ジンジャーエール湖畔・於
目次


2002年07月29日(月) 2メートル逃げ去る恋を首が追いキスする技は蛇娘ならでは

ロフトプラスワンで見世物小屋についても話を色々聞く。
日本見世物学会の理事のおじさんの大変愉快なお話よ。
わたしは、見世物はもう忘れられてゆく文化なのかなと思っていたけど
おじさんは見世物はこの先も生き残っていくと断言。意外だった。
口上っていうもんは客を入れるために少々(ほとんど)いんちきなこといっているもんだけど、「今、鶴田浩二が来たよ。」といってライバルに勝った、
という武勇伝(?)は可笑しかった。
別に「中にいます」とはいってないから嘘にはならない、という理屈。


2002年07月24日(水) 長与千種のコドモ達はみな闘う

女子プロのドキュメンタリー「ガイア・ガールズ」観る。
長与千種率いる団体ガイアの家族のような愛情と残酷なまでの教育。
女子プロ門外漢の私が今回わかったのは、
『レスラーを目指しているからと言って、みんなが長与千種じゃない。』
ということ。
前髪を切れといわれて、仲間に切ってもらったら短くなりすぎて
しきりに気にしている様子とかデビュー戦が決まってはじめて
レオタード(?)衣装を皆の前にお披露目する際のはにかみよう。
練習生の竹内サイカちゃん。
私は女子プロの人はみんな長与千種とか神取忍みたく
オンナであるまえにレスラーです!オンナはやめました!
という感じなのかと思ってたよ。
(まぁ、女子プロといってもキューティー鈴木みたく
アイドル路線な人々もいるけど。)
「ぎぇぇえ〜〜〜」とか「おりゃーーーーーーっ」
なんて凄まじい声とともにとび蹴りかますようなサイカちゃんの中に
前髪を気にしたりする乙女チックなメンタリティが同居していることに
なんともビックリ。
レオタードを初披露する際の彼女のはにかみようは
同性のわたしからみても、その恥じらいが処女的でエロチックなものに
感じられた。
そして二つめの私の誤解は、
『レスラーは人を殴りたくてたまらない人種がなる職業』ということ。
それも違っていた。あまりに短絡的な考え。
デビュー戦が近い彩香ちゃんが、なかなか相手に攻撃をやりかえせない、
なにかふっきれないのは、恐れや痛みを隠そうとしているからという。
殴ったら倍にして返されるという強迫があるのだ。
その葛藤のはざまで苦しむ様子。
これには、目からウロコ。
「選ばれた者しかリングには立てない」という長与の言葉が印象的。
長与千種はとてつもなくカッチョイイ。
台本あるの?というくらいドラマティックな発言多数。


2002年07月23日(火) TALTAT誘拐事件 「ピニキュッチェリ−!!」悲鳴あげて


新文芸坐でパゾリーニ特集。
友達に「ソドムの市」と「豚小屋」みるんだー、といったら
『ちょースカトロジーだよ〜。観る前も後もどちらも食べない方がいいね』
なんていわれた。
そりゃそうだろうけど、そんなに衝撃的なわけ?
今どき糞尿くらいでさー。と軽く考えてたのでちょっと面喰らう。
そしてますます期待高まってドキリンコ☆
スカトロ嗜好の友人をつれていくことにした。
その感想は、

「ソドムの市」最高!
「豚小屋」難解。

観る順番が逆だったら「豚小屋」だけ観て帰ってきてしまったかもしれない。
でも不思議と眠くはならなかったな。
わからないものに最近めっきり触れていなかったから、
たまにはいいものです。
「ソドムの市」面白かったし。
帰りに、以前カレーの本でみた評判の店「夢民」へ。
別にどうってことないお味でした。
そういえば私たち数時間前にスカトロジーな映画みたんじゃなかったっケ?

私のパートナーでありベストフレンドの愛チャ、
大学の正門近くに待たせておいたところ何者かの手によって失踪せらる。
「あいむTALTAT(タルタット)」
そういって彼は2年前の冬、私のものになったのだ。
今までに何度も別れ(盗み・撤去・忘れ)が訪れたけど、
結局はなぜだか私の元に帰ってきてくれたTALTAT
今回の失踪も、『これで私達お仕舞い』って気が全くしないのが不思議。
きっとまた逢える、よね??
いつかどこかで


2002年07月17日(水) ジュリエットの卵

 
 

  誰も君を知らない



  君でさえも



  誰もぼくを知らない



  ぼくでさえも



  君の知らないぼくと



  ぼくの知らない君は



  いつか何処かで



  いつもどこかで



  繰り返し


 
    出会い続ける



   それが運命の恋人







野坂塾へ行くはずが、なんだか頭いたくて断念。
家でおとなしく。しかし、六畳半でひそやかに感銘。
吉野朔実センセイの「ジュリエットの卵」にぐったり。
むかしに”ぶ〜け”かなんで読んでいたんだけど、文庫になったのを機に再読。
で、感動。うん。感動というかドキドキというかウットリというか。
(わたしの「感動」って言葉はやすっぽいなぁと思いつつ)
蛍と水(ミナト)という双子の兄妹の恋と悲劇の話。
とおして読んでみると、前半と後半で蛍と水が入れ替わるような
対称的な構成になっていることがわかった。
”ぶ〜け”では他にも「少年は荒野をめざす」「エキセントリクス」などを
読んでいたのだけれど内容はほとんど憶えて無いです。
だからきっとこれから本屋にいってちょっとするとぜんぶ本棚に並んでるん
だろーな。わたしのことだから。
一番好きでよく覚えてるのは「恋愛的瞬間」。
コミックスも2セットもってるし。
(持ってても読みたいときにどこにあるかわからなくて新たに買うから)
連載当時は精神科医の春日武彦先生の連載もあったの覚えてる。
たしか挿絵がクラフト・エヴィング商会で。
それがおもしろくって春日先生の本読んだ。
「ロマンティックな狂気は存在するか」「顔面考」はげしくオスメス!
・・・じゃなくてオススメ!
もとは日本医大の産婦人科医だったそうだけど、流産したり奇形児を産んだ
母親のメンタルケアに携わるうちに、精神科医にすすむことになったそう。
うちの叔母は、今は無き日本医大第ニ病院で電話交換手をしていたので
聞いてみたら、先生のこと知ってた。
『奥さん看護婦、ちょっとキツイ感じの人、でも美人。』ってことまで。
母がわたしを産んでしまったのも、その日本医大だったので
もしかして春日先生その時産婦人科いたかもね、なんて叔母いってた。
世間て狭いなーって。
その後も、母が膵臓悪くして入院したり、叔母が当直の時にこっそり
電話交換室にこっそり泊まったり、毎春叔母の休み時間に
九段下まであるいて靖国神社に花見ついでのお参りいってたり、
小児科には喉をみるときにやる、棒で舌をおさえてライトでみるやつ、
あれを「おうぇっ」ってならないように上手くやる先生がいたこととか、
病院玄関のおっきい階段をかけ降りて、わざと靴かたっぽ脱いでシンデレラごっこしたこととか、
入り口の花屋のお見舞い用のカーネーションの犬が欲っしくて欲っしくて、
3000円くらいしたと思うンだけど小学生なのに
自腹で買ったこととか・・・
日本医大第ニにはいろいろな想い出があります。


テ、ユーカサ−
・・・うすうす感づいてはいたけど、
わたしってこの日記でむかーしのこと思いだしてばっかじゃない?
なんだろー。
未来に興味ないからかなぁ。
わたし現実とか将来とかってあんまり好きじゃないんです。
蛾とか蝶とかひらひら飛ぶものも苦手なんです。


最近わたしは”ぶ〜け”レトロスペクティヴ。
このまえもブクオで清原なつのセンセイの初期短編が文庫になったの買った。
「5時からの咲也」「セーラー服の気持ち」「8月の森を出て河を渡って」が特に◎。
山本直樹曰く”「好き」とか「好きなんだけど」とかいっただけで作られていたおとめちっくラブコメのフォーマットでありながら、そこから半歩か一歩ずれた微妙な視点。”
恋愛とか性が少女漫画にしちゃあ妙なんだよなー。
”第ニ次性徴”感っていうか。
言葉にするのがむづかしい奇妙さがある。


2002年07月13日(土) みつめあう2人の邪魔はコンタクトレンズとか黒ぶち眼鏡とか



「女の子は一回でも彼のレンズなし眼鏡ごしの瞳にみつめられると恋に墜ちてしまう。」



そんな恐ろしい都市伝説をもつ彼氏に遭ってしまった。

さすがのわたしも『おまえにマラリア』寸前。

でも大丈夫。

目も耳も口もふさいだよ。

第一わたしは女の子じゃないもの。

ハアトにプロペラ差し込んで

お尻にハンケチ縫いつけた

菫礼少年の女の子。

だから、大丈夫。

「アイデン&ティティ」読んで泣けるのは男の子だよ

ってロビオが太鼓判おしてくれたもの。

ねえだからもういいでしょ  

  −いいや、まだだよ

だって目も耳も口もふさいだよ。

それでも駄目なら

キャッ キャッ キャッ

いかれた奴だぜ

  −おたくこそ




2002年07月12日(金) バターまみれのポップコーンで狙え!映画館に潜む鼻ちょうちんを

ギンレイホールへ。
見逃してしまったジャック・リベットの「恋ごころ」を追って。
併映はゴダ−ルの「はなればなれに」。
はじめにゴダ−ルを観てしまったことがいけなかった。
今日の午後の試験の準備で昨夜の睡眠不足がたたって、
コックリコックリ。
気づいたらすべての上映が終わっていた。
4時間以上すわって寝ていたことになる。ひえ〜〜。
こんなの初めて。
映画館で寝る事自体あまりない私なのに。
(「アルマゲドン」でちょっと寝た程度)
損しちゃった。
しかも学生証なくして一般料金で入ったのに。
しっくぅ〜しっくぅ〜
ダンスシーンも見れず。


2002年07月10日(水) はじまったばかりの二人の恋はまるでジンジャーエール中毒

今いちばん好きな食べ物。
近所のスーパーで売っている「うな玉きゅうり太巻」。
このスーパーにはルパンがいる。
無論わたし達が勝手に呼んでるあだ名だが。
しかもちっともルパンに似ていない。モミアゲがながく顎がしゃくれてる
というだけでルパンと呼ぶことには、なんのひねりもない。
ルパンは店員だ。
わりと新しめの女性レジ係が「ありがとうございむぁ〜すぅ」
と妙にねばっこく語尾を発音するのは前から知っていた。
そういった異常な発音の営業トークは、めずらしいことではない。
服屋の店員などによく見受けられる。
気になるのは、その「ありがとうございむぁ〜すぅ」が
どういう訳かルパンに伝染していることだ。
新入りのレジ係が、ベテランの営業トークを聞いているうちに
影響されて同じように発音してしまうならわかるが、
ルパンよ、君はベテランじゃあないか。
新入りの変な発音を真似てどうする!?
しかしふと頭をよぎるのは、
もしかして、この二人いい仲だったりして・・・
この「ありがとうございむぁ〜すぅ〜」がルパンと新入りレジ係にとって

「ブレーキランプ5回点滅、『ア・イ・シ・テ・ル』のサイン」
                    (BY ドリカム)

みたいな役割を果たす、二人のシークレットサイン、コサイン、恋サイン?


2002年07月07日(日) 織女のパンティ盗んだ下男が空を仰ぎて唱うオ・ソレ・ミヨ

七夕の歌が好きだ。
「さーさのはーさーらさらー」というあの有名なアレではなく、
たしか作詞が宮沢賢治で『星巡りの歌』っていうタイトルだった気がする。
とってもロマンチックでもの悲しい感じの曲。
小学校で教わった歌だ。

 赤い目玉のさそり ひろげた鷲の翼
 青い目玉の子犬 光の蛇のとぐろ
 オリオンはたかく歌い 霧と霜とを落とす
 アンドロメダの雲は 魚のくちのかたち
 大熊の足を北に 五つのばしたところ
 小熊のひたいの上は 空のめぐりのめあて

小学校の音楽のセンセイのことは今でもよく憶えている。
橋本躬耶子センセイ。楽しそうに歌う先生が大好きだった。
教科書のうたはあんまりやらなくて、いっつもシューベルトの「ます」
だとか、モーツァルトの「ミューズの子」だとか、「魔笛」の『パパゲーノ』
の歌だとか『魔法の鈴』だとか。クラシックしか聴かない子供だった
私はいっつもウットリしたり感動で興奮していた。
日本の歌も沖縄の数え歌『てぃーちでぃーる』や宮沢賢治の『岩手軽便鉄道のうた』など。他の音楽の先生とは違った独自の教えかただった。
「歓喜の歌」は一年生から六年生までみんなドイツ語で
ソラで歌っていたもんだ。

”ふろいでーしぇーねるげってるふんけん”

音楽の素晴らしさは橋本先生に教わった。
先生は「君が代」について、伴奏はするけども絶対に歌わない、と主張していた。小学生のワタシにはそれがなぜかは理解できなかったけど、
先生がそういうんなら「君が代」歌ってくれなくても全然よかった。
とっても素敵な女のセンセイだった。
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地下鉄の駅の入り口に笹が飾ってあって、願いごとをかいた短冊も
ついてある。
ふーんと一瞥し地下鉄の階段を降りていったところ、
先ほどの笹につけてあったと思しき短冊が、風で飛ばされたのか
脇の排水路のあたりに累々と連なっている。
その短冊には
「第一志望内定!俊樹」「一生しあわせに過ごせますように あきこ」
「バンド成功。グッチン」
みたいなありふれた願いがかかれている。

しかし、その排水路に落ちた短冊のみすぼらしさ。泥にまみれて。
そこに書かれた願いは絶対にかなうことはないだろうと思う。

俊樹は一生就職できず、あきこは一生ふしあわせで、グッチンは一生
売れないバンドマン(もしくは断念し田舎に帰る)になるのだ。

一葉の短冊がきっかけで人生が危ういほうへ押しやられるなんて
まったく恐ろしいです。
無責任に願いごとをするとこんなことになってしまうのですよ。
自分の書いたもの、まして願いごとが風でどっかへ飛んでしまうなんて
不吉すぎます。しかも排水溝におちてるブザマさよ。
願いごとするのはいいけど、その行方を考慮しないとね。
縁起として。


2002年07月05日(金) 夜の森が飲み込む赤い盗難車いくら逃げてもレコードの上

ケネス・アンガ−特集にいこうとして時間まちがえてジ・エンド。
瀬々敬久監督、脚本井上紀州の「HISTERIC」観たよ。
瀬々監督はピンク映画の四天王の一人だそう。
小島聖演じる地味め女と、千原浩次演じる破滅型の男のカップル。
パッケージには「ボニ−&クライド」がどうたら、とある。
こういう無軌道に刹那的に生きる若い男女モノに、
私は簡単に陥落してしまふ。無条件でスキなのね。
「パッと生きてパッと死ぬ。太く短く生きるんや」といって
生き急ぐ千原弟はせつない。
地味に予定調和な未来をいこうとしてた聖にとっては千原弟がみせる
新しい世界が新鮮で魅力的でないはずがない。
しかし、いったんはなればなれに人生をあゆみだしてしまった二人は
もうかつてのあの夢のような世界へは戻れない。
ぶ然とした表情の千原が、突如聖の子供に戯けてみせたタコ顔、
それをみてなんともいえない気持ちになる聖。
別れた男だけど、この男のこーゆーところがスキだった。
みたいなことを聖に思い出させるのだ、そのタコ顔が。
このシーンがこの映画そのものであるような気がする。
このシーンのために他のシーンがあったかのような気すらする。
聖が現実に生きる人間だとしたら、千原は夢のような非現実的なものの
象徴である。
でもどんなに退屈だろうと、無味乾燥だろうと
人間は現実に生きていかざるを得ないのだ。
「パッと生きてパッと死ぬ」なんて都合よくはいかないのですね。
「だるいせつないこわいさみしい」(穂村弘)なんです。


2002年07月01日(月) 目尻にぶら下がった子供たちの功労で左(レフト)とん平、微笑。

文芸坐で「ヒューマン・ネイチュア」「マルホランド・ドライブ」みる。
スマップの中居がやっている電話会社かなんかのCMで、
染之助染太郎のように芸をしている白ネズミは、「ヒューマン〜」
のパクりではないか?
もしくは、映画の白ネズミたちの末路。

RCサクセションの『トランジスタ・ラジオ』を聴く。
悲しいことに大好きなこの曲も
もはや「真剣十代しゃべり場」を想起させる以外の何物でもなくなっていた。(ニューバージョンが番組のテーマソングになっていた。)

サントリー烏龍茶の自分史上最高彼氏のCMは可愛いなあ。
けど、このひとつ前にやってたやつの方がもっとすき。
女の子が手作りしたパンダのチャイナドレス姿をみて
ドキッとしている地味な男の人がなんともかわゆくて。
あーゆーチャイナだとか韓国だとかの地味な顔の人にも弱いのよ。


cottonkyaori |MAIL