カエルと、ナマコと、水銀と
n.446



 目を伏せた夜明け

=目を伏せた夜明け=

休日明けの朝は眠たい。ボクはとっても中途半端な位置にいる。親の書斎でレッドッツェッペリンのレコードを聴きながら、文章をかたかたと俯きながら打っている。きっと、明日の朝は眠いのだ、と思う。ほら、そこには夕方買った本が伏せてある。勉強もしなければいけない、本も読みたい、だらだらと文章を書いていきたい、でも、どれもどこにも行き着かない。明日の朝はやってくる。その少し血圧の下がった、目だけは異様に冴えて、頭の軸がはっきりしない感覚をありありと想像できる。パソコンのキーは断続的に音を鳴らす。きっと、ボクの指が叩くから文章が進むのではない。目の前の観葉植物がすごいスピードで成長している、気分になった。ジャックの豆の木のように。どうせ、六時間足らずで朝はやってくる。


=switch off=

邦人…性2名……亡。北朝鮮…射…中国政……と、 火災によ……二児の母…子を殺…… …イラク紛争は…ッシュ政権の…みられ……工場から…汚…人体へ…影響……自殺とみら…戦争… アメリカ人……自己…テロ………五十二名…行方不…八百…です。…一般…… …民主…。…境界…大統…… ですが、どうや…… 死…みられ、速急……偽造され…詐欺は七百件に及……ます。…虐待 ……子が…女性教師を、ナイフで ……児童は…「ムカツイタ…俺にばかり……死ね ……死ね……死ね…死…死…………………………………………………………………………………………………………switch off……………………………………………………………………………………………………………ツーツー、ツー……………………………………………………ツーツツー…………………………ツー…………………………ツー…………………………。。。ラジオのスイッチを消したら何の」音もしなくなった。情報の氾濫。気持ちが悪い。ただ、気持ちが悪い。求めてもいない情報は何をもたらすのだろう? 悲しみさえ感じない。どうしようもない、あきらめるしかない、きっと、耳をふさぐしかない。そのリアルは身をえぐっていく。死が日常になる、遠く離れた地で。もうイヤだ。スイッチオフ。全部を閉じてしまいたい、平和な世界は訪れないのだろうか。ふとした瞬間、涙を流すまでもなく、胸が痛み続ける。ため息も出ない、涙も出ない、愚痴も出ない、懺悔の言葉も出ない、なにも生産されることがない。壊れてしまった世界。もうやめてくれ。イヤだ。何も求めない、無感動。もうイヤだ。イヤだ。イヤだ。いやだいやだいやだ。やめてくれ。
スイッチオフ。…………………………………………………………………………………………………………switch off……………………………………………………………………………………………………………ツーツー、ツー……………………………………………………ツーツツー…………………………ツー…………………………ツー…………………………

2004年05月31日(月)



 ストレートギビングアップ

=ストレートギビングアップ=

アップテンポな曲を弾いた。ハッピーエンドは嘘臭いから、最後の音は不協和音にしてやった。幽霊が出てきて、「こんにちは」っていったから、笑って「へっへっへっ、帰りなボケナス!」泣きながら帰っちゃたよ、おいおい。重低音系の笑い声。クラスメイトはとっくに帰ってる音楽室には一人っきりのはずなのに。夕方雨模様の空色。仮面ライダー。どこかに落とした財布が誰かに拾われてるかもしれない。そんな夕方の、ある時間。ふわっとプリン。へいへい。誰もいないのかい?誰もいないのかい?だれもいないのか。そうか。そうか。どうでもいいし、最低だからもうやめた。終わりだ終わり。へっ、鞄をまとめて帰ってくぜ。あばよ。


=マミーマミーヘンテコゴリーラ=

お母さんおかあさん。そこにヘンテコゴリーラがいるよ。どうする?「バナナでもあげなさい」駄目だよ、バナナはボクの大好物だよ。でもでも、さっき全部食べちゃったよ。「かわりにクッキーでもあげなさい」そうだね、クッキーだね。ママのクッキーは世界一だから、へんてこゴリラも帰っていくよ、きっと、きっと。「ママは洗濯で忙しいのよ!!!」

2004年05月29日(土)



 昼下がりの

=昼下がりの=

すっぽり何かが覆い被さるように、ふとした瞬間一人になる。周りの景色が解け合っていって、友達もタンスも、教室の隅のイスも、空も一緒になる。それはよく、晴れた春や、涼しい夏や、ぽかぽかの冬、名残惜しい秋の午後に起こる。時間帯は一時とか二時とか三時とかそういうところなんだろうけど、ああ、起こりそうだなという気配は確かにある。ふわり。羽毛の中に埋もれて夢を見ている感覚だ。何もなくなってしまう。空想も、からっぽも。すーっと、感覚がフィルター越しになる。
そこで、コップの氷が音を鳴らした。


2004年05月28日(金)



 口笛カラス

=口笛カラス=

お気に入りの歌を口ずさみながらその子は塀の上を歩いている。自分がどれだけ勇敢かってことを分からせようと、高い塀の上をふらりふらりと歩いていく。ゆみちゃんのママが「あぶないからおりておいで」降りるもんか。ここはすごく眺めがいいんだ。屋根の上に灰色猫が、昼寝してた。夕焼けこやけだって言うのに、今頃やっと起きて目をぱちくり。赤色の火が、影をつくっていく。吹けない口笛を吹こうと。自転車に乗ったおばちゃんが鈴を鳴らしておじいさんを追い抜いた。ちりちりん。目を覚ましそうなコウモリ。山の向こう側の世界は、まだ昼間なの?ひゅーひゅひゅーふーひゅー。カラスの口笛唄。


=弱イ者たち=

キリギリスは目を細めながら、「死んでしまうのか。どうなんだ。ああ、死んでしまう」とつぶやいていた。アリたちはやっとこさ冬の準備をおえて、最後のパンの一欠片を巣の中に運び込むところだった。キリギリスは重い腰を上げて、「こうするしかない。駄目だ。ああ」と独り言を言いながら、アリの巣の戸を叩いた。コンニチハ、キリギリスサン。ドウカシマシタァ?−ヒモジクテ、サムクテ、シニソウナノデス。ドウカ助けていただけないでしょうか?ニヤリ、と、アリは口の端で笑う。黒い笑いを顔の皮膚の下に隠してる。「どうぞ、どうぞ。中に入りなさい」「ありがとうありがとう」
最後にアリたちは大きな食料を手に入れましたとさ。


=黄色のボール=

丸を飲み込んだ。丸に飲み込まれた。丸を飲み込んだ。丸に飲み込まれた。ぐる。丸に飲み込んだ。丸が飲み込んだ。丸いお日様。黄色のピンボール。喉の奥の穴。飲み込んだ。

2004年05月26日(水)



 アットテンポ・ナルシズムヒーロー

=アットテンポ・ナルシズムヒーロー=

お願いヒーロー。助けてくれよ、って放った言葉はころりと転がる。どこにいるんだい?月の明るい夜をどこに向かってほっつき歩いてるんだい?助けの欲しいときにはやってこない。眠っていようが、笑っていようが関係ない。どんな電話にだって出る気はない。悪の仮面がこの町を罠に陥れようとしているんだ。そんな夜だっていうのに、月はどんなにか優しく心地よいものだ。からからに干涸らびて色あせたポスターは「ウォンテッド」お尋ね者を晒してる。打ち首にして市中引きずり回し。それにしても、どこだい?マイヒーロー。


=アフリカンテキーラ=

機嫌の悪い象は右足を思いっきり踏みならして水を吸い込んだ。空に舞う原色鳥たちは空気の震えに頭を回すと、思いっきり吹き上げられた象の水が、空に虹を描いているのを見つけた。群がるハエたちは、ちっともめげる様子もない。草はあらかた濃い緑に変わってる。キリンのはむ新芽は、高い木のてっぺん。

2004年05月25日(火)



 ワラッパ

=ワラッパ=

ハロー。月が笑って飛んでった。ゆっくり小山へ登る小道をゆく。てくてくてく、緩やかに流れる川のように曲がった道を登っていく。草の茂みから遅刻しそうなキリギリスの歌が聞こえてきた。今何時だい?そうさ、今は深夜二時。ラララー。フクロウが首を伸ばしたから、メガネザルは右目を細めてそれを見た。星たちはわがままに散らばっている。ハッハッハ、グッドナイト。月は笑ってそういった。街はすでに夢の中。木だって、花だって、眠りについてる。ヤーハッハ。月は笑ってる。


=懐かしの赤火=

炎がゆっくり近づけられて、油の沁みたこよりに火がつけられた。こよりは水淵のお地蔵さんのほこらから針金に支えられつつ、渡川の上を越えて、岩城の小山の中程に位置する平宿寺まで続いている。昼間カラリと晴れた空には星が星に見えないほど散らばっていて、乾燥した空気のなか火はゆっくりと確実に渡川を越えようよしていた。村人たちは家計を考えるのを休み、子供たちは火を追っかけ追い越し、戻ってきては声を上げていた。若い男女は手を握り人々の影で神聖な口づけを交わし、雌猫は空を見つめていた。
愛し合うのに夢中になった男女が、人々の感嘆の声に顔を上げると、平宿寺のかがり火にこよりの炎が燃え移ったようだった。揺れる赤は空を照らす。
目をつぶったら、そんな風土があるかもしれない。


2004年05月24日(月)



 風が撫でてく

=風が撫でてく=

遠くの方まで穂が連なって、風が吹くと暖簾のように緩やかに揺れていた。風が撫でてく。


=破るための約束=

起きあがって何かをしないといけないときにかぎってなんの機会もやってもない。「次○○○が起こったら、やろう」なんて決めてたときにかぎって何も起こらない。「十時になったら起きよう」その約束は、気がないうちに十時を回り、晴れたら勉強しに行こう、そして雨。次こっちを向いたら、あの子に声をかけよう。少し寂しいけれど、すぐに忘れてしまうタイミング。こないものと分かりながら決めるその約束。さ、明日になったら頑張ろう。


=雨あがる=

風が瞬いた。瞬いて木々をなぎ倒して目前へと迫ってきた。光は、稲妻型にねじ曲げられて、高い一本のクスノキへと落ちていった。モグラは土深く奥底で身を丸めてる。月が昇って、水が晴れ、虫が鳴き始めるのを待って、ようやく小さな顔を出す。虫たちは声をからして自由をなく。勝ち取った、平安の月夜を歌っている。しばらく音は鳴り続け、誰もとらない電話のよう。黒の雲は遠くに去っていった。



2004年05月23日(日)



 とどまる

=とどまる=

暑い日中を越してやってきた涼しい夜道を一人で帰るとき、遠回りして長く長く歩いて帰りたくなるときがある。帰るべき家に帰りつきたくなくて、どうにか長くこの心地よい気分を長引かせようと思う。静かな道は自然と何かを思い浮かべながら進んでいく。それは心地よい妄想であって、現実から隔てられた楽園だ。街灯がゆっくりと光っていて、ときに瞬く。蛾が螺旋運動を繰り返して、昇っては降っていく。次第に何を見つめているのか分からなくなってくる。いつの間にか、家は目の前にある。


=みず色=

空気中の水分が目に見えるくらいの雨の日。薄い青色が浮かび漂っている。吸い込んだ粒は胸の中で溶けていった。風が強いから窓から雨が入ってくるんだ。

=桜色=

かけていた目覚ましは鳴らなくて、ふと目を覚ましたら、カーテンの隙間から薄いオレンジの光が射し込んでいた。眠たかったはずなのにどうしても、カラリと開けた空を見たくて布団をはねのけ、カーテンと窓を開け開く。温かくなりきれていない空気と、温かい光が入ってきた。すこしだけ、花の匂い。ジーパンにトレーナーを着て外に出た。花の匂いが強く香ったから、柄にもなく散歩に出かけてしまう。桜色の並木道。

2004年05月17日(月)



 湿った匂い

=湿った匂い=

湿った光がタイルで舗装された歩道に沿って並んでいる。自転車のタイヤはほぼ摩擦がないように進んでいて、冷えた夜の風は火照ったエンジンを冷やすように身体の熱を奪い去っていく。心地よい涼しさは、懐かしい匂いを思い出させる。夏の、夜の、森の、匂いだ。キャンプ場の朝にかぐ、あの匂い。確実に季節は夏へと向かっている。もうすぐ、梅雨なのかも知れない。


=ドコ?=

うらぶれた風にさまよっている。荒野の果ての寂れた酒場。ガス灯が瞬いて消える。多くの水分を欲している空気。風は乾燥した草や何かのゴミをころころ転がしていく。ドコニイクデモナク。



2004年05月15日(土)



 どうあがいても進めない気持ち

=どうあがいても進めない気持ち=

暑さがまわりにたまっている。よどんで、油の浮いた空気が熱を吸い込んで、浮かんでいる。やる気はすべて熱に奪われてしまう。奪われたやる気は劣化し、黄ばんでねばねばしてくる。肉と肉のふれあった部分には汗が浮く。汗は、皮膚から出てきて、また、皮膚の中に潜ろうとする。有害物質。どうあがいても前に進めない気持ち。時間だけは、いつもより遅く、ただきちんと積み重なって進んでいく。世界の低層にいる感覚、それを楽しんでいる。自虐的で、非生産的な行動。窓を開けさえすれば終わってくれる。流れない空気の中で、すべてすべて無駄にしている。


=日が昇るまで=

世界が終わったように蒼く静かだったから、むかついた。嘘でも、嘘を胸を張って整然としているから気に障った。ただ、でも、ひたすら驚いていた。蒼さに見入って、どうにか忘れないように見つめ、吸い込み、刻んでいく。空気は夏のキャンプ場の匂いがする。人の手からは遠く離れた自然の腐るにおい。目をつぶって、開いた瞬間、蒼は綺麗さっぱり消えていた。ただののっぺりした空でしかなかった。
日が昇るまでまだ少しある。

2004年05月12日(水)



 はりぼてのさぼてん

=はりぼてのさぼてん=


眠くてしょうがなくて、対して文字も浮かんでこない。どうにもこうにも進む気が失せてしまった。前に進もうとも、長い道のりは、すべてを奪っていく。瞼が落ちそうで、落ちない。文字を書くという感覚が、何も、一滴残らず消えてしまった。便宜的に並べている。なにも。なにもない。心地よい響きは生まれるはずがない。世界のはしっこには、なにもない。亀の甲羅。トンボが輪を描き、短パンを引きずりあげたら鼻をかむ。眠くてしょうがない、サンマの匂いと、子守唄。もういくつねるとおしょうがつ?答える義務なんてどこにもない。海の匂いは、きょうれつで、すみやかに。消えていくのは、おなかの中身。身体の中身はこれっぽっちも重くない。ただの、ただの、ただの、張りぼてだ。ボクのからだはハリボテなの?おかあサン。


=詞=

絞りだそうとして絞り出した言葉は案外届かないし、大きな音をなさない。ぽろっとこぼれた、涙みたいな言葉がときたま向こう側まで、致命的なほど響いてしまうことがある。訂正は効かないから、慎重にならなければいけない。言葉には限界があるし、ある意味限界がない。世界の裏側まで揺るがしてしまう一滴は、果たしてどこからくみ出されるのだろう。何の意味のなさない言葉、は、どこに転がっていて、意味があるようで意味のない、どうでもいい、よう、な、形だけの言葉がある。だけど、僕は。憎めない言葉も好きだ。凡庸で、平坦で、ありふれた詞が好きだ。

2004年05月08日(土)
初日 最新 目次 MAIL


My追加