カエルと、ナマコと、水銀と
n.446



 風化

=風化=

今は、十一時三十一分。透明の満月が空の天辺に昇っている。猥雑とした建物たちは区画整理の波に飲み込まれ一掃され、ただの荒地となっている。剥き出しの土の上に、一台、ブルドーザー。戦場に見捨てられた戦車のように月の光を浴びている。息は白く落ちていく。このまま忘れられ、冷たい雨に錆びて、やがて朽ちていくのではないかと夢想する。でも、やはり、これは。明日も荒々しく土を削るのだ。削り取り、押し進み、えぐる。きっと、静かに死んでいく。

2005年12月14日(水)



 水槽ポンプ

=水槽ポンプ=

水槽の中は綺麗に照らし出され、洒落た照明になっていた。無雑作に三分の一開かれているカーテンの合間から外の光が、車のヘッドライト、街灯の白光が入り込んでいる。フローリングの床の上に静かにカットグラスが置かれている。光を身に纏うように吸収し、光の屈折を床に映し出している。自分の目が暗順していくにつれて、素面に戻るように感動が薄れていくのを知った。アクアリウムの中の熱帯魚たちは、じっと私を眺めていた。冷凍庫を開くと冷気の間から薄い光が漏れ出して、私の体に降りかかった。ウイスキーを注いだグラスに氷を入れる。氷の割れる音が鳴り、時計の針の音が鳴り、車の急ブレーキが鳴った。熱帯魚たちは瞬きもせずに私を凝視している。黒電話のような、しかしそれよりも高い音が私の耳の中で鳴り出した。鳴り出した音はすぐにでも途切れそうでいて、続き、それでもやはり消えていった。いつのまにか私はキッチンに立ったまま、目をつむり、溶けた氷に薄まったウイスキーだけの時間を越していた。冷汗をかいたような寒気を感じて一口も口をつけぬままのウイスキーをシンクにこぼした。氷がステンレスに音を立てた。街灯が瞬いた。熱帯魚が笑った。

2005年12月11日(日)



 欠失

=欠失=

冷たさは次第に足の先から這い上がってきて、膝を包み込み、背中へと回り心臓を凍らせる。凍った心臓は長く、深く吐いた息とともにせり上がってきて、白く崩れた。霧散し、消失する。
一呼吸ごとに心臓を失っていく。

2005年12月10日(土)
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