みちる草紙

2002年11月19日(火) 恋は水色 ねずみ色

今月から、Kさんが執行役員としてメンバーに加わり、歓迎の席が設けられた。
西麻布にあるこじゃれた創作料理の店が会場に選ばれ、個室を予約する。
社長行きつけの、割合お高い店であるのだが、近頃金回りの良くなった我が社は
接待はもとより「皆でちょっと飲もうか」という時さえ、わざわざカネのかかる店を利用する。

ベンチャーってこういうものなんだろうか、と訝りつつ、今やアタシの手元にある
“お疲れ一杯店リスト”は、政治家や芸能人もよく訪れるというベラボーな店ばかり。
こんな無駄遣いしてうちの会社いつまで持つのかしら、なんて危惧は口にするのも
野暮だといわんばかりの、アタシ以外はブルジョワ人な社員の面々…(-_-;)

全体会議のあとタクシーに分乗し『水色(すいしょく)』に着いた。一歩中に入ると
そこはディスコかバーか、はたまた夜の水族館と見紛うような、その名のとおり
揺らめくブルーにライトアップされた幻想的な空間であり、モデルみたいななりの
お兄ちゃん達が廊下のそこここに立って、微笑を浮かべ我々を個室へと誘導する。
先に通された社長を含む数人は既に、掘りごたつになった円卓にゆったり座を占め
後発隊を待ち受けていた。何だかバーのホステスになった気分だった。

例によって事業部長(女性)の自慢話が始まった。運悪く真横に座ったアタシに向かい
目利きの実績や錚々たる人脈を、酒が入り澱みのない滑舌でこれでもかと披露し出す。
他のメンバーは比較的控えめなのに、楽しい筈の無礼講の席でこの人だけなんでこう
仕事絡みの話(大半が自慢)を滔々とぶちあげて酒を不味くするのだろう。
アタシは適当に相槌を打ち料理に舌鼓を打ち、時々あくびを噛み殺しながら
彼女から逃れる瞬間を待ち構えていた。社長にフレよ、そういう話は(-"-;)
それが終わると、今度はすかさず一流ブランド品の薀蓄が始まる。自分をこの会社に
紹介したヘッドハンターを褒めちぎる。全ては彼女の自己アピールに直結する話題である。

皆オトナだからか嫌な顔ひとつせず、ウンウンと感心した素振りで聞いているのだが
何かの拍子に別の話題が登場するとそちらを向いてしまうのは、退屈している証拠なのだ。
かつて社長職さえ務めたという輝かしいキャリアと知性を、こういったスノビッシュな
本性を露呈することで台無しにしてしまうのは、いかにも勿体ないことだと思うのだが
ご本人は意に介していないらしく、この手合いは人種が違うと考えることにした。

全員イケるクチなので、口当たりの良い高価なワインのボトルが次々と開けられる。
飲み干すと早速注ぎ足されるため、常になみなみ湛えたグラスをジュースのように
ごくごく空けなければならない。日本酒とチャンポンなので、悪酔いしてしまうのでは
ないかと不安だったが、指先まで痺れる酔いも、しばらくするとスッと引いてゆく。
酸味と悪酔いがイヤで、ワインは普段あまり飲まないのに、さすが良い酒は違うなぁ。
次は何を飲む?と訊かれてもビール党なのでよく分からず、自慢部長に倣ってみる。
“火中の栗”というお酒は、一杯幾らするのか知らないが、温燗の底にトロリとした
栗が沈んでいて、甘く美味しかった。この連中はこういう酒を飲みつけているのか…。

自慢部長の話の中にひとつだけ、大変興味深い話題が出たので書き出すことにする。
『夜寝てたらフッと目が覚めて、全身が硬直して全く動かないんです。
 そして掛け布団がフワ〜ッと浮くんですよ。そこから首筋や顔めがけて
 サーーッと暖かい風が吹いてくるんです。見ると顔の周りをラットがぞろぞろ
 走り回ってんの。落ち着け、私は科学者なんだ、幻覚だ、落ち着け…!
 でも思い起こせばその日、私はラットを実験で何十匹も潰していた!(笑)』

今回の主賓のKさんは、終始部長に圧倒されて、影の薄い聞き役に終わってしまった。
宴もお開きとなり、帰りは同じ方向なので、自慢部長と一緒のタクシーに乗り込む。
アタシはもっと幽霊ラットの話の続きが聞きたかったのだが、降りるまで部長は
運転手をも聞き手に回し、運転技術の自慢話だけを延々語らい続けたのであった。


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