*
No-Mark Stall *




IndexPastNew
R.S.V.P. | 2008年05月27日(火)
さあさあと雨が降る。
赤い絨毯が目を惹く広い書室の数少ない窓には分厚い緞帳が下がっている。どうせ曇っているし本への影響は少ないだろうと今はそれもすべて開けられて室内はうす暗い。
書室の隅には何故か寝台が備え付けられており、だらしなく寝転がった彼女は一冊の本を紐解いていた。数十年前に整備し直された文法で読み書きを習った彼女にとって、百年以上も前に書かれた本のその古めかしい文章はすらすらと読み下すことが出来ない苛立ちを覚えるものであったが、それと同時にその格調高さに敬服し、愛おしさにも似た感情を呼び起こすものでもある。彼女に与えられたこの書室に並ぶ本は、新たに持ち込んだもの以外すべてがそういった古書であった。

「シア」
天蓋から下りる薄い帳をめくり、黒づくめの青年が無表情に呼びかける。
本から視線を外すこともなく彼女は片手をひらひらと振った。
寝間着と見紛う白い紗の着物に裸足という無防備な姿の娘に彼は僅かに眉をひそめ、しかし何も言わずに寝台に上がった。
「薄着では風邪をひく」
「掛けるものはあるから平気」
寝台の隅に蹴飛ばされた夏掛けを指し示した彼女に、彼は呆れ半分の溜息を付く。
気の抜けたように彼はシーツの上に倒れこみ、寝台が大きく揺れる。
その反動で彼女が読んでいた本が大きな弧を描くように跳ね上がる。それを受け止めようと無理な姿勢で腕を伸ばした彼女が寝台から落ちかけた。
それを咄嗟に引き止めた彼が大きく安堵の溜息をつき、床に落ちる前になんとか本を捕まえていた彼女を腕の中に抱え直す。
「……アス」
「……すまなかった」
謝罪の言葉に剣呑な視線はふっと和らぎ、本を閉じた彼女はその肩口に頬を押し付けた。珍しく素直に懐いてくる彼女の背を撫で髪を優しく梳きながら、彼は本来の目的を思い出してふっとその手を止める。
何かあったかと瞳を覗き込んでくる彼女に、懐から一通の手紙を差し出した。受け取って起き上がると、寝台脇にしつらえてあった棚の引き出しからペーパーナイフを取り出して封を切る。
アスを押し潰すように遠慮なく寄りかかりながら便箋を開き、彼女は首を傾げた。
「招待状?」
流麗で元気の良い筆跡は見慣れた親友のもので、手紙となるとひどく堅苦しい言い回しになることも変わらなかったが、珍しく彼女を外に誘う内容であったことに目を見張る。
内輪の夜会だから心配は要らないと彼女は述べ、たまには顔を見せなさいと不満げな言いたげな言い回しにシアシェはふっと笑みを零した。
彼女の髪を弄ったり頬や首筋に口付けたりとやりたい放題のアスにペンと便箋を取るように頼み、さてどうするかと考える。
机は書室の真ん中にあったが、すぐ傍にある棚を変わりにし、彼女はさらさらと承諾の返事を書いた。

******

ちょっといちゃいちゃさせてみるかーと思ったら予想以上にこっ恥ずかしいことになりました。あとシアシェが思ったより元気だ。

R.S.V.P.はパーティなんかの出欠確認にお返事くださいなーという意味の仏語(Répondez s'il vous plaît)らしいです。見かけてへーと思ったのでメモ代わりに無理矢理組み込みました(…)。
予告もどきを書いて遊んでみる。 | 2008年05月23日(金)
真紅の髪を夜風になびかせ、彼女は艶然と微笑む。
凍りついたように足が動かない。心臓がばくばくと音を立てる。
こちらにむかって伸ばされた、柔らかく細い腕。

真白い月が見下ろしている。


窓に切り取られた光の届かぬ影からそっと姿を見せたのは白い夜着の少女だった。
血の海に呆然と佇む人影を見て、彼女は幾度か瞬いた。
先ほどまでたぎるように渦巻いていた衝動も感情も何もかもがその姿を見た瞬間に凍えて砕け、彼はただ断罪の悲鳴を待つ。
小さな唇がそっと開かれる。


風に流された雲が月光を覆い隠す。
嵐が来る。


広間に集まった親族たちは一様に堅く口を閉ざし、赤い絨毯に視線を落としていた。
渦中の娘はひとりがけのソファに深く腰を下ろし、沈痛な空気などものともせず従者の差し出すカップを受け取る。
彼女が紅茶を飲み下す間、ただ給仕に徹するその従僕は外の嵐に何を聞きつけたのかはっと顔を上げた。主たる娘が視線を向けると、彼はその耳元に何かを囁く。

どん、と玄関の扉が強く叩かれる音がした。


アラン・バーレイがやっとの思いで手に入れたアパートには同居人がいる。
美しく、そして厄介ごとばかりを運んでくる最悪の居候だ。
「やあアラン、突然で悪いが今から気味の悪い田舎町に行こう!」
「は?」
セシル・ケージは一枚の書類をひらひらと振りながら室内に足を踏み入れ、紅茶を入れて人心地ついていたアランを急き立てる。
「今度はどんな妙な事件を拾ってきたんだお前」
「子供が次々と行方不明になっているらしい、それも曰く付きの領主の屋敷のすぐ近くにある町で」

ぱちりと炎の爆ぜる音がする。
緋色の屋敷が燃えていた。


白い腕に愛しげにその頭をかき抱いて、赤い髪をした女の唇が静かに告げる。
「おやすみなさい」


*****

今書き途中の話の予告編もどき。内容はイメージです実物とは異なります(……)。
シビアバトン途中まで。 | 2008年05月20日(火)
人によってはシビアバトン

【ルール】
・自分のオリキャラの名前を頑張って(脳内キャラも含めて)全てあげる
・オリキャラについて一言ずつでも説明してくれたら嬉しいな
・見た人は絶対やる

というわけでシビアバトン。何日か前にどこかで見かけて興味本位で拾ったら途中で力尽きました。
若干ネタバレが転がってます。あと書いてない話から書いてます。
名前のあとに * がついてるのは女の子です。

【Vulgata(伝承歌)】
第1部"Witchcraft"
ヨルハ* : ライヒ付メイド。魔力バカ高い。懐こいようで警戒心が強い。
ライヒアルト : 王太子。病弱。頭が恐ろしく切れる上に傲慢というか俺様。綺麗な見た目に騙されると痛い目に合う。
コンラート・クラウゼヴィッツ : ライヒの腹心。愛妻家。用心深い。
アンドレアス : ライヒと同い年の異母弟。いまいち押しに弱く母親に振り回されている。絵が上手い。
クラウディオ : ライヒの実弟。立ち回りが上手い。

第2部"Heaven's orbit"
主人公周辺
シアシェ* : シリーズ通して一応主人公(第1部は生まれる前なのでいませんが)。大人しくて察しが良い。この子とライヒについてはどこまで真相を理解しているのか実は作者にもよく分からない。
アス: シアシェの使い魔兼お守役。猫の姿でいることが多い。基本的に受動的というか世の中の大半のことがどうでもいい。
クリス* : シアシェの親友。歌姫。勝気で芯の通ったお嬢さま。
ベリィ : クリスの使い魔兼お守役。正体は竜。お人好しそうにみえて薄情。
アニティア* : 年齢の割に幼い。シアシェクリスと同い年。明るく元気。
ベル : ニーナの保護者。基本俺様だがニーナには甘い。シアシェが嫌い。
アルガ* : <塔>の学長。豪傑な姐御。身寄りのないシアシェの後見人。
アザゼル : アルガの相棒。気の良い兄ちゃん。現在はアルガとは別行動中。
リヴィ: 大人びた美少年の姿を取る海の魔物。シアシェとアスを構いたがりベルに喧嘩を売る。

背中に白い羽生えた人たち
ライラ* : 男勝りに見えるが割と乙女思考の娘さん。出自に問題があるが島では重要なポストについている。
ラツィエル : ライラの父。知識に対して貪欲で島の秘密を追っている。
クレイル : ラツィエルの親友でライラの同僚。おっとり系眼鏡。若干黒い。
セベラ : 生真面目で他人にも自分にも厳しい男。若衆を束ねている。
リィネ* : セベラの恋人。病人らしいが見た目は元気そう。見た目ロリ系、中身は割と姐さん。
仮名ラスボス : 色々企んでるひと。名前が未だに決まっていない。

その他(第3部"Last Prophecy"他)
エリック : クリスの見合い相手。竜の伝承を研究している。押しに弱い。
フェスティベール* : 戦うお姉さん。人外。
エルファン : フェスティベールの相方。へたれ気味な優しいお兄さん。
リリス* : お色気おねーさん。夢魔だが人間の彼氏がいる。
ルー : 魔物たちが崇める謎の男。十年ほど前から行方不明との噂。
イェフ : 泣き虫少年。

【World End】
セヴァ : 鳥に愛されたヘタレ青年。過去の苦い経験から生きる意味を見出せずツェンに引っ張られるようにして日々を過ごしている。
ツェツィーリア* : 女は度胸と根性よ、という母の教えに忠実に生きるセヴァ大好きっこ。
響地 : ネイレースと鎖鏡の息子。メイアの恋人。中身はふつーのあんちゃん。
宇鏡 : モノクロ眼鏡の自称怪盗。表の姿はサーカスの支配人。
鎖鏡 : 宇鏡の双子の弟。無愛想な吟遊詩人。
緋戦 : 鎖鏡が拾ってきた子。無性。
ネイレース* : 宇鏡の奥さん。美貌の踊り子。
メイア* : 響地の恋人。眼鏡かけた耳長族。知識が豊富で店主の店を手伝う。
花恭* : 緋戦の世話係だった女性。透葉の恋人。
透葉 : 花恭の恋人。細身で優しい面差しの割に腕っ節が強い。
砂王 : 緋戦を嫌っている少年。
ロウ : 寡黙な僧侶。
店主 : 白髪の少年。実年齢は誰も知らないが相当生きているらしい。表の顔は古本骨董屋の主、裏の顔は怪しい組織の会長。
影水 : 店主の店の隣で営業している薬屋。
宵雨 : のたれ死にしかけていたところを影水に拾われた青年。万事やる気がない。
涼雨 : 宵雨の父親だが彼が生まれる前に死んだらしい。
翠雨* : 宵雨の母親。問題を起こして現在逃亡中。
麗雨* : 翠雨の姉、紅雨の母。村を束ねる。
紅雨* : 麗雨の娘で宵雨の幼馴染。
闇理 : 宵雨の飼ってる鳥。
雷綺 : 翠雨の連れている鳥。

コアセルベート : 始祖鳥。

【Past Sphere】
ディグリード : 主人公。某国の第七王子。
セルシアス : 眼帯をしている謎の少年。某国の宮殿に盗みに入ったところをディグに見つかる。
ラプソディア* : そばかすの女の子。セルシアスの幼馴染。通称魔女。
セレナーデ* : 妖艶な耳長族のおねーさん。
アダム : 巻き込まれ体質の哀れなおにーさん。
雨月 : 雨族の長の息子。
覇渠 : セルシアスたちが狙ってるお宝を狙ってるひと。

【PHANTASMAGORIA】
ジハード : 銀髪みつあみ格闘系。単純バカ。通称じっぱ。
クロト : 女装趣味が元で実家から勘当された凄腕剣士。
エレミヤ : とある名門の家系の当主。賢者の称号を持つ。真面目だが少し暗い。
クロア* : じっぱの姉。しっかり者。
フェイ : クロアの双子の弟、じっぱの兄。色素が薄く深くフードを被っている。父親が大嫌い。
クラウン : じっぱの弟。やんちゃ坊主だがじっぱより賢い。
ティンティア* : じっぱの妹。末っ子。無邪気だが空気の読める子。
イズー* : 5人兄弟の母親。ティンティアを生んで数年後に亡くなる。
デュラン : イズーの旦那で5人の父親。イズーの死後育児放棄して放浪中。
ローラン : イズーとデュランの友人。エルフ。
リア=リア* : ローランの奥さんでイズーの友人。既に他界。
マリア=リア* : ローランの娘でクロアの幼馴染。母に似て腹の据わったおっとり系。
エフィメクト : 蒼い髪の海に棲むエルフ。女好きで調子の良い吟遊詩人。実は息子がいるが彼本人はそのことを知らない。
キリエ : エレミヤの母。考古学者。
アーベル : クロトの弟。堅物の父と奔放な母及び兄と押しかけ女房を狙う幼馴染に振り回される学生。
ヴィノア : クロトの元婚約者だがアーベルに元々惚れていた。クロトの出奔というスキャンダルを武器にアーベルとの結婚を企む。

あとこの世界の大量の神さまがいるんですが設定資料紛失中なので省略。

【墜落する世界のヴィジョン】
終哉 : 主人公。普通の高校生。変な幻を見るようになりNF患者と診断され政府から追われる羽目になる。
譲葉* : 終哉の幼馴染。
鷹城 : 車椅子の少年。
零埜 : 終哉の兄。ピアニスト。秘密主義者。NF患者。
紫蔓* : 零埜の恋人。

【フェリシアの憂鬱な結婚】
フェリシア* : いわゆるお伽話のライバル役の娘さん的立ち位置に追いやられることの多い主人公。プライド高く勝ち気だが結局のところお人よし。
フェリックス : フェリシアの幼馴染兼元婚約者。
キャロル* : フェリックスの恋人。町娘。
ルーファス : 隣国の第二王子。堅物剣士。フェリシアとの縁談を結ぶがぶっちぎって駆け落ち。
星月夜* : 旅芸人一座の踊り子。実は南国の王女。ルーファスと駆け落ちする。
カーティス : フェリシアの3人目の婚約者。実家と仲の悪い家の娘であるルクレツィアと恋仲。
ルクレツィア* : カーティスの恋人。思いつめるとヤバイ。
ロイ : フェリシアの4番目の婚約者候補。おっとり。例えるなら鹿。
ユーライア : ロイの友人。嫌味な眼鏡。

【さいごの夢が眠るまで】
コーネリア* : 辺境の娘。竜と話せる特技持ち。エセルバートの恋人。あまり周りを見ていない。
エセルバート : 目が見えないが物腰穏やかな好青年。内面は少し暗い。行き倒れていたところをコーネリアに拾われる。
イーディス* : 竜の一族の巫女姫。美人。性格は若干キツい。
ユークリッド : イーディスの騎士。というか恋人。実は元々余所者。気さく。
オーディ : 竜の一族の長の息子。巫女姫たちに振り回される可哀想な苦労人。
アルウィフ : 竜の一族ではないが竜に騎乗する王立竜騎士団の最年少騎士。やんちゃだが優しい子。元孤児で拾ってくれた団長をとても慕っている。
クライド : 竜騎士団員。頭堅すぎてアルウィフによくからかわれる。
アルベルティ : 竜騎士団員。ノリは軽いが本質的には真面目なひと。
ジーナ* : 国王の異母妹で竜騎士団員。アルウィフにこっそり思いを寄せている。
フレイ : 国王。初恋をいつまでも引きずっている根暗。
リリアナ* : 王妃。根性でフレイと結婚まで持ち込んだが未だにぐずぐずしている旦那にキレ気味。基本的にはおっとりお嬢さま。
ティティア* : フレイの初恋のひと。前国王の後添えでジーナの母。竜の一族出身。

【七つの剣】
ネイア* : 神剣を守る聖女。少々がさつでおてんば。
セス : ネイアの守役で彼女に振り回されがちの青年神父。
ハイデラーデ* : 魔剣を鎮める聖女。内気だが頑固な娘さん。
ゾルギ : ハイデラーデの護衛。冷静沈着で意志が堅い。
ラーレア* : 喪われたはずの双剣の片方を持つ娘。復讐に燃えている。
エルアード : ラーレアの復讐相手。
残りはまだ考えていない(……)。

【Promise Process】
佐原智樹 : 生徒会長。善人なので苦労している。
饗庭匡一朗 : 生徒会副会長。家庭問題が複雑な遊び人。
桐原透乃* : 生徒会書記。みつあみ眼鏡。共学なのに女子生徒の王子さま。
真柴麻澄 : 生徒会会計。人間電卓。男だが乙女回路装備で見た目も美少女。透乃に惚れてる。
吉村寿鈴* : 生徒会会計。愛称ジュリ。明るくて騒がしいがシビア。
北見文香* : 生徒会副会長。平凡を愛する。
藤枝総 : 生徒会庶務。仇名は若旦那。文香とは恋仲。
小野寺都 : 生徒会庶務。女の子みたいな名前がコンプレックス。でかいが子犬系のヘタレ。
西久貴理子* : 評議委員長兼議長。智樹の幼馴染。見た目は女の子らしいが凶暴。
鷹群絋 : 風紀委員長。仇名は参議。
藍原小町* : 風紀委員。毒舌。鷹群のお目付け役。
狩野颯季 : 図書委員長。物腰の柔らかいチェリスト。
黒須綺瑚* : 颯季の恋人で読書家。紅茶同好会会員。
新庄怜 : 前生徒会長。名前の読みは「さとい」。両親が離婚して別々に引き取られた弟がいる。
高峰柊 : 不真面目な保険医。
桐原蒼 : 透乃の兄。数学者。柊の友人。
朱臣宰 : 紅茶同好会会長。茶道の家元の息子。橘香を構う。
桜沢橘香* : 宰と週二でお茶会をする女子生徒。匡一朗の親戚。
北条舞散* : 貴理子の後輩、評議委員。都に片思い中。


ちょこちょこ足していますがとりあえずここまでで。実はまだあります(……)。
屋台の過去ログとか漁るとお前こんなんも書きかけてたのかというのがごっそりでてきて吃驚です。しかし正直文の拙さより何よりその当時つけてたコメントが薄ら寒すぎて直視出来ない。
ネガティブチャット。 | 2008年05月17日(土)
欲しかったのはその場所だった。
欲しいのはその場所。

*

眼下の小さな中庭を見下ろしながら、彼女は憂鬱そうな溜息をついた。
「なに、お姫さま。溜息なんかついちゃって」
「あの薔薇色の空気をどうやったら壊せるのかしらと思っていたところ」
色目こそ地味だが質のよい清楚なドレスを纏った娘は、その細い腕をすっと伸ばして一点を差した。
バルコニーに寄りかかる彼女を更に囲うかのようにその上に立った青年は、指し示された先にああと頷く。
「まあ、仕方ないんじゃない?」
「そうね、仕方ないわね」
「それより美味しいケーキとお茶は要らない? ひとの幸せ羨むより自分の幸せ見つけることに労力費やした方が建設的だよ」
「あいにく後ろ向きに生きるのが信条なので。でもケーキは食べたい」
「そんな根暗じゃ誰ももらってくれないよ。ケーキ欲しいならそっち見てないでこっちおいで」
用意したテーブルをこつこつと叩きながら呼び寄せようとする彼に、ちらりと視線を投げた娘はふいと顔を背ける。

「もらってほしかったひとにもらってもらえなかったのでもういいです。あー、この卑屈な感情、こねたら泥団子かなにかにならないかしら。あの幸せの塊にぶつけて泥を塗りたい」
「なんか君のひねくれ方面白いよね」
「いつも言われるの。君って妹みたい、君って面白いね、君って見た目地味だけど楽しい子だね、そんな感じに三言目めぐらいで恋人選外通告よ」
「え、それってそういうことなの?」
「だってあなた、いいなぁって思った子にそういうこと言う? 面白いとか地味とか妹みたいとか、お友達宣言みたいな台詞」
「地味と妹みたいはともかく、面白いってのはアリじゃない?」
「一度でいいから可愛いとか言われてみたいわ」
「かわいいよ」
「そんなお世辞じゃなくて本気で」
「別にお世辞のつもりじゃないけどなあ」
「もう少し気分盛り上げてくれないと、正直女友達が私に言うのとさして変わらないわ今の台詞」
「俺男だけどね」
「そうね。それで女だっていうなら今すぐ部屋の中戻って脱いでもらうわ」
「また過激だね」
「正直なところ、大体の友達の胸はもんだわ」
「……いやホント、過激だよね」
「あそこの桃色空気纏った男に言ってやりたい。残念だったわねその乳は先に私が触った!」
「女の子ってみんなそうなの?」
「この前五人くらいでお泊り会したら誰の胸が一番柔らかいかとかそういう話になって、ちょっとノリで」
「お酒入ってたでしょそれ」
「ちょっとだけね。ちなみに一番は」
「もう勘弁してください」
「男の子ってそういうことしないの?」
「嫌がらせか。しないよ。誘ってる?」
「失恋して勢いでとかそんな惨めな展開はイヤだわ」
「失恋して弱ってるところに付け込んでオトすってのは割と常道だと思うけど」
「正直お酒と変わらないわ。ケーキちょうだい」
「恋も酒も同じとはまたちょっとひとの心を抉るようなことを言うね?」
「なあに、好きな子でもいるの?」
「教えたら協力してくれるの?」
「ええ、尽力するわ。同じ境遇に引きずり落としてあげる」
「ひどい」
「今ちょっと破れかぶれなの。五年越しに地道に積み上げてきた感情に行き場がなくて」
「敗因は消極的すぎたことだと思うけどね」
「ひとの傷を抉らないで。まだかさぶたも出来てないのに」
「ぶっちゃけ俺の心もざくざく切り刻まれてるんですよね、誰かのおかげで」
「あら、あの恋人たちに横恋慕?」
「違うよ。まああのふたりが原因であることには変わりないけど」
「ふうん、あの男結構モテたのね。ご愁傷さま」
「……まあ、まだ時間はあるしね」
「そうね、新しい恋に出会えるといいわね。失恋祝いのお茶会には夕食まで付き合ってあげるわ」
「その言葉そっくりそのまま君に返すよ。もう少し周りみてみたら?」

*

後半力尽きたというか止まらなくて会話文。
献血と睡眠導入剤。 | 2008年05月13日(火)
時計の秒針がかちこちと無音の夜を刻んでいる。
気分によっては耳障りに感じるその音を聞き流し、奏瀬はベッドにだらしなく寝転がりながら小説を読みふけっていた。
中盤の盛り上がりに差し掛かったところで、不意に上から声が落ちる。
「……タチアナ」
「なーに?」
それはどこか遠慮がちな色を残す、腰に響くような低い美声だったが、しかし奏瀬は本を繰る手を止めることなく平然と先を促す。
「そろそろわたくしはお腹がすきました」
「私まだ寝たくないでーす」
いつの間に現れたのか、ベッドの脇に申し訳程度に腰を下ろした長身の青年は奏瀬の返答に困ったように首を傾げた。
「いやもう本当お腹ぺこぺこで、あなたがこう、輸血パックの山に見えてきます」
「ニコはまずそうよね。なんか骨みたい」
ニコと呼ばれた青年は、弱々しい苦笑を浮かべて奏瀬を見やる。
金とも銀ともつかぬ色をした髪に、奏瀬にとっては舞妓の化粧を思わせるような真っ白い肌、それに贅肉どころか必要な筋肉すら足りていなさそうな痩身は幾ら顔の造作が整っていようと美しさよりも不気味な印象を与え、確かに白い骨を連想させるような容姿だった。その白さとは対照的に纏っている服は上着からシャツ、それにネクタイに至るまで真っ黒で、ただ鮮やかな深紅をした瞳と唯一健康そうに見える赤くふっくらとした唇以外には色味もない。
「それで、タチアナはいつ寝るんですか」
「そんなにお腹空いてるの?」
「ぺこぺこです。とってもぺこぺこです」
明らかに白人の見た目をしているニコの年齢を推し量ることはアジア人の中に育った奏瀬には難しいことだったが、それでも二十代以上ではあるだろうと判断できる頃合の、怜悧な美貌の青年が「お腹ぺこぺこー」としつこく訴える様はとてもではないが見ていられないもので、彼女は仕方なく本を閉じた。丁度面白くなってきたところだが、自分の中の美青年に対する幻想がこの男のせいでこれ以上壊されてゆくのは耐えられない。しかもこの表現を教えたのが自分ときては尚更である。
「わかったわかったわかった、わかったからちょっと待って。その辺で正座の練習でもして待ってなさい」
「はいっ!」
ぱっと顔を輝かせた青年は、満面の笑みを浮かべてベッドの上に正座した。
この前の記録は五分だったかな、と彼を待たせる時間を計りながら奏瀬は洗面所に向かう。歯磨きと明日着る服の支度で十分はもたせられるだろう。
しゃこしゃこと歯を磨きながらベッドを見やると、真一文字に唇を引き結んだニコが膝の上でぎゅっと拳を握っている。
ぶは、と思わず泡を吹き出し、たまらず水でうがいをした。
「? 大丈夫ですか、タチアナ」
耳の良いニコが敏くそれを聞きつけて声をかけてきたが、奏瀬は軽く手を振ってそれをやり過ごす。
ゆっくりとした動作で歯磨きを終えた彼女は、眉根を寄せてじっと耐えるニコを横目にクローゼットの中身を物色し始める。
大体決め終わったところで彼を振り返るとぷるぷると全身を震わせているニコと目が合った。瞳にうっすら涙が滲んでいるのは気のせいか。
「……もういいんじゃない?」
「でも、あと七秒で十分なんですぅ……」
「じゃ、それまで頑張れ」
「はいぃ、あ、十分!」
ばったりと倒れ伏し足の痺れに悶絶しているニコを奥に詰め、奏瀬は電気を消してベッドに潜り込んだ。
「あああタチアナ、脛蹴るなんて酷いです! ぎゃああいたいいたい」
「あんた図体でかいからしょうがないの。お腹空いたんじゃなかったっけ?」
「正直足の痺れの方がきついです……あぅううううぅ」
彼が騒いでいる間に奏瀬はパジャマのボタンをひとつ外し、仰向けになる。
やがて痺れが取れてきたのかそれとも空腹がまさったのか、ニコがそっと顔を寄せてきた。
「タチアナは意地悪だ」
「ニコはちょっとヘタレよね」
ヘタレ?と聞き返してくるニコに意味はそのうち教えてあげると返し、奏瀬は目を瞑った。
その首筋をニコの唇がそっと這う。僅かに揺れた肩を骨ばった手が優しく押さえ、彼は奏瀬の柔らかな肌に歯を立てる。
「おやすみ、タチアナ」
「……おやすみ、ニコラス」
ぷつりと肌が切られ、血を吸われる感触に呼び覚まされたかのように、圧倒的な睡魔が奏瀬の意識を包み込む。


ニコラスはいわゆる吸血鬼だ。それも人々が想像するような、典型的な。
日光に焼き滅ぼされるわけでも十字架やにんにくが苦手なわけでもないが、ひとの血でもってその命を繋ぐ、強靭な肉体と長い寿命をもつ生きものだ。
彼に血を吸われることはけして苦痛ではない。
血をもらうだけでも申し訳ないのにその上痛い目に合わせるなんて可哀想だとはニコ本人の言であるが、おそらくは獲物に抵抗されないようにという本能の仕業であろう。肌を噛み切られ血を奪われる代価に与えられるのは痛みではなくうっとりとするような快感であった。
しかし、奏瀬に与えられたものは不思議なことにそのような快楽ではなく深い眠りであった。
不眠症に悩まされていた奏瀬と、彷徨する生活に疲れ果てていた吸血鬼の利害は一致し、奏瀬は献血感覚で彼に血を与え、その代わりにニコは質の良い睡眠を彼女に提供するという風変わりな契約がなされた。

ゆらゆら波間に漂うように眠りに落ちていく奏瀬の髪をそっと撫で、ニコラスは口の端に零れた血を舌で舐め取り、至極満足げな微笑を浮かべた。


******

なんていうか物語の中の吸血鬼ってどうしてこうもゆきずりなのかしら、何人かと契約して定期的に血をもらえるようにしたほうが賢くない?と吸血鬼に突っ込む娘さんとうーんそうだねえと困ってる吸血鬼という図が思い浮かんだので文章にしてみたらこんなんなりました。
吸血鬼っていったら冷酷美青年よね!と考えていたんですが、なんか、うん、台無しだ……。
奏瀬がタチアナと呼ばれているのにも理由はあるんですが書けなかったのできちんと短編に仕上げたい。
written by MitukiHome
since 2002.03.30