みちる草紙

2005年05月12日(木) 入院前夜

明日からまた、湯河原の病院に入院することになる。
右足踝の骨折から、あっという間に1年が経った。
あの怪我以来、何度か紋次郎と熱海湯河原〜東京間を往復したものだ。

悲しみにどっぷり浸っていたくても、日常は否応なく次の過程を用意している。
この3日間あまり食べていないが、16日の手術に向けて何とか体調を整えておかなければ。
たった2週間の入院準備など訳はないのに、しょっちゅう手を止めてしまうので
さっぱりはかどらない。静まり返ったもんのケージを虚ろに見つめては
ぼんやり想い出にふけって涙ぐむ。まるで時の止まったボケ老人のように。

思えば今日は、1年前にもんが去勢手術を受けた日だ。
術後、一時は衰弱して死にかけたのを、預け先の奔走で一命をとりとめた。
友人を気の毒なほど慌てさせ、アタシは病室で身動き出来ず、しきりに気をもんだ。
あの時は九死に一生を得たが、どのみち彼の運命は決まっていたのだろうか。

今はひたすら悲しい。けれども、ペットロス症候群には陥るまいと思う。
心底慈しんで育てたもんをうしない、喪失感に打ちのめされたのは事実だけれど
どんなに深い痛手にも、時間という処方箋があるからだ。
もんがつかの間与えてくれた憩いの日々を、安らかに思い出せる時はきっとくる。

ただ…
手術跡の治癒を待つには充分でも、心の傷をふさぐのに、2週間はあまりに短い。



2005年05月11日(水) 何を見ても紋次郎を思い出す

徹夜で仕上げた経過観察レポートを携え、さいとうラビットクリニックを訪れた。

紋次郎の小さな異変に気付いた時、まっすぐここに連れて来ていたら
或いはもんは生きていたかも知れないという思いは、今でも拭えない。
いやせめて助からないにしても、もっと穏やかな死なせ方が出来た筈だと。
不幸にも、アタシの入院に先駆けて熱海に預けに行き、まだ元気な紋次郎を
チェックのつもりで小田原の病院に運んだのが、そもそもの誤りであったと。

アタシのわだかまりを察した院長は、うさぎを連れずに行ったにも拘らず
親切に対応してくれた。あたかも懺悔する者の述懐を聴く告解師のように。

『紋次郎は、めーさんのことが好きだったと思いますよ』

この言葉を聞いてこらえていた涙がほとばしり、嗚咽が漏れた。
そうだろうか。そんなことがあっていいものだろうか?
アタシは、もんの死期を早めたも同然なのに。

流れる雲を見ても、青々繁る木を見ても、5月にしては肌寒い風に吹かれてさえ
何故だろう、もんの想い出が絶え間なく去来し、新たな涙をわかせるのは。
いつも部屋にいて、留守番して待っているのが当たり前だったもん。
ちょこまか動くあの姿は、この先も変わらず見られるものだと思っていた。
こんな突然死ぬなんて、これっぽちも、一瞬も、考えたことすらなかった。

全身を麻痺させ、怯えた目で痙攣を繰り返すもんの表情が脳裏に食い込み
胸をえぐり続ける。どうせ助からないなら、あんなに引っ張りまわすのではなかった。
病院から病院へ、針を何度も突き刺され、死に際に限りない苦しみを与えてしまった。
最期にあんなむごい目に遭わせて、本当に可哀想なことをしてしまった。
自分を責めても責めても足りない。もん、ごめん。本当にごめん。
お前が生き返るなら、痛い手術を何十回受けても、喘息が一生治らなくても構わない。

何を祈ろうが、もんは死んでしまった。どこを探してももういない。もう決して帰ってこない。
あのかわいい目も耳もしっぽも、無惨に火に焼かれて消滅してしまった。
ケージの柵の間から、大騒ぎでアタシを呼ぶことは二度とない。
ほんの数日前に撮った動画を見ては、涙があとからあとから頬をつたい落ちる。

痛手の癒えぬまま、悲しい想い出を抱えたまま、アタシは13日に再び
湯河原の病院に入院する。2週間ものあいだ、何を思って過ごすのだろう。
病室から、一日に何度ももんの様子をメールで問い合わせることは、もうないのだ。

     
             息を引き取った直後のもん



2005年05月10日(火) 一夜明けて

冷たくなった紋次郎の身体を撫で、頬ずりして別れを告げた。

もんは、僅かな骨のかけらになって我が家に帰ってきた。

骨壷に頭蓋骨を納める時、あの小さな前歯が引っかかっていた。

箱に遺体を横たえる際も、強張った後ろ足の爪先がどうしても入らなかった。

享年1歳。1歳と7ヶ月。さぞかし無念であったろう。

空っぽのケージは、残酷なほどひっそり広々としている。

もん、どうしていないの。

どこへ行ったの?もん。

見ないように努めても、ふと目をやってしまう、もんの小さなお城。

真新しいゴザのそばに、断末魔のもんが押しやった牧草が堆く積もっている。

まるですぐにも主が駆け戻ってきそうな、いた時そのままの空間。

あのちっぽけな動物の、この圧倒的な存在感はどうだろう。

残された飼主の胸に空いた、大きな大きな深い穴。

時間よ戻れと念じても届かない、強い強い悲しみと後悔。



2005年05月09日(月) 最愛のうさぎ

今日、紋次郎が死んだ。

いつまで、ありったけ泣いても涙が枯れない。

頭が激しく痛む。

何だか悪い夢を見ているようだ。



2005年05月01日(日) そして誰が悪いのか

今朝、テレビをつけると、先日未曾有の犠牲者を出した列車脱線事故の特番をやっていた。
兎にも角にも気の毒なのは、運悪くこの電車に乗り合わせ、死んだ100人を超す乗客である。
一体誰が悪いのかという犯人探しの最中で、もし自分が遺族なら、と思うと
怒りのやり場が定まらないというのも、失った悲しみ以上の苦しみではあるまいか。

現在、JRの対応に非難が集中している。所詮、お役所体質が抜けないとああいうものだ。
それが遺族の神経を逆撫でしてやまないことは、察して余りある。
だが一方で、乗客同様、同時に死者となった者への配慮なのか、
未熟極まりない運転で多くの人を死なせた運転士には、意外なほど矛先が向かない。
先ず、JRの課すペナルティというのがクローズアップされている。
なるほど、企業の利益至上主義的体制や体質には由々しき問題があったと見え
今回の大事故の賠償責任を全面的に負うべきはもとより、糾弾さるべきであることは
疑いの余地をいれない。

それにしても、である。
新米運転士が庇われ過ぎてはいないか、というのが引っかかってならないのだ。
では、あの運転士は果して、哀れなスケープゴートなのだろうか。
大企業の膿を出すために、あれほど累々たる死体の山が必要だったというのか。
未成年が凶悪犯罪を犯し、その生い立ちや家庭環境から大幅な酌量が加えられるという
ケースに遭遇すると、必ず覚えるあの違和感。あれによく似た不可解さ。

書類送検にはなっても、既に故人となり実質的な責任をもはや問えない運転士を
徒に鞭打つつもりはないのだが、要はその「ペナルティ」との関わり方なのである。

例えば、個人レベルの交通事故にも罰則、いわゆるペナルティは付きものである。
ルール違反でも罰金、人を轢き殺せば交通刑務所なり、何らかの処罰が待ち受ける。
まして鉄道となれば輸送人数は車の比ではなく、新人とは言えいっぱしの成人であるなら
ペナルティがあろうとなかろうと、その責任の重さを自ずと自覚せずにはいまい。
過去に陰湿な罰を経験済みの彼が恐れたのはよくよくだろう。それは分かる。
だが、第一に災いしたのは訓練不足に加え、彼の異常なまでの気の小ささであろうと思う。
真面目だったという彼は、登用試験は一応優秀な成績で突破したのだろうが
実践でのミスを重ね、何百何千の命を預かる運転士としての資質には、きっと欠けていた。
乗客の立場からすれば、その人柄がどうであれ、毎度オーバーランを繰り返す
下手クソな運転士の動かす電車に、わざわざ好んで乗りたい者はない筈である。
もしあの気弱な運転士が存命していたとすれば今頃、当然免れないであろう
刑事責任の重圧を、果して持ち堪え得ただろうか。

高速道路で事故を起こし、人命を奪い交通を麻痺させるトラック事故などはよく聞くが
それらについては事故の報道が一通りなされるだけで、事後処理の詳細は
殆ど一般に認知されずに看過される。ああいった場合はどうなのか。
長距離トラックやバスの運転手、バイク便のライダーなどは、例外なく過密スケジュールに
拉がれている筈である。そして中には、安全意識の希薄な者も少なからずいよう。
最終的に責任を取るのは会社でも、事故を起こすのはその中の一個人であり
それは飽くまで個人的な問題なのである。

JRに対する怨嗟や怒号がとぶ中、ある遺族の男性が顔を歪めてこう語っていた。
『誰かを責めてもしょうがない。日本中の気の緩みがこの事故を引き起こしたんですよ。
 ああいう運転士さんを走らせてたというのも、JRの緩みでしょう?』

信用して命を預けた筈の運転士が、自分たちの安全よりも己のミスの挽回に気をとられ
あの恐るべき暴走の挙句、取り返しのつかない事故を起こし、それでいながら
一言の釈明の言葉を口にすることもなく、呆気なく死んでしまった訳である。
その運転士は曲がりなりにもプロであり、決して責任能力を問えない者ではなかった筈だ。
確かにJRは、従業員を過酷な制度で締め付け過ぎ、人命優先という肝心の教育を怠った。
運転士亡き今、被害者にしてみれば、全ての責任は無論JRに帰すべきものであろう。
そのことに異存はないのだけれども。

それでも我々は、勤めに出るため、日々電車を利用しない訳には行かない。
誰をも責められないと達観するには無念に過ぎる、今回の惨事であった。


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