カエルと、ナマコと、水銀と
n.446



 フェミニン

=フェミニン=

まっさらな紙の上に手を載せて、そのまま頭の中のぐちゃぐちゃを染み込ませていけたらいいのに。心が身体と離ればなれだから、頭の中でぐるぐる回ってる思いも、深い溝にことん 落ち込んで、指先まで伝わらない。言葉を選ぶのは、なかなか陳腐だと思ってしまう。いくら言葉を連ねても正確には伝わらないのに、私は、私の思いに よく似てる 言葉を選んでつづる。並べていって、並べていって、始まりから見直すと あまりに見当違いで、私の指先は止まる。言葉にしても、文字にしても、電波にみたいに伝えられたらいいのに。
 鉛筆を置くと、手紙の上に乗せたその時から、もう何時間も過ぎてしまっている。無理に集中を長引かせようと思って、マグカップに珈琲を注いだけれど、もう 冷めた。香りのなくなった珈琲は、アスファルトの上の水たまりみたいだ。マグカップの形に納まっているけれど、きっと飲み物ではないみたいで、私はそれをシンクにこぼしてしまう。シガーケースの中から きっ と、まっすぐ伸びたセブンスターを取り出して、火を付けたら、コーヒーの残り香と煙草の煙が混ざり合って くらくらした。
 煙草も、珈琲も あなたの匂いの一つだから。一瞬 あなたのリアルな像が、かたわら 体温を感じるにはちょっと遠いところに浮かび上がった。
「話してくれないと、分からないよ」
 微笑みと 冷えた目であなたに言われた気がして、私の胸から反射的に飛び出した小さな音は、あなたまでは届かないから、書きかけの手紙の上に 落ちて 沁み込んだ。
私の目は、そのしるしを上手く感じ取ることはできないけれど、

あなたは 

もちろん、なにも感じてくれはしないのでしょうね。


2008年12月15日(月)



 

さあ、文字を記そう。いかに難解な配合でも、いかに優しい数列でも。私はタイプする。後ずさりと、にじり寄りの連続。いくばくかの表情がワードの文字列に反射する。千字の原稿。静かな空調の音。灰皿の吸いさしとセブンスター。燃えあぶれた煙草が、かすかに香る。さあ、文字を記そう。人生という膨大な時間を切り取って。何も生まないという結果に目をつむって。まるで夢を見るように。まるで、夢を語るように。指先と、頭脳の交錯。思考と現実が混じりあうまで、世界と世界をつなぐ道に佇み、見る。触る。嗅ぐ。耳を澄ます。
 そして、タイプする。


2008年12月12日(金)



 feed bug

=feed bug=

誰にも響かず、世界の果てで鳴らされ続ける鐘の音になりたい。残響音が空気を震わせ、やがて果てる。消え去るまでの数秒か。その美しい音色だけを食して生きる幽霊にむかって僕は、文章を連ねる。私は、私の幽霊である。私だけが、私だけの残響音を食し、私は私の色を深めていく。青が青を反射し、青が青を反射する。鏡と鏡の中に少しだけ色濃い青が垂らされて、青が青を反射し、青が青を深めていく。僕を見つめる君の眼球下半分に移る青色。君を見つめる僕の眼球下半分に移る青色。私は、君を見て、君は私の瞳の青を覗き込んで、君の心は、体温は一度だけ温度を冷ます。冷めた瞳に移ろうのは、僕の青色よりも少しだけ色濃い青色。それは僕の心の温度を冷まし、僕の瞳は、君の瞳よりも少しだけ深い青色をともし。悲しみが悲しみをよんで、胸の中へ、中へと深く落ち込んでいくと、あなたはふと、笑って、目をそらした。灰色の瞳は、僕を見つめるけれども、もう、僕の瞳が映し出すのは冷然とたたずむ、灰色の猫模様。探るような目つき。僕は、見透かされた。深く、深いところまでも一瞬に。そうだとしても、その断片はもはや空気に色づける粒子でしかないのです。相乗的なかがみ合わせのあなたがいなくあれば、私の心は反射しないのです。音と音のフィードバックが、ライブハウスで目を凝らすあなたの耳をつんざきました。あなたは不快な表情を呈しました。客席よりも、一段だけ高いだけのステージから、冷静な瞳は、知ってしまった。知らなければ、大海に落ちる一滴。私の眼は、解像度の高いレンズが宙空の滴を円に描くように、一瞬の不響音がすべての旋律を崩し去ってしまう。レンズでとらえた、電子の乱れ。かなれ。成れ果て。五感を研ぐと、薄く、薄く、日本刀の切っ先を、分子と分子の隙間さえ分け入ることが可能になれば、うすく、うすく、鋭さとは違う。鋭さは、きっと、分子の結合を解いてしまうのだらう、水の分子は気体に瓦解してしまって、あなたの脳みその中身の記憶と感情をつかさどる領域を、私の冴えた感性が、覗きこむ隙間さえあれば十分なのです。あなたの思考回路のすきまを縫って、ひだとひだのあいだを押し分けて、原始記憶のかなたから、一瞬のともしびのような、愛と呼ぶには儚い、そんな感覚を愛でたいだけのなのです。私は、笑みを浮かべます。あなたの目の前で。ただ、それはあなたの視界を満たす景色の一角。背景にすぎなくて、そんなあなたのともしびを感じた私の心は零コンマ数度だけ温度を上げて、もし、それが瞳に火をともすなれば、私とあなたの間で燃え上がるかもしれない炎が、きっと、私の耳小骨のなかで響き続ける残響音を、かすかな空調の空潮が吹き飛ばす埃を舞いあげ、埃が音と音のはざまにくさびを打ち込んだ。消え去った。瓦解し、砕け散り霧散した。

2008年12月08日(月)
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