言葉の杜 Diary

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                          琴 音


2006年09月28日(木) 研修

本当は6月に行きたいと希望を出した研修だったのだが、何の都合だかわからないが9月に回された。
「えぇ〜、今、行きたい気持ちなのに。その頃になったら忘れちゃうよ」とその時思ったのだが、その通りだった・・・。
何だか今ひとつモチベーションが上がらないまま行くことになってしまった。

ところが行ってびっくりですよ!!
私の意識としては「研修会の見学」だったのに、実際は「講師助手」。

は、話が違いすぎやしません?そんな心構えで来てませんよ。
と、言えるはずもなく「わかりました。頑張ります」。

とは言え、研修に入ってみると、講師の先生がとってもステキで感動!
いやー、一生この方の助手で働いても良いわ、と思ってしまった。
ちょっとmoo様に似ていたかも。
雰囲気も立場(経歴?)も。

研修会自体もスムーズに和やかに進み、いい感じだったと思う。

私がお役に立てたかどうかはわからないけど、皆さん、だんだん積極的になって行く様子がはっきりと感じられて良かった。

助手は話を引き出す役に徹して、自らは語らないように、と釘を刺されていたのだが、かなりしゃべっちゃったかも。
だって、私が話さないとおじさんが「で、先生はどうでしょうか?」って何でも振るんだもん。
ほっとくとおじさん一人で語りに入っちゃうんだもん。
でも、このおじさんのおかげで、なかなかにこやかに楽しく過ごせたのも事実なのだ。
おじさんの方が場を盛り上げてくれた感じ。
ありがとう、おじさん<ここで言っても・・・

このところ、仕事は基本的に1対1だから、目の前の人だけを見ることが続いていた。
だから何人かを同時に見ることが最初は大変だったけど、本当に良い勉強になった。

機会があれば、また行かせていただきたい。
今度は最初からその覚悟で。


2006年09月23日(土) 携帯メール

あまった番号があったため、春から娘は携帯を持っている。

と言っても、この人、普段から電話であまり話をしないからほとんど電話としては機能していない。
だから使うのは主にメール機能とカメラ機能である。

メールの相手は主にお父さん。
そして家族割を組んでいる私や私の母、それからなぜかダンナの同僚と私の友達。
この辺りでは携帯を持っている友達もあまりいないし、何より「友達に携帯を持っていると言ってはダメ!」と厳しく言っているから、友達とやり取りをしたりなしないのだ。

ところで、このごろの携帯には「推測文字変換」なる機能が付いている。
私はこの機能が嫌いだ。
私が打ちたい文章は推測してくれないから。
そして変な続きばっかり推測して鬱陶しいたら・・・。
だから私の携帯はこの機能を切っている。
それでも十分に早く長文を打っていると思う(笑)。

ところが娘はこの機能に頼りっぱなし。
難しい漢字をどんどん表示してくれるのは3年生にはありがたい機能だと思うけれど、それ以上に文章の先をどんどん出してくるのはいかがなものか。
そうでなくても文章が書けないんだよ、この人は。
こんな機能を使っていたら本当に考えられなくなるじゃないか。
最初に気づいてこの機能を切ってしまえば良かったよ。
もうそれに慣れてしまったから、それナシではとてつもなく不便らしいし。
(たまに私の携帯からメールを打つとすごく大変!と言う)

ま、それ以前に「うん」とか「?」とかいうメールばっかりで、大したこと打ってないようだけど。


2006年09月13日(水) 娘に期待すること

ご多分に漏れず(?)娘を見る時、その基準は「私」だ。
自分の子どもではあっても、娘は娘、私は私で別人格であることは百も承知なのだが。
かつて私に出来たことは、軽々とできると思っていて、苦手だったことは大変なんだろうなぁ、と思ってしまうのだ。

私は、今でこそこんないつ更新されるかわからないような日記しか書けないけれど、子どもの頃は、それはそれはちゃんと日記を書いていた、毎日。
そのおかげで文章を書くことを苦痛だと思ったことは全くない。
作文の授業は楽しみだったし、読書感想文なんて、書くのは面倒に思ったことはあっても苦痛とは程遠かった。

1年生の頃から放課後は図書室に通いつめ、端から順番に本を借りて帰っていた。
一度読み始めると何を言われても聞く耳を持たず、そのことで母によく叱られた。
誕生日やクリスマスに買ってもらうのは必ず創作童話の新刊。
いいかげん読むのは止めて○○をしなさい、とは言われても、本を読めと言われたことはない。

宿題も時間割も下に弟がいたこともあったが、親に言われてやったことはない。
・・・忘れ物をして学校から青くなって電話をかけて届けてもらったことはあるけれど(笑)。

でも、これら全てが娘にはできない。

更に、添削問題をやらせれば、文章読解が全くできない。
問題の長文を自分の力で読めないのだ。

あー、一体この子は誰の血を引いたんだ、と思ってしまう。

ところが、彼女は絵が大好きで、暇さえあれば何か描く。
学校の授業で描かなきゃならないから仕方なく、しか描いたことがない私とはえらい違い。
添削問題も今のところ滞りなく(?)提出している。
これは私がうるさいからやっているところもあるが、実は、私は中学・高校と何となく取ってもらったような気がするが、一度も課題を提出したことがない。
数年前に取った保育士試験の添削問題も課題を出していない。
友達づきあいに関しても、きつい言葉でもめるところは私と似ているが、相手に関して「もう許さん!」とずっとそれが尾を引く私に対して彼女は「また、いつかは仲良くなれる」と寛大で、それが実を結んだりしている。

こういう自分にないところは「す、すごいじゃないかっ!」と思うのだ。

でも、やはりどうしてもできないことを数えてしまう。

娘には、自分ができたことは難なくこなしてもらって、更にできなかったことまでできるようになって欲しい、そんな風に期待しているのだな、と思う。
それは娘にとってはどうなんだろう。

今のところ「お母さんは苦手で私は得意」なことを「お母さんに自慢する」のが嬉しいらしいのだけどね。


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