だから、私に電話をする時は、相当の覚悟が居ると笑って言われた事があります。

その相当の覚悟をしてまで、なんで電話をしてきたのだろう?と疑問に思いつつ、

「すみません」

と反射的に謝りました。
言いながら私の頭に一瞬のうちに電話をしてきた理由が駆け巡りました。
きっと、アルバムの返却方法をどうするかって事だろうと思いました。
私を嫌いになったとしても学校のアルバムを私に貸しっぱなしに出来るわけないし。

K先輩が言いました。

「いや、あのさ。今朝、俺の事待ってた?」

あまりにも、空々しい質問だと思いました。
K先輩以外の誰をあんな重いアルバムを持って待つって言うんだろう?
少し、イラっとしながら私は

「突然、すみませんでした」

と返事を返しました。
言いながら、「俺のこと待ってると思わなくってさ」とでも言うつもりだろうか?
と考えました。

「いや、やっぱりそうだよなぁ」

とK先輩は、言いました。
その言葉がズシンと心にきました。
私の存在が分かっていながら、自分を待っていたのかもと思っていながら。
やぱっりK先輩は私を無視してったんだ・・・
待っていると例えその時思わなくても、無視した理由にはならない。
そう思いました。

「アルバム、早く返さないとって思ったんで。ほんとすみません」

私はまた謝りました。
K先輩に嫌がられたのは決定だと思いました。
待ち伏せなんてしなきゃ良かったと、更に物凄い後悔をしました。
そして、次にK先輩の口から出る言葉を覚悟をしました。

K先輩は言いました。

「俺、今朝、機嫌悪くてさ。ほんと、ごめんな」

意外にも、K先輩は謝ってくれました。
機嫌が悪かったのは、表情でよく分かってました。
でも、それを余計に不機嫌にしたのは、私だと思っているので少々戸惑いました。

「一瞬、お前と目が合ったじゃん?」

とK先輩に聞かれ、「はい」と答えました。
そんな事、再確認しなくても・・・と思いました。

「俺、すごい頭してただろ?」

更に、思いも寄らない事を聞かれました。

「え?気付きませんでした・・・」

と答えながらも私は、そういえばそうだった気がする・・・と目が合った瞬間のことを思い出しました。

「今朝寝坊しちまってさー。
 なんか、バツが悪くて思わずそのままトイレ入っちゃったんだよな。
 で、出てきたらもう、お前居なかったじゃん?」

この言葉を聞いて、私は

「すみません。ホームに降りちゃいました」

と答えながら、友達の「トイレ行きたくてしょうがなかったんじゃない?」という言葉を思い出して、笑いが込み上げてきました。

なんだ。そんな事だったんだ?
寝癖が恥ずかしかったってことなの?

一気に気分が軽くなっていきました。

「お前居ないからさー、俺、ヤッベーとか思ってさ。
 今日一日、ずっと気になってたんだよ。」

K先輩が一日中、気に掛けてくれてたなんて。
物凄い嬉しいと思いました。
さっきまでの落ち込みが嘘のようでした。
そして、思わず口から

「良かったぁ〜」

と本音が出てしまいました。
K先輩は、

「ほんと、ごめんな」

と繰返し何度も謝ってくれました。
その時、ブーっという公衆電話の切れる前の音がして初めて、私は先輩が外から電話をくれている事に気付きました。

「あ、先輩。外なんですか?」

と聞くと

「バンドの練習行く途中なんだ。」

と言うので

「わざわざ、すみません。ほんと、有難う御座います」

とお礼を言うと

「いやさ。俺、今晩遅くなるし。その前に掛けないとと思ってさ」

と言われ、K先輩は、本当に私の事を気にしてくれていたのだと、しみじみ感じました。
そして「ちょい待ってて」と言われ、なにやらゴソゴソ音がしたと思うと、

「ごめん、もうすぐ電話切れる。小銭ねーや。ごめんな。」

とK先輩は本当に申し訳なさそうに言ってくれました。

「いえ。もう、ほんと。電話もらえて嬉しかったです。」

と私は素直に気持ちを伝え、「練習頑張って下さいね」と言って電話を切りました。

まだ、携帯電話が無い頃の話です。
「外から電話を掛けてくる」ということには、「(公衆電話から)わざわざ」という言葉がつきました。
いつでも簡単に携帯で話せる今よりもっと、喜びが感じられた気がします。

電話を切った後、しばしボー然としていました。
さっきまでの落ち込みは何だったんだろう?という感じでした。
思わず、「もし小銭があったら、もっと私と話していてくれたんだろうか?」
などと考える、やっぱりまだ期待をしてしまう自分が居ました。
そして、そう言えばアルバムを返す話をし忘れていたということに気付きました。
また、電話できるんだ。
それが嬉しくて嬉しくて仕方ありませんでした。

クリスマスまで、後一ヶ月ちょっとの頃でした。

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無視
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K先輩は、まるで回れ右をするかのように、私の前方4-5mの位置で身体の向きを代えました。
唖然として動く事も出来ずに見送ると、そのまま斜めに歩き、K先輩は駅のトイレに入って行きました。

私は、出てくるのを待つ事が出来ませんでした。
出て来たK先輩を呼び止めるなど、怖くて出来ないと思いました。
それほど、確実に目が合い、明らかに無視されたのです。
泣きそうになりながら、自分の乗る電車のホームに降りました。
階段を降りたすぐ下で、階段に半分隠れるようにしてK先輩の乗るホームの方を見ました。
すぐ、K先輩がホームに降りてきました。
遠くからでも、物凄い不機嫌そうな表情が分かりました。
私は、K先輩に姿を見せてはいけない。
そんな気がして、階段の脇に姿を隠しました。

K先輩の電車が来て発車すると、急にアルバムがズッシリと重く感じられました。
シートをはがして写真を貼る厚い台紙のアルバムは、10分も片手で持っていると手提げが手に食い込み、跡がくっきりと残りました。
気持ちと共に、ますます重くなったアルバムで、私の手は痺れていました。
友達が来るまで、まだ20分近く時間がありました。
でも、私はその重いアルバムを地面に置くことをしませんでした。
K先輩の物を下に置くなど、粗末にするようで出来なかったのです。

友達が来て、なんでアルバム今日も持ってるの?と当然、聞かれました。
「無視されたよ」
と私が言うと、
「きっと気付かなかったんでしょ?大丈夫だよ」
と励ましてくれました。
そうであって欲しいと思いました。
「トイレ行きたくてしょうがなかったんじゃない?」
と笑わせてくれました。
そうであったら、どんなに気が楽かと思いました。
「ちょっと不機嫌だっただけでしょ?」
と慰めてくれました。
不機嫌の原因は、私が突然居たからだろうと思いました。

電車がホームに入ってきた時、私は「やっぱ帰るわ」と言いました。
こんな状態で学校になど行けないし。一人になりたいと思いました。
人前で泣く事が出来ない性格の私は、これ以上、涙を堪えるのが無理でした。
友達に具合が悪くなって帰ったと担任に伝言を頼み、私は家に戻りました。

せっかく早起きしたのに。
朝、母親に文句言われて。だけど、無視して家を出たのに。
いつもより混んでるバスに無理して乗ったのに。
こんなに重いアルバム持って行ったのに。
手が痛くて痛くて、だけど我慢して持って行ったのに。
バッカみたい。
ちょっと親切にされたからって有頂天になって。
だから、勘違いしないようにっていつも注意してたのに。
小さい頃からすぐ調子に乗る性格で。
はしゃぎすぎて、いつだって母親に叱られてた。
母親が突き放したような冷たい態度をとる度に、物凄く悲しかった。
私はどこでも同じだ。何時になっても同じだ。誰に対しても同じ間違いを犯す。
どうしようもないバカ。
ほんと。救えない。

K先輩に無視された自己嫌悪感は、いつの間にか母親との事にまで発展し。
自分自身の存在を全否定したいぐらいの勢いになっていきました。
泣きたくて一人になったのに、何故か涙が出ませんでした。

昼過ぎになって、母親が家に帰ってきました。
案の定、「なんで居るのよ?」と言われました。
「具合が悪いから」と答えたぐらいで、母親が納得する訳もなく。
心境的に、母親の相手などしていられる状態ではありませんでした。
結局、喧嘩になりました。
最後は、「うるせーなっ」と大声で言い返し、部屋に閉じ篭りました。
大声を出したからでしょうか。やっと、涙が出てきました。
母親に聞こえないように、クッションを顔にあてて気が済むまで泣きました。
母親は、家のことを一通り済ませると
「具合が悪いなら、バイトになんか行くんじゃないよ」
と言って、また仕事に戻る為、家を出て行きました。

その日は土曜日でした。
母親の車が出て行くと、私はバイト先に電話を入れました。
休みますと言い、電話を切った後。
K先輩は家にもう、帰って来てるだろうか?と考えました。
少し落ち着き始めると、無視された理由を知りたいと思うようになっていました。
理由が分からない事が、何より嫌でした。
どうせ、無視されるほど嫌われてしまったのなら、電話して余計に嫌われようとも構わないと思ったのです。

イライラして、父親のタバコに目がとまりました。
K先輩と週1の割合で電話で話すようになり、私は吸い始めたばかりのタバコを忘れていました。
吸ってやる。バンバン吸える女になってやる。
そう思いました。
別にタバコを吸う女になったところで、K先輩にとっては何の当て付けにもならないのに、ヤケになってそう思いました。

時刻は夕方4時。両親が帰ってくるまで後一時間半ぐらいでした。
帰って来てバレないように、自分の部屋で吸おうと思いました。
タバコに手をかけた時、電話が鳴りました。
母親がかけてきたのだと思い、目の前で鳴る電話をわざと5コールぐらいさせてから取りました。

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予想外の電話でした。

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待ち伏せ
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K先輩が私にしてくれる事は、どれを話しても友達に

「亞乃のこと好きなんだよ」

と言われる事ばかりでした。
でも、「そうかなぁ・・・」と一瞬、期待する自分を、勘違いしてはいけないと、すぐに戒めるように思い直していました。

私には、自信が全くありませんでした。
K先輩に好かれるような女では無いと思っていました。
それに、嫌われたわけでは無いけれど、一度振られているのは事実で。
K先輩は共学で、沢山の私よりも大人っぽい女性が周りに居て。
もう一度。
なんて、そんなチャンスは巡っては来ないだろうと思っていました。
中2のあの時からずっと。
他の人を好きになりそうになっても、結局はいつでもK先輩と比べてしまっていました。
だから、きっと私はK先輩以外を好きになれないだろうと思いました。
ずっと片想いであっても、少しでもK先輩の近くに居られるのならそれで良いと。

でも、少しずつK先輩が私に親しげな対応をすればするほど、私は期待をしてしまう自分を止められなくなっていきました。
本当は、毎日だって先輩の声を聞きたいと思っていました。
でも、しつこくしたくなくて、我慢して週一回と決めていました。
電話をする口実を、いつも探していました。
K先輩と話すたびに、今日は上手く喋れた。今日は最悪。
そんな凸凹を繰り返して、時にはもう電話しないと思う事があっても、すぐに又声が聞きたい衝動に駆られました。
そんな私にとって、アルバムを貸してくれたという事は、また返すと言う会える口実が出来ます。
いつもより気楽に電話を掛けられます。
それに、貸すという行為は、また会っても良いと思っている証拠で。
K先輩は、私に会うのを嫌がってはいないんだ。
そう思いました。

それまでの事を冷静に考えれば、いつでも誘ってくれるのはK先輩でした。
文化祭の時には「亞乃」と呼び捨てされました。
端から見れば、十分親しい仲と思われる対応をK先輩はしてくれていました。
それでも、私には自信が無かったのです。
それが、「貸してくれた=もう一度会いたいと思ってる」と考える事で、
もしかしたら好かれているのかもしれないと思うようになっていきました。

まさに、有頂天でした。
いつ電話しよう?いつ、返そう?
授業中もバイト中も考えていました。
バイトの帰り道に、電話をしようかと思いました。
でも、返してしまうと、今晩一日しか写真を見れなくなります。
もう少し、見ていたいと思いました。普段、顔をまともに見れない分、目に焼き付けたいと思いました。
だから、今日一日ぐらいは・・・。そう思って連絡をしませんでした。
家に帰ると、眠る時間を忘れてずっとアルバムを見つづけました。

翌日、やっぱり早く返さないとK先輩も困るんじゃないか?と思い、バイトの帰りに電話をしました。
電話に出たK先輩は、

「まだ、いいよ。」

と言いました。
そして、その演奏会の時の話などを話してくれました。
とても面白く、楽しい電話でした。
私の中に、常にあった「迷惑だったらどうしよう」という不安が無くなっていました。
友達にも、「幸せですって顔に出てるよ」とからかわれる程、私は何をしていても楽しくて、絶好調でした。

毎晩、K先輩の写真を見ていられるというのは、物凄い幸せでした。
出来る事なら、学校を休んで、バイトも休んで、ずっと見ていたい気分でした。
でも、K先輩が「いいよ」と言っても、どこかいい加減な性格の先輩は気楽にそう言うけど。
けど、やっぱり学校のものだし。
早くK先輩に会いたいという気持ちも勿論ありました。
でも私は、早く返さないと部活の人に何か言われて、K先輩が困るんじゃないだろうか?という事の方が心配でした。

だから、朝、早く行く事にしました。
別に、お茶をしてくれなくてもいいのです。
K先輩が電車に乗る時間は、もう知ってました。何時に駅に来るのかも。
アルバムを返せれば、それで良かったのです。
いつもより30分以上早く、私はアルバムをもって家を出ました。
駅までのバスで座る事は出来ませんでしたが、物凄い重いハズのアルバムも、苦になりませんでした。
駅に着くと、改札を入り、改札が正面に見える場所で先輩を待ちました。
先輩、驚くかな?
私はそんな事を考えながら、ドキドキしながら人込みの中に先輩の姿を探しました。

10分ぐらい待ったでしょうか。
見慣れた歩き方で、K先輩が改札を抜けてきました。
目が合いました。

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写真
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K先輩から貰ったバンダナは、私の宝物になりました。
先輩が身に付けていたという事で、しばらく洗う事が出来ませんでした。
それを自分の手首に巻いて眠ったりもしました。
母から譲り受けた鏡台の鏡には、マニキュアでK先輩のバンド名を書きました。
英語のそのバンド名は、辞書で意味を調べました。
(最近、そのバンド名と同じタイトルのアルバムを出したタレントが居るとの事。
なんだか、懐かしく思いました。)
私の頭の中は、K先輩でいっぱいでした。

文化祭の後、私は家の近所のスーパーでバイトを始めました。
今度は、親にも言って、快諾では無かったものの親公認になりました。
レジのバイトでした。
スーパーが19時までということで、帰宅が大概19時半を過ぎると、母親に叱られました。
でも、時によってはレジのお金が合わないなどがあり、どうしても遅くなる事もあって、門限は20時までに延びました。
私の家は、19時には夕飯を食べていたので、私がバイトを始めると夕飯の時間に間に合わない日も多くなりました。
親と顔を合わせる時間も少なくなり、母親との喧嘩も絶えなくなりました。
いつからか、朝食を食べずに学校に通うようになっていきました。

バイトを始めてから、私は帰り道の途中にある公衆電話で、K先輩に電話をかけるようになりました。
時には、つい長話になり、帰宅が20時を少し過ぎる事もありました。
そんな時は当然、母親の怒りをかいました。
そうじゃなくても、19時半を過ぎて帰宅すると、既にジャーから出された冷めた御飯とおかずが食卓に残っているだけで、一階の部屋は真っ暗になっていました。
それらを温めるてもらえる訳でもなく、余計な事をすると文句を言われるので黙って冷御飯を食べていました。
時には悲しくなり、泣きながら食べる事もありました。
でも、K先輩と話して帰ってきた日には、そんな事も苦痛ではありませんでした。
先輩と話せるのなら、親に何を言われようとも、悲しい思いをしようとも、平気でした。

バイトを始めて、週に一回ぐらいの割合でK先輩と話すようになり。
10月の終わり頃。

「あのさ、夏の演奏会の写真できたんだけど、観る?」

とK先輩に言われ、翌朝、駅で待ち合わせをする事になりました。

その朝、K先輩は待ち合わせより遅れてきました。
手には、大きなアルバムの入った袋を持っていました。

「ごめん。遅刻するとヤバいから、それ持ってっていいよ」

と言って、私にそのアルバムを渡すと、K先輩は少し立ち話をしただけで学校へ行きました。
すぐにでも、私はそのアルバムが観たくて仕方がありませんでした。
いつも乗る電車の時間まで、まだ30分以上ありました。
でも、その頃の私は一人で店に入る勇気がありませんでした。
物凄く重いアルバムを下げて、私は友達が来るのをホームで待つ事にしました。

私の学校は、毎朝持ち物検査があり、授業で必要なもの以外を持っていくと教師に没収されました。
友達に「アルバムどうしよう?」と相談しました。
わざと生徒が多い時に一気に紛れ込み、友達がカバンを見せている隙に、私がすり抜ける作戦で行く事にしました。
作戦は、成功しました。
教室までの間も、カバンからはみ出るぐらいの大きなアルバムを、友達が前を歩いて擦れ違う教師の目からガードしてくれました。

教室でアルバムを開いてみると、そこには私の知らないK先輩が沢山写っていました。
友達は勿論、初めてK先輩の顔を見ることになります。
「へー、亞乃の好きな人って、こんな顔してたんだ?」
と友達に言われましたが、私自身も実は「こんな顔なんだ」と改めて知った気がしました。
そのアルバムはK先輩自身のものでは無く、学校のものでした。


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友達も私も、好きな人には、自分が綺麗に写った写真を見せたいし、自分の他の面を知ってもらいたいと思っていました。

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バンダナ
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冷静に考えれば、私達二人を差して言われたのですから、その答えは当然でした。
だけど、その時の私は、K先輩の中でそれ以上の存在になれては居なかったんだと。
なんだか悲しくなりました。

K先輩が「先に行ってるから」と言って席を立つと、Rに言われました。

「K先輩って、優しいんじゃん?」

どこを見て、Rがそう言い出したのか分からずにいると

「だって、私にまで気遣ってくれてさぁ。なかなか居ないと思うけど?」

とRは言いました。
そう言われて、それまでRに対しても親切な対応をするK先輩に、嫉妬していた自分が恥ずかしくなりました。
なので、少しぶっきらぼうに

「先輩は昔から、女の人には誰にでも親切なんだよ」

と私は捻くれた答え方をしました。
すると、Rは

「なに言ってんの?私に対するのと亞乃に対するのとじゃ、全然違うじゃん。
 私から見たら、十分特別扱いだし。
 それにすごい優しい目して、亞乃のこと見てたよ」

と言いました。

Rが言うように考えたら、そうかもしれない。
私は、K先輩が他人にする事に対して、イチイチ過剰反応しすぎなんだ。
と反省しました。
そのクセ、自分がどう接してもらっているのかは、全く気付かない。
鈍感女だったという事に気付きました。

きっと、Rが言うようだったとしたら。
いつもK先輩と会う時は、顔をまともに見れない私が気付かなかっただけで。
今までも、そういう事はあったのかもしれません。
K先輩が優しい目で私を見ていてくれたとき、私は物凄い仏頂面だったかもしれません。
詰まらなそうな顔だったかもしれません。先輩を困らせていたかもしれません。
私はRに言われて改めて、K先輩の優しい面を知った気がしました。

K先輩に言われた教室に行くと、大音量で曲が流れ、ミラーボールがクルクルまわっ
ていて、沢山の人が踊っていました。
それは、当時のディスコを真似たものでした。
当然、私はそういう所に出入りした事も無く。
私はその雰囲気に、すっかり圧倒されてしまいました。

教室の中央あたりに、飛び跳ねるかのように踊るK先輩が居ました。
私は自分が場違いな気がしました。
数人の女生徒が、なに?この子達?という目で見ているような気がしました。
Rと二人で端の方で戸惑っていると、K先輩が私達に気付き、人込みを掻き分けて来てくれました。

「あー、ごめんな。やっぱ、落ち着かないよな」

K先輩は、気遣ってくれました。

「いえ、慣れてなくて・・・でも、大丈夫ですから。」

と私は答えました。
私達とK先輩が話をし出した時、さっき視線を感じた女生徒数人の視線が、今度はハッキリと向けられている事に気付きました。
大音量の音楽の中、彼女達は何かを耳打ちしあっていました。
あの中に、K先輩を好きな子が居るのかもしれない。
私は漠然と、そう思いました。
K先輩に平気だと言ってはみたものの、だんだんと居たたまれなくなってきました。
それに、私達の相手をさせては、先輩に悪いと思い始めました。

「あ、でも、そろそろ帰らなきゃいけない時間なんで。先輩、友達の所に戻ってください」

私がそう言うと、K先輩は

「お前んち、門限厳しいんだっけな。外まで送ってくよ」

と言って、玄関まで送ってくれました。
その間にも、

「無理させちゃったかな?親、大丈夫?」

と聞かれ、K先輩の気遣いに対し、余計に私はますます申し訳無い気持ちと、K先輩と同じ事を楽しいと思えない自分が惨めで、泣きたい気分になっていきました。

前を行くK先輩の後ろを歩きながら、Rが耳元で言いました。

「先輩に、さっきしてたバンダナ貰いなよ。」

K先輩がバンドの時にしていたバンダナを、ポケットに入れるのを私が見ていたように、Rも見ていたようでした。
私は「えー、無理だよ」と小声で返しました。

玄関に着き、じゃぁと言って先輩と別れようとすると、

「先輩、亞乃がバンダナ欲しいって」

とRが言い出してしまいました。


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